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如月の初桜(はつはな)   作者: 鈴 初夏ノ影
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鍋会議

「朝比奈、朝比奈」

 先程まで俺が背を摩っていた人物は、いつの間にか四角い卓袱台にうつ伏せになって寝ていた。すぅすぅと規則的に寝息をたてて寝る彼女に、鞄から取り出した長袖のジャージを羽織らせて退室する。

「神志那 葵貴、どうしたんですか?」

「真瀬と話がしたい」

 さっき、真瀬は朝比奈の事を言ったが、俺に関して殆ど触れなかった。だから気になるのだ。俺は、ここの何という奴の転生で、俺は何者なのか。

「彼なら、自室にいますよ。それより、朝比奈 望桜は?」

「泣き疲れて寝た。一応、ジャージは羽織らせて来たけど」

 ジャージ、汗臭いと思うのは仕方ない。他に代用品もないから。そう思いながら狭い廊下より少しばかり狭い階段を上ろうとした時。

「どうした、神志那。いや、それより望桜は?」

「寝た。泣き疲れて」

 階上から階段を降りながら真瀬が言う。

「そうか。なら、仕方ないな。あいつの飯は縹衛の作ったやつだ。鍋行こうぜ」

 悲惨な夕飯だろうな、と意地悪に笑う真瀬は、和服の上からコートとマフラーで防寒している。

「やっぱりこの時期は鍋だ。鍋食べたい」

 そう言って有無を言わさず鍋を食べに行かされた。

☆ ☆

「で、お前は何で神志那まで連れて来たんだ?朝比奈1人でいいって言っただろ」

 くたくたになった白菜を口に含ませながら真瀬は言う。先程からずっと縹衛の説教だ。

「でふから、あふぁひぃな みほうひほぉひでら、こぉろぼふぉくれきてくれなひぃとおもったんでふ(ですから、朝比奈 望桜1人では心細くて来てくれないと思ったんです)」

「だったふぁ、れんらふくらいいれふぉっれいってふぇんだ(だから、連絡くらい入れろって言ってんだ)」

「ほんなこほをやふがふぇにもおめられまひても、きかひおんひなやつがふぇにはふかほぉーでふ(そんな事を僕に求められましても、機械音痴な僕には不可能です)」

 こんな感じで出来上がった鍋の具を口に含ませ、口に含ませ喋るものだから、殆ど理解不能だ。日頃から仲がいいのか、両者は理解出来ているらしい。

 …って!鍋殆ど残ってねぇ!俺あんま食えてねぇのに。

「ほれよひ、こぉひふぁ あおひがはなひたひこほがあふとかいっふぇまひたほ(それより、神志那 葵貴が話したい事があるとか言ってましたよ)」

「ふぁひ(何)?…んぐっ。神志那、どうしたんだ?」

 何を話していたのかはわからないが、急に話を振られて吃驚した。

「え、あ。その。あの時、真瀬は朝比奈の事ばかり言ってたから、俺はどうなのかなって。朝比奈は元座敷童子で、俺は?って思っただけ」

「………」

 珍しく、無言で箸を置いて真瀬が俯いている。彼の金髪の旋毛まで見えている。

「……悪い」

「え?」

 小さく呟いた。先程の口論とは、比べようもない。

「わかんねぇんだ。神志那の魂が、元々誰のものだったのか、誰が転生したのか。望桜はすぐわかった。けど、お前はわかんねぇんだ。悪い」

 そのあと、彼はだんまりとしたまま動かず、残りの鍋は俺が貰った。それでもいつもより少なかったが。

☆ ☆

 見上げても、黄泉国には星は輝いていない。ネオンが明るすぎるのだろうか。それとも、もともとないのか。

「帰ったら、料理をしないとですねぇ。あ、卵だけ買って帰ります」

 空を見上げる俺の横で縹衛は呟く。どうも、料理は下手らしいが、本人は気にせずに続けるそうだ。

「…雅攣は、無知を恐れているのです。ですから、先程あの様になったのは、そう言う事なんです。まぁ、あの人は元々ああいう性格なんで、あの場合放っておくのがいいんです」

 こちらも珍しくちんみりと語り出す。スーパーに着く。一度看板を見なければ、玉出と間違えただろう。

「だから、あの人は賢いんです。無知を恐れたばかりに、その失態を二度としない様に彼の脳味噌は知識を貯蓄するんです」

 カゴに卵パックを2つ入れながら言う彼の顔には、うっすらと笑みが映っていた。料理と機械は苦手で、口を開けば大抵皮肉ばかりの男の顔に。

 …なるほど、な。だから、鍋の口論も真瀬が言っていた事を理解出来ていた訳か。

 これは、当人がいないからこそ出来た話。真瀬は気落ちしたまま先に帰っていた。

☆ ☆

「……ただいま」

 いつものと同じ事を言ったが、声色が違うだけで、これまで気落ちに度が増すとは思っていなかった。しん、と静まった我が家。と思ったら、望桜が居間から泣き腫らした目で覗いている。起きたのか。

「……おかえり…?」

 縹衛は俺と一緒に外出するから、おかえりを言ってくれる人物は普段いない。しかし、今日はそういった人がいる事に驚いた。

「なんで、おかえりの後にクエスチョンマークがついたんだ?」

「え、だってここ、私ん家じゃないけど、あんたの家で、あんたが帰って来たから」

 少し気になった事を聞くと、曖昧かつ的確な回答が返された。俺は、知らないことが怖い。一応、黄泉狐よもつきつねとしては、賢いと言われている。俺がただの怨霊から黄泉狐になるための試験的なものは首位だったと師匠から聞いた。師匠は、とうの昔に、1人、光り輝いていた。

「ガレン、縹衛と神志那は?」

「俺と3人で鍋食いに行った帰り、別れた。お前の晩飯の材料買うってさ」

「ふぅん」

 先程していた仕事に戻るため、狭い階段を上る。

「どこに行くの?」

「自室」

「何しに?」

「仕事」

「自分の家で出来る仕事?どんなのしてんの?」

「違う。今から計算してんだ。今月分の納入とかの。忌子は年々増えてるから、必然的に俺の抱える座敷童子も増える」

「ふぅん」

 一通り気になった事は解消したらしく、黙って畳の目を見つめる望桜。その視線の先は。

「そこ、気になんのか?」

 望桜に寄り、そこにしゃがむ。

「うん、ここ、拭きもしなかったからいつか腐るんじゃないかなって。せっかくの畳なのに」

 そう言いながら優しく、一箇所だけ少し茶色くなったその表面を撫でる。望桜がやった訳でもないのに、彼女が謝罪するように。

「ただいま」

 その時がらがらと戸が開き、例の2人が帰ってきた。

「僕達だけが鍋食べるのは卑怯なんで、鍋作りますね」

 縹衛が言うのが聞こえるなり、そこ足音が台所へ向かう。

 ーーー悪いな、望桜。俺は、自分の利益の事しか考えれねぇんだ。これまでの十余年間も、そうだ。

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