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35 雪菜という人

「雪菜がいない?」


「いないわ。だから、会えない。もう二度と」


 その言葉が意味するものくらい俺にはわかった。


「まだかろうじて生きてる。でも、雪菜は車に撥ねられたせいで今は植物状態。二度と目を覚ますことはないの」


 あの子とはなすことは、もう二度とできない。小学生の頃の思い出に、彼女はずっと閉じ込められたまま、帰ってこない。


「そんな、そんなことが」


「私だっていまだに信じられない。あしたにはひょこっとあたしの前に現れていつもみたいに笑ってくれる。そんな妄想ばかり頭に浮かんでくるの」


 たった数日間のつきあいだった俺でさえ信じられないというのだから、もっと近い関係にあった園崎にとっては大きすぎる出来事だろう。


 園崎の瞳はいつの間にか潤み、つたってくる涙を手で拭っていた。


「なんだか好きになっちゃった、っていったけどさ。もしかしたら、雪菜の代わりになりたいんじゃないかなって思ったりもするんだ。雪菜がいないなら、あたしが雪菜になればいいって。そうすれば、誰も苦し馬ずに……」


「ふざけるなよ」


 あいつは面を食らったようで肩がきゅっと縮こまる。


「園崎真琴は園崎真琴だ。お前は断じて雪菜じゃない。お前はお前でしかないんだよ」


「浦尾にはあたしの気持ちを何も考えてない。そんなこといわれたって、ぽっかりと空いた穴は元には戻らないんだよ。だったら私が雪菜みたいになるしか……」


「園崎がどう考えようとも、それは無理な話だ。なんせ俺はお前のことが大嫌いだったからな」


「その程度のことがどうしたっていうのよ」


「"その程度のこと"? こちらからすれば大問題だ。雪菜さんは一目惚れで第一印象から俺の彼女に対する好感度はマックスだ。対して、園崎は初っ端からマイナスにメーターは振り切れてて、今もプラスになるとは思えない」


 園崎は悔しそうに唇を噛み、必死そうにこちらに反論する。


「第一印象なんて、そんなもの変えようがないじゃない! あたしが見て貰いたいのは、これからのあたし! そこんところ取り違えないでよね」


「これでもうわかったろう? 第一印象が違う時点で園崎は雪菜じゃなく真琴なんだよ。不変の事実だ。真琴=雪菜という証明はここにて成立しないことが自明となった」


「くー、腹立つ! なんなの、そのしてやったりみたいな顔! あたしをからかってるわけ? あんたと付き合いたいっていう気持ちを侮辱するわけ?」


「いい加減わかってくれ。俺はお前を雪菜の代わりだなんて思うことはないんだ。絶対に。これから『雪菜の代わりになりたい』とかいうんじゃねえ」


「わかった、気をつける」


 俺は少し気まずくなってそっぽを向いた。公園から見える風景はいつもと変わらない。それでも、見え方は違う。


「あのさ」


「どうした」


「こ、告白の答え、まだちゃんときけてないんだけど。勇気出してこっちはいってんのよ、きちんと答えなさいよ」


「ちょっと保留だわ」


「どうして」


「俺は、まだ笑里を切り捨てられていない。切り捨てきれてない。話は、すべてに決着がついた後だ」


「……そういうことね、ならいいわ」


 園崎はベンチから立ち上がると、俺の目の前にどんと立ち塞がった。


「あんたがベストだと思う選択をしなかったら、ぶん殴るわよ」


「わかったよ、園崎。決着つけてくるさ」 

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