煙草の影響と死神は遅れてやってくる
「もう……そんな物騒な物向けないでよ」
約1000度にも及ぶ煙草の火種を向けられているのにもかかわらず、なおも余裕な笑みを崩さないエミリア。
「そんな怖い顔してもムダよ……残念だけど一足遅かったわね。アレの研究データはもう運び出してあるの」
「なんですって……!」
「あら、その様子だとまだ気が付いていなかったみたいね。ま、流石に時代遅れの紙煙草派に私の作戦が読まれていたとも思えないけど……」
「……どういうことよ」
訝かしげに問うアピスに対してさらに笑みを深めるエミリア
「アハハ♪本当にお馬鹿さん……」
いたずらっ子のように無邪気に笑うエミリアの眉間に向かってガットグリルガンを放つ。しかし、突如としてエミリアを守るかのように2対の翼がエミリアを覆い、ピアニスの放った煙草をはじき返した。
「くっ……」
「もう…短気ね。煙草の吸いすぎじゃない?もう少し控えた方がいいわよ?」
「いいから答えなさい!!」
アピスがもう一度引き金に手をかけた次の瞬間、研究区画の壁が破壊されクイーンズ・サーヴァントが2機現れる。近くにエミリアがいるのにもかかわらず、2機はゆっくりと、しかし確実にアピスの方へと向かってきていた
「ふふ…私が作ったのよ。かわいいでしょう?その名もクイーンズ・サーヴァント。私の下僕よ」
2機を従えるかのように立つエミリアに向かって再度ガットグリルガンを向けるアピス。しかし
パァン!
「ぐっ……」
クイーンズ・サーヴァントから放たれたニコチンパッチ機関砲によってアピスの持っていたガットグリルガンは弾かれしまう。
「ああそうそう。あなたが化けていたグローだけど、アレ私なの。存在しない女に中々上手く化けていたわね。褒めてあげる」
「なんですって……!」
「アハ♪やっぱり気づいていなかったのね。なら冥土の土産に教えてあげるわ。この研究所はね、もう半年以上も前から私の物なの」
アピスは戦慄する。自分たちは罠に嵌められたのだと。ここはすでに彼女の根城となっていたのだ。
“幻惑の煙”エミリア・アレクシー
存在するかどうかも定かではない加熱式煙草派にいるとされている人物。能力に関してはほとんど不明。一部では洗脳系の能力と囁かれているが、真偽は不明。知らぬ間に内部に入り込まれ、気が付いた頃にはもういない。まさに幻のような存在であった。
ただ分かることは一つ。彼女はグロー・イクォスという名の存在しない副所長としてこの研究所に潜入。半年という時間をかけて政府直属のこの研究所を我が物にしていたのだ。
「ま、おたくの死神さんにはバレちゃったみたいだけど。でも、遅かったわね」
エミリアはかけていた眼鏡を投げ捨てると、蝶のような羽をはためかせ、フワリと浮き上がり、アピスを加熱式煙草の吸い口で指し示す。すると、それを合図にクイーンズ・サーヴァント2機がニコチンパッチ機関砲を構え、じりじりと距離を詰め始めた。
「欲しいものはほとんど手に入れたわ。ここにいるバカな男共は一人残らず私に欲しいものを貢いでくれた。そうそう、貴方たちのお馬鹿なお仲間も私の実験のための礎になってくれたわ」
「あなたがカマルをッッッ……!!!」
怒りに表情を歪ませるアピス。しかし、武器も奪われ、何も出来ない状態に歯噛みする。そんなアピスの姿を見てエミリアは愉快そうにクスリと笑う
「うふ♪彼は最後の最期まで気が付かないまま私の研究の糧になってくれたわ。私の研究の糧になれたこと、彼もあの世で喜んでいる頃よ。さて、お話はおしまい。さあ、やりなさいクイーンズ・サーヴァント……!」
エミリアの声に呼応するようにクイーンズサーヴァント2機がゆっくりとニコチンパッチ機関砲をアピスへと照準を合わせる。しかし、絶望的な状況なのにもかかわらずアピアスは何か打開できる術はないかと辺りを探る。
「無駄な希望は持たない方がいいわよ。今頃死神さんもこの子達の親玉と遊んでいる頃。あなたを助けに来る人なんて一人もいないんだから」
「くっ……」
しかし、有効な手立てが無くじりじりと壁際へと後退するアピス。
「まあ、もう死んでいるかも知れないけどね。私が創り出した天下無双絶対無敵の対ヘビースモーカー最終決戦兵器の目の前にあの死神さんも……」
ドォンッッッ!!!
エミリアの言葉を遮るように、再び研究区画の壁が破壊される。濛濛と煙が立ち上る中、ギラリと赤い光が煌めいた。
「あら、噂をすれば。おたくの死神も大したことなかったみたいね。さあ、この女狐を踏みつぶしなさい……!」
勝利を確信し、静かに怪しげな笑みを湛えて言うエミリア。しかし、次の瞬間ノスモーキングはエミリアの指示を無視し、まるで恐ろしい何かから逃げるかのようにその巨体からは想像できないほどのスピードで……
壁際へと逃げた。
「なっ……!」
思わず絶句するエミリア。しかしノスモーキングは壁際に張り付いたまま動かず、単眼のカメラはある一点を見つめたまま、ガタガタと謎の振動をしている。
「まさか…まさか……!」
エミリアはノスモーキングが現れた――未だ土煙が濛濛と漂う大穴の開いた壁を凝視する。
すると
カチッ
「ふぅーー……」
土煙向こうから煙草をくわえた……若干息切れをしている一人の男が現れた。
「…はぁっ…ったく、喫煙者に追いかけっこさせるならハンデくらいつけてくれっての」
その姿を見てエミリアはかすかに顔を顰める。
「“死の煙”のケイ……ッッッ!!」
この日、初めて端正な顔を歪ませたエミリアに対してケイは
「ニヤけた顔よりそっちの顔の方がお似合いだぜ?エミリア・アレクシー……」
ニヤリと笑った。