11th LAP 激闘の決着
CFJ内がにわかに騒がしくなる。
「おい!スゴイ事になってるらしいぞ!」
「ああ!早く競技場に向かおうぜ!」
「競技場?確か今日は例の出来レースだろ?どうせレコードタイムを出したとかそんな程度だろ?」
「ああ、お前は昨日戻ってきたばかりだから知らないのか。今回の選考レースには理事長肝入りの新人が急遽参戦したんだよ」
「そうそう。しかもそいつがあのリオネスと競ってるんだってよ!」
「ハァッ?!マジか、それ??」
リオネスとシルフィロードの強さは、今日がデビュー戦にも関わらず、CFJ内では周知の事実。
この選考レースも彼女が圧勝すると思われていた為に、観戦するチームスカウトも最小限の人数で、他のドライバーのスカウトがメインというよりも、今期からライバルとなるであろうリオネスの実力を確認する事が目的だった。
期待の新人とはいえ颯太には誰も期待をしていなかったのだ。
だからこそこの大健闘……いや、ジャイアントキリングの可能性は人々を騒がせるのに十分な話題であった。
「まだゴールしてねぇんだろ?だったら急ごうぜ!」
「だから早く行こうって行ってるんだよ!」
彼らの話を耳にした者達が一人また一人と興味を引かれて競技場へと向かう。
そんな彼らの姿を、どこかの学校のものらしきミニスカセーラー服の上から裾が床に着きそうなほど大きな白衣を羽織った黒髪ツインテール少女が見つめて、楽しそうに笑みを浮かべる。
「コレはコレは。かなり面白そうな事になってるではないデスか。ワタクシのゲボクに相応しいかどうか、見物してみるのも良いかもデスね~」
ツインテールを揺らし、白衣とスカートが翻るのも気にする様子もなく、少女はスキップしながら、競技場へと向かうのだった。
* * * * * * * * * * *
稲妻と疾風。
黄金と翡翠。
ヴァルガリオンとシルフィロード。
速水颯太とリオネス=レオハーツ。
漁期はスピードを緩めることも互いに譲る事もなく、競技場の入口門を同時に潜り抜ける。
最後はこの一周8kmある楕円の競技場のトラックを二周――16km走り抜けばそこがゴール地点。
最初のストレートを最高速のまま駆け抜け、最初のコーナーに差し掛かる。
ヴァルガリオンは4つ全てを脚を踏ん張り、ドリフトのように横滑りしながら制動を掛けて最小限のスピードダウンで駆け抜ける。
対するシルフィロードはコーナー前で大きく外に膨れてからコーナーのインに突っ込み再び外側へと流れていくアウトインアウト走法で、こちらも最小限のスピードダウンでコーナーを抜ける。
再びストレートで横並びとなり、続くコーナーでも差は開かない。
正に一進一退のデッドヒート。
残り一周になってもまだどちらが前に出ているかは分かっていない。
しかし三つ目のコーナーを曲がり切った所で、ミシリと何かが軋むような小さな音がする。
客席の誰の耳にも届かない、いや操縦するドライバーでさえ気付けない小さな異音。
その不吉な音はどちらからしたものなのか。
2機が同時に最終コーナーへと突入。
ヴァルガリオンがコーナーの淵に沿ってドリフトし、シルフィロードがその更に内側に強引に割り込んでくる。
だがその瞬間、シルフィロードから放たれていた緑色の粒子の輝きが突如消え失せる。
それに伴ってエンジン出力がガクンと落ち、宙に浮いていた脚が地面の芝生を削り、急速に減速する。
シルフィロードのフェアリックフェザーはヴァルガリオンが持つ機能と同様にエンジンを臨界状態にして限界以上の出力を出すシステムだ。だがまだ未完成であり、当初の予定では余裕で勝利するはずで、使用する予定も無かった為に調整も不足していた。
それ故にエネルギー消費量が尋常ではなく、第1チェックポイントでエネルギーを完全回復させたにも関わらず、完全回復していないヴァルガリオンよりも早くエネルギーが減り、フェアリックフェザーを維持出来る限界を先に迎えてしまったのだ。
「……ここまで来て…私が負ける…?…そんな……訳には…いかないっ!!」
一瞬だけ負ける事を想像したリオネスは慌てて首を振り、その弱気を振り捨てる。
その闘志に呼応するようにシルフィロードは地面へ倒れ込みそうになりながらも、芝生を削る脚を無理矢理前に出して今の速度を維持しつつ、一歩でも前へと、ゴールへと進み続ける。
だがスピード差は歴然。それに走るのが機械である以上、根性だけではどうにもならない。
ヴァルガリオンとの差が僅かな一瞬で開いていく。
誰もがリオネスの敗北と颯太の勝利を確信したその瞬間。
先程のシルフィロードと同様にヴァルガリオンの黄金の鬣が消え失せ、それと同時に森林、鍾乳洞を駆け抜けて無理をさせ続けてきた後脚が地面を蹴る負荷に耐え切れずに折れるように砕け、バランスを崩してコース外へと滑っていく。
「こな…くそっ!まだ諦めないぃぃぃっっっっ!!!!」
颯太もまだ終わらないとばかりに闘志を奮わせる。
地面を滑りながら、もうゼロに近い僅かなエネルギーを使って人型へと戻し、右手にクローアームを装着させて地面に突き立てる。
だがビーストシステムで長い距離を走って酷使した腕にも、もう耐久力は残っておらず、肘から切り折れる。
「まだだぁぁぁ!!!!」
続いて左腕を突き刺すが、これでも勢いを殺す事は出来ない。肘から捻じ切れる。
しかしそのおかげで軌道修正は完了した。
四肢を失い、エネルギーも殆ど空。それでも勝利は諦めたくない。これこそがその執念が為した結果。
頭部と胴体のみとなり、走行不能と判断されてもおかしくない状態のヴァルガリオン。
だがそうと判定されるのは、完全に停止した場合のみ。
故にこんな姿で慣性に任せて滑っているだけでもレース続行と判断され、ゴールラインさえ通過すれば、その直後に動けなくなってもゴールと見做される。
格好良いとは言えないだろう。だが見栄えなど気にしていられない。
今はただどんなに無様でもシルフィロードに勝ちたいという気持ちが強かった。
だがどんなに強い気持ちがあっても、四肢が無くなっては前に進む事は出来ない。
無常にもヴァルガリオンはゴールの直前で勢いを失って停止。
その脇をシルフィロードがゆっくりと追い越し、ゴールラインを超える。
激闘を制したのはリオネスとシルフィロードだった。
* * * * * * * * * * *
「ふぅ……。無理させてしまってゴメン。でも最後まで僕の意思に応えてくれてあるがとうな」
ヘルメットを脱ぎ、コクピットから這い出た颯太はスクラップ寸前とも言える程にボロボロとなった愛機に労いの言葉を掛ける。
「結局勝てなかったな……ってよく考えたら、これでチームスカウトが来なかったらどうするんだ?!全部自費で修理しなきゃならないってこと!?」
これが公認レースならば、リタイアとはいえ累計ポイントのおかげ2位として賞金が出る所だが、今回はCFJ内の選考レースに過ぎず、当然賞金なんてものが出る訳が無い。レースに熱くなりすぎてすっかりその事を失念していた。
しかもシルフィロードと互角以上の走りをしたとはいえ、あまりにも無様な結末であり、チームからスカウトが来ない可能性だってあるのだ。
「頼むから弱小チームでもどこでもいいからスカウトしてくれないかなぁ……」
あはははは、と遠い目をするしかない颯太。
そこに巨大な影が落ちる。
意識を現実に戻し、影の正体へと視線を向けると、最終コーナーで地面を削ったせいで破損した脚を引き摺りながら、シルフィロードがヴァルガリオンを、いや颯太を見下ろすように目の前までやって来る。
そして立った状態のまま、胸部のコクピットが開き、リオネスが顔を出す。
「ソウタ=ハヤミ!今回は私の完敗だ」
最後に引き離す事が出来たとはいえ、結局はゴールする事が出来ずに敗北したのが事実。
いくら彼女の口から敗北宣言を聞いても、到底受け入れられるものではない。
「もしお前の機体の状態が万全だったなら負けていたのは私だったであろうからな。だが次も負けるつもりは無い。覚悟をしておけ!」
自分の言いたい事だけを言い終え、リオネスはコクピットに戻る。
そしてモニター越しに颯太を見詰めながら小さく呟く。
「これで借りは1つ返したぞ。次はシーズンレースで会おう」
来た時と同様、シルフィロードが脚を引き摺りながら去っていく。
ただ負け惜しみを言いに来るような人物には見えなかったので、颯太はリオネスの行動の意味を理解出来なかった。
だがシルフィロードが去ってすぐにその意味を理解する。
「あのリオネスに負けたと言わせた上にライバル宣言されるなんて、あんた凄いな。どうだ!俺のチームに――」
「ちょっと!抜け駆けしないでよね。ウチのチームに入ったら最高待遇で迎えるわよ!」
「いやうちに入ってくれ!そうすれば皇帝の娘なんてブッチギリだ!!」
颯太に殺到するのはこのレースを観戦していたチームスカウトだ。
スピードだけで言うならばシルフィロードに匹敵する実力は評価は出来るが、山岳地帯までの自殺行為と思える無茶な行動を見て、チームの理になるかどうか判断出来ず、スカウトするのを保留していたのだ。
それと今回のレースが特殊なケースだったという事もあり、実力を測りかねているというのもあった。
だが、リオネスの最後の言葉のおかげで、颯太の実力は実際に競った彼女が認めるだけのものがあると印象付けられたのだ。
今シーズンのGⅡクラスは、リオネスとシルフィロードの一人舞台になると思っていた矢先の新人への敗北宣言。
スカウト達の目の色が変わるのも当然だった。