“今日”の終わらせ方
「つまり、朝比奈がここでその、願を願ってるから、2月22日は来ねぇってことか?」
「そういう事」
話が長くなるから、私は近くにある(とは言っても、あの階段を降りたところだが、)
自動販売機から温かいほかほか檸檬を2本買った。
「マジか…じゃあ、あれの最新刊は…」
「何?あれって」
「いや、俺が定期購読してる少年漫画の…いや、なんでもない」
きっと、神志那が定期購読している少年漫画の新刊の発行されるのは、2月22日なのだろう。しかも、結構楽しみにしてる?
「…私だってね、2月22日が楽しみじゃない事もないの」
お、おぅ、頷く神志那に、一つ小さく息を吐いて。真顔で。
「明日、2月22日は、2が3つならんでるから、“にゃんにゃんにゃん”で猫の日なのよ…!」
仁王立ちで、礼儀悪く人差し指を突きつける私に、神志那は明らかに片方の肩をずらした。そんな事も、お構いなしに私はだから、
と続ける。
「私も私で、2月22日が来ないことが残念って事」
「…そうなんだ。朝比奈って、猫好きだったんだ」
聞くとこ、そこ?まあ、いいか。
「うん。猫好き。特に寝顔とか」
これまで、境内に立ち込めていた緊張に似た雰囲気が和む。そろそろ、電灯が優しく街を照らし出す頃だろうか。
「あのさ、私、神志那なら、“今日”を終わらせると思う」
「え?なんで?」
「あらゆるループ形物語において、これまでになかった出来事は、そのループの終わりを予告するから。神志那はこれまでの“今日”で、この境内に現れた事はなかった。だから、少し期待してしまっている。それだけ。変に期待してごめんね。出来ないよね、そんな大きなこと」
和んでいた空気を、自ら壊してまった。途中から、また真顔に戻って、最後は俯く始末。どうしようもないな。こんな雰囲気作る天才ですか、私は。
「俺に何が出来るかはわからねぇけど、別に、願わなかったらいいんじゃ?朝比奈が“今日”を繰り返すように願ってんなら、それをしなかったら」
「やってみたよ。それも、何度か」
炎を連想させる色の空を見上げて答える。
「だけどね、おかしかったんだよ、その2月22日が。私のこの巻き髪風の癖が、朝起きたらストレートになってたり。学校の授業では、先生が黒板に板書を書くと、後から追う様に1人でにそれが消えていったり。烏の大群が妨害してきたり。それなのに、怪我人はいなかったり。SNSとかのアプリはバグばっかで何が伝えたいのかわかんないし。そんな風におかしなことがあったの」
私には、“今日”を終わらせる事は出来ない。この繰り返される“今日”の元凶は私だから、出来る事なら私が終わらせたかった。でも、それでも、私がどれほど望んでも、平凡な明日はやってこない。最初の“今日”の私を恨みたい、呪いたい、こう思ってしまうのは、これで何度目になるだろう。
「じゃあさ、」
「うん」
神志那は私が物思いにふけている間、考えていたらしく、おもむろに口を開いた。
「何事もない明日を願えばいいんじゃね?」
「…あ」
そうか。そういう事なのか。
「この“今日”が繰り返されてんのは、朝比奈がそう願ってるからなんだろ?んだったら、『何事もない明日が来ますように』って願えばいいじゃん」
そんな単純な答え、出した事なかった。学校を休んだり、神社に行かなかったり、心労を承知で誰かと帰ったり。そんな事をしても、私はこの廃神社に着いていた。私が“今日”を願っているから明日が来ないなら、明日を願えばいい。
「うん、ありがとう!今から古語頑張る!」
私はさっきとは比べ物にならない程の笑みを浮かべて言う。その時、神志那の頬が赤らんだことは私は知らない。
「え、えっと…古語?」
「そう。古語。古語じゃないと無理っぽくて」
1度、好奇心で現代語訳して、それで試してみたが、何も起こらなかったのだ。
「ま、さっきのやつもいけたんだから、いけるんじゃね?ガンバ」
「…さっきのは、私が古語にしたやつじゃないの。初めてここに来た時、その願の言い方?叶え方?を教えてくれた狐がいたの。青い、小さな狐が」
「その狐はどこに?」
さぁ?、と答えると、側からカサカサと音が聞こえ、その方向へ顔を向けるとこの辺りの主だった。
「なんだ、淳司か」
「え?」
「この辺に住む雄猫のヌシ。だから、私は『淳』に『司』でヌシって呼んでる。毎回、ここに出てくるの。なんか、監視されてるような、見守られてるような、そんな感じがする」
すると、淳司は一鳴きして、また茂みの中に隠れてしまった。うん、今回の“今日”も可愛い。
☆ ☆
「我が願を届けしを。我未来で幸なるに、この身をささげんとここに誓う。我が願が聞かれしを。我、明日が何事無しと祈る。我が魂を捧げんとここに誓う。神に届くはこの願。我が願が聞き届けられんと欲す」
大きな空の半分程が闇の色に染まる頃、私の願の呪を唱える声が、境内中に響き渡る。あれから結局、神志那も手伝ってくれたが、かなり手古摺った。古文を現代語訳するより、現代語を古文にする方が難しい。まぁ、漢語じゃないだけマシかな?
2月の冷たい風が私の頬を撫で、そのヒヤリとした感触にマフラーに顔を沈めた。
「良かったのか?これで。朝比奈は真瀬と良い別れ方で別れたくて、“今日”を何度もやり直してたんだろ?それとも今日、朝比奈自身が満足出来る別れ方で別れられたのか?」
「ううん。最悪の別れ方だったよ、今日は。でもね、もう、いっかなぁって。疲れたし。私と真瀬は元からこういう別れ方じゃないと別れられないんだよ、きっと。それに、今朝思ったの。もし、“今日”を繰り返してなかったら、私、何歳になってるんだろう?って。それで、計算してみたら…ハタチ丁度だったの」
私は、3年に値する時間をずっとここで足踏みするつもりはない。もし、これで“今日”
が繰り返される事が終われば、私は真瀬のいない生活に慣れる為の努力をしなければ。真瀬は、私の幼馴染だから。
もし、本当に、あの不可解な事が未来起こらなければの話だが。