裏切り
「終わったか?」
「ああ、お前も無事逃げ切れたようだな。」
防護服を着た連中から上手く逃げることの出来たケイは、路地裏である男と合流していた。男の名はエイジ。彼もケイと同じく国際手配されているヘビースモーカーの一人である。彼の二つ名は音速の煙その二つ名の由来を知るものはほとんどいないとされている。
なぜならば、エイジの二つ名の由来とされている技を受けた者は全員この世にいないからである。
「そういえば何の用だ?俺をこんな所に呼び出しやがって」
ケイは訝かしげな顔でエイジに尋ねる。
「すまんな。邪魔者が入るとは思っていなかったんだ。」
謝るエイジ、そんなエイジを見て気が抜けたのかポケットから煙草を取り出そうとするケイ。それを見ながらエイジはポケットに手を突っ込む。
「で、早速本題なんだが、今日お前に来て貰ったのは」
エイジは無駄の無い動きで、煙草の箱を素早く取り出すと、箱の中から通常の者より短い煙草を3本取り出した。そして、その煙草を指の間に挟めると怪しげな笑みを浮かべながらこう言った。
「お前に消えてもらうためだ」
エイジは短めの煙草をケイに向って超高速で投げた。煙草はケイの喉仏、人中、鳩尾を正確に射貫き、ケイはたまらず崩れ落ちる。そして、周りのビルにも次々とヒビが入り、今にも崩落しそうになっている。
これこそエイジの二つ名、音速の煙《ソニックブーム》の由来である。彼の繰り出す超高速の煙草は音速の4倍にも達し、投げた煙草からは衝撃波が発生する。周りのビルにヒビが入り、今にも倒壊寸前となっているのはエイジの投げた煙草から衝撃波が発生したためである。
通常の人間ならば良くて昏睡状態、悪くて即死してしまう技だが、ヘビースモーカーであるケイの喉仏、人中、鳩尾は煙草によりボロボロになっているため、衝撃がモロに伝わらず、ケイは倒れるだけですんでいるのである。
しかし、ダメージは大きいらしく、ケイはやっとの思いで立ち上がるが、煙草を咥えようにも、手が震えて煙草を咥えられないでいた。
「カハッ・・・!お前・・・」
「悪いな。お前は良き煙草仲間だったが、俺も健康被害が怖くてな。すまんが旧世代の紙煙草を吸っているような奴には消えて貰う。」
「お前・・・まさか・・・!!!」
何かに気がついたのか、ケイの目は驚愕に彩られる。それを見たエイジはニヤリと笑うと、少し短めの煙草を取り出した。
「ああ。俺はヘビースモーカーの中でも選ばれた存在。ヘビースモーカーでありながら健康にも気を配る存在。」
エイジはケイを見下しながらポケットからボールペンのような機械を取り出し、通常の紙煙草よりも短い煙草を差し込む。
「俺は・・・加熱式煙草派だ。」
「貴様・・・!やはりそうだったかっっ!!!」
加熱式煙草派とは、近年ヘビースモーカーへの抑圧に嫌気のさしていた科学者達が創り上げた健康にそれほど害の無い煙草、加熱式煙草をこよなく愛する一派のことである。ニコチンに渇望しながらも紙巻き煙草はとは折り合いが悪く、度々衝突を繰り返していた。
「さて・・・じゃあお前を殺すか」
強い眼光で睨み付けながらも片膝をついているケイにゆっくりと近づくエイジ。しかし、次の瞬間、ケイは俊敏な動きで後ろに下がった。思わぬ動きに目を見開くエイジ。対するケイは高らかに笑うとこう言い放つ。
「やっぱ、加熱式煙草は紙巻きと違って甘すぎるぜ。詰めも、味も!!」
「な!ケイ!お前!!」
立ち上がれるはずが無い。自分は正確に人体の急所を煙草で穿ったのだ。そうエイジは考えるが、目の前の男は量の脚でしっかりと地面に立ち、煙草を吸っている。
「残念だったな!肺さえやられなければ煙草は吸えるんだよ!」
ケイは驚愕で目が見開いているエイジを笑い飛ばすと、缶に残っていた総数18本の煙草を全て咥え、火をつけた。そして、勢いよく煙草の煙を吸い込む。間違いなく死の煙を放とうとしている。だが、エイジは高らかに笑うとケイにこう言い放った。
「そんなもの!同じヘビースモーカーである俺に効くわけがない!」
同じレベルのヘビースモーカーであればデッドエンドスモークの効果は薄い。それをケイが知らないわけは無い。だが、ケイは間違いなくデッドエンドスモークを放とうとしている。エイジはすかさず煙草を投擲しようと構える。
そしてケイは不敵に笑い、思い切り煙草の煙をエイジに向って吐き出した。瞬間、エイジにはケイの吐き出す煙に白い死に神を見た。だが、エイジも負けじと煙草を投擲する。
死の煙と音速の煙草が激突し、辺り一帯のビルは倒壊していく。
そして
「ぐああああああ!!!」
死の煙は音速で飛翔する煙草をはじき飛ばし、エイジを包み込んでいく。
「はぁっ・・くっ・・・な、なにが・・・」
煙が晴れ、エイジの姿が現れる。
エイジの顔色は悪く、明らかに苦しそうにしている。
「知ってるか?加熱式煙草と煙と紙煙草の煙を同時に吸うとな肺への負担が倍増し、数分後には窒息する。」
それを聞いてエイジの顔は驚愕に染まり、同時に大きく咳き込む。見るからに呼吸が上手く出来ていない。
「くっ!くそ!こんなはずじゃ・・・チィ!覚えていろケイ!!音速飛行!」
憎々しげにケイを睨み付けると、エイジは最後の気力を振り絞り、加熱式煙草をセットし咥えると、ジェット噴射のように煙を勢いよく吐き出し、音速で飛び去っていった。
「……あばよ、煙草友達」
ケイは夜空に消えていく一筋の白い煙を見て呟くと、煙の向こうへと消えていった。