15th LAP ゾンビサバイバル
「くっ、道を塞がれたか」
颯太は倒壊したビルの陰から慎重に顔だけを出して、路地の向こう側を確認する。
彼の視線の先。目的地である避難所となった高校はすぐそこだ。
机や椅子やらを有刺鉄線でぐるぐる巻きにして積み上げられたバリケードが校門を塞いでいるのが見え、その向こう側へと辿り着ければ、一先ずの安全を確保出来そうだと思える。
だが校門と颯太の間には無数の蠢く死体――いわゆるゾンビが徘徊していた。
颯太は顔を引っ込めて、手にした拳銃の弾倉を確認する。
「右が15発、左が6発か……ギリギリだな」
左右それぞれの手に持つ銃の種類は知識が無い為によく分かっていないが、口径が違うせいなのか威力や性能が異なる。
左の銃は反動は大きいがゾンビに命中させれば一撃で噴き飛ばすくらいの威力があり、右の銃は速射性は高いものの威力は低めで弱点である頭や間接を的確に撃ち抜かなければならない。
そして校門までの道には30体近くのゾンビがいる。
今は身を潜めているのでゾンビ達はただウロウロと周囲を徘徊しているだけだが、颯太が姿を現わせば群がってくるのは確実。
校門までは直線距離で30m程。
全速力で最短距離を突っ切ったとしても10体近くは倒さないと到達するのは難しいだろう。
しかし颯太は怪我の後遺症により全力で走る事が出来ない。
つまり確実に10体以上のゾンビを相手にしなければならないという事であり、最悪、全滅させなければいけないのに残弾が心許ないというのが現状だ。
しかし引き返す事は出来ない。この付近で安全地帯といえる場所は目前の高校しかないからだ。
「ふぅ~……けどやるしかないっ!」
心を落ち着けるように目を瞑って軽く深呼吸。
重量感はあるのにゾンビ相手では心許ない二丁の拳銃に全てを預ける覚悟を決める。
そして颯太はカッと目を見開いて、勢い良くビルの陰から飛び出す。
すぐに近くに居たゾンビが颯太に反応して襲い掛かってくるが、右の銃で的確に眉間を打ち抜く。
だが銃声が轟いた事で、この場にいる全てのゾンビの醜悪な顔が一斉に颯太へと向けられる。
だがこの程度でビビッてなどいられない。
正面のゾンビを左の銃で噴き飛ばして道を切り開き、今出せる全速力でゾンビの群れへと突っ込む。
発砲する毎に死に向かってカウントダウンされていく。だが1歩進む毎に生への道程が近付いていく。
まだこんな所で諦める訳にはいかない。生と死のシーソーゲームはまだどちらにも傾いていないのだから。
左の銃の弾薬が尽きる。
けれど最後の一発が運良く複数のゾンビを巻き込んでくれたので、天秤が生へと傾く。
けれど幸と不幸は表裏一体。良い事が起きれば、悪い事もまた起こる。
後少しでバリケードの前に辿り着くという所で、足を吹き飛ばされて地面を這っていたゾンビの1体の手が颯太の足を掴む。
バランスを崩して転倒。
一瞬、事故のトラウマが脳裏を過ぎるが、痛みは感じない。
すぐに銃でゾンビの頭を打ち抜いて、掴んだ腕を振り払ったので怪我は無いが、地面に倒れている上に、銃弾を一発無駄に使用してしまった。
その上、慌てて放った銃弾は前方のゾンビの急所を逸れてしまって、もう目の前にまで迫って来ている。
「間に合わな――」
目の前に迫るゾンビが口を大きく開けて颯太の肩口に噛み付こうとする。
死の恐怖が迫る中、颯太はその口の中に銃を差し込みながら引鉄を引く。
間一髪。
なんとか噛み付かれるのを阻止するが、覆い被さったゾンビのせいですぐには起き上がれない。
そんな颯太に残ったゾンビが群がる。
最後の抵抗とばかりに銃を撃つが、元々弾数が足りなかった上に数発の無駄弾のせいで、群がるゾンビを全て倒す事は不可能。
「ここでお終い……か……」
周囲の景色が歪み、視界が赤く染まっていく中、颯太は何故こんな事になったのだろうと思い返しながら、その意識を世界から切り離すのだった。
* * * * * * * * * * *
颯太は目の前に表示されるゲームオーバーの文字を眺めつつ、バイザー式のヘッドマウントディスプレイを外す。
「いやぁ~、惜しかったですねぇ~。もう少しでステージ4クリアだったのですが。でも難易度アンデッドでここまで進める人はテストプレイでもそれほど多く居ませんから、自信を持って下さい」
ケインから賛辞を受けるも、自信を持って自慢出来るようなものではない。
本来ならシーズンレース開幕戦に向けて、トレーナーであるケインの指導の下で訓練に励むはずだった。
ヴァルガリオンが修理中でヴァルアブルビークルを使った訓練が行えないので、長丁場のレースに耐えられるよう体力増強のフィジカルトレーニングやレースを有利に進められるように戦術トレーニング辺りを行うのだと思っていた。
本来ならそれが普通だろう。
だがケインが指示した内容に颯太は耳を疑い、懐疑的な視線を向けるのに十分な内容だった。本当にこの人にトレーニングの全てを任せて大丈夫なのかという疑問さえ思い始めていた。
なにせ、やらされている事はVRとAR技術を組み合わせたガンシューティングゲームだからだ。
ただチーム内で最も良識のある黄玉と弾吾が何も言わないので、颯太もこれには何か理由があるのだろうと、暫くは黙って付き合う事にしたのだ。
ゲームは“ゾンビサバイバル”という、20m四方の空間に投影された荒廃した街を舞台に実際に身体を動かしながら、その街に溢れたVR表示のゾンビを倒しながらボスを倒すとステージクリアというよくある内容だ。
ちなみに難易度アンデッドはこのゲームにおける最高難度である。
ゾンビの出現数が大幅に増え、行動ルーチンは完全ランダムで、弱点である急所を破壊しない限り倒す事が出来ず、弾薬も途中で補充出来ないという仕様になっている。
始めた頃はノーマルでなんとかクリア可能だったのだが、1週間もやり込み続けたおかげで、ここまでクリア出来るようになったのだった。
「そろそろこのゲームをやる意図を教えて貰えませんか?ただ開発中のゲームのテストプレイをさせられてるって訳じゃないですよね?」
メノーインダストリーエンターテイメント部が開発した“ゾンビサバイバル”は、まだ発売前のゲームである。その為、テストプレイに体良く使われているのではないのかと思ってしまう。
「あれ?言ってませんでしたか?このゲームってフィットネス機能も付いているんですよ。実際に肉体を動かすので体力も付きますし、反射神経や咄嗟の状況判断力も鍛えられます。その上、やればやる程、身体能力のデータが集まるので、一石四鳥くらいの価値はあるんですよ」
そう言われれば、それなりにガンフォーミュラに通ずる部分があるので納得は出来る。
乱戦時の臨機応変な対応や、周囲の状況判断力は鍛えられそうだ。それにランニングや筋トレといったフィジカルトレーニングは基本的につまらないものだ。
やる気がある時はそれも苦には感じないが、疲れて集中力が切れれば、ストイックな心の持ち主でも無い限り“休みたい”“もうやめたい”という心理が働いて、どうしてもそれが身体的に表に現れてしまう。
だがそれがトレーニングではなくゲームになると、集中力が持続して、そういう心理が働きにくくなるとケインは説明する。
確かに好きなゲームをやっているといつの間にか数時間が過ぎている事もある。それだけ集中しているという事だ。
レース時間はどんなに短くても2時間を要する。展開次第ではその倍以上掛かる事もある。
長く集中力を持続出来れば、それだけミスも少なく、パフォーマンスも落ちない。
一応、ちゃんと考えられたトレーニング方法だと判明する。
「ええ。意図は理解しました。確かにダッシュしたり、瓦礫に登ったりするので、それなりにトレーニング効果はある事は分かります。ただ僕の足では……」
颯太の足は全速力で走れない。
ヴァルガリオンに乗っているならともかく生身では身体能力に制限があるのだ。
このトレーニングだって、もし普通に走る事が出来れば今より簡単にクリア出来るステージがいくつもある。
「それに関しては今はあまり気にしないでください。現状は速水くんの身体データを数多く取得する事ですから、ステージをクリア出来なくても問題はありません」
詳細な身体データを基に、より適したトレーニングを行い、長所を伸ばし、短所を補うのがトレーナーの役割だ。
ただそもそもの身体データが無ければ、それが最適解なのかは分からない。だからこうしてデータを集める。
その方法がゲームなのは彼ならではなのだが。
「そうは言われてもクリアは目指しますよ。レースと一緒で負けたままじゃ終わりたくないんで。でもどうせなら銃じゃなくて近接武器を扱えるようにして欲しいんですけれど……」
現状、ヴァルガリオンには中遠距離武装は装備されていない。あるのは鉤爪だけ。その鉤爪も手を覆う形で装着される為、手持ち武器は基本的に持てない。
だから手持ち銃のトレーニングをしても、あまり意味が無いのだ。
「あれっ!もしかしてこれも聞いてないですか?工場でヴァルガリオンを修理し始めていたら腕部にアームガンが仕込まれてある事が判明したんですよ。案の定、機能がロックされていた為にすぐには気付けなかったようですけれど。なので銃を使っているのはその習熟訓練も兼ねているんです。オーナーを通して連絡が来ていた筈ですが……はぁ…まぁ、あの人ですからねぇ………」
「そうですね………」
つい先日、ゲーム中――もといトレーニング中に瑪瑙が飛び入りで参加してきた事を思い出す。
ステージを一つもクリアしない内にバテて退場していったのだが、恐らくこの時に伝達事項として伝えるつもりで来たのだろう。
そして遊びに夢中になってその事を忘れ、現在に至るという訳だ。
「とりあえずあの人の事はともかくとして、これがちゃんとしたトレーニングで、今以上にヴァルガリオンを上手く操縦出来るようになるトレーニングだという事は理解しました。それじゃあ続きをしましょうかっ!!」
ヴァルガリオンの新たな武装について聞いたおかげで、颯太のテンションはこれまで以上に上がっていたのだった。