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如月の初桜(はつはな)   作者: 鈴 初夏ノ影
10/15

朝比奈を助けたい

ここに連れて来られて、早3日。私は緋志という人という疑いが完全に拭えなくて、軟禁された。4畳半の日焼けた畳の目をそれとなく見つめる。小さな正方形の窓から取り入れられて出来た、小さな正方形の日向。畳特有の凸凹を、寒さで冷たくなった手でなぞる。温かい。

 いつになったら解放されるのだろう。私を連れてきた人達は、これから私をどうするか決めかねている。否、私を何者か明白にしようとしている。緋志という人が何をしたのかは知らない。聞いたところで無駄だった。ふざけるなって、人はこんなにも声が出るんだなって実感した。いや、人じゃなかったな。どうでもいいけど。

 今度、神志那に会えたら謝らないと。彼はただの男子高校生なのに、私が巻き込んでしまったせいで、私のせいで、2月22日を現世で迎える事が出来なかった。私1人、ここに来さえすればよかったものを。馬鹿だな。

 あれこれ後悔するばかりで、何も進展しない。軟禁されているまま、時ばかり無駄に過ぎていく。今日何度目かの溜息を吐いた。その時、静かな部屋にノックが響いた。

「嬢ちゃん、今、入っていいか?」

 どこかで聞き覚えのある声。どこだっけ?

「どうぞ」

 とりあえず、立ち上がって返事をする。ガチャガチャと鍵を解く音が聞こえたあと、入って来たのは、どこかで見覚えのある男の人。確か…誰でもいいや。それより、大切なのは。

「なんの御用ですか?」

「…緋志って人の記憶、見る気はある?」

 この人特有の飄々とした雰囲気とは違う、どこか試して観察するような鋭い視線。

「なぜ?」

「ガレンによると、転生した魂の持ち主は、転生前と同じような行動をとるらしい。それで、緋志って人の記憶を覗いて、心当たりがあるならって話」

「…あんたもこの件に関わってたのね」

「もし、これで何も心当たりが無い場合、嬢ちゃんは開放される。心当たりがあれば…焼刑だな」

 そんなの、脅迫に等しい。任意に聞こえるが、全く違う。こんなの、最早脅迫でしか無い。

「わかった」

 でもこれで、心当たりさえなければ、私が緋志という人の転生ではないという事も証明され、現世に帰れるかもしれない。否、それは無いか。私が向こうへ行けば、狂ってしまうのだから。まあ、後の事はその時考えよう。

「じゃあ、行こうか」

「え?」

「え、じゃないよ、嬢ちゃん。証明しに行くんだろう?自身の身の潔白とやらを」

「それはそうだけど、今?」

「今だよ」

「Now?」

「Now」

 それは、早過ぎではないか。予告というものはないのか。少しはこちらの心境も考えて欲しいよ。そう密かに愚痴を吐いている私にその人はじゃぁ、行きますかぁ〜、と前にあった(?)時のような間延びした口調に戻ってドアを開けた。何を満足したのか。何かに満足したから、先程の真面目くさったような口調から戻ったんだろう。私が緋志という人の転生した魂の持ち主という事はまだ完全には証明されていない。だというのに、なぜ、どこに、この人が満足する理由が存在するのか。それとも、結果はもう判り切っているのか。

 疑問は頭の隅に追いやって、私は今からの事について懸命になろう。どんな方法かは知らないが、私にとっては今が大事だ。

 寒く狭い部屋から、私は自分の未来のために出た。

☆ ☆

「あの…これってVRの機械ですよね?」

「知っているのか⁉︎これはつい最近発明されたばかりなのだが。しかし、“ぶいあーる”じゃなくて、記憶確認機だ。ある人物の行動を徹底的に調べて、それをカメラで撮影し、さらにそれをコンピューターでこの機械で使えるように変え、現実味をさらに帯びさせる」

 …ここの人達はネーミングセンスというものを知らないのだろうか。魂検知器といい、今回の記憶確認機といい、ネーミングセンスの欠片も感じ取れない。というか、どこからどう見ても、机の上に置かれているのは、VRだ。うん、VRに違いない。どんな謎な方法かと思えば、案外現実的。VRを使って身の潔白を証明するというのは、少し気が引けるが…。仕方ないか。

 まるで自分の事の様に目に光を宿させて早口で語る、私を連行した男からVR…もとい、記憶確認機を受け取り、着ける。VRを使う事にはニュースで特集されるようになったころから興味があったが、こんな理由で使う事になるとは思ってもみなかった。いや、こんな事になるこの事態こそが異常か。

☆ ☆

「マジか、マジでマジか。マジなのか」

「マジマジ言わなくていい。マジだから。…違うって。もしかしたら、だからマジじゃない。可能性だ」

 朝比奈が連れ去られて1日が経った。朝比奈がいなくなってから、飯は縹衛が作るから、味が酷く個性的過ぎて何度嘔吐えずいた事か。縹衛と比べるのは何だが、朝比奈の作る料理は普通に美味しかった。そういえば、帰り寄り道に誘われてた時、両親共働きだから家事をしないといけないとか言ってたっけ。あれ、ただの口実じゃなかったのか。

「それで、これは仮説だから確証などどこにもないが、これからどうするつもりだ?」

 目の前でガレンは白湯を啜る。縹衛はお茶を煎れるのも何故かうまくできないので、結局湯を沸かして飲む事にしたらしい。なんでも、「茶を煎れるのは面倒臭いし、かと言って冷たい水も飲みたくない。だから、白湯を飲む」らしい。

「朝比奈を助けに行く」

「プゴッ…ゲホッゴホッ…マジか?」

 真瀬が咽せながら応える。どこに咽せてしまう要素があるのだろう?

「それなら、仮説が正しいかどうか確かめてから行け。俺は行かねーから」

 俺もマグカップに入った白湯を啜ろうとしたが、寸前で止まる。今のは、聞き間違いか?

「真瀬、今、なんて言った?」

「え?だから、仮説が正しいかどうか確かめてから」

「そうじゃなくて」

 深呼吸。落ち着け、俺。

「その後」

「俺は行かねーから?」

 聞き間違いじゃなかった。沸沸と憤りが湧いてくる。

「なんでだよ」

「なんでって、俺はそんな身の危険を犯してまで朝比奈アイツを守ろうとか思えないからだけど。それに今、朝比奈を助けに行った所で、俺も犯罪者の仲間入りだ。そうしたら、おめでたい事にこれまでに努力して作りあげてきた功績も何もかもパァー。そこまでして朝比奈に執着しているかって聞かれたら、答えは即答、no。だから俺は行かねー」

「………」

「大丈夫か?神志那」

 卓袱台の上で強く手を握って俯く俺に、真瀬は呑気に心配してくる。それが余計に腹が立って、俺の頭の中で何かがプツリと音を立てて切れた。

「真瀬は、それでも朝比奈の元カレなのなか?…」

「まぁな。最初はなから好意なんて抱いた事も無かったがな」

 フン、と鼻で笑って見せる真瀬。まるで、計画通りに行ったとでも言っているよう。俺は眉間に皺を寄せて睨む。こんな風に誰かを睨むのは、誰かに怒りを露わにするのは、いつ振りだろう。

「好意が無くて、朝比奈の恋人をしてたのか?」

「そうだ。最近は好意が無くてもカップルになる奴もいる」

「それは、片方に好意が無かったとしても、相手を好きになる努力を普通はすると思うけど、真瀬はしたのか?」

 傲慢に、見下したように笑って。

「いいや、してないね」

「なんでだよ‼︎」

 声が荒ぶって、低くなって、大きくなる。金髪碧眼の目の前の男は俺に睨まれても、平然としているというより、嘲り笑う様子を露わにしていく。

「俺の目的は、朝比奈アイツから緋志を覚醒させ、再び俺の弟子にして立派な座敷童子にする事。緋志はとある事件を引き起こして、黄泉国で最も優秀な座敷童子への道を閉ざしてしまった。だから、それを実現する。恋情など、一時いっときの夢に過ぎない事を教える為にこの方法が最も手っ取り早かった。それだけの話だ」

「……!」

 俺があり得ないものを見るように驚いた顔をすると、勝ち誇ったように覚め切った白湯を飲み干し、真瀬は席を立とうとする。その足を俺は蹴った。ただ、腹が本当に立っていた。それだけだが、俺にとってはどうしても許せなかった。

 真瀬は見事にバランスを崩して卓袱台の方向へ倒れた。卓袱台が大きく傾き、上に乗っていたものが全て畳の上へ落ちる。畳の藺草特有の黄緑色の一部が俺が飲み干してない白湯で染まる。

「…ったいな。なんだよ」

「なんだよじゃねぇ…」

「はあ?」

「朝比奈は、お前を本気で好きだったんだ。きっと。朝比奈がお前のために頑張ってる姿とか、見えてた。朝比奈がお前の事を好いていたのは知ってた。けれど、それを、その想いを踏み躙ってまで目的を果たそうとするな!可哀想だろうが!朝比奈は朝比奈なんだ!」

 立ち上がり、今度は俺が上から見下ろして一気に怒鳴りつけると、驚いた顔をされた。まだ立てていない真瀬は無様なくらい、髪が乱れていて、それを直す気もないのだろうか。

 それからしばらくすると、なるほどな、と小さく呟いてようやく体勢を立て直すと、再びあの笑みを顔に張り付けて。

「神志那さ、朝比奈の事『朝比奈』じゃなくて、『望桜』って読んでやれよ」

「ふざけてんのか?」

 長い綺麗な髪を耳に掛ける仕草をそれは色っぽくしてきて、腹が立つ。

「いやいや、本気ガチ。お前、つまりは好きなんだろ?朝比奈アイツの事」

「……っな!」

 フシュッと音がするようにこれまでの怒りが縮こまる。それと同時に顔に熱が集まって紅潮しているのを感じる。いつからか、真瀬は朝比奈の事を望桜とは呼ばなくなっていた。朝比奈が呼ぶなと言ったんだろうとは予想がついていたが、その予想が正しいとするなら。

「俺に、そんな資格は無いと思う」

「そうか?俺はお前が『望桜』って読んだら朝比奈アイツは喜ぶと思うが」

 その時、スッと襖が開いてあの縹色の男が顔を覗かせた。

「…大丈夫ですか?物凄い音が聞こえたんですが…」

「縹衛、反応が遅い。普通はもっと早くに来てるだろう?」

「あ、いえ…驚いて本棚の本を落としたので」

「本と俺じゃ、本の方が大切か!」

「はい」

「お前〜!」

 恒例行事のような会話の中、自分一人ムシャクシャしているような、妙に恥ずかしいような、どこか嬉しいような、複雑な感情を抱いているのも馬鹿らしくなってきた。

「兎に角、俺は望桜を連れ戻してくる」

 2人の横をすり抜け、廊下に出る。俺に出来る事は、それだけだ。朝比奈の為に出来る、唯一の事。

「あ、だから確かめてから行けって」

「どうやって?」

「どうやってって、図書館あるだろ。そこに行って、アレに関する資料を漁ったら、方法くらい出てくる」

「本当か?本当に出てきてしまうのか?国家機密くらいじゃないのか?」

「チッ。バレたか」

 その程度の嘘に引っ掛かる俺じゃない。まあ、朝比奈レベルの嘘にはかなりの確率で引っ掛かりそうだが。

「地下の重要書庫にその資料がある。これは嘘じゃない」

 負けた、と言わんばかりに乱れた髪をさらに乱すように真瀬は頭を掻き毟りながら言う。

「ありがとう」

「資料を貸す代わりに頼みたい事がある」

「何?」

「地下の重要書庫で話す」

 真瀬にしては、変わった事だとは思いながらも了承した。

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