陣場山トレイル
いよいよ、仁の初レースが始まる
神奈川県藤野駅、午前6時30分。まるで通勤客のような人波が出来ている。その中に瞳と仁はいる。
「マジで、俺、完走出来るかな」
「大丈夫だよ、制限時間緩いし。諦めなければね」
人波は、中央高速の上にあるフォレストゴルフ場に吸い込まれて行く。瞳と仁は会場に着くと、装備品の準備を始める。陣場山トレイルレース。全行程23、654キロのトレイルランニング。そこに菅野が現れる。
「いよいよだね、デビュー戦。今の気持ちはどうだい」
手荷物をテント内に入れて、菅野は仁に聞く。
「ドキドキですよ、完走出来るかな」
「まぁ、楽しく走れば結果ついてくるよ」
「菅野さんは、勿論優勝狙いですよね」
瞳が聞く。
「どうかな~、最近若い奴が強いからな。まぁ狙うは狙うけどな」
「このコースの攻略ポイントはどこですか」
「七キロの林道。あそこを走れれば完走出来るよ。じゃあアップしてくるから。」
菅野はそういって、アップを始める。それから間もなく、陣場山トレイルレースがスタートした。
始めの林道をひたすら走っていく瞳と仁。道は登り坂。次第に角度がきつくなっていく。
「スゲーな。このペース持たないよ。瞳、先行ってて。ゴールで、会う」
仁のペースが一段落ちる。
「わかった。じや、ゴールで」
瞳はそのまま先に消えていく。林道の終わり、登山道の入り口で、渋滞が起きている。渋滞でようやく仁は瞳に会う。
「何が起きているの」
「入り口狭くて渋滞してる。トレランだとよくあること。今のうちに補給したほうが、いいよ」
「了解」
仁は、ハイドロから給水する。渋滞を抜けて、いよいよ本格的な山道に。瞳は小刻みな足さばきで登って行く。仁はペースが上がらず、次第に歩き出す。しばらく進むと、道は緩やかに。仁はまた走り出す。係の誘導で、右の道に入ると下り坂。軽快なリズムで仁は走る。下り切るとまた登りが始まる。
ひたすら歩き続け、登りが終わると、そこは山頂。大きな白いモニュメントが建ていた。
「やったね。山頂到着~」
モニュメントの下に、瞳が立っていた。
「山頂。じゃあ後は下り」
「そう、こっから長い下り」
「マジか」
「頑張ろう。後は半分だから」
瞳は走り出す。仁は、モニュメントを見上げ、補給を済ませて走り出す。
下りが始まる。仁は軽快なリズムで下って行く。風かとても爽やか。紅葉した木々達が季節を知らせている。リズムに乗り出した矢先、仁は転けた。足首を捻ってしまった。立ち上がろとしたとき、後ろから来た小太りの男が止まった。
「大丈夫、足捻ったでしよ」
「あっ、はい。でも…」
仁が戸惑っていると、その男は、リュックからテーピングを取り出す。
「あっ、俺、藤谷。手当てするよ。テーピング持ってないでしよ」
「大丈夫ですよ。まだ走れます」
立ち上がり、走ろうとした仁は顔を歪める。
「ほらっ、テーピングで、固定しよう」
藤谷は、仁を座らせ、捻った足首をテーピングで固定していく。
「これレースでしょ。タイムロスしますよ」
「いいの、いいの。あんまりタイムこだわってないから。これでよし」
藤谷はテーピングを切った。仁は靴下を履き靴を履いて走ってみる。
「ありがとうございます。走れます、これなら」
仁はまた走り出す。そのすぐ脇に藤谷が走る。
「レース何回目」
「初ですよ、今日が」
「そりゃ大変だ。俺は今年、4レース目」
「そんなに。走り方とか教えてくださいよ」
「レース出てるけど、そんなに速くないから。登りは歩くしね、デブだし、走り方とかは教えられないよ。楽しみ方は教えるけどね」
「完走はしてるんでしょ。自分完走出来るかな」
「大丈夫。ここまでこのペースなら大丈夫。もうじき給水所だよ」
「やった~。後で少しですよね、山頂が半分だから」
「甘いな~。この給水所がちょうど半分。残りまだまだあるよ」
「ぇ、マジか」
「給水所から林道七キロ、登り、また山道下って、道路に出て、登ったらゴールだよ」
「頑張ります。ゴール遠い」
山道を下りきり、林道に出ると、給水所が現れた。給水には、水、スポーツドリンク、おにぎり、バナナ、梅干し、オレンジが置いてある。仁は、おにぎりをもらい、食べ始める。肩を叩かれ振り向くと、瞳がいる。
「遅かったじゃん」
「足首捻ったから、ちょっとね」
「大丈夫なの、走れる」
「テーピングで固定してもらったから大丈夫。それより、何分待ってたの」
「15分位かなぁ。じゃあ、今度はゴールでね」
瞳は、走り出す。仁はバナナを切り頬張り、ハイドロに水を入れてから、給水所を後にする。ここから、ロード。登り7キロが始まる。仁は、ランで登り始めるが、次第に登る角度がえぐくなっていく。ほぼ直線。レース参加者達のやる気を剃るように、真っ直ぐなロードは、ランナーを歩行者に変えていく。仁も歩き出す。真っ直ぐ伸びる道路をひたすら歩く。車はほぼなし。たまに猿が、旅館の軒下にいるくらい。仁は、歩く。
「なが~、マジか」
呟く仁。
「長いですよね~、みんな歩いてる。ゾンビの大行進」
「確かに、そう見えますね。ナイス例え。あなたは」
「私、板倉ミキ。毎年出てるけど、ここは毎年歩いてる」
「俺、伊沢仁。初レースですよ」
「あらー、それはそれでけっこう頑張ってルね。陣場、首都圏から近いしね。因みに、私、千葉県。始発乗って来たのよ。」
「自分、八王子なので。近いです、ここは」
「菅野さんに選んでもらったでしょ。ウエア」
「何で分かるですか」
「だって菅野しょく丸出し。赤基調で黒をアクセントにするコーデは」
「菅野さんと知り合いなんですか」
「同じ会社だもん。お店は違うけどね。多分、やれば分かるって言われたでしょ。どうなのかな、トレラン楽しい」
「その通りですよ、今のところ楽しく苦しいかなぁ」
「やっぱり~。後はゴールしてからよね、楽しみは」
「レース後の楽しみ、なんですかそれ」
「決まってんじゃ、山、レースと来れば温泉~。」
「はぁ、温泉ですか」
「無料で入れて送迎あり。これはサイコーよ」
「無料、ほんとですか」
「参加の書類の中にあったでしょ、無料券が。さぁ、もうすぐ7キロ終わるわよ。山道下りよ、頑張ろうねぇ」
板倉は、走り出し、すぐに見えなくなった。仁は、林道の終わりまで歩き、いよいよ山道の下りに入る。風が気持ちいい。土の登山道を軽快なリズムで仁は走って行く。木漏れ日が、ランナー達を輝かせる。西日になりかけの山道は、優しい光で満たされる。山道を下りきると最後の道路が現れる。やや登りの道を仁は、走っていく。ゴルフ場に敷地に入り、ゴールテープを切る仁。
「ナイスラン」
瞳がゴールで、待っていた。