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29 妹は異変に気づく

 部屋に入る。手洗いを済ませ、ソファに座る。


「俺が、変だってどういうことだ」


「なんで、なんで先に私たちを帰らせたの。園崎のお姉ちゃんからきいたよ。お兄が帰れっていうから帰ったって。すごく怒ってた」


「それには、事情が」


「事情があったとしても、やっていいことと悪いことがあるよ。だって園崎のお姉ちゃん、泣いてたんだもん」


 アイツが、泣いていたのか。たとえ嫌いなやつだとしても、買い物の途中に抜けがけして別の女にちょっかいをかけて。それを堂々とみせつければ、何も心が動かないはずもない。


 だが、まさか泣いてしまうとは予想できなかった。ひどいことをしたという自覚はあっても、どれだけ園崎を苦しめるかどうかは考えられていなかった。


「俺、謝らなくちゃ。いますぐにでも」


「お兄が園崎のお姉ちゃんのお家を知ってるとは到底思えないけど」


「そうだな」


「今日はしっかり反省して。お願い、お兄を嫌いになりたくないから。誠意を見せて」


「誠意、か」


「今日ははなしたくない。早く勉強部屋までいって。真白、これから映画見るから」


 早く部屋にいくよう、真白が催促してくる。


 俺は買ったものを机に置いて、勉強部屋に入った。ドアをしっかりと閉めておく。


 余計なことを、してしまった。


 どうして、俺は笑里から園崎を遠ざけたのだろうか。適当にいなしておけばよかっただろうに。笑里に俺たちの関係がバレるのかもしれない、というのは杞憂だった。


 けっきょく、笑里の代償に園崎と真白を傷付けることになってしまった。


 園崎とのことは、明日まで待たなくちゃならない。


 真白とのことは、今日までに決着をつけておきたいところだけども、きっと今は取り合ってくれないだろう。珍しく強い敵対意識が見え隠れしているからだ。


 机の前に座り、教材を開いてみたが、何も手がつか泣かなかった。多くの感情や心配が頭の中で渦巻いている。


 夕飯は別々で食べた。あいつは食卓で、俺は机の上で。すぐに弁解したい。真白と関係が悪くなるのは、嫌だ。それが俺のせいだと自己嫌悪に陥るのはもっと嫌だ。




 次の日。


「おは……」


 教室に入ってくる園崎に挨拶をしようとするも、完全にスルーされた嫌がられることを覚悟して何度かはなしかけてみようとしたが、ことごとくダメだった。


「鉛筆忘れた」と嘘をいってみたが、「勝手にしておけ」とでもいわんばかりにそっぽをむかれた。


 どう振り返ってもらおうとしても、だめなものはだめだった。


 いつも罵倒されたりグサリと刺さる冷たい視線を送られることになれていたためか、なぜか寂しいと思ってしまった。罵倒されることなんてうれしかったはずがないというのに。


 午前の授業では何も進展なし。授業終了直後、昼前なのでトイレに入ろうとしたとき。


「……ッ!」


 向かいの女子トイレから、手だけがヒョイっと現れ、俺を引っ張る。いつの間にか目隠しをされ、腕を一気に引っ張られる。


「みーつけた」


 そのまま走って俺はどこかへ連れていかれる。


 階段をのぼらされる感覚ののち、俺は目隠しを外された。


「ジャジャーン。笑里でした〜」


「なんだ、笑里か。そんな脅かそうとするなって」


 そう。ここは、屋上へと続く踊り場だ。


「えへへ。驚いた? 拍子抜けした? そしたら、『ドッキリ大成功!』って感じなんだけどなぁ」


 つい、「ドッキリ大成功」という言葉に反応してしまう。園崎の自宅で、俺が包丁を突きつけられたシーンが頭によぎる。


「あれ、なんか意外なリアクション。笑里との思い出の中に、『ドッキリ大成功』なんてワードが出てきたことって、あった気がしないんだけどな」


「いや、なんでもない。それよりさ、どうしてここに?」


「そ・れ・は〜。笑里が手作り弁当をかずっちのために作ったからです! 人目の多いスーパーで、かずっちからあんなアプローチされたらぁ、笑里だって何も思わないわけじゃないんだよ?」


 あいつにとって、ハグという行為の存在が想像以上に大きかったようだ。


 笑里の目がとろんと蕩け(とろけ)、俺に釘付けになっているのはいうまでもない。


「ねえ、ハグのその先、してみる?」


 唇に手をあて、俺との距離を狭めていく。顔が鼻先まで迫る勢いだ。


「悪い、俺にはまだ早いな」


「そっか…… じゃあ、今日のお昼、食べようか」


「あー、昼食コンビニで買ったんだが」


「どうして?私の手作り弁当よりコンビニ弁当の方に愛を感じるっていうの。そういうこと、そういうことかな」


「違う、勘違いするな。コンビニ弁当どうしようかなって」


「それならいいでしょ。コンビニ弁当なんて、所詮封を切られることもなく捨てられるものがたーくさんあるんだし、ね?」


 俺は肯定するしかなかった。正直怖いのだが、いつもの笑里はいいやつだったから切り捨てがたいんだ。


「さ、食べよ?」


 階段を登り、屋上前の扉まで登る。


「実は今日、鍵持ってまーす」


 笑里はポケットから鍵を取り出し、吊り上げて左右に揺らしてみせた。


「どうして?」


「生徒会の子とお友達になったんだ! ちょっと事情を伝えたら貸してくれた」


 ガバガバセキュリティすぎないか、という純粋な疑問は無視だ。


「じゃあ、ふたりきりの屋上へ、いこ?」

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