『侵略兵器』キーレス
『えっと……恥ずかしいな……。み、みんな! 初めまして! 『正体不明』ことシーデーです! 頑張るからよろしくね!』
ペストマスクを被った師匠が、ウィンドウの中でこちらに向かって手を振っていました。マスクの下の表情は笑顔です。
会議が始まってから数分後。
ゲストとして招かれていた、『侵略兵器』の二つ名を持つサイボーグ、キーレスさんの発言により無事に師匠の自己紹介は行われました。
キーレスさん本人は善意のつもりで質問したのでしょうけれど、名前を聞いた瞬間に彼の表情は一気に固まりましたね。何か師匠についてトラウマでもあるのでしょうか?
「うわでた」
「レアキャラじゃん」
「これは死んだな。……俺達が」
周りでウィンドウを見ていた方々の反応から察するに、そうみたいです。……ああ、そういえば、ペットショップ時代にはテロリストやっていたんでしたっけ。
どうやら不特定多数のプレイヤーのトラウマになっているようですね。私のお師匠様はなんて罪深い方なのでしょうか。今後の活躍に期待しましょう……。
と、私が他人事の様に思っていると、ウィンドウの中では子猫先輩が会議を進行させていました。
『じゃあ自己紹介も終わったということで、現状の把握をしていこう。話し合いは認識を統一してからの方がいいだろうしね。……ということで、アミレイドで邪神の対処にあたってくれたチップからよろしく!』
子猫先輩は使い終わった十字架と、死んでしまったツキトさんの残骸を部屋の隅に寄せているチップちゃんに声をかけました。
それに驚いた様にチップちゃんは振り向きますが……。
『ふぇ!? ……むぐむぐ……んっん。……わかりました、みー先輩』
彼女の口の回りは、赤黒い液体で汚れています。何をつまみ食いしてしまったのかは一目瞭然ですが、皆さん触れないようにしているみたいです。やさしい。
『今回、邪神の対処をして気付いた点はいくつかある。先ずは邪神の被害が自動で修復されない事、これは皆が把握していると思う。……一番大きい被害を被ったケルティは本当に気の毒だと思う』
結局。
プレイヤーが所有していた物件にも関わらず『クラブ・ケルティ』は元に戻らなかったそうです。
拠点としての機能も失い、復活地点も初期のスタート位置に変わってしまったのだとか。
『イベントが開催されるまではまだ日がある。けれども、敵にとってはそんな事は関係ないだろう。NPCや街だけじゃなく、自分の身を守るためにも、アタシ達全員で対処していくべきだ』
チップちゃんの言うことはもっともです。
ディリヴァに味方しているプレイヤーは、全員が『強欲』のギフトを使うことができると予測していいでしょう。
ですので、周囲を警戒し、集団行動を心がけるのが大事だとは思いますが……。
『ちょっと待ちなよ』
周囲が黙ってちゃんの話を聞いているなか、そう口を開いたのはメレーナさんでした。
『言いたいことはわかるけどねぇ……。アイツらの怖いところは問答無用で邪神化させてくる事だろう? それに対して具体的な対策がなきゃ何を言っても無意味さぁ。その辺りはどうなんだい?』
そう、問題はそれなのです。
メレーナさんの言うとおり、私達には明確な対策がありません。
こちらにも『強欲』持ちのプレイヤーがいなければ、狙われたら最後ということになります。
何か有効な手段を見つけなければなりませんが……。
『それについてなんだけど……実はあのコルクテッドで暴れてた『暴食』の邪神、あれアタシなんだ』
……はい?
私はチップちゃんの言っている意味がわかりませんでした。
『あの時は街中で『覚醒降臨』を使われてな。気が付いたら視点が変わっていて、自分の身体が変化していくのが見えたんだ。……それで、そこからが聞いていた話とは違った』
そう言いながらチップちゃんが取り出したのは、一枚のカード。
邪神討伐の報酬である、『ギフトカード』です。
『強制ログアウト前に、『ギフトカードを消費しますか?』っていうメッセージが現れたんだ。それで『憤怒』のカードを選択したら復活できた』
つまり、ギフトカードは邪神化した後に発動させることができるアイテムで、この世界に残り邪神化した自分と戦えることができるみたいですね。
……あれ。
それじゃあこの間私が邪神化しそうになった時、師匠が助けてくれなくても大丈夫だったということですかね?
別に助けてもらったのが嬉しくなかった訳では無いですけど、無駄にギフトカード持ってますし、私。
『それで邪神と戦っていたんだけど……倒すまで『暴食』の能力は使えなかった。代わり『憤怒』の能力が使えたから、ギフトカードで他のギフトを使えるのは変わらないみたいだな』
ほう。
じゃあこれからは他のギフトの効果も、完全に覚えておかないといけませんね。
相手に使われた時の対策だけではなく、自分で使うためにも知識は必要ですから。
『最後の情報だけど、邪神化の時に起きるレベル減少は無かったから、これも大きな違いだと思う。私からは以上だ』
そこまで言うとチップちゃんは席に着きました。
それと一緒にカメラも移動したのですが、何故か彼女が座ろうとした席にはカタツムリがうねうねしています。……何でカタツムリ?
見た目はデフォルトされていて可愛いですけど……誰かの嫌がらせですかね?
『あ、ここケルティの席だっけ。間違えた』
……………。
それケルティさんなんです!?
まさかケルティさんはカタツムリになれるんですか!? なにそれ、全然羨ましくない!
『ありがとう、チップ。それじゃあ次は、被害者のケルティに話を聞きたいんだけど……大丈夫かな?』
『うね……うね……私はカタツムリ……誰も守れない無力なカタツムリ……うね……うね……』
しかも精神的にやられてる!?
い、いえ。見た目はあれだけですけど、中身はエルフですから。綺麗所ですから。今は自分の街が消滅してしまった心労でああなっているだけなのです。
ですので、今はそっとしておきましょう……。流石に可哀想ですし……。
『ダメみたいだね……。仕方ないから、キーレス。そっちの国ではどうだったのか教えてもらってもいいかな?』
子猫先輩もその事を理解したのか、次の発言者を指名しました。カメラもそれに合わせて動きます。
『あ、ああ……、わかった、説明しよう。我々の国である『ザガード』については、各街に配備していた軍隊によって速やかに邪神は討伐された。大きな被害は出なかったものの、不審者に侵入をされたことは問題だろう。改善を要するべきだ』
……真面目ですねぇ。
チップちゃんも事実を淡々と言っていましたが、ツッコミ所は残してありましたしね。ただ真面目にやれば良いというわけではないのです。
周りの方にツッコミを入れてもらうくらいじゃないと、こっちも面白く無いですし。
『しかしだ。チップちゃんや皆の話を聞いた限り、のんびりと構えている状態でも無いだろう。奴等を殲滅できる装備と実力が欲しい……ここまではいいかな?』
バカ真面目に答えたと思いましたが、なにやら思うところがあるようです。なにやら企んでいるような顔をしています。
『私達の国では、それが既に実現されている。君達への警戒を忘れなかったからだ。『正体不明』、君のお陰だよ。だからこそ、こうやって君達の会議に顔を出している』
どうやら、このサイボーグさんはあくまでも、私達を警戒すべき相手と考えているようです。
『だが、そうやって国の防衛を整えている中、悲しい事態も起きてしまった。……ライバルの消失だ』
キーレスさんの表情はとても重苦しいものです。しかしながら、そこからは何処と無く楽しそうな様子を伺えます。
『ペットショップが失くなって、不本意だが私達の『シリウス』がトップクランだと思っていた。けれど……なんだい? あの動画は? ツキト君がいなくとも、ここまでの活躍ができるとは思わなかった。いや、役割を分担し、特化したことで更に効率を良くしていたと言っても過言では無いだろう。『ペットショップ』は解散などしていなかった』
彼はそう言うと、鋭い眼光を飛ばします。その視線の先には子猫先輩が変わらない様子で鎮座しておりました。
『やられたよ。一度身を引いた様に見せかけて、少しずつクランの完全復活を目論んでいたわけだ……』
『……何の事かな? 今回の事態を鎮圧できたのは、チップが自分の役割を理解して皆を育ててくれたからだ。こうなったのは結果論。皆が努力を忘れなかったからさ』
子猫先輩も黙っていないようで、目を細めながら反論します。
『けれど……ふふっ、もしかしたらそうかもね。結果的には僕達はまた一つになって、一つの目標に挑もうとしている。そう思われてもしょうがないね』
子猫先輩の真意はわかりませんが、私には彼女の姿がとても楽しそうに見えました。……流石は子猫先輩です。これが王者の風格ですよ。
『それでこそだ! 君とツキト君が現れた事で、私のクランも盛り上がっている。倒すべきライバルが、『ペットショップ』が戻って来たとね』
そう言いながら、ゆっくりとキーレスさんは席から立ち上がり、子猫先輩に身体を向けました。
『……だが、今回のイベントでは君達と戦うことができない。我々はディリヴァ側につくつもりはないし、君達もそうだろう?』
そして、パチンと指を鳴らすと、彼の周囲の空間が乱れ、まるで最初からそこに居たかのようにガスマスクを着けた兵士達が姿を現しました。
全員が銃火器を手にし、何かよく分からない機械で武装しています。
それを確認して、会議室のソールドアウトの皆さんは臨戦態勢に移ろうとしましたが……。
『落ち着きなよ。話を最後まで聞こうじゃないか』
子猫先輩は慌てた素振りも全く見せず、皆さんを制止しました。
『まぁ、何が言いたいかは大体わかったけどね。前回戦った時の借りを返したいんだろう? 良いじゃないか。イベントの準備運動といこうぜ?』
その言葉を聞いたキーレスさんはニヤリと笑みを浮かべ、狂喜して叫びます。
『……決定だ! 我々『シリウス』は君達『ソールドアウト』と敵対することを宣言する! どちらのクランが強いのか……戦争を始めようじゃないか!』
こうして。
私達『ソールドアウト』と『シリウス』のクラン戦が決定してしまい……。
ディリヴァのイベントは皆から後回しにされてしまうのでした。哀れ運営。
・ザガード
周辺諸国を侵略し、国土を拡げていた軍事国家。先の戦争で王が邪神により殺されたため、今は若き王に代わり『キーレス』というプレイヤーが政治を行っている。元より、機械の研究が盛んな国であったが『キーレス』の介入により、更なる技術の会得に成功した。




