陽気なカノジョの隠し事
秘密を抱えたカノジョと陰気なボクの切ないラブストーリー
この物語を読み終えたあなたはきっと涙する
人ってものは信用出来ない。すぐに人を裏切るし、利用する。人間と深く関わっていい事なんて何も無いのだ。僕は人間が嫌いだ。
僕の名前は相沢唯央莉、高校三年生になったばかりだ。この時期は、受験やらで忙しい。だがそんなことは気にならない。僕が一番気にさわるのは最後の文化祭だの、最後の体育祭だの、クラスでバカ騒ぎする事だ。本当に鬱陶しい。
そんなことをいつものように頭の中で考えているうちに、太陽はてっぺんを過ぎて少しづつ沈み始める。
「早く帰りたい。」
ぼそっとそう言うと僕は今日最後の休み時間を顔を伏せて過ごす…
「わっ!!!!!」
「!?」
顔を伏せた瞬間、また騒がしいアイツが来た。僕はこいつが苦手だ。
「びっくりしたでしょ~」
こいつの名前は宮田瑠海。僕とは正反対の活発な女の子だ。毎回毎回本当に騒々しい。なぜ僕みたいな陰気な奴に必要以上に構ってくるのか謎だ。一度聞いてみようと思った事もあったがやっぱり辞めた。
さよならの挨拶を全員と共に済ます。この時僕は当然のごとく声なんて出していない。放課後になり、太陽は姿を消そうとしていた。僕は颯爽と教室のドアを開け、軽い足取りでタッタッと廊下を早歩きしていく。
「バイバ〜イ!」
後ろから大声で叫ばれた。僕は一度振り向きはするが手なんて振らない。
やっと学校が終わった。たった六、七時間だか、僕にとっては半永久的に感じる。
「今日僕喋ったっけ…まぁいいか。」
そんなことを思いながら、最近買ったワイヤレスイヤホンを耳にはめた。そして僕は、自分だけの音楽の世界へと足を踏み入れた。そうしているうちにいつもの河川敷にたどり着き、少し暖かい綺麗な青柳色の草原に腰かけた。
僕にも楽しみの一つくらいはある。こうして座っていると、決まって隣に来る奴がいる。ほら来た。
「よしよし。今日もかわいいな。」
こいつはペコ。純白の猫だ。野生の猫のはずなのに高級絨毯のようなフワフワの綺麗な毛並みだ。ペコと一緒にこの河川敷で太陽が沈むのを見るのが僕は好きだ。凄く落ち着いて、嫌な事も全部忘れられた気がした。
太陽が沈み暗くなると、ペコに別れを告げて家に帰る。
そしてまた学校がいつもの様に始まるのだ。
「おっはよー!」
また彼女だ。なんでこの子は僕にだけこんなにも構ってくるのか。本当に不思議だった。
その次の日もまたその次の日も、何ヶ月も。
そんな事が毎日続き、気づけばもう秋になっていた。僕はとうとう気になる気持ちが限界を超え、彼女に今更ながらに聞いてみた。
「どうして宮田さんは僕みたいな陰気な奴にこんなにも絡んでくるだよ。」
すると彼女は素敵な笑顔で答えた。
「相沢くんは陰気な奴なんかじゃないよ。君が本当は凄く心優しい事を私は知ってるもん。」
僕は何だか初めて人に認められた気がした。その時からだろうか。僕が彼女の事を意識するようになったのは。
その日から、僕と彼女は時折一緒に放課後に出掛けるようになった。今までこんな事をした事がなかった僕は、慣れないながらに楽しんだ。
「こういうのも楽しいもんだな」
「でしょ!やっと分かったか〜。」
こうして僕は少しづつ明るくなっていった。
それからしばらくして、僕は彼女にもペコを見せてやりたくて河川敷に行った。だか、ペコは現れなかった。その次の日も、彼女と一緒の時はペコは現れなかった。
僕と彼女が仲良くなって数ヶ月がたった冬のこと、放課後テスト勉強をしていた時だった。彼女は急に苦しみだし、その場でバタンと倒れてしまった。僕は何度も彼女をさすって呼び掛けた。
「宮田さん!宮田さん!」
彼女はびくともしなかった。焦った僕は、彼女をおぶり今まで出したことの無い全速力で廊下を駆け抜けた。そして保健室へと向かった。僕は終始困惑していた。保健の先生は、最初は驚いていたがじきに落ちつきを取り戻した。彼女は疲れが溜まっていたそうだ。そして彼女をベットで寝かせ、僕は隣の椅子で心を落ち着かせた。すると、彼女のお尻の方からスっと白い尻尾のような物が一瞬見えた気がした。僕は一度落ち着きかけていた心をまたフル稼働させた。
「え、今…」
僕は自分の頬をベシっと叩いた。
「いや、気のせいだ。気が動転しているだけだ。」
僕は必死でなかった事にしたがその日の夜は気になって全く眠ることが出来なかった。
次の日から彼女は、学校に来なくなった。
僕は心配になり、彼女の家を訪ねようと思った。。彼女は、今にもぐずれてしまいそうなアパートに一人暮らししている。アパートの二階にある部屋まで鉄の階段を登る。少しサビ臭い匂いがした。ギシギシと音を立てて彼女の部屋の前まで歩く。そしてインターホンを押した。しばらくしても彼女は出てこなかった。諦めて帰ろうと思った途端ドアをが凄い音を発してギーっと開いた。
「相沢くん!?どうして?」
「宮田さんが心配でさ。」
彼女は優しい笑顔で笑った。その時の笑顔を見て僕は緊張がスーっと抜けていった。
「ごめんね、ちょっと体調が良くなくてね。それより、この前はおぶって保健室まで連れて行ってくれてありがとね。」
「いや、いいよ。体調が良くなったらまた学校に来なよ。待ってるからさ。」
彼女の顔は沈んでいた。さっきの笑顔が作り物だったことに気がつく。僕はまた、少し心配になった。
「ごめん、学校にはもう行けない。」
僕は驚きが隠せなかった。胸の中がザワザワした。こんな感情は初めてだった。
「な、なんで?何か事情があるの?どこかに引っ越すとか?」
「違うの、ちょっと今は言えない…もう少し時間が欲しいな。」
彼女の手は震えていた。何か重要な事を抱え込んでる事は僕でも分かった。こんな彼女を見るのは初めてで、心が苦しかった。僕は今日はこれ以上は聞くのを辞めた。聞けなかった。
「分かったよ。また来るよ。」
こうして僕は彼女と別れ、行きと同じ階段を降りた。さっきより階段の音がずっしりと重く感じた。帰り道は足に鉄球が絡まっているように歩くのがきつかった。
それから二週間ぐらいがたった頃、僕は彼女の家に再び訪れた。今回はインターホンを鳴らしてからすぐに彼女はドアを開けた。その時の彼女の顔、空気からこれから話されることは良いことではないと察した。
「どうぞ、入って。」
彼女の部屋は、アパートのボロさとは裏腹にとても綺麗で少しいい匂いが漂っていた。ただ何か、何かが普通と違う気がした。そして、僕と彼女は向かい合わせに座った。僕ら二人の表情に笑みはなかった。そして彼女が言った。
「これから話すことは信じられないかもしれないけど本当の事なの。」
それから彼女は細々とした声で話し続けた。なぜか話はペコの話になっていた。僕は彼女がなぜペコの事を知っているのか質問しようとしたが、そんなことをする暇もないくらい彼女は懸命に話し続けた。
「相沢くんがかわいがってたペコね…あれ…私なの…」
「え!?」
僕は思わず声が出た。信じられない、本当なのか。頭にはこの言葉ばかりがグルグルと回り回っていた。だか、彼女は嘘を言っているようには思えなかった。
「びっくりしたよね。相沢くん、猫の寿命はね、十六歳くらいなの。それで私はもう相沢くんと同じ十七歳。」
そこまで聞いた瞬間僕は全てを悟り、胸がいっぱいになった。気がつけば目から涙が一滴二滴とポタポタ流れていた。
「ごめんね相沢くん、私もう後数日しか生きられないみたいなんだ。」
彼女の顔を見ると、彼女の目も涙で溢れていた。
「え、宮田さん、嘘でしょ。」
それから僕らは泣いて泣いて泣き続けた。そして枯れることの無い涙を流しながら彼女が言った。
「あと…あと…数日だけ…一緒にいて欲しいな…」
「当たり…前だろ…」
それから僕らは、彼女の部屋に泊まり楽しかった思い出を話し合った。話が絶えることはなく、彼女は最高の笑顔を見せ続けてくれた。昔の人が嫌いだった頃の自分が嘘みたいに僕は彼女の事が好きになっていた。
そして五日後の夜彼女はベットで寝たきりになった。もう彼女は限界だった。僕はその事に気づいていた。そして彼女の手をギュッと握って言った。
「愛してるよ、瑠海。君のおかげで僕は変わることが出来たありがとう。」
彼女は本当に優しい笑顔で答えた。
「私も大好き、唯央莉。あなたと出会えて本当に良かった。今までありがとね。」
そう言うと、彼女は幸せそうに息を引き取った。そしていつの間にか猫の姿に戻っていた。
凍えるほど寒いはずなのに、不思議と暖かい冬のことだった。
今日も少し前とは違う気分で学校へ登校し、下校する。そしていつもの河川敷で青柳色の草むらに腰を下ろし、太陽が沈むのを一人で眺める。あの日の思い出を思い浮かべながら。