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如月の初桜(はつはな)   作者: 鈴 初夏ノ影
9/15

望桜の潔白

午前が終わり、午後になるとガレンの仕事も終わりになる。みんな、立派な座敷童子になろうと必死で悪い事もしないらしい。万一、そんなことが起こっても彼女達で解決してしまう。

 朝来た時と同じ様に、3人で帰ろうという頃、玄関が騒がしくなった。なになに?と少女達がその方向へ群がって行くのを制しながら、ガレンはそこへ向かう。その時、少女達の群れから少し離れたところにいた私に、最年長かリーダーのあの子が話しかける。

「あ、あの!もしかして、あけちゃん…?」

「あけちゃん?」

 私が知らない人の名前にきょとんとすると、その子は残念そうに眉を下げる。

「あ、いえ。人違いでした。緋志って子なんですけど」

「緋志…」

 前世の私のこと。まだ、100%信じれるって訳じゃないけど。

「知ってるんですか⁈」

 その子の表情が夜明けの様に輝く。

「うーん、どうかなぁ。探してるの?そのこ」

「はい。十数年前にいなくなって、ずっと探してるんです。でも、私もこんな未熟者で忌子だから、全然情報とか見つからなくて…」

 元の私を探している。この子の暗い表情の原因が自分で、その自分がこの子を知らないことに、無性に謝りたくなる。でも、この場で謝ればその理由まで説明する羽目になってしまう。

「ごめんなさい。あなたが成長したあけちゃん、緋志ちゃんのことなんだけど、そんな感じだったの。あけちゃんみたいな、綺麗な珍しい漆黒で巻き髪風の癖がついた髪とか、似ていて…だから、あけちゃんと間違えてしまったの」

 謝らないで。謝りたいのは、私なのに。

「緋志を出せと言ってんだ!」

「だから言ってるだろ!ここにその緋志はいねぇって」

 2人の怒号が耳に入った。一つはガレンのもの。もう一つは、知らないしゃがれた声。

 ひっ、と息を飲みながら少女達は奥へ戻って行く。私もそれに続く。そして、何事も無いかのように誰かから口移しで物を教わっていたり、書物から覚えようとしていたり。優秀すぎるなぁ、と感心していた所、すっ、と扉が開き、ガレンが私に手招きしていた。

「どうしたの?」

 ガレンの元へ行くと、厳めしい顔付きの人もいる。罪人を前にした警官のような表情。無性に罪悪感に囚われる。

「お前の言う緋志はこいつか?全然違うだろう。魂検知器当てても無駄だと思うがな」

 また、疑われてんの?初めてここに来た時と同じ様に。その男はどうだかな、と言うように鼻で笑って私の額にスマホ、もとい、魂検知器を当てる。

 ピーーー、ピ、ピ…ピー、ピ、ピー(?)

「微妙な反応…悪いがこの女は連れて行く」

「えっ!?」

 前は何もなかったのに、なんで。

「反応は微妙だが、可能性は0じゃない。ま、拷問に掛けるか、無理矢理真実を調べられるか選べるが、いい事はないな。ほら、

行くぞ」

「そうされる理由がわかりません。私は朝比奈望桜で、緋志という子じゃありません」

 努めて冷静に。努めて無機質に。こういう事になったら、我を失った途端、終わりだ。

「フン、悪いが、怪しいから緋志かそうでないかはっきりさせんだ」

 やだね、私は。私は…?

 黙って断る私を後ろ手にし、強引に連れて行く。これは、従わないと痛くなるやつだ。初めてされたけど、関節技とかされたことないけど、テレビでそういうのをされていた芸人さんを見る限り、無言でやり過ごすことは出来ないのだろう。

 仕方なくその男の言う通りにするが、その前に少し視線をガレンにやると、ガレンは私に背を向けていた。あの少女達のいる部屋へ向かうのが、足音でわかる。そして、背中越しに発せられた彼の言葉には、慈悲が微塵も感じ取れなかった。


「仕方ないな」


☆ ☆

「真瀬、朝比奈は?」

「連れてかれた」

「は?」

 朝比奈を呼んだのに、一人で戻ってきた真瀬は、信じられないことを口にする。連れて行かれた。

「緋志だったから?」

「そうだ。いつかこうなるとは思っていた。仕方ない」

 いつかこうなるのは、わかっていた?なのに、対策をしてこなかった。なぜ。そこまでして、朝比奈を座敷童子にしたかったのか。なら、なぜ対策を。

「あのお姉ちゃん、あけちゃんだったの?」

 俺の思考回路は、朝比奈と話していた女の子の乱入によって止められてしまう。

「まあ、前世が緋志で、今は朝比奈望桜だ。半分合っていて、半分間違いだな」

「その事、あのお姉ちゃんは知ってたの?」

「前に話したが、完全に信じ切れる訳じゃない。だから言わなかったんだろう」

 2人、ちんみりとしているが、俺の中の憤りは増幅を止めない。奥歯が痛む程歯を食いしばって、爪が皮膚を裂くんじゃないかと思う程手を握りしめる。それでも、僅かに残った理性でそれら全てを押し留める。八つ当たりしたって、何にも変わらない。

「朝比奈は、どこにいるんだ?」

 ほんの少しの理性だけでは不十分で、漏れた怒りが声を震わす。

「多分、使者の集う拠点だな。正式名称は知らん。いわば、警察署みたいな場所だ」

「じゃあ、朝比奈は、逮捕されたって訳か?」

「いや、逮捕というより、職質だけじゃ、まだ怪しいから署に行って潔白を証明しに行ったって感じだと思う」

「朝比奈は、本当に『潔白』なのか?」

 真瀬は、『朝比奈の潔白』と言った。でも、朝比奈は緋志でもある。前世の朝比奈が、今の朝比奈に影響しているなら。

「……完全なる潔白とは言えない。グレイだ。朝比奈は、緋志でも朝比奈でもあるから、グレイとしか言いようがない」

 しばらくの沈黙をはさみ、眉間に難しさを刻んで小さく言う。やっぱりか。

「いつになれば、朝比奈は戻ってくる?」

「わかんねぇな。魂の転生って奴はまだ世間に浸透してないし、第一、まだ完璧な証拠がない。俺の研究によると、転生した魂は前世の魂と今世の魂の両方の魂が影響し合って、あの魂検知器が微妙な反応をする」

「魂の転生…?」

 下から高い声が発せられると、真瀬はハッと何かに気づいたようになり、その女の子にさっきの事は忘れるように言い、適当な文句を付つけて俺の手を引いて建物から出てしまう。

「いいか、これから言う事は誰にも言うなよ。それより転生って知ってるか?」

「転生って、生まれ変わりだろ?」

 庭の木の影にこぢんまりと俺らが収まると、至極真面目な面持ちで話始める。

「簡単に言うとそうなる。詳しい話をすると、人は死ねば死んだ人の霊がここの黄泉の門を通って人生の裁判を受け、次を迎える。大体は成仏するんだが、色々あったんだろうな、輪廻に迷い始める者も出てくる。その中でも人道に行く、つまり再び人になる事を転生といっている。ま、人じゃないけど生まれ変わる事自体を転生という人もいるが、要は魂の在りどころが変わる事だ」

 今一つ理解出来ないが、生まれ代わるというのは、元々魂があった場所、つまり元の人から別の人へと魂が移ることなんだろう。

「それで魂の転生なんだが、これは魂自体が生まれ変わることになる。その転生した魂は、転生前の魂の影響が出る。魂検知器は魂の言わば指紋のような物を調べてるんだが、転生した魂は転生前の魂に酷く似ている。だが、違う箇所が数箇所ある。だからアレが微妙な反応をする。朝比奈も、そうだっただろ」

「まさか…」

「そのまさかだ」

 朝比奈は、緋志という人の転生した魂の持ち主なのだ。

「それで、朝比奈はいつ帰って来るんだ?」

「…わからん。あいつの完全なる潔白が証明されるまで、解放してくれないだろうな」

 ……嘘だろ

☆ ☆

 朝比奈はただ、“2月21日”を終わらせたかっただけ。それなのに、何故、無期懲役のような待遇を受けないといけないのか。

 俺のせいだな。俺があの時、朝比奈に声さえかけなければ。俺があの時、勇気を出さずに、いつものように見ているだけだったならば。こんな事にならなかったんだ。

 ずっと前から、朝比奈が何をしているのか、予想はしていた。いや、あの廃神社で願っている姿は、ずっと前から木と夕焼けの闇に紛れながら見ていた。それなら俺も、20年生きた事になるのだろうか。あの大人びた凛とした自我のある朝比奈のような。

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