12th LAP チーム探し
「おい。あいつだろ?例の……」
「ああ。なんでも疾風の女王を倒す為に急遽、理事長が呼び寄せたって噂だぜ」
「特別待遇って奴か?ケッ、羨ましいことで」
「ひがむなひがむな。この世界は強さこそ正義って奴さ」
「はぁ、しかしなんであんな化け物どもと同じ年に同じグレードになるかなぁ……」
周囲の雑音を聞き流しつつ、颯太はCFJの食堂で昼食を摂りながら、テーブルに名刺を並べる。
これらの名刺は昨日の選考レース後にスカウト達から押し付けられたものだ。
4月後半から開幕するシーズンレースまで約1ヵ月の猶予があり、チームの規模や特性などが分からない状況で加入を即決したくはなかった為、各チームを一通り見学をする事にしたのだ。
とはいえ機体の修理もしなければならない事を考えると、今週中にはどこに加入するか考えなくてはいけないが。
「資本的な面で言えば、メインスポンサーが駒王重工のチームKOKか、三葉自動車のジャッククローバーって所かな。けどスポンサーが大きい所はその分、要望を受け入れないと面倒になる……技術的にはチームボルゾイが一番良かったんだけど、こっちは資本面が厳しいって言ってたし……」
ぶつぶつと午前中に見て回ったチームの評価を呟きながら、ラーメンを啜る。
独り言を呟いて変な奴だと周りから見られそうだが、ドライバーはレース中の長時間を誰とも喋らず独りでいる事が多いので、独り言が多くなる傾向にある。
なのでこの施設内では彼を奇異の目で見る者はいない。
ただどうしても先程聞こえてきたような、やっかみやひがみ、そして羨望と興味本位の視線を向けられる。
レースであれだけのパフォーマンスを見せ、リオネスにライバル認定されたのだから、それも仕方が無いこと。
しかし当の本人は周囲の一切を意に介さず、名刺に視線と意識を向け続ける。
「やっぱり資金…スポンサーが重要なんだよな……」
CFJが支援をするといってもそれには限度がある。
しかしトップチームには大抵大手企業がスポンサーに付いているので資金的には全く問題が無い。
ただスポンサー権限でチームの方針に口出しされる事も多く、場合によってはスポンサー側が用意した性能的に劣っていると分かる機体に乗ってレースに出走し、しかも勝たなければいけない事もあるし、出たくもないCMに出演しなければいけないこともある。
その上で戦績が良くないと即座に首を切られる事もあるのだから理不尽極まりない。
逆に技術屋の集まったチームはスポンサーが居なかったり、居ても町工場のような中小企業な場合があり、資金繰りに苦心している事が多い。
いや、単純に資金が少ないからこそ、今ある資源を最大限に利用する為に技術力を上げて、資金不足をなんとかカバーしているという所だろう。
そういうチームは、雰囲気はそれほど悪くは無いのだが、チーフメカニックのワンマンチームが多い傾向にあり、人を選ぶチームとも言える。
ヴァルガリオンの元となったヴァリアブルビークルは10年近く前に製造された第1世代の機体であり、今では滅多に見かけない可変機である為、整備するにもそれなりの知識と技術力を要する。
その上、旧式の機体は統一規格以外のパーツが既に量産ラインから外れて生産されていないものが多いので、自分達の手で新造するかオーダーメイドするという形となり、どうしても高価になってしまう。
この事を説明すると、技術力に不安のあるチームや資金繰りが厳しいチームは大体辞退してしまった。
チームボルゾイも今回の機体の修理資金を颯太自身が全額負担してくれれば加入を歓迎すると言ってくれたが、その資金が無いからチームに入ろうとしているのだ。本末転倒も良い所である。
「面倒な事が多いとはいえ、やっぱり大手スポンサーと契約してるチームが安定してトップグルーブにいるって印象だね。勝ちたければトップチームに入れって言われているのも納得だ」
ガンフォーミュラ国際競技協会《Gunabout Formula International Racing Association》――通称GIRAが承認するレースには、GⅠからGⅤのグレードクラス別の他に、グレードクラス内でもいくつかのレースカテゴリーに別けられている。
1つ目は個人開催レース。
野良レースとも揶揄されていて、ヴァリアブルビークルが走る場所を確保出来、申請が通ればどこでも誰でも開催する事が出来る。
ただ人件費や運営費用は個人持ちである為、勝った所で賞金がほとんど出ない場合が多いので、主催者も参加者も赤字を覚悟しなければならない。
基本的には仲間内でのプライベート大会だったり、実力を試す為だったり、試作機やパーツの試用の為だったりとレースに勝つ事以外の目的で開催される事が多い。
一応、ガンフォーミュラは競馬と同じく公営事業であり、個人開催レースであろうと公的に賭博が許可されている為、それである程度を補填していたりするが、トータル的にはどうしても赤字になってしまう。
ただ時々、どこぞの大富豪が趣味で高額の優勝賞金を提示して開催する事もあり、そのレースで一攫千金を狙うドライバーもいるらしい。
ちなみにCFJ主催の選考レースもこのカテゴリーに属している。
2つ目は公営開催レース。
主に国や地方自治体が開催するレースであり、ほぼ毎週末に様々な地域で開催されている。
大抵は国や自治体の年間予算に組み込まれているので賞金もそれなりに支払われるが、開催レースの10日前までに出走登録しなければいけず、もしも何かしらの理由で出走出来なかった場合には違約金を支払わなければならなかったり、レースによっては軽量級限定や殲滅型限定などの特定の条件を満たしていなければ出走出来ないというものもある。
特にGⅢ以上の出走経験がなければ出走出来ないという条件のレースが多く、上位グレードクラスとの対戦が出来るのも特徴の一つ。GⅢクラスから格段にレース難度が上がると言われているのもこういうレースがあるのが理由だったりする。
そして最後がGIRA主催の公認レースである。
公営開催レースの一種ではあるが、GⅡクラスならGⅡクラスのみというように、グレードクラスが同じ者しか参加出来ない特別なレースで、4月から12月に掛けて、およそ3週間に1回の頻度で年間12回開催される。
このレースで得られるポイントの合計が最も多いドライバーがそのグレードクラスのシーズンチャンピオンという栄誉を賜ることが出来る事から、シーズンレースとも呼ばれている。
その性質上、トップクラスのドライバーが参加し、レース難度も高いが、その分賞金額の桁も違う。GⅠクラスならば数千万から億に迫る。チャンピオンともなれば更に上をいくだろう。
このように上位クラスでシーズンレースのような獲得賞金の多いレースで勝つ事で、更にチームの資金は豊富になり、才能のあるドライバーやメカニックを雇い、施設を増強して強くなっていく。
そして現在のCFJ内のトップチームの殆どがGⅠクラスのドライバーを一人以上抱え、大手のスポンサーと契約し、人材面でも資金面でも上位を保っている。
つまりチームとして強ければ強い程、頂点に近付くのも早いという訳だ。
「チームレオーネか……」
トップチームの中で唯一、颯太がスカウトを受けなかったチームを思い出す。
チームレオーネはリオネスが所属しているチームだ。いや、正確に言えばリオネスの為に新たに作られたチームだ。
その運営母体が“黄金皇帝”ライオット=レオハーツが全てを取り仕切るチームレオハーツという事もあって、新設されてまだ実績を上げていないチームにも関わらず、最上位チームの一角となっている。
年間10億円以上を稼ぐライオットの資本力のおかげでスポンサー契約はしておらず、ヴァリアブルビークルの製造工場も自前で持っているので、スポンサー等からの制約が無く、最も自由に走れるチームと言えるだろう。
「多分、最速で頂点を目指すなら、チームレオーネに入って、その後にチームレオハーツに移籍するのが一番なんだろうけど……」
だがその場合、リオネスやライオットとチーム内で争う事となり、身内ではない颯太の方が干されてしまうのは目に見えているので、安易に加入する訳にはいかない。
そもそもスカウトされていないので加入出来るとも限らないし、リオネスにライバル宣言されたのに同じチームに入るのもバツが悪いというのもある。
だが資本力と技術力を兼ね揃え、且つスポンサーがあまり口を出さないというチームはそれほど多くない。
中々の難題だった。
「とりあえず午後からもいくつか見て回ろう。決めるのはそれからだ」
ラーメンのスープを飲み干しながら、名刺の中から午後から回る予定のチームをいくつかピックアップ。
自分に合ったチームが見つかる事を祈りつつ、颯太は食堂を後にするのだった。