狂い咲きの蕾
カランコロン、カランコロンと下駄を鳴らして砂利を蹴る。ここからは見えないが、きっと夕陽は強く黄金色に発光して、全てを緋と黒のコントラストにしているのだろう。サイドテールにした長い漆黒の髪が揺れる少女にとっては、かなり長い時間走っていて、もう踵も、鼻緒を引っ掛けている指の間も赤くなって痛い。ぜいぜいと息を切らせながら、それでも目的の場所へと走る。
ーーーもうすぐ、もう少しで、私は未来、幸せになれるんだ。
足の痛みも、全身の疲労も、着物が崩れていることも、どうでもよかった。その目的のためなら。
小さな手に握られた、一本の簪。紅色の大きなリボンに鈴が付き、温かな桜色の小さな花で飾られている。初めて想った人、初めてずっと一緒にいたいと思えた、大切な人から貰った、大切な簪。これをーーー。
「着いた…!」
山の上の廃神社だが、まだ鳥居は今の空に負けない程の朱色に光沢が残っている。肩を上下させながら、白い息を吸って吐いて。近くに恩師の気配を感じる。捕まらないうちに、早く、この目的を果たさないと。
息も整えないまま、少女は鳥居の中へ歩を進める。賽銭箱の向こうの階段の1番上に簪を置いて、また賽銭箱の前に立ち、合掌した。そして。
「我が願を届けしを。我未来で幸なるに、この身を捧げんとここに誓う。」
幼く高いながらも、凛とした雰囲気を孕んだ声が廃神社中に響いて、少女は一心不乱に言葉を紡ぐ。
「我が願が聞かれしを。我転生後にこの力残る。我が魂を捧げんとここに誓う。」
どうか、間に合って。急かす心を落ち着かせるように、この言葉が、この廃神社の向こう側に届くように。
「神に届くはこの願。我が願が聞き届けられんと欲す。」
最後の言葉を言い終えた、その時。
「そこまでだ。残念だったな」
少女の恩師が背後に立っており、少女の口がその大きな手で覆われた。その恩師の目からは、少女と会ったばかりの頃とは似ても似つかない、冷ややかな光が溢れている。
しかし、少女は先程の願に力を使い過ぎたのか、恩師の視線が果てしなく冷たいことに気付くこともなく、膝から崩れ落ちる。恩師は崩れ落ちた少女を唖然とした表情で見詰めたが、フッと笑って転がる小さな少女を睨んでその場を去った。
残された少女は、あの夕陽のように黄金色に、けれど弱々しく光って、この夕焼けの影に吸い込まれた。その時同時に消える筈の、少女のお面を残して。