Orlaya's Story
大勢の人が死ぬことに、一体どれだけの意味があるのだろう。
歴史の中で、もう何度も繰り返されてきたことだ。
もしも、一度だけでも救うことができるなら。
私はきっと、それを手にするために旅をしよう。
はじまりは、ほんの些細なきっかけだった。
その日私は、傷ついた小鳥を癒やすため、まだ朝もやの晴れない森の中で薬草を集めていた。
「これくらいでいいかな…………ん?」
どこかから、風に乗って悲鳴のようなものが聞こえた気がした。
「あれは……トレント!」
声の聞こえた方へ行ってみると、女の子が体長二メートルほどの木の魔物であるトレントに襲われていた。
「ハルバードよ来い!」
虚空に手をかざすと、空間が淡く発光し、私の得物であるハルバードが現れる。
「伏せてて!」
女の子が頭を下げたのを確認し、ハルバードでトレントを薙ぐ。
ほとんど傷はつけられないが、女の子と魔物の間に入ることはできた。
「フィー!」
友達の名を呼ぶ。
先ほどと同じように空間が淡く発光し、フェンリルが現れる。
「どうした!」
「その子をお願い!」
女の子をフィーに預け、魔物と向き合う。
「レインフォースメント」
自分に身体強化の魔法を掛ける。
「はぁぁぁぁぁ!」
再びハルバードを振るう。鉤爪で引っ掛け、そのまま振り抜いた。
地面に倒れたトレントに斧を振り下ろす。
魔法で強化された力で、斧は深くまで食い込む。
発声器官を持たないトレントは断末魔を上げることも無く動かなくなった。
「ふぅ……大丈夫? ケガは無い?」
ハルバードを消し、フィーが背中に守っていた女の子に話しかける。
「あ、あの……助けていただきまして、ありがとうございます」
女の子はスカートの土を払って丁寧に頭を下げた。
その服装と、年齢に不相応な言葉遣いに、どこかのお嬢様であることがうかがえた。
「どういたしまして。街から来たのかな? 送るよ」
「いいの?」
「もちろん」
* * *
-ジークポリス-
森を出て少し歩くと、ジークポリスという大きな街がある。
女の子が住んでいるという家は、大きなお屋敷だった。
「お嬢様、一人で遊びに行ってはいけないとあれほど……そちらのお客人は?」
扉をあけると、玄関で執事と思われる男性が出迎えてくれた。
「はじめまして。私はギルド・アウロラ所属の召喚術師で、オルレアと言います」
「とりあえず、中へどうぞ」
執事の案内で応接室に通された。
メイドさんがお茶を持ってきてくれる。
「それで、ギルドの方がどのようなご用件でしょう」
女の子が目線をそらせたので、私が森での出来事を掻い摘んで説明する。
「森に魔物が……お嬢様」
執事が女の子を睨みつける。
「で、でも、このお姉ちゃんとわんちゃんが助けてくれたのよ」
「俺は犬じゃねぇ……」
黙っていたフィーが口を開いた。
「これはこれは……フェンリルとは珍しい」
「私の友達で、フィドゥキアっていいます」
フェンリルは珍しい魔物で、元の姿のまま街に入ると良くも悪くも目立ってしまう。なので、今は犬と同じぐらいの大きさに化けてもらっていた。
「左様でございますか。この度はお嬢様をお助けいただき、誠にありがとうございます。ただ今ご主人様はお出掛けされておりまして、わたくしが用意できますお礼はこのぐらいですが……」
「い、いえ、そんなに頂けません」
執事が差し出したのは、一等金貨が十枚。
「しかし、命の恩人ですから」
私がギルドの仕事で一年間掛けて稼ぐ額に近く、さすがに受け取れない。
「えっと、でしたら一枚だけ……」
後ろめたい気持ちはあるが、受け取るまで帰してくれなさそうなので一枚だけ金貨を受け取る。これでも相場の十倍以上だ。
「欲のないお方だ。また改めてお礼をさせていただきます」
「あ、……ありがとうございます」
断るに断れず、流されてしまった。
「えっと、そろそろ失礼します。ギルドに報告しないといけないので」
本当は報告は後でもいいのだが、これ以上何か出されても困るので早めにお暇することにした。
「あ、わたしもお姉ちゃんと一緒に……」
「お嬢様、たっぷりお話しがあります」
「うぅ……ば、ばいばいお姉ちゃん、わんちゃん」
「だから俺は……」
「まぁまぁ。それじゃ、またね」
* * *
-ギルド アウロラ-
「おはようございまーす」
「オルレアさん、フィーさん。おはようございます」
施設に入ると、受付嬢のコノエが出迎えてくれた。
アウロラは主に魔法使いで構成されたギルドで、あまり規模は大きくないが居心地の良い場所だ。
「コノエちゃん、マスターいるかな?」
「ギルドマスターは今日はまだですね。どうかされたんですか?」
「実は……」
コノエに今朝の出来事を詳しく話す。
「街に近いですね……ギルドマスターに伝えておきます。もしかしたら、近衛師団にも報告した方がいいかもしれませんし。あ、その魔物はどうしたんですか? トレントでしたら買い取りできますよ」
「女の子を送ってたから、まだ森の中。片付けてまたくるね」
「はい。お待ちしています」
トレントは木よりも固く、鉄よりも加工しやすいので様々な素材になるとしてギルドが買い取ってくれていた。
私のようにギルドに所属する人間は、ギルドに寄せられる依頼をこなして報酬を貰うか、トレントのように素材の取れる魔物を狩ることで生計を立てている。
「そうですね……銀貨三枚でどうですか?」
「うん。お願い」
一度森へ戻り、フィーを家に残してギルドで素材を売却していた。
「どうぞ。銅貨はおまけです」
「やった。ありがとう」
お金を受け取ったその時、くぅと小さくお腹が鳴った。
「あ、あはは」
「もうお昼ですね。食べていきますか?」
「うん。そうする」
アウロラ本部(といっても支部なんてないけど)には酒場があり、ギルドメンバーの憩いの場となっていた。
「メリアさーん」
「はーい。あら、オルレアちゃんじゃない」
「こんにちは。何かおすすめありますか?」
「ええ。ちょうど良い食材が入ったの」
メリアさんは酒場を取り仕切る女性で、ギルドマスターの奥さんでコノエちゃんのお母さんだ。
マスターと比べると随分若く見えるけど、本当の年齢は誰も知らないらしい。
「おまたせ。熱いから気をつけてね」
運ばれてきたのは、深い器に入った煮込み料理だった。
「ありがとうございます。頂きまーす」
スプーンで大きなお肉をすくい、口に運ぶ。
「わっ! これすごい美味しい! 何のお肉なんですか?」
口に入れた瞬間、じっくりとローストされた骨付き肉にかぶりついているかの様な肉の味が口いっぱいに広がる。しかもお肉はトロトロで、スープに溶け込んでしまいそうなほどだ。
「うふふ。あのね……知らない方がいいことも、世の中にはあるのよ」
「え…………」
それだけ言うと、メリアさんは言ってしまった。
残されたのは、とっても美味しいけど得体の知れないスープ。
「うぅ……えいっ! …………おいしい」
美味しい、けど、何か腑に落ちない。
結局、もやもやとした気持ちを引きずりながら完食したのだった。
結局あれが何の肉だったのかを考えないようにしつつ、食後のお茶を飲んでいた。
「オルレア。時間いいか」
話しかけてきたのは、銀髪の初老の男性。長い口ひげとその髪からおとぎ話に出てくるようなお爺さんを思わせるが、目は鋭く、その服の下には未だ衰えない屈強な肉体が見て取れる。
彼こそが私の師であり、アウロラのギルドマスターだった。
「どうぞ」
隣の椅子を勧めると、マスターはそれを無視して向かいに座った。
「コノエから聞いた。森で魔物が出たらしいな」
「はい。いつも薬草を集めている辺りです」
比較的街に近く、街の子どもたちもたまに遊びに来るような場所だった。
「……街の警備を強化するように言っておこう」
ギルドマスターは昔、近衛師団に所属していた魔法剣士で、今でも近衛兵に顔が効くらしい。
剣術と魔法の両方を使いこなせる人間は少なく、噂によると十年前の戦争を最前線で戦ったとか。
昔のことはあまり話してくれないけど、私もギルドマスターの教えから魔法と近接武器の両方を扱う戦い方をしている。
もっとも、私は潜在魔力が低いので魔法を補助に使った近接戦闘を好んでいたけど。
「それと、お前宛に依頼が来てる」
「私宛ですか?」
通常、ギルドに寄せられる依頼は全て掲示され、私達がその中から受ける依頼を選ぶ。
指名付きの依頼というのは珍しかった。
「誰からですか?」
「ある貴族家の娘からだ。小包を隣街まで届けて欲しいらしい」
貴族家の娘。そういえば名前を聞くのを忘れていたけど、たぶん、今朝の女の子のことだろう。
「隣街ですか……」
隣街までは距離があり、日帰りで行けるような場所では無い。
「今大丈夫かな? フィー」
もしも依頼を受けるなら一緒に行くことになるフィーを呼ぶ。
「どうした」
すぐにフィーが現れる。
私がギルドにいることは伝えていたので、大型犬サイズだ。
「隣街までお使いだって。どうする?」
「俺は構わねぇぜ。好きにしたらいい」
「だ、そうなので、依頼受けます」
フィーが一緒に来てくれるというのなら、別に断る理由は無かった。
「準備が出来たらギルドに寄れ。小包はその時に渡す。依頼主から預かった前金だ」
渡されたのは、一等金貨が一枚。ほとんど私の月収だった。
「あの、ちなみに成功報酬って……」
恐る恐る聞いてみる。依頼の内容的に相場としては前金と合計で一等金貨一枚前後だ。
「前金に加えて一等金貨五枚だそうだ。元は傭兵ギルドに依頼するつもりだったらしいが、相当気にいられたんだな」
まさか、こんな形で”お礼”を受け取ることになるとは思わなかった。
普通に渡そうとされて断ったので、依頼の報酬ということにしたのだろう。私に依頼を断る理由は無いし、報酬はギルドを仲介するので依頼を受ける側が決めることはできない。
うまくやられてしまった。
「あら、よかったじゃない。しばらくは遊んで暮らせるわよ」
「でも、なんだか罪悪感が……」
やってきたのはメリアさんだ。手には例のスープを持っている。
「素直に喜べばいいと思うけどね。はい、フィーちゃん」
「ん、この匂いは……」
「言わないでっ!」
* * *
-街道-
隣街までの小さな旅。
四日間もあれば往復できる距離だが、一度町も村も無い場所で野営をする必要があるので野営具や保存食を購入しておいた。
荷物をショルダーバッグにまとめてからギルドへ寄り、小包を受け取ってから街を出た。
「街から離れるなんて久しぶりだね」
「忘れ物はねぇか? 買ったもんはちゃんと全部持ってるだろうな」
「もう、大丈夫だよ~。そんな子どもじゃないんだから」
「どうだか」
フィーとおしゃべりしながらまずは比較的街に近い村を目指す。
ちなみに、重くかさばる野営具はフィーが背中に括りつけて運んでくれていた。
「あ……」
「どうした」
「……水忘れちゃった」
「お前、水筒は入れてただろ」
「中身入れ忘れてたみたい」
「ったく……次の村までは我慢するしかないな」
水魔法で空気中の水分を集めることもできなくはないけど、私の能力では無駄に疲れるだけなのでやらない方がいいだろう。
幸い、今夜泊まる予定の村はそんなに遠くはない。
* * *
-レーシア-
「ようこそレーシアへ。一泊でよろしかったですか?」
「はい。お願いします」
ジークポリスから徒歩で半日の位置にある小さな村。
中心にある教会の関係者が住人のほとんどを占めるこの村は、旅の中継地点として重宝されていた。
屋台でフィーと夕食にした後、ベッドとサイドテーブルだけの簡素な部屋を借り、服だけ脱いでベッドに潜る。
明日も一日歩き通しなので、夜更かしせずにさっさと寝てしまうことにした。
* * *
「おはようございます。よく眠れましたか? 最近、交易路にも魔物が出たそうなので、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
宿屋を出て、村で朝食と水を買った。
途中何度か休憩を挟みながら、またしばらく歩く。
「雲行きが怪しくなってきたな」
「うん」
朝ではあるが太陽は見えず、灰色の雲が空を覆っていた。
「ん……降ってきたかも」
ポツリポツリと降り始めた雨粒は次第に強くなり、あっというまに土砂降りになった。
「もうっ! ついてない!」
周囲に建物は無く、雨宿りのできそうな洞窟や大きな木を探して走る。
「オルレア」
「あれは……街?」
フィーが指した方に、いくつかの建物が見える。
このあたりに人の住んでいる村や町は無かったはず。
なんにせよ雨宿りができるのはありがたい。
少し走ると、全体が見えてきた。
「ここって……」
そこは、紛れもない街だった。
大きな建物が並び、通りには屋台が出ていた。
しかし、そのどれもが朽ちかけており、屋根や壁が崩れてしまっているものがほとんどで、人の姿は無かった。
「こっちだ」
フィーが屋根の残っている建物を見つけてくれた。
ひとまず、雨が上がるまではそこで休むことにする。
テーブルと椅子が並び、カウンターの奥にはまだ酒瓶やなんかが残っている。
どうやらここは酒場だったらしい。
「シ……ント?」
残っていた看板に何か書かれている。たぶん、この街の名前なのだろう。
「いや、シレントだ」
店の奥に、大きな掲示板があった。
シレント公営掲示板と書かれたそこには、私たちが普段ギルドで目にするような依頼の書かれた紙が貼りつけられている。
しかしそこに書かれている日付は、新しいものでも十年近く前のものだった。
「ここって、もしかして……」
近くのテーブルに、自分が持っていた地図を広げる。
やはり、シレントなんて街は載っていない。
掲示板には、当時の新聞も張り付けられていた。
元は交易で栄えた商人の集う街だったらしいことがうかがえる。
「交易路で魔物出現、各ギルドに討伐依頼……」
記事では、日付を辿るにつれギルドへの討伐依頼件数と、魔物による犠牲者の数が増え続けていくことを伝えていた。
「緊急避難指示……やっぱり、この街は十年前……」
この世界において、人の歴史は魔物との戦いと共にあった。
小規模な小競り合いは常に起きているが、数年おきに発生するスタンピード、つまり魔物の異常暴走は大きな被害をもたらしてきた。
そのたびに人々は武器を取り、力を合わせて魔物と戦ってきた。
しかし、十年前、私がまだ幼いころ、近代史上最大の戦争が起こった。
世界各地で同時多発的に魔物が大量発生し、三千万人もの犠牲者が出た戦い。
多くの町や村が魔物に襲われ、地図から名前を消したらしい。
おそらく、ここもそういった街の一つなのだろう。
幸い、それ以降大規模なスタンピードは一度も発生していなかった。
「フィー、お昼にしよっか」
誰もいない酒場での食事は、どこか寂しい。
静寂の中に、雨の音だけが響いていた。
「雨、止んだね」
しばらくすると雨も上がり、日の光が差し込んでいた。
太陽が顔を覗かせ、さっきまでの雨が嘘だったかのような青い空が広がる。
「行こっか」
* * *
日が落ちる前、適当な丘の上で野営の準備を済ませていた。
レーシアから目的地までの間に、一日でたどり着ける宿がないため、どうしても一日は野営をする必要がある。
「イグニス」
組んだ木に魔法で火を着ける。
小さな火を徐々に大きくしていき、焚火を作る。
もう少し高位の魔法が使えれば一瞬で火を起こせるのだけど、私は召喚術と身体強化以外の魔法は苦手だった。
お湯を沸かしてお茶をいれ、携行食糧で簡単な夕食にする。
「おやすみ、フィー」
「ああ」
寝袋に包まって寝る。
星空が綺麗だった。
「おい、オルレア。起きろ」
「う、ん……?」
フィーに起こされる。まだ真夜中だった。
「何か気配がする。四つだ。囲まれてる」
「魔物?」
極力音をたてないように、急いで荷物をまとめる。
「いや……人間だな」
真夜中に包囲しながら接近してくる人間。
通りすがりの旅人じゃないのは間違いないだろう。
「野盗……」
旅人を襲い、金品を強奪する。
自警団のいる街や村から離れた場所では、残念ながら魔物のほかに人間に襲われることも無いわけではなかった。
恐らく、焚火を見られていて寝静まったのを見計らってきたのだろう。
「乗れ。突破する」
荷物を持ってフィーの背中に乗る。
「行くぞ」
フィーが丘を飛ぶようにして駆け降りた。
途中、人間とすれ違う。
その風貌は旅人とは言い難く、盗賊で間違いないだろう。
まさかフェンリルに乗って逃げるとは思っていなかったのだろう。追いかけてくる気配はない。
一瞬のうちに距離は離れ、すぐにお互いの姿が見えなくなった。
* * *
しばらく走り、川辺で一度足を止める。
「このまま街まで……おい」
真夜中に起こされたこともあり、まだ眠かったオルレアはフィドゥキアの背中で眠っていた。
「ったく……」
オルレアを背中から下ろし、フィドゥキアが周囲を警戒する。
結局、朝までオルレアが目を覚ますことは無かった。
* * *
翌朝、川で顔を洗い、朝食をとってから出発する。
目的地まではもうすぐだ。
-ノイエシュタット-
無事目的地だった街、ノイエシュタットに到着した。
「で、荷物の届け先はどこなんだ?」
「えーっと……あそこかな?」
小包と一緒に渡された地図を見ると、示されていたのは街のほぼ中心。
街の中心にある家といえば……
「領主の屋敷、だよね」
「みたいだな」
どうやら荷物の宛先は領主の娘さんらしかった。
* * *
「野盗ですか。お怪我はありませんでしたか?」
「はい。私は大丈夫です」
荷物の差出人の名前を言うとすぐに応接室に通された。
小包は無事届けることができ、今は領主に道中で遭遇した野盗について報告をしていた。
「最近魔物の出現報告が増えておりまして、自警団も街の警備で手一杯なんです。ギルドにも依頼は出しているのですが……」
まだ新しいこの街ではギルドの数が少なく、全てに対応できているとは言い難い状況らしい。
「もしオルレアさんさえよければ、野盗討伐の依頼を受けてくださいませんか? もちろん報酬は出します」
「いえ、私は対人戦闘の心得は無くて……すいません」
これは嘘だ。元近衛兵のギルドマスターからは対人戦闘術も叩き込まれているが、できるかぎり人とは戦いたくなかった。
私たちの敵は魔物であって、人ではない。
「そうですか。あまり事態が悪化するようでしたら、王国軍の派遣を要請する必要があるかもしれませんね……」
基本的に王都や大都市を除き、地方都市の警備は領主に一任されている。
領主は私設軍を持つか自警団を編成して治安維持を行い、魔物の対処をギルドに依頼するのが普通だった。
「何はともあれ、荷物をありがとうございました。娘も喜んでいます」
「それはよかったです。では、失礼します」
屋敷を後にし、帰りの分の水と食料を市場で購入する。
「フィーは何か欲しいものある?」
「別にねぇな」
コノエちゃんとメリアさん、それとギルドマスターにお土産を買ったら出発する。
早く出ないと、また野盗に襲われた辺りで野営をすることになる。
帰りは少し道を変えることにした。
* * *
街が見えなくなってからしばらく経ち、周囲に背の高い木々が見られるようになってきた。
地図によると、このまま進めば森があるらしい。
「ん? あれって……」
遠くの方に、数体の人影が見える。
よく見てみると、何かを囲んでいるらしい。
「っ!? レインフォースメント!」
「あ、おい!」
フィーの静止を聞かずに、魔法で強化された足で走る。
人影が見る見るうちに近くなり、その姿がはっきりと見えてきた。
人型の魔物、オークが三体。今にも子狼に襲い掛かろうとしていた。
「ハルバードよ! やぁぁぁぁぁぁっ!」
走った勢いのままに、ハルバードの先端で突きを放つ。
オークからハルバードを抜きつつ、そのまま大きく振りぬく。
二体目のオークの横腹に斧が食い込む。
「フィー! そっちお願い!」
「任せろ!」
残った一体の頭を、追いついてきたフィーが噛み千切る。
本来の姿になったフィーの体長は二メートル以上になり、噛まれれば人間サイズのオークはひとたまりもなかった。
ハルバードが食い込んだままのオークに止めを刺し、身体強化魔法を解く。
「ふぅ……大丈夫? 怪我してない?」
襲われていた銀狼の子どもに手を差し出す。
「何してたの?」
「群れからはぐれたんだとよ」
私は動物たちとお話しできないので、フィーが通訳をしてくれる。
普通は魔物と人間がコミュニケーションをとることも不可能なのだが、フェンリルのような高位の魔物の中には人語を理解する存在もいた。
「どこから来たのか分かる?」
「暗闇の森、だそうだ」
地図を広げてみるが、そんな名前の森は無い。
「この先の森のことかな?」
「たぶんな」
街道からは外れてしまうけど、方角は同じなのでそのまま送りとどけることにした。
「親子みたいだね」
「うるせぇ」
歩くのが遅い子銀狼をフィーの背中に乗せ、森の中へ入る。
奥の方へ進むと、木々がうっそうと生い茂り、昼だというのに薄暗かった。
狼たちが暗闇の森と呼ぶのもわかる。
「こっちだな」
「何か聞こえた?」
「ああ。こいつのことを探してるらしい」
フィーの耳と鼻を頼りにしばらく歩くと、狼の群れ、ウルフパックに遭遇することができた。
子銀狼がフィーの背中から飛び降りて群れに帰っていく。
「えっと、私が出て行ったら襲われちゃうかな?」
「いや、心配ねぇさ」
群れから子銀狼が出てくる。
「ありがとう、だと」
「うん。どういたしまして」
頭を撫でると、今度こそ群れの中に戻っていった。
狼の群れはそのまま森の奥へ消えていった。
「じゃぁ、行こっか…………どうかしたの?」
「ああ……何かあるな」
フィーが見つめていたのは、狼たちが去っていった方とは別の方角。さらに森の奥深くだった。
「何か、って? 魔物?」
「いや、魔物じゃねぇな。もっと強い力だ」
「行ってみよう」
「こっちだ」
フィーの案内で森の奥へ進んでいく。
木々の密度は増し、足元がよく見えないほどに暗くなってくる。
「あれだな」
その中で、茂みの奥が淡く光っているのが見えた。
近寄ってみると、その周囲にだけ植物が生えず、自然にできた祭壇のような場所に、淡く輝く石があった。
フィーの言う強い力というのは、この石のことらしい。
「なんだろ、これ」
「強い魔力が封じ込まれてる。魔物が体内に宿してる魔力そのものだ」
「えっと、もしかして危ないもの?」
「ああ。今はまだ弱いが魔物の発生源になる可能性がある」
そんなものを置いていくわけにもいかず、かといって街に持って帰るわけにもいかないので、ここで破壊してしまうことにした。
身体強化魔法をかけ、ハルバードを召喚する。
「せいっ!」
思い切りハルバードを叩きつけると、光の粒子をまき散らして石は粉々になり、その輝きは消えた。
* * *
-ギルド アウロラ-
あの後、特に何もなく無事に帰ってくることができた。
「これは?」
「森の中で、砕く前は光ってたんです。フィーが言うには、魔物が持つ魔力が封じられていたとか」
持ち帰った例の石の破片をギルドマスターに見せる。
「どこにあった」
「ノイエシュタットから少し西に行ったところにある森の奥です」
「そうか……」
それから、ギルドマスターは十年前の戦争について話し始めた。
はじめはなんて事のない魔物の出現報告で、誰も気には留めていなかった。
しかし、いくらギルドが魔物を討伐しても一向に魔物は減らず、次第に商人や旅人に被害が出始めた。
事態を収拾できなくなった都市から王国軍への出動要請が出始め、軍が出動準備を整えたころには魔物の被害は国中に広がっていた。
当時、王国軍の駐屯地は王都周辺の都市にしか無く、中央から遠い都市への派遣はとても間に合わないとして避難指示が出され、その直後に町が一つ消えた。
事態を重く見た国王は総動員を発令、王都に近い位置に反抗拠点として砦を築いた。
その後勝利を意味するジークポリスという名前を付けられ、今では街として発展したそこは、まさしく最前線だったらしい。
王都に迫りくる魔物を撃退した後は繰り返し地方へ遠征し、魔物に占領された地域を開放する。
砦は見る見るうちに負傷者で溢れ、毎日人が死んでいった。
昼夜を問わず出撃を繰り返し、王国全土を再掌握する頃には、軍民問わず膨大な数の犠牲者が出ていた。
「遠征先で特に魔物との戦闘が激しかった地点がいくつかあった。お前がその石を拾った森も、その中の一つだ」
「つまり、この石が魔物の発生源……ってことですか?」
「その可能性はあるが、調査してみないことには何とも言えんな」
「調査と言っても、もし地中や水中にあったらどうする。あの魔力は人間には探知できないぞ」
横で聞いていたフィーが話し出す。
「魔物だったら見つけられるんでしょ?」
「あのなぁ……俺みたいな魔物が他にどれだけいると思う?」
「石を見つけられるのは、人語を理解する魔物と心を通わせ使役する召喚術師だけだ。世界中に何人もいないだろうな」
「それってつまり……?」
「石を探せるのはお前だけだ」
もしも、あの石が本当に魔物の発生源なのだとしたら。
もしも、その全てを破壊することができたとしたら。
「マスター。私、探しに行きます」
「オルレア、分かってるのか。アレはきっと世界中にあるぞ。それに、破壊してもまた自然に生成されないとも限らない」
「でもフィー、もし一度だけでも戦争を止められるなら、どんなに時間がかかってもいい」
私はもう、たくさんの人が死ぬのは嫌だ。
「いや、時間はもうそんなに無いだろう」
「どういうことですか、マスター」
「前の戦いからもう十年も経っている。もし、その石が周期的に魔力を放出しているのだとすれば、次がいつ起こっても不思議ではない。最近、街の付近や交易路での魔物の出現報告が出ている。前の時と状況が同じだ。十年間溜め込まれた魔力が一気に放出されれば、前以上の戦争が起こる可能性もある」
「マスターは、次の戦争までにどれだけの猶予があると思いますか」
「前の時は、最初の前兆と思われる報告から約一年だった」
一年。
世界中を旅するには短すぎる時間だ。
それに、あの石を探しながらとなれば、どれだけの時間がかかるか分からない。
「それでも、少しでも可能性があるのなら、私はやります」
「フィドゥキアはいいのか」
「ふっ。もう何年オルレアの面倒を見てると思ってる。どこへでも行ってやるさ」
「……分かった。旅の支度はこっちでやろう。今のうちにゆっくり休んでおけ」
そのままマスターは席を立ち、ギルドの奥へと消えていった。
「なんだか大変そうね」
マスターに変わって、メリアさんがやってくる。
「また新しい食材が入ったんだけど、食べていく?」
「またミノタウロスじゃないだろうな」
「今度はマンイーターのサラダよ」
「ミノタウロスだったの…………」
「あ……お、おい! しっかりしろ!」
「あらら……」
* * *
気が付いたとき、そこは見慣れた森の小屋だった。
私が気を失った後、フィーが運んでくれたらしい。
「どのくらい寝てた?」
「一時間も経ってない。食べ物一つでそれじゃ、前途多難だな」
「だって……」
ミノタウロスと言えば牛頭の魔物であって、決して牛ではない。
普通、魔物を食べようとか考えない。
「フィー、こっちきて」
「なんだよ」
「……フィーの匂い」
「嗅ぐな」
「あったかい……」
「おい、そのまま寝るつもりじゃないだろうな」
「おやすみ~」
「……ったく」
森の奥の小屋で眠る一人と一匹。
不気味な静寂の中に少女は小さな寝息をたてながら、今日も夜が更けていく。
オルレアちゃんは友人が描いたイラストと設定をもとにしています。