13th LAP 微幼女と眼鏡っ娘
「やっぱり金食い虫なのがネックだなぁ……」
颯太がチーム選びの為に見学し始めてから3日。
スカウトを受けた強豪と呼ばれるチームは全て見て回ったが、いまいちピンとくるチームは無かった。
かといってそれらの強豪チームよりはワンランク下だが戦績次第では上位に食い込めそうなチームの方はというと、資金的な問題で加入を断念せざるを得ない所が大半。
いくら颯太の実力を高く評価してくれても、やはりほぼ大破したヴァルガリオンの修理と、変形機構を持つ機体の整備・維持にコストが掛かり過ぎるという点で二の足を踏まれてしまうのだ。
特に今回は修理というより、ほぼ全てのパーツを新調しなければいけないという事もあって、CFJからの支援だけでは全く足りないのも辛い所。
リオネスのライバルとして注目されたとはいえ、未だ実績に乏しいドライバーに先行投資する勇気は持てないというのが本音なのだろう。
「となるとやっぱり妥協して資本力のある大手チームに入るか、ヴァルガリオンを諦めるかしか道はないのか……」
大手強豪チームならば資本力もあるので、ヴァルガリオンの修理はやってくれるだろう。だがその代わりにスポンサーやチーム運営の意向に背く事が出来ず、意に沿わない事もやらなければならない。
正直言えば、彼としてはそこまで束縛されたくないというのが本音だった。
かといって上位以下のチームに入った場合、最悪、ヴァルガリオンをスクラップにして、チーム側が用意した新しい機体に乗り換える事になる可能性が大きい。完全に元通りに修理するより、その方が安上がりだからだ。
だが長年連れ添った相棒をそう簡単に切り捨てるなど出来ない。というよりヴァルガリオンの操縦システムは下半身に若干の障害が残る颯太専用に調整されている。
ヴァリアブルビークルの操縦システムは主に二本のレバーと二つのフットペダルで操縦するのだが、颯太用に調整された操縦システムはフットペダルの使用を極力減らしてあるのだ。そしてその操縦方法が身体に染み込んでいるので、もし新機体にその操縦システムを組み込もうとしたら、メインプロ
グラムを書き換える必要があり、それに合わせて機体の根幹構造も組み替える必要がある。
今からそんな事をしていたら、シーズン開幕戦には到底間に合わないだろう。
だからこそ悩んでいるのだ。
「ねぇ、相棒。僕はどうしたらいい?」
四肢は欠損し、全身の装甲に無数の擦り傷と切り傷が刻まれ、泥と土と埃に塗れた、選考レース後に格納庫へと運び込まれたままの状態のヴァルガリオンに、答えなど返ってこないと分かりつつも声を掛ける。
「オーホッホッホ!そんなの考えるまでも無いデスわっ!」
返って来るとは思わなかった返事が格納庫内に高笑いと共に響き渡る。いや答えたのは当然ヴァルガリオンなどではない。
声がしたのはヴァルガリオンの頭上。備え付けの整備用タラップから聞こえてきた。
「ハヤミソウタ!あなたにはワタクシのゲボクになる事を許して差し上げますデスわ!オーホッホッホ!!」
颯太が見上げると、ミニスカセーラー服の上に何故か白衣を羽織った黒髪ツインテールの中学生になるかどうかくらいの幼げな少女が、腕を組んで凹凸の全く見えない胸を目一杯逸らせて仁王立ちしていた。
この角度だとミニスカートの中身が丸見えになっているが、ロリ趣味ではないので、こんな子供相手に興奮したり欲情したりなんかしない。
「お~い、パンツ丸見えの子供がこんな所で遊んでちゃダメだぞぉぉ!危ないから早く降りてきなさ~い」
「なっ!?ワタクシは子供なんかではありませんデスわ!大人なレディなのデスわ……っというか見上げるなデスわぁ~!!」
慌ててスカートを手で抑えながらタラップを慌てて降りてくる自称レディ。
そもそも子供と呼ばれて子供じゃないと反論する時点で子供なのではないかと思うのだが、指摘した所で逆ギレされるだけだろう。それに上から声が掛かれば見上げてしまうのも当然なのだが、これも指摘しても仕方が無いと思い、大人な対応として黙っておく。
ただちゃんと謂われた通り降りてくる辺り、意外と根は素直なのかもしれない。
「では改めて。コホン。ワタクシのゲボクになる栄誉を与えるデスわ!誇りに思うデスよ!!」
距離があっても小さいと分かったが、目の前に来るとその小柄さが余計に際立つ。
颯太が180cm程の身長なせいもあってか、彼女の頭の位置は颯太の胸に届かない。本当に大人と子供に見える。
「えっとお姫様ごっこなのかな?でもここは遊び場じゃないんだよ?それに保護者の人は――」
「だから!ワタクシを子供扱いするなデス!!ワタクシを誰だと思ってるデスか!!」
「えっと……ここの見学に来て、親とはぐれた迷子?」
「そんな事ある訳ないデス!!というか本気でワタクシが誰か知らないのデスか!?」
颯太は改めて少女の顔を見るが全く見覚えがないので、素直に知らないと頷く。
元々颯太は人の顔を覚えるのが苦手で、何度も会うか、よほど印象が強くないと覚えられなかった。
リオネスの事もレオハーツという姓を聞くまで気付かなかったくらいだし、テレビに出てくる芸能人だって誰もが知っている超が付くほどの有名人でない限り、名前と顔が一致しない。
今の所、日常生活では支障がないので無理に覚えようとは思っていないが。
そんな彼でも、ここまで特徴的な喋り方の少女に会っていたなら、流石に覚えているはずだが、全く覚えが無い。
「ままままさかこのワタクシを本当に知らないとは!?……仕方ないデスね。今後、ワタクシのゲボクになるのですから、まずキチンと誰がご主人様であるかを教え――」
「ああっ!!!もうこのバカお嬢ぉぉぉぉっっっ!!」
高飛車幼女の言葉を遮るように耳を塞ぎたくなるような大きな叫び声が格納庫に響き渡る。
「ハァハァ…こっちがお願いする立場で来てるのに、なんでそんな上から目線なのよっ!彼だって困ってるんじゃない!フゥフゥハァ……」
格納庫に姿を現したのは、所々が機械油で黒く汚れたツナギを着た眼鏡少女だ。
明るめの赤茶けた髪は三つ編みにして一つに纏められているが、手入れが行き届いていないのか、少々いやかなり毛羽立っている。第一印象的にオシャレに気を遣うよりも機械を弄っていた方が好きというタイプだろう。
そんな彼女だが、走ってここまでやって来たせいだろうか、それとも全力で声を張り上げたせいだろうか。頬はほんのり赤く上気し、息も上がって、ゼーゼーと肩を上下に揺らしている。
「フゥフゥ……うちのこのバカがご迷惑をお掛け致しました。お嬢の事ですから多分名乗ってさえいないと思いますので、改めてご挨拶致しますね」
息を整え終えた眼鏡少女が深々と頭を下げつつ、右手では力尽くで幼女の頭を強引に下げさせながら挨拶する。
「はじめまして。私はチームメノーインのチーフメカニックを担っています李 黄玉です。こっちの常識をどこかに置き忘れてきたロリババアはこんなんでも一応、チームオーナーをしてる女王院 瑪瑙です。速水颯太さん。あなたにお願いがあって参りました」
薄汚れたツナギ姿とは裏腹に、丁寧で優雅で、どこか高貴ささえ感じられる挨拶をする黄玉。身形を整えて綺麗なドレスでも着たら社交界でも十分通用するのではないだろうか。
「常識を置き忘れたとか、ロリババアとか、一応とか酷いではないデスか!こんな美少女を捕まえ――ギャー痛いイタイいたいデスよぉぉぉー!!」
「私より年上の微妙な年頃の“微”少女が何を言っていってるんですか!ああっ、お嬢が口を開けると話が進みませんから少し静かにしてて下さいっ!」
黄玉は頭部を掴んでいた手を万力のように締めて、瑪瑙を黙らせる。
チームオーナーと紹介されたはずなのに彼女の扱いが中々に酷い。
だが颯太もそんな扱いを自然と受け入れていた。今までのほんの僅かな遣り取りだけで、瑪瑙がどんな人物なのかそれなりに理解出来たからだ。
きっと黄玉は暴走する瑪瑙のストッパー役なのだろう。気苦労が絶えなそうだが、二人の遣り取りを見ているとどこか自然な感じがするので、きっと長い付き合いなのだろう。
「先日の選考レースの映像を拝見しました。当日はその場に居なかった為、すぐに参る事が出来ませんでしたが、まだどのチームにも加入してなくて良かったです」
そう前置きしてから黄玉は本題に入る。
「さて本題ですが、ここにいるバカお嬢……彼女はチームオーナーであると同時にメノーインダストリーの現社長でもあります。まぁ、御覧の通り、こんな性格でおバカさんですので実際の経営は弟の琥珀さんが取り仕切っています。なので実質、お飾りなのですが、最高経営責任者という
肩書きは本物です」
「そう!ワタクシこそが会社もチームも美しく高貴に飾る最高の存在なのデスよ!オーッホッホッホッ!」
黄玉の手からなんとか逃れた瑪瑙がお飾りの意味を理解していない様子で高笑いする。
こんな人物がチームのオーナーであり資金提供者ならば、無茶な注文も多そうだが、良識ある黄玉というストッパーが居れば、そこまで心配する必要は無さそうだ。
ちなみにメノーインダストリーはガンフォーミュラ発足時に資金提供をした大企業の一つである。
しかし数年ほど前に当時の社長が病死した事を切欠に業績が落ち込み、ガンフォーミュラ事業から一時撤退することとなる。
事業悪化の原因は社長職を引き継いだ彼女を見れば明らか。
常識に疎く、経営の才能もなく、社長としては若過ぎるという事もあって、幹部を含めた従業員の多くが新社長を見限って別の会社に移ったのも経営悪化に拍車を掛けたのだ。
ただその1年後には成人した弟の琥珀が手腕を発揮して業績はV字回復し、今年からガンフォーミュラ事業へ再参入を果たした。
そしてメノーインダストリーの名を再び世界に広めるために、社長自らがCFJに入ってチームを起ち上げたのだと黄玉は説明する。
「そして速水さんの乗るヴァリアブルビークル“ヴァルガリオン”は、先代社長が病床に伏せる前に自ら設計した特別な機体なんです。あの変形機構は市販量産機には搭載されていない代物なので間違いがありません。恐らく社の経営が傾いた際に別会社へ移った人が退職金代わりに勝手に持ち出したの
でしょうが、機能にロックが掛かっていた為に量販品だと思って売り払ってしまったのでしょう」
颯太がガンフォーミュラに参戦する為に叔父のディートリヒの伝手で、ヴァルガリオンを手に入れた時期と確かに合致する。
第1世代の機体にしては高スペックで第3世代機と互角以上の勝負が出来る性能を持っているし、ビーストシステムもロックが掛けられていたので、彼女の話と合致する。
ヴァルガリオンが黄玉の言う特別なワンオフ機である可能性は高そうだ。
「それで先代社長のものだから返せとでも言う訳ですか?」
「いえいえ、売り出された経緯はともかく、速水さんが適正に手に入れたものを強引に返して欲しいなんておこがましい事は言いません。それに先日のレースを見た限りヴァルガリオンの性能をかなり引き出しているようですし」
黄玉はそこで一端言葉を切り、瑪瑙に一度視線を向け、それから颯太の瞳をしっかりと見詰めてから続きの言葉を口にする。
「我がチームメノーインに加入して頂けませんか!先代の想いが詰まったヴァルガリオンと共に再びガンフォーミュラで頂点を目指したいんです!」
頂点。
その言葉に颯太の胸の鼓動が高まって行くのを感じるのだった。