12 「お兄、園崎さんと笑里ちゃんってどっちが大事なの?」
「お兄、最近女の子の匂いがするね」
「……ゴホン。ど、どうした真白。い、いみわかんねえなぁ。そりゃあ園崎がうちにきてるし当然だよな」
休日。朝食のコンビニ弁当をたいらげているときに、妹が突然変なことをいいだした。
「もちろん園崎さんの匂いもする。でも、なんだか別に懐かしい匂いもするの」
真白は感覚が鋭い。細かい気候の変化にも敏感で、そのせいでよく体調を崩してしまうほどだ。鼻も例外なくよくて、少し汗をかいただけでも「くさい」といわれてしまう。
「ほー、懐かしい匂いか。なんだろうな、洗剤の匂いかなぁ」
「お兄が小学校のときの匂い。甘く包まれる、安心する匂い。そんな女の子なんて、お兄のまわりでいったら……」
「e・i・i」と口パクで答えてきた。
「笑里だ。本当に真白の鼻には誤魔化しがきかないな」
満足そうな表情をして、真白は弁当のおかずをつつきはじめた。
「しばらく笑里ちゃんのお話きかなかったけど、なんでなの、お兄。ちっちゃい頃から仲良かったんでしょ」
「なんだろうな、それぞれでいく道が変わったというか。昔のようにはいかなくなったというか」
「その程度で離れちゃうような関係だったってことなの。ほんとうに仲良しだったらどんなときも離れないものなんじゃないの? 両思いだった、シンデレラと王子様は、『いつまでも幸せに暮らし』たんだよね。それみたいに、あんなに仲良かったふたりなら、関係が変わることってないんじゃないの」
「そういうわけじゃないんだ、真白。関係っていうのは簡単に変わるし、どんなに仲良くてもうまくいく時期といかない時期がある。ずっと気持ちが変わらないっていうのは、おとぎ話の中だけなんだぞ。どんなに愛し合っていたふたりも、実際、破局することだってあるんだ」
『変わらない』関係というものは大事だ。だが、『変化のない』のない関係というのは怖い。何が起きても、変わることのないもの。すれ違うことも、衝突することもない。他者同士で完全に同じ考えに至るわけじゃないだろう。
「なんだか、真白には難しかったなぁ。それで、今は笑里ちゃんのこと、どうなの?」
「少しずつ会う機会が増えて、少しずつ距離を詰めている昔みたいに戻りたいな、とも話してた。仲良く遊んでいた昔みたいに戻りたいなって」
まあ、入学してからまだ片手で数えられるほどしか話していないがな。
「あれ、昔みたいな関係には戻れない、っていわなかったっけ? 関係は変わるものだって」
「それはそれ、これはこれだ。これ以上追及するんじゃないぞ、真白」
昔には戻れないけど、昔を求めてしまう。同じ関係に戻るのは不可能だ。現在求めているのは、「距離を置くこと」からの脱却だ。
「ふーん。それじゃあ園崎さんと笑里ちゃんってどっちが大事なの」
「それは笑里だろう。園崎は俺と正反対の野郎で、いつもすれ違ってばかりでやりずらい。笑里は、長年の付き合いで、俺を全部受け入れてくれる。何をしたら嫌がるか、嬉しがるのかがわかってる。そのおかげで安心して意見をぶつけられるからな」
「衝突がない関係はつまらないともお兄はいってなかった?」
「あー。園崎は例外だ。あれは根本的に反りが合わないんだ。真白、世の中には例外ってもんが存在するんだ。園崎はどんな条件だろうと好きになるはずがないね」
そんなに嫌な人を雇うお兄の気がしれないな、と真白はつぶやいたのち、口を閉ざした。
支度なり片付けなりを済ませたのち、「お兄の意見ってブレブレだね」とこぼされてしまった。俺が反論する前に、真白はテレビの電源をつけて、「シンデレラ」をみはじめてた。
「これから集中して映画観るからお兄は黙って勉強してて。またいつかあの疑問を振るからそのときまでにしっかり答え出して。そうしないとお兄と話してあげない」
わかったよ、と適当にいいかえしても、真白は反応してくれなかった。いつになく突き放された感じがしてショックだった。
「園崎と笑里、どっちが大事か、ね」
笑里に決まっている。それでいいじゃないか。園崎は家政婦的な扱いで会って園崎としては見ていないからな。
「園崎が大事なわけないだろ、そうに決まってる」
俺は自分にいいきかせた。




