座敷童子の戻らないか?
「なんで、ガレンが、ガレンがここにいるの…?」
ここは、私達がいた世界じゃない。これまでの道で思い知らされた。
街では洋服を着る人が6割、和服を着た人が2割、よくわからない服を着る人が2割。街もネオンで溢れ返り、夜だと言うのに眩しい。公園と思しき木々が生える所は暗いが、ガス灯のような外見の電灯が灯っていた。しかし、この家の庭にあったのは、石で出来た灯籠。どこの本の中に潜り込んでしまったのか。そう問いかけたくなる。
「まぁ、落ち着け。縹衛、普通は応接室に通すものだろう。それから俺に報せんのが常識
じゃないのか?」
「へぇ、そうなのですか」
確かに、普通は自室などそう他人に見せるものじゃない。ガレンの言う通りにするのが通常だ。縹衛の思想がわからない。
「どーでもいいから、居間に連れて行け」
「はい」
☆ ☆
「縹衛、後で説教な」
「何故です?」
ガレンは盛大に息を吐いて、縹衛が淹れた日本茶を啜る。そして、盛大に吐き出す。
「なんでお前の淹れる茶はどうしてこんなにまずいんだ?」
あぁ、折角の畳が台無しだ。初めて聞くガレンの怒号と、それに受け応える皮肉な縹衛のやり取りを聞き流しながら、そう思う。
今居るのは、居間。六畳のスペースに卓袱台、テレビが置かれ、窓から庭が覗く。複数人の来客を予想しての事なのか、四角い卓袱台はそこそこの大きさがある。だから、狭い。
「あと、」
「私達に説明をするためにここに居るんじゃないの?」
ガレンを遮るように言った。いつまでもグチグチ言われては、いつ本題に入れるのかわからない。おまけに私達を連れて来たクセして、蔑ろにされて黙っていられる私じゃない。今回の“今日”だって、馬鹿にされるように振られたのだ。
「ハァ、わかった。説明する」
ここは、黄泉国。死んだ魂が黄泉の門を通るまでに進む道にできた国。生前の事にあまりにも思い残しがあったり、執念深かったりすると、門は通れない。そういった人々の魂が集まってできた。しかし、その中で恋心も生まれるのは必然。そうして生まれてしまった子供は忌子として、親から離れ、物心もつかないうちに座敷童子として施設で育てられる。
座敷童子は、忌子でありながら、現世で自身の居心地の良い家庭の幸福を祈る。現世にはそれなりに座敷童子はいるので、孤独ということもない。こう言えば、それ程不幸というわけでも無さそうだが、一つ、重大な事を禁じられ、教えられなかった。それが、恋心。
座敷童子が恋をすると、その座敷童子の住まう家庭は、不幸になってしまうから。それでは、本末転倒である。近年、ずっと黄泉国に住む魂が増えてきて、忌子も増えている。座敷童子は、黄泉国に住む魂の数を減らす為に出来た制度。それなのに、不幸を呼び込んでしまうと逆効果になるのだ。
恋は病と言われる程、悩みの種になりやすい。座敷童子がどうすれば家庭はよりよくなるか意外の事を考えると、不幸が寄りやすくなる。多少の事であれば、本人が不幸を払う事が出来るが、恋程の物となれば、手の施しようがない。
そのため、恋を知ってしまった座敷童子は使者によって抹殺される。
「……そういった事だ。ちなみに、まだ死んでないお前らがここに来れたのは、かつてここに住んでいたから。そして、その前世のお前らがそれぞれに眠っているから。本来、ここに望桜がくれば、使者、警察みたいな奴等に差し出す」
「それで、俺達は殺される」
ガレンに神志那が続けると、それを肯定する様にガレンが頷く。“殺される”という単語が怖くて、膝の上で重ねてある手を強く握る。
「座敷童子や魂は、いつかなくなる。人間と同じように、寿命がある。それは執念の強さに比例するが、そういった強さ的なもので決まる。そのなくなるときに光り輝いて消えるのだが、それが使者によって強制的に成された場合にのみ、強く輝いて燃えるようらしい。そこから、ここでは死刑のことを『焼く』に『刑罰』で焼刑と呼ばれる」
つまり、あの人は『本当は死刑か無期懲役』って言ったの?なぜそこで焼刑の説明しなかったの?
ガレンの話を聞けば聞く程、疑問は出てくる。
「そこで、だ。望桜、座敷童子に戻らないか」
今、なんて言った?
「望桜の前世は、緋志って子でな、純粋で可愛らしい子だった。その純粋さに値するように、その年の黄泉国の中で座敷童子としては1番優秀だった。だけど、恋を知ってしまったから、使者に追われた。その時、使者に捕まる前、あの廃神社でお前はある願の呪を唱えて、消えた。それは、緋志が座敷童子として、初めて現世に行く直前で…」
その先は言わずもがな。
俯いて話すガレン。黙って事の成り行きを見守る神志那。美味しくないと言われたお茶を平然と飲む縹衛。そんな皆が落ち着いた空間の中、私1人が憤っていた。
前世にやりかけていた事をする?今更。ガレンと緋志の関係なんて知らないけど、何度も何度も私を蔑んできた人の言いなりになりたくない。それに、私は“今日”を終わらせに来たんだ。
その怒りをぶつけようと私が口を開きかけた、その刹那。
バンッーーー
入り口の戸が勢い良く開いた音だろうか、大きな音が小さな家に響く。そして、こちらに向かって来る複数の足音。
スパーンと開けられた襖から見えるのは、3人の男達。ただでさえ狭い廊下に男3人並べたものだから、見ていて暑苦しい。そのうちの1人が出て来る。
「ここに緋志の魂が感知されたんで参ったんですが〜、緋志って嬢ちゃんで合ってんのか?」
『参る』という単語と面倒くさがるような口調が物凄くごくちぐはぐに聞こえる。
「一応、指名手配一覧で顔とかは調べたんですが〜、全然違うんですがねぇ。どうしましょ、これ。仕事増えるじゃん」
「鴉縲、仕事増やしたくないなら帰って下さい。見ての通り、彼女は緋志じゃありませんよ」
どういう関係なのか、縹衛と鴉縲さんは知り合いらしい。
「え〜、嫌だ〜。俺の部下、俺と違って真面目だから上層部にチクられんじゃん。左遷とか嫌だよ〜。折角ここまで来たのに」
いや、それはご自分が真面目にしないのが悪いのでは。不真面目なのが醸し出されている。
「ハァ、とりあえず、そこの嬢ちゃん怪しいから調べさせてもらってもいいですかぁ?何も無かったら、なかったでいいから。自分の疑い晴らした方が良くない?」
「調べるって、鴉縲、あの魂検知器でかざすだけですよね?だったらさっさとやって下さい。何も無いので、やったあとはさっさと帰って下さい」
「んー」
よくわからない返事をして、鴉縲さんは私の額にスマホをくっつけた。そう、スマホ。どこからどう見ても、スマホ。スマホが、魂検知器とは、変わった世界ね。
ピ、ピ、ピ…と数秒、その魂検知器とやらが鳴り…
ピーーー、ピ、ピ…ピー、ピ、ピー(?)
「あれ、壊れたか?これ。いや、壊れてはないか。しっかし、不安定な音〜。充電はあんのに。んまぁ、異常はないんで〜。これで失礼するわ〜。お邪魔しやした〜」
そう言うなり、廊下を戻って行く鴉縲さん一行。何だったんだろう、あれ。
「黙っておくつもりだったが、お前は指名手配されてる。捕まる事がなかったから。緋志の魂は、未だ消える頃じゃない。だから、探されている。さっき、額に当てられたのが魂検知器で、指名手配を探すのに使われる。今のお前は、完全なる緋志ではないから捕まらない。だから、座敷童子に戻らないか?」
「悪いけど、あんたの言いなりにはならないつもりよ。」
冷たく言い放つ。
「私は、ガレンが好きだった。だから、どうやればガレンと別れずに済むのか、どうすればガレンも私も幸せになれるのか。それを探し求めて、私は何度も何度も、“今日”を繰り返してる。なのに、恋愛感情の許されない座敷童子になれ?冗談じゃない!何度も繰り返した“今日”という日々の中で、ようやくガレンと別れる以外に道は無いってわかったから、“今日”を終わらせに来たのに!私は、現世で、朝比奈望桜として、日々を過ごしたいの。高校卒業して、大学入って、仕事について。そんな未来を送りたいの。なのに、なのに!」
「落ち着け」
ガレンの冷めた声が、激昂して収拾のつかなかった憤りを収縮させる。いつの間にか頬の線をゆっくりと滴がなぞっていた。
「それに、この黄泉国にいれば、次々と怪しまれるし、どうやって生活して行くんだ?第一、ここに来たらそう簡単に帰る事は出来ない。ここのシステムは、現世と然程変わりないぞ。つまり、働かないと食っていけない。特に、完全なる魂でない、肉体に覆われたお前達は。ちなみに、水商売はないぞ。禁止されてるからな」
つまり、ガレンがいないと生きていけない。だから、座敷童子にならないといけないのか。
「ま、別に無理して今座敷童子になれって訳じゃない。その恋に諦めがついたなら、現世にサヨナラ出来るようになったら伝えてくれ」
ガレンって、こんなキャラだっけ?こんな、優しい人だったっけ?ここ数年の記憶を掘り起こしてみる。うん、忘れてた。私は、ガレンのこんな優しさに惹かれたんだ。
縹衛の淹れてくれた日本茶は、結局口をつけていなかったが、もう冷めていて不味いのだろう。
何度も何度も繰り返した“今日”の中で降り積もった、悔しさ、悲しさ、無力感、虚しさ、絶望感。それらが全て思い起こされ、久しぶりに涙となった。いい年して、しゃくりあげてしまう。そんな私から目を逸らし、ガレンは縹衛を連れて退室した。しかし、ずっと隣に黙っていてくれた神志那は、私の気がすむまで背中を摩ってくれた。