10th LAP 紫電雷音VS疾風霊王
話の展開の都合上、今回は若干短めです
颯太は自身の直感を信じ、ビーストシステムのロックを解除して、エンジン出力を上げる。
それに呼応してヴァルガリオンは一際大きな咆哮を上げ、エンジンが臨界点に達した所で変化が起きる。
「まさか……これは!?」
モニターに映る機体各部の状態を表示する人型の表示が切り替わり、四足の獣のような姿へと変わる。
それと同時にヴァルガリオンそのものにも変化が表れる。
人型だったヴァルガリオンの頭部が沈み込んで胸部に埋没。続いて横広だった肩の装甲が後ろへと折り畳まれ、上腕を覆っていた装甲が二の腕側へとスライド。脹脛の装甲も膝を中心に太腿側へとスライドされて先程よりもかなり細身の脚部が姿を現す。
両の前腕にクローアームが装着され、脚先にも同様の鉤爪が装着される。
大地をしっかりと脚部が踏み締めながら、倒れるように前傾姿勢になると同時に胸部の獅子の顔が前へと迫り出して、前腕の鉤爪が大地を抉る。
人型だったヴァルガリオンは一瞬にして、その姿を四つ脚の百獣の王へと変形させたのだ。
そして獣王となったヴァルガリオンの四脚が力強く地面を蹴り、爆発的に加速する。
「ぐぅぅっ!…こ…こいつはっっ………!!!!!」
その加速力は先程人型状態でエンジンが臨界に達した時の比ではなかった。
急激なGが颯太に襲い掛かり、肺が押し潰されて比喩でも何でもなく口から逆流しそうになる。
しかし颯太はそれを飲み込み、歯を食い縛って更にスロットルレバーを押し込む。
ぶっつけ本番もいい所だったが、今の自分なら耐えられ、この力を扱えると信じていた。いや使いこなせなければ、シルフィロードには勝てない。
事実、鍾乳洞を突っ切るという最短ルートを通って並ぶ事が出来たと言え、第1世代機と第3世代機では基本スペックに差があり、なんとか競ってはいるものの追い越せずにいる。いや、徐々に離されていた。
「ぐぅっ……無茶だろうと…無謀だろうと……無理じゃない限り………やるしかないんだぁぁぁぁ!!!!!!」
獅子となったヴァルガリオンが颯太の決意に呼応するように再び咆え、その口腔からカーボニックエンジンから漏れ出した黄金色の粒子が吐き出されて、頭部を覆い始める。
まるで鬣のように黄金の輝きを靡かせながら、稲妻の如き速さで大地を駆け抜ける。
今のヴァルガリオンは臨界を超えたエンジンパワーに加え、四つ脚によって地面を蹴るパワーが増加し、更に前傾姿勢のような変形によって空気抵抗を極限まで少なくした結果、ヴァリアブルビークルが出せる限界速度を越え、時速200kmに迫る速さを実現させたのだ。
シルフィロードとの差が一気に詰まり、背後へと迫り、並び、そして一瞬にして抜き去る。
目指すゴールまであと僅か。
* * * * * * * * * * *
シルフィロードの横を紫電が駆け抜ける。
その後ろ姿を、獅子の後頭部から放たれる大きな鬣を思わせる金色の輝きを目にしたリオネスは、一瞬、その姿に見惚れ、そして先程ヴァルガリオンに並ばれた事によって中断されていた記憶の再生が早送りのように彼女の頭の中を駆け巡り、当時の記憶の全てを思い出す。
(そうだ。あれは私が初めて父上のレースを観戦に行った時だ……)
リオネスが父親であるライオットのレースを初めて観戦したのは10年近く前。まだ彼がGⅠクラスに上がったばかりの頃。
GⅡクラスが国内最高峰のレースクラスなのに対し、GⅠクラスは海外を転戦する、世界最高峰のレースクラスだ。
そんなGⅠクラスにおいてガンフォーミュラ発祥国である日本は唯一、第5戦と最終戦の2レースの開催権を持っている。
幼いリオネスが観戦したのもジャパンアジアグランプリと言うジャパングランプリなのかアジアグランプリなのかよく分からない名前の日本で行われた第5戦目のレースだった。
ここでライオットが勝利すれば総合優勝に一歩近付くと言われた大一番のレース。
終始先頭を走っていたライオットとゴルドカイザーだったが、最後の競技場の最終コーナーで追い抜かれ、その着順ポイントの差で優勝を逃してしまった。
その相手こそが四肢を持つ獅子姿のヴァリアブルビークルであったのだ。
その後のレースもライオットは尽くその獅子に惜敗。
獅子のドライバーはシーズン途中からのスポット参戦だった事もあって、総合ポイントではライオットがなんとか上回ったが、ライオットとゴルドカ
イザーはその獅子に一度も勝つ事が出来なかったのだ。
しかしそれだけの強さを見せ付けていながら、どういう理由かは不明だが、翌年から全く姿を見なくなり、無敗無冠の獅子王として一部コアなファンの間では有名となっていたが、それも時の流れと共に忘れ去られてしまっていった。
それはリオネスも同じ。
だがたった今、目の前の光景を見て思い出した。
「……そうだ。私がレーサーになろうと決めたのは、父上の影響だけではなく、あの獅子に魅入られたのが切っ掛けだった……」
父の超えられなかった壁。
その存在に憧れ、その強さに興奮し、そうなりたいと願い、そうなる為の努力を続けた結果、今のリオネスが居る。
「……この胸の高鳴り。それはあの獅子に再び出会わせてくれた事による喜び。私が父上が超えられなかった壁を超えられるかしれないという歓び。そ
して私とシルフィロードが全力を出して戦える相手と巡り合った悦び!」
忘れていた感情を全て思い出したかのように満面の笑みを浮かべて、獅子の背を熱い視線で見詰める。
「まさかいきなりデビュー戦でこれを使う事となるとはな……だからこそレースというのは面白い。存分に楽しませてもらう」
リオネスは笑みを湛えたまま、モニターのタッチパネルに触れて、システムを起動する。
「さぁ、風の妖精王よ。今こそ汝が力を解放する時!!」
その音声コマンドに反応して側面に隠されていたレバーが迫り出す。
リオネスがレバーを思いっきり押し込むと、シルフィロードの兜の下のカメラアイが緑色の輝きを放ち、それと同時に肩部、腰部、脚部の装甲がそれ
ぞれ放射板のように展開し、そこからカーボニックエンジンから溢れた緑色に輝く粒子を放ち始める。
「顕現せよ!――」
粒子濃度が高まり、まるで薄い羽根のような形となってそれぞれの放射板から放出。高出力による揚力で軽量級の機体がふわりと僅かに浮き上がる。
「――フェアリックフェザー!!」
最終コマンドと共に背部から爆発的な粒子が噴き出し、まるで妖精を思わせるX字の翅を羽ばたかせて前方へと押し出される。
その加速力はヴァルガリオンに匹敵…いや、地面との摩擦がない分だけ上。
真の力を解放したシルフィロードが大地を舞い、一瞬は離されたヴァルガリオンとの差を一気に縮めて、横並びになる。
閃雷の金獅子と風精の騎士。
抜きつ抜かれつ、追い付き追い付かれ。一進一退の競り合い。
互いに先頭を譲らないとばかりに、限界を超えたスピードでデッドヒートを続ける。
やがて地表が渇いた大地からアスファルトに変わる。
いつの間にか最後の妨害不可エリアへ突入し、やがてゴール地点である競技場が見えてくる。
レースはもう間も無く終わりの時を迎えようとしていた。