例のシーンについて
昨日の夜、遅くまで読んでいた本がおもしろすぎて興奮して、寝付くことができなくて……
だからだろう……
「お、おい! なにをやってるんだ!?」
「危ないぞ!」
だからだろうな。今、私が車道にへたり込んでいて、目の前に猛スピードのトラックが近づいているのは。
ブラックアウト。
次に意識が戻ったときは、なにか舞踏会というか……なんか、煌びやかな……どこでしょう、ここは。
「クリスティーナ・アンリー公爵令嬢」
クリスティーナ? そんな名前ではないはずなのに私はそちらの方を向いてしまう。
クリスティーナは私の名前であると自覚してしまう。この体に残った記憶というやつなのだろう。
私の名前を呼んだのは……
「キース王太子殿下」
この国の王太子であり、そして私の婚約者……
殿下の後ろには私の双子の弟であるグリフィンと騎士団長の令息のティエリ様……その後ろに、そうか……
その後ろにいた人の姿を見て、私はすべてを悟った。
殿下が最近仲良くされているというジル・ロシツキ男爵令嬢。
そうか。私は今から婚約破棄をされるのだ。
ジル様は女の私から見てもとても可愛らしい方で、ぎゅっと拳を握りしめて殿下に熱い視線を送っている。
そんなに殿下がお好きなら、綺麗に別れてあげよう。そう思えるほどに可愛らしかった。
この人だったら仕方がないと思えた。
「クリスティーナ・アンリー公爵令嬢、君と婚約……はっ」
私は目を閉じて、心静かに待つ。
「婚約はきっ、はっ……はっきり言って君と一緒にいられて僕は幸せです! これからもずっと一緒にいてください!」
……
……なに? セリフ間違えた?
ティエリ様が万歳している。
「やったー! ついに殿下が告白なさったー!」
えっ?
グリフィンが泣きじゃくっている。
「ねっ、姉さんの今までのっ、どっ、努力が報われっ、ひぐっ」
えっ?
え、じゃあ、ジル様は……
「よかったですぅ。殿下にアドバイス差し上げたかいがありましたぁ。お2人、とてもお似合いですよぉ」
私は腰が抜けて……
気が遠くなって……
さて、この国の王族には生涯一度だけ得られる特殊能力がある。
これは王の血族だけでなく、その配偶者とされたものについても能力に目覚めるのだ。
それは予言を夢に見ることである。
生涯にたった一度だけ、未来を夢に見るのだ。
この大きくは4つの島からなる王国だ。竜の形をした列島の国。
その島々が沈んでいく……そんな夢を見た。
それは私が前世で前日に夜に読んでいためちゃくちゃにおもしろい小説、小松左京先生の「日本沈没」そのものの光景だった。