振り向けばそこにいる(変態)
「コイツが例のアイテムか……見れば何かわかると思ったんじゃが、試してみなけりゃわからんのう、こりゃ」
ディリヴァの翼を手にした恰幅の良い髭もじゃドワーフさんが、そう言いながらウィンドウを表示させました。
……私が案内された場所は、溶鉱炉が設置されている鍛治工房でした。さっきまで見てきた最先端技術を駆使した工場と違い、こちらは職人さん達がハンマーを振るい武器をカンカンしております。
キーレスさんの案内で、私達はサンゾーさんというドワーフを紹介されました。デップリとした感じの、モジャモジャの髭が特徴的なドワーフさんです。それっぽい。
聞いたところによると、このドワーフさんはペットショップを影から支えていた方の様で、鍛治の腕は間違いないとこ事でした。
しかしながら、そんな方でも『真理の翼』がどのような物なのかは見当がつかないらしいです。
「……鍛治スキルのウィンドウはどうなっているんですか? 俺がそれを素材にしようとしても何の表示も出ませんでしたけど」
ツキトさんはそう言うと、身を乗り出してサンゾーさんのウィンドウを覗き込み……。
「勝手に覗くんじゃないわぁ!」
「いったぁい!?」
ゲンコツをくらいました。頭を抱えて転げ回っております。
この人、戦闘以外はかなりポンコツみたいです。最強とか言われている癖に周りの方々に良いようにやられてますけど、いいんですかね?
「まったく! お前は相変わらず失礼な奴じゃのう! ワシの腕が信じられんのか!」
こっちは頑固な職人さんですかね?
ロールプレイと素の半々という感じの反応でした。めんどくさそうな人ですね。私としてはパパっとお仕事をして欲しいんですが。
これで機嫌を損ねて仕事をしないと言い始めたら、たまったものじゃありません。
私は黒籠手で何を作ろうか思考を巡らせました。最悪実力行使で言うことを聞かせましょう。
「サンゾー、怒らないでくれよ? 折角新しい要素が出てきたんだから試してみようじゃないか」
キーレスさんが笑いながらサンゾーさんの肩を軽く叩きました。
「ふん、別にやらないとは言っておらん。……しかし、コイツを加工するのはワシ位しかできんぞ、必要な鍛治レベルが狂っとる」
鍛治スキルは素材等を使って、装備を作ったり強化する事のできるスキルです。
特に、プレイヤーが作った武器についてはお店で売っている物よりも強いそうで、拘る人は自分で装備を作っている人も多いのだとか。
しかし、一つのものを作るのに時間がかかるので、レベルを上げづらいスキルでもありました。
ですので、鍛治をメインとする、いわゆる職人さんはとても貴重な存在と言えるでしょう。高レベルならなおさら。
「へぇ、どのくらい必要なの? 僕は鍛治やっていないけれど、サンゾーじゃないと加工できないって相当じゃない?」
床にちょこんとお座りしている子猫先輩がそう言うと、サンゾーさんはニコリと笑顔を見せました。
「おう、適正レベルでなければ作成できるかどうかもわからんからな。ワシの素のレベルでも作れるかどうかじゃ。おそらく確実に作るのならスキルレベルは5000位欲しいんじゃないかの?」
「おー」
ツキトさんやキーレスさんとの対応とはまるで別人のようです。一切のトゲがありません。……露骨過ぎませんかね?
「女好きだからな、サンゾーは。……まぁ腕は確か、というか、コイツ以上に鍛治ができるプレイヤーは見たことがない。だから仕事に関しては安心して良い」
こそりとチップちゃんが教えてくれました。
女好きというのは置いときまして、そんなに優秀な方なのですか? 鍛治で作った武器が強いとは聞きますが、そんなに性能が違ってくるのです?
「おおっ! なんじゃ、新顔か? ワシの『プレゼント』は鍛治に特化した能力じゃからのう! どんな装備でも思い通りよ!」
思い通り?
「サンゾーは君と同じで保護対象レベルの『プレゼント』を持っているんだ。装備についている能力を移したり強化したりできるよ!」
……マジですか?
子猫先輩の説明に、私は驚きを隠せませんでした。
装備についている能力や耐性は、アイテムが生成されたときにランダムで割り振られます。
もちろん、強いものもありますし、弱いものも存在するのですが……。
それを強化できるとなれば話は違ってきます。どんなゴミ装備でもお宝に変えることができるのですから。
……え、凄すぎません? もうこの人クランに持って帰りましょうよ。よそのクランに置いておくには持ったいなさすぎますって。
やはり実力行使しかないみたいでした。
「うん、地味にオジサンのクランに大打撃だから、絶対止めてね? まぁ、そうならないための保護対象の決まりがあるんだけどね……」
キーレスさんに止められてしまいました。……って、その保護対象っていうのはなんなのですか? 前にも聞きましたけれど。
「あれ? チップちゃんから何も聞いていないのかい? ……保護対象というのは、他人に対して影響力の高い『プレゼント』を持ったプレイヤーの事だ」
成る程、確かにサンゾーさんが強い装備を作れば、そこのクランのプレイヤーは確実に強化されるでしょう。
私の黒籠手武器もそうです。実際にクランの皆さんの修行に役立っているみたいですしね。
知らなかったのですが、ログアウトしても私の黒籠手は解除されないようでした。ずっと起動状態を維持している事が無かったので、知らなかったのも無理は無いですけれど。
「そういえば、言って無かったっけ? 前にみー先輩も言ってたけど、そう言ったプレイヤーは狙われるんだ。だから保護対象のプレイヤーを見つけたら能力を極力漏らさないようにするし、クラン総出で守ったりしなきゃならない」
ほう、つまり私は守られる側になったと……。
それは悪い気にはなりません。
まぁ役に立っていますし? その位はしてもらわないといけませんよねぇ?
「能力が漏れたら四六時中狙われるからね。いろんなクランがポロラを勧誘しに襲いかかって来るよ? ちょっと楽しそうだよね?」
子猫先輩が恐ろしいことを言って、にゃーんと鳴きました。……尻尾を狙う変態に加えて、更に装備を狙うガチ勢も出てくるとか……。
そ、そんな事より、早く装備を作ってしまいましょう! サンゾーさん、私の分も作っていただけるんですよね?
私はウィンドウを操作してディリヴァの翼を取り出しました。それを見たサンゾーさんは驚いたように目を丸くします。
「なんじゃ、二つも素材があるのなら早く言ってほしかったわい。……それなら一つは実験用じゃな。ツキトや、それでいいな?」
「……え? それって俺の分を実験台にするって事ですか? い、いや、俺の方が付き合い長いでしょ! ちょっと位サービスしてくれても良いじゃないですか!」
ツキトさんは起き上がって反論しますが、サンゾーさんは聞く耳を持ちません。
「レディファーストじゃよ、すまんな。……それじゃあ作るとするかの。ツキト、お前は大鎌でいいな? 文句は言わせんぞ」
有無を言わさないサンゾーさんの態度に負けたのか、ツキトさんはがっくりとした様子で力なく頷きました。
「それじゃ、お嬢ちゃん。その素材も渡してくれんかの。持てる技術を全部使ってこさえてやろう、期待してええぞ?」
ふふ、それはありがたい限りです。立派なのをお願いしますよ?
私は言われたとおりにサンゾーさんに翼を渡しました。どんな感じに使うのかは知りませんけれど、お話に聞いたような凄い職人さんだと言うのなら期待せざるを得ません。
なんだかワクワクしてきましたね。
きっと素晴らしい武器を作って……。
「という訳で、お嬢ちゃんの身体を計らせてもらってもいいかの? 身体にあった武器を作るには必要な事なのじゃよ~、別におかしな事を考えている訳じゃないからの~。ホント、ホント……」
…………。
「あちゃー……」
「サンゾー、君って奴は……」
「あ、アンタなぁ……」
「あーあ、俺、しーらね」
私は皆さんの諦めの視線を受けながら、黒籠手から槍を精製させました。属性モリモリ、切れ味抜群、最高硬度です。
そして出来上がったそれを目の前のドワーフに向かって全力で突きだしました。……ウジ虫ぃ!
咄嗟の攻撃に反応できなかったのでしょう。
私が作り出した槍は髭ウジ虫の右肩に突き刺さり、属性攻撃のエフェクトが一気に身体中を駆け巡っていきました。……私の身体を触ろうとするとは、とんでもないウジ虫です。殺されてもしょうがないですよねぇ?
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!? な、なんっじゃこの武器ぃ!? 属性が重複しとる!? HPがぁ!? 死ぬぅ!?」
っち、流石はソールドアウトの一員です。私の最高の攻撃一回じゃ死にませんか。
ああ、そうだ。私にあった武器を作りたいとかでしたっけ? ……その槍を貸してあげますから、それを参考にしてください。職人さんというのなら、それで大丈夫でしょう?
私は槍を作ってもらえればそれで構いません。
わかりましたね?
「わ……わかりましね、じゃないわい! なんて奴を連れて来たんじゃ! これから仕事を頼む相手を殺そうとするなんて、イカれとるぞ!?」
はぁ? 誰がイカれてるですって? ぶっ殺しますよ?
私そう言ってもう一本槍を作り出して構えました。
その様子を周りの鍛治士さん達も手を止めて見ていますが、若干ひきつった様な顔を見せるだけで誰も止めようとはしませんでした。
「な……お前らぁ! ワシを助けんか! 仲間じゃろうが! き、キーレスぅ! ツキトぉ!?」
助けを懇願しても誰も反応しなかったので、サンゾーさんは助けを求めました。……しかし、やっぱり誰も動きません。
まぁ動いた時点で女性陣に白い目で見られるのは確実ですから、ここは傍観を決めるのが一番でしょうからね。
にしても、中々しぶといウジ虫です。このままではまた私にセクハラしてくるかもしれません。
…………。
もう二、三本ぶっ刺しときますか。
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その後、攻撃力の低い槍をウジ虫にぶっ刺して、私達は工房を後にしました。
流石に反省したみたいで、子猫先輩に回復魔法をかけてもらいながら私とツキトさんの武器を作ることを約束してくれました。……最初っから素直に作っておけばよかったんですよ、まったく。
さて、武器を作るには長い時間がかかるそうで、出来上がるまではチップちゃんの用事を済ませるために街にやって来ました。
街並みはそれほど現代っぽくは無いですね。19世紀のロンドンみたいな感じ。
そんな中を私達は観光気分で歩いていたのですが……。
やっぱり見られてますねぇ。
「前に来たときは獣人だからって差別の目で見られてたけど……、今の視線は尻尾に集中してるな……やな感じだ……」
自慢のもふもふを街の方達がガン見してくるんですよねぇ……。なにもしてこないのが救いですけれど。
「キーレスさんが言ってたのがマジだったとはな。俺もモフるのは好きだけど、流石にそこまではまってないぞ……?」
「ゴロゴロ……説得力ないなぁ……ゴロゴロゴロ……」
ツキトさんは肩の上の子猫先輩を撫でながらそう言っていました。ホントに説得力がありません。
貴方、子猫先輩に何してるんです? それ人間モードの時にやったら普通に犯罪なのでは?
「ツキトくんは撫でるの上手だからいいんだよー……あと今はこねこだからぁ……」
大丈夫なようです。
つまりは、ただイチャイチャしていただけですか。そんなほほえましい様子を、通行人の方達が怨めしそうに見ているのが気になりますけど……。
「皆で来れば大丈夫だと思ったんだけど、思ったよりも危険かもな。アタシ一人だったら絶対に帰ってた……、……? なんか、人だかりができてないか?」
チップちゃんがそう言って指差した先には、大きめな広場がありました。目を凝らして見てみると、誰かがステージの上で演説をしているようでした。なんですかね?
気になったので、なんとなく近付いてみました。
「ケモノを愛しなさい……。自分の欲望を解放するのです……」
そして、後悔しました。
「獣人やコボルト、ありとあらゆる動物、彼らを愛らしいと思った事はありませんか? 私はあります。彼らのモフモフに目を奪われた事は? ないはずがありませんね。……それは全て愛なのです。その純粋な愛を信じなさい。例え拒絶されて噛みつかれてもよいではないですか。それも、愛です」
知っている変態です。
前にタビノスケさんと組んでいたセクハラもふ魔族じゃないですか。なにちゃっかり聖職者みたいな格好してるんです?
確かに宗教めいたこと言っていましたけど、まさかホントに宗教初めていたとは思いませんでしたよ。
「これは……関わらない方がいいな」
そうですねツキトさん。貴方のおっしゃる通りです。
もうチップちゃんの能力で移動しちゃいましょう。……いけますよね?
「い、いけるけど、街中にアイツのクランメンバーいるぞ……。もう逃げ道が『シリウス』の拠点位しかないんだけど……」
ウィンドウを見つめていたチップちゃんが青ざめた顔をしていました。どうやら外の世界には逃げ道がないみたいですね……ハッ!?
「さ、三本のモフモフ……。ま、まさか、天使さま!?」
ヤッバ。
「汝モフモフを愛し……ん!? ポロラちゃん!? うっひょー! 久々の生モフじゃねぇか! お前らぁ! 獲物だぁ! 囲め囲めぇ!」
周囲にいる変態教徒の視線が一斉にこちらに向きました。そしてあっという間に私達を囲んでしまいました。
どうやら、私は変態というものをなめていたようです。
自分の欲望を満たすためなら、どんな障害があっても突き進む……それが変態なのですね。
私はそうしみじみと思いながら、とりあえず目の前の変態を切り殺したのでした……。
ウジ虫ぃ……。
・変態
基本どこにでもいる。




