bad end
何度目かの今日も、涙を堪えて私は帰路につく。夕焼けの朱の中、烏が私を嘲笑うように鳴いている。今度の今日の私を軽蔑するように。
☆
「俺ら、別れようか」
これまでに何度聞いただろう。この人の、この言葉。何度聞いても、心に容赦なく突き刺さる。
「もう、わかってたんだろ。俺の心中。そうだろ、望桜」
もう感情の籠もらない冷たい目見詰められても、感情の籠もらない音だけの言葉で話し掛けられても、嬉しくない。されたくない。それを避けるためには、こうして別れるしかないのに、悔しさと寂しさで心が支配される。
「それよりさ、望桜に」
「もう呼ばないでっ!」
今日この人に通して来ただんまりを崩すように、これまで重ねてきた思いにけじめをつけるように叫んだ。
「やっと喋ったか」
「『やっと喋ったか』じゃない!」
不敵に笑われる。それを見ると、余計に腹が立ってくる。
「2月14日、バレンタインの日。私、チョコ渡したでしょ。あの日から決めてた。1週間後、別れようって。去年からあんたの心中なんかわかってた。それでもね、一緒に居たかった。だから今日まで頑張ってた。別れられるように。なのに、呼び出したのは私なのに、なんであんたからサヨナラが出てくるの?なんで私が言うと思わなかったの?考えなかったの?」
いつにも増して饒舌になっている。爆発した感情を鎮火するように深呼吸する。全く、本当に凝りないな。そう自分を罵りながら息を吐いた。
「あんたは」
「別に俺は、お前の事最初から好きだなんて思ってなかった」
…知ってる。何度も何度も実感してきている。この人は、私の事なんか、一生想ってくれる事はないって事ぐらい。また爆発しそうな感情を抑えて、平気な振りをして言った。
これが、私が今日あなたに言う最後の言葉。
「もういい。私達は別れよう。サヨナラ」
☆
…振り返れば、本当に、最悪だ。何やってんだろ。これじゃあ、最初の“今日”と同じdab end。気がつけば、いつもの廃神社に来ていた。また、願おう。また、やり直すんだ。
一段一段、踏み締めるようにゆっくりと階段を上る。何段目になるか知らないが、相も変わらず長い。この長い階段に少し辟易するが、肩で息をして上を目指す。最上階に着けば、入り口と同じような大きな鳥居。壮麗な雰囲気を纏うそれを潜ると、賽銭箱の縁に一本の簪が危なかしく置かれている。それを取り、取り、賽銭箱の向こう、階段の1番上に置き直す。
そして、再び賽銭箱の前に立ってーー
「我が願を届けしを。我未来で幸なるに、この身を捧げんとここに誓う。
我が願が聞かれしを。たとえこの日が繰り返せど、我が力残る。我が魂を捧げんとここに誓う。
神に届くはこの願。我が願が聞き届けられんと欲す」
私が、2月21日の帰り、ここに寄っている理由。
私は“今日”も、2月21日をやり直している。あの人に、あの冷ややかな表情で別れを告げられないように。
…もう、こんな事を何度繰り返しても変わらないというのに。
ただ綺麗な朱を見上げた。
☆
「朝比奈、お前何やってんだ?」
なんで人がここに?
私はまた“今日”を失敗した。そしてまた、私はkpの廃神社に来て願の呪を唱えていたところだ。この“今日”も、皮肉に烏の嘲けた笑い声が夕闇に木霊している。
その中、これまでになかった、この場面に出でこなかった人がいる。何故。
私は何も言わずにその人物を見詰める。真顔で。
「あの…その、だな。うん、邪魔した?」
「うん。邪魔」
キッパリと言ってやった。別にどうだっていい。また“今日”を繰り返せば、この人は私がやっていた事を忘れる筈。
「何?」
何か言いたそうに口をもごもごし、目を彷徨わせていた。
「あ、いや、ごめんってだけ。邪魔だったんだろ」
「うん」
愛想なくなったな。そう思った。これは、“今日”を繰り返しているせいだろうか。孤独で冷静すぎて暗くて表情の乏しい。昔は『あんたはどこの少女マンガの主人公よ?』と言われた事もある。
「あのさ」
「ぅえあっ!うん」
鳥居の傍に立つ彼は、私から声を掛けられるとは思っていなかったようで、素っ頓狂な声を出した。
「私が何をしていたのか、知りたいの?」
きっと疑問符を浮かべている。私が何故わざわざ、長い階段を苦労して上って、古典的な言葉を言っているのか。
「いいよ、教えても」
少しかけてみた。私がこれまでに読んできた、様々なループ形物語において、“これまでになかった事”は、ループを終わらせる鍵だった。その法則に則るなら、この人はきっと、“今日”を終わらせてくれる。
「私はね、あの真瀬ガレンに何度も振られるために“今日”を繰り返しているの」
平々凡々なクラスメイト、神志那葵貴。もし、彼が“今日”を終わらせてくれるならーーー
如月の初桜を読んで頂き、ありがとうございます。
今回は、私の技術不足により、前回の続きが同じところに表示されませんでした。前から読んでくださっている方にはすみませんでした。
まだ始まったばかりですが、これからもよろしくお願いします。