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如月の初桜(はつはな)   作者: 鈴 初夏ノ影
8/15

仕事見学

目を開けると、知らない、私のものじゃない布団。そうだ、ここは黄泉国だ。私は2月21日を終わらせるために、ここにいるんだ。

ガバッと起き上がる。二度寝の眠気を誘うような温もりから脱すると、2月の冷気が肌を刺し、私を起こす今日から活動開始。2月21日を終わらせる。否、無事な未来を迎える。

 壁掛け時計は午前6時過ぎを指す。どこにいても変わらない、己通常運転さを実感する。スッと襖を開けて昨日聞いた洗面所へと向かう。聞いた通りの場所からタオルを取り出して、洗顔しようとすると。

「あ、朝比奈 望桜…!そ、そんな姿で…!」

 同じく洗面所を使おうと思っていた縹衛が、戸惑いを見せた。

「おはよう。何、そんなに動揺して」

 きょとんとしながら挨拶し、訝しげに首を傾げて疑問符を告げる。

「そ、そんな格好で出てくるんじゃありません!早く着替えて来てください!」

「はぁ…」

「早く!」

「…はい」

 私の微妙な返事に、縹衛は急かせる。後で聞いた話だが、寝巻きのまま家の中を歩き回るのはよろしくないらしい。疑問になるが、文化の違いだと無理やり飲み込んだ。

☆ ☆

「それで、どうやれば現世の“今日”を終わらせられるか知ってるの?」

 朝食の席で、気になっていた事を聞くと、ガレンは無論だと言わんばかりに白米を頰張る。このご飯は私が作った。昨夜、食べさせて頂いた縹衛の鍋は酷く個性的な味がしたのだ。お陰で昨夜と今朝と、それぞれ1時間ずつお手洗いを占領させて貰う事が出来た。

「けんみふにいふほ、もふ、きょうふぁおふぁってふ」

「その口の中に入れたものを全て飲み込みんでから言って」

 あと、口元に米粒が1つ。それに気付かないガレンは倍速で顎を動かし、飲み込む。

「厳密に言うと、もう、”今日”は終わってる」

 思わず、ぽちゃんと味噌汁の中に豆腐を落とした。“今日”は、終わってる?

「どういうこと?」

「いかなる呪詛も、その呪を唱えたものがいなくなれば、効力は失われる。望桜が唱えてたのも、そうだ」

 なら、ならば。私は。

 沈黙して茶色い箸を握る右手を見つめる。2月23日は、無事に来ているというのに、私は、こんな所にいる。

「…帰る。帰らせてもらう」

 箸と顎を速く動かし、胃に詰め込む。味わうこともしなかったが、自分の料理だ。別に構わない。

「無理だ。あそこはもう通れない。お前はここにいて然るべき存在だ。それに、望桜がまた向こうに、人間の朝比奈 望桜としていけば、また永遠ループが始まる」

「嘘だ」

「嘘じゃねえ」

 腹が立って、頭がおかしくなりそうだ。冷静になるために先に自分の分の食器を片付けてける。

 かちゃかちゃとシンクの中に、早食いの縹衛と自分の分の食器を入れると、もう2セット分運ばれた。これも頼む、と放り込まれたそれらを仕方なく洗い出す。

「なぁ、座敷童子に戻らないか?」

 背後から凭れ掛かるようにして、耳に直接聞こえた声。それは、低く落ち着き、そして無機質。端から見れば年頃の少女の憧れるシチュエーションかもしれないが、今の私には怒りしか込み上げてこない。水を勢いよく出し、手に持ったお皿を割ってしまいそうになる。

「断る」

「そうか」

 出来る限り低く、出来る限り落ち着いた風を装って言い放つと、あっさりと向こうへ行ってしまった。私は、20になっていようが、何者だろうが、関係ない。私は、女子高生朝比奈 望桜だ。恋くらい憧れたっていい年頃なんだ。

☆ ☆

「望桜」

「もう下の名前で呼ばないで貰える?もう恋人同士じゃないの、忘れたの?」

 あと、包丁を扱ってる時に声を掛けないでほしい。怒りで理性が吹っ飛んでしまったらと思うと、考えたくもない!

「んじゃ、朝比奈」

「何?」

 眉間に皺が寄る。落ち着け。感情に負けて最悪の事態だけは。

「座敷童子の仕事、見ないか?」 

 ざぐっとそれまでより大きい音を立てて葱を切り終えると、包丁を置き、そそくさと手を洗う。ああ、怖かった。

「そこまでして、私を座敷童子に戻したいの?」

「さあな。だが、過去の朝比奈は座敷童子に憧れて、座敷童子であることに誇りを持っていた」

 だから、“以前”と同じようにということなのか。

「嫌か?」

「別にいい。行ったって。私の決意がより固まるだけだと思うけどね。それと、雑用ばっかりだと、面白くないし」

 そうだ。これまで、やることもないから雑用係を買って出たのだ。まあ、縹衛のご飯が酷く味覚に悪いのも理由だが。

 数日後、私と神志那はガレンに付いて、座敷童子の仕事見学に行くことになった。

☆ ☆

「座敷童子の仕事は、自分に馴染みやすい家庭の幸福を祈る事。忌子である事と、恋愛禁止の観点から、祈る家庭は自由になっている。主に、俺の仕事はその座敷童子の育成。祈りの方法などを教える」

「つまり、ガレンは教師やってんの?それなら笑える」

 そうとは言いながら、私の口角は全く上がっていない。

「うーん、正しくは師匠かな?こっちは国か受講生の人数分の金貰って、寮で暮らさせながら心得とかを習得させていく。そして、一人前と言える程賢くなったら実践の仕事とかを与えて感覚で覚える事を叩き込ませる」

「ふうん」

 どうやら、車を使わない世界なのか、彼此30分くらい歩いている気がする。

「ほら、ここだ。そろそろ祈りの呪を唱える頃か」

 言いながら、ガレンは立派な門を平然と通り抜けていく。門の向こうは立派な和風の建物。大きい。その中に入ると、お経を読むような、聞くだけでは理解不能な声が聴こえて来る。でも、よく耳を澄ませば、単語の一つ一つが聞き取れない事もない。その声が聴こえて来る部屋の前へ着くと、その扉の前でガレンは何かを待つように止まる。

「ここが、俺の弟子が学ぶ教室みたいな間だ。今、祈りの練習をしているんだが、これが終わるまで入れない。祈りの呪は座敷童子の間で受け継がれる。その上、彼女達でしか正しい読み方は出来ない」

 ギリギリ聞こえるか聞こえないかの狭間まで潜めた声でガレンが説明する。

「お経みたいだな」

「神志那もそう思うか?同感だ」

 どうやら、聞き取れているのは私だけらしい。元座敷童子だから?

 しばらくすると、それがピタリと止んでガタガタという物音が聞こえる。そろそろ入るか、と言いながらガレンは扉を開けると。

「あ!もう来ちゃった!速く机並べなきゃ」

「私が今日寝坊したから…」

「寝癖が酷かったから…」

 落ち込む子と、机を並べる手を早める子。2つに別れる。きっと、心当たりがある子と、そうでない子だろう。その内、最年長か、リーダー的な子が私を見つけるなり、驚き、何かを言いかけ、口を閉じて作業の続きに戻る。

「後ろに立つあの2人はお前達の様子を見に来ているだけだ。気にせずいつも通りにしてればいい」

 机を並べ終えると元から決まっているのか、それぞれの席につく。ざっと見て30人あまり。こう見ると、女子校の人クラスのよう。かなり時代が古いが。

 ガレンが黒板の前に立って授業(?)が始まる。どんな内容か、正直結構楽しみにしていたが、それは、小学算数だった。みんな、真面目に聞いて、真面目に板書を写していく。一通りの説明が終わると、問題集をそれぞれし始める。ガレンは、先程私に何かを言おうとした最年長かリーダー的なこの横について、何かを教え始める。その手元をよく見ると。横棒、縦棒、U字形…。2次方程式のグラフだ。他の子はみんな、まだ円周率が3の計算をしているのに、なぜ。

☆ ☆

「ガレン、あの子だけ2次方程式のグラフやってたけどなんで?

 休み時間的な時間で、ガレンに聞いてみる。先に聞いている情報では、ここでは半日だけ授業で後は、座敷童子の中で感覚だけで体得していく物を先輩座敷童子から教わったりするらしい。

「あの子は特殊でな、学問に深く興味があって、将来は座敷童子じゃなくて黄泉狐として学者になりたいらしい」

「ヨモツキツネ?何それ」

「忌子の中にも男はいる。女は座敷童子になるが、男は狐になる。俺も縹衛も狐だ。狐にはいろいろ就職先があるが、一定のキャリア以上は出世できない。座敷童子の方がそこそこ生活も安定していていい。けどあの子は座敷童子もいい仕事だが、学問の方が面白いと言って聞かなかった」

 さも愛おしげに遠く、みんなと遊ぶ彼女を見つめるガレンの視線には、私に向けるような無機質さは見られない。ああ、本当に不可能なんだな、と実感する。あの日、神志那に背を摩られながら泣いた日も、ここに来ることを決心した時も、この僅かな希望を捨てたつもりだった。けれどまだ、捨て切れていない。いつになれば、拭い切れるのだろう。

 まだ、聞きたい事は山程あったのに、隣に立つ男の白金の髪が日光に反射して眩しくて、何もいえなかった。

 その時、少し離れたところからもどかしく放たれる神志那の視線に、まだ望桜は気づけていない。台所で座敷童子に戻らないか、と囁かれた時、ずっと前から気付いてた、“2月21日”を繰り返している所も、同じように見られていた所にも。

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