謙虚に生きましょう
チップ様が正気に戻ったのは、私の指先にかぶりついた時でした。どうやらちょっとづつ、味わって食べようとしていたみたいです。
「……はれ? はぁにがあっひぁの?」
あ、危なかった……。
私はチップ様が口を開いたら、謎の力でチャイムさんが死んだ事を伝えました。
するとチップ様は私の指から口を離します。
「あー、そういえばしばらく食事をとって無かったな。悪い、うっかりしてた」
そのうっかりで、なんの罪も無いコボルトさんが死んでしまったのですが、それはいいのでしょうか? ……ちょっと聞いてみましょう。
チップ様、チップ様。
さっきのってなんなんですか? 少し怖かったんですが……。あと、チャイムさん死んでるんですけど。
「あー、あれ『暴食』のギフトの効果でさ。ハラペコだと暴走しちゃうんだよ、アタシ。ちょっと何も食べないでいるとこれだから、困っちゃうよなー。あと、チャイムは大丈夫、慣れてる」
しょ、食料第1号……。
扱いの雑さに言葉を失ってしまいましたが、まぁ、いいでしょう。私をバカにしていた付けが回ってきたのですね。
いやー、やっぱり人をバカにしたり悪いことをしたりするのは良くないですね、ええ。
私は謙虚に生きようと心に決めました。
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その後、私は簡単に「初心者の時に『死神』さんに殺されました。イラッとしたので復讐するために頑張っています」と、チップ様には伝えておきました。
私としては、昔の仲間を狩っていけば黙ってはいないだろうと、トッププレイヤーの皆さん皆殺し計画を立てていたのですが……。
「復讐かー……、アタシもアイツには言いたいことあるし、手伝ってやるよ。もしも見つけたら好きにしていいぞ」
チップ様は協力してくださるようなので、このまま私はチップ様の飼い狐として、頑張っていこうと思います。飼い犬じゃないので、万が一にもご主人様の手は噛みません。
チップ様の役に立つと決めた私は、心機一転ということで、修行をするために街の裏路地にやって来ました。
私が拠点にしているこの『コルクテッド』という街にはクモの巣のような複雑に入り組くんだ裏路地があります。
この裏路地、うまく使えば簡単に街のあちこちに行くことができて便利なのですが、一つ問題が。
ここには、NPCの衛兵さんから逃げてきた犯罪を犯したウジ虫さんが多く生息しているのです。
監視の目を掻い潜る為ですね。
なので無力なプレイヤーさんが迷い混むと大体彼等の餌食になってしまいます。
ですので、私は彼等を狩って修行をしているのです。
初心者の方々が安全にプレイできるようになり、同時に私の懐もウジ虫さんの遺品で温まる……一石二鳥というやつです。
と、うろつき初めて数分しか経っていないのに、もう一人目のウジ虫さん候補を発見しました。腰に剣を下げた戦士の様な風貌です。こんにちわー。
「……え? 何、お前?」
よし! 犯罪者!
私はそう確信して、あらかじめ用意していた大槌を脳天目掛けて振り下ろしました。こんな場所にいて、挨拶も返さないマナーの悪い奴は、大体犯罪者です。
その証拠にウジ虫さんは小さく舌打ちをすると、大槌を避けつつ長剣を腰から抜き、私に向かって構えてきました。
どうやら対人戦慣れしているみたいですね。
「いきなり何すんだ。挨拶されなかったのがそんなに腹立ったか? ああん?」
しかもいい感じにガラが悪いです。これは殺してもいいウジ虫さんですね。間違いありません。
……いえいえ。犯罪者を見かけたので、足を洗うお手伝いをして差し上げようと思ったのですよ。いったい何したんです?
そう聞くと、ウジ虫さんはニヤっと笑いました。
「挨拶返さなきゃ犯罪者かよ。……まぁマジだから否定はしないけどな。ちょっとアイテム盗んだだけなのになー。やってらんねー」
誰から盗んだんです? NPCですか?
「そ。アイツ等たまーにいい装備持ってるからさ、成功したら美味しいんだよ。使ってもいいし、売ってもいい」
ウジ虫さんは悪びれる様子を一切出さずにそう言いました。
スキルを使えばアイテムを盗む事ができます。成功率は低いですが……。
とにもかくにも、つまり貴方を殺せば、盗んだ物は全て私の物になるということですね? それなら早くやり合いましょう。
「はぁ? 何? プレイヤーキラーって奴? じゃあ死んだらお前も刑務所行きじゃん。わかってんのか?」
このゲーム。善良なプレイヤーが死んだ場合は拠点からスタートできるのですが、犯罪者のウジ虫さんの場合その限りではありません。
犯罪者は死んでしまうと、刑務所に囚われた状態からログインしなければいけません。
そして刑務所の中にいる犯罪者はペナルティとして、徐々にステータスが減っていくのです。ですが、同時に善行値というものが回復し、罪が軽くなって出所できるという事になっています。
要するに、犯罪者さんを救うには、殺してあげなきゃいけないのです。……真人間に戻してさしあげますよ~。死んでくださいな~。後、私は善人です~。
「嘘つけや。善人はプレイヤーキラーなんてやんねぇんだよ。お前が死ね。アイテム置いてけ」
ふふ、やっぱり裏路地はいいです。
戦いを挑めば快く受けてくれるウジ虫さんが簡単に見つかるのですから。
私はニコりと笑い、大槌を二本の短槍に変化させました。
そして、一本をウジ虫さんに向かって投擲します。
「甘ぇんだよ! 死ね!」
ウジ虫さんは最小限の動きで槍をひらりと避けると、一気に私と距離を詰めました。自分の間合いギリギリ、剣の切っ先が私に届くか届かないかというところです。
私はその動き合わせ、後方へと飛び距離を取ります。しかしながら、ウジ虫さんはそれに合わせるように、先程よりも速い動きで間合いを詰め、斜めに切り上げるように剣を振るいました。
が。
その程度で勝ったと思うから貴方はウジ虫なんですよぉ……!
私は向かってきた剣の側面を踏みつけて、無理やりその攻撃を止めました。そして、ウジ虫さんの片腕に向かって短槍を突き刺します。
「な、なぁ!? 嘘だろ、そんなんアリ……ぐぺぇ!?」
驚いているウジ虫の顔に向かい、私は蹴りをいれました。
面白い声を出したウジ虫さんは、顔を押さえてもがいています。
私はそれを見ながら『子狐の黒手袋』を遠隔で解除し、手袋の状態に戻しました。再び私の手に手袋が装着されます。
あれ? ちょっとできるからって、調子に乗ってしまいました? 貴方はもっと謙虚に生きるべきでしたね、私のように。
私はウジ虫さんを見下ろして、どや顔をかまします。どやぁ……。
「ぐ、ぁ……。ど、どこが謙虚なんだ……」
謙虚ですよー?
本当なら、ここから拷問して貴方のアイテムを没収するのですが、心を入れ換えた私は違います。
貴方を殺したときのドロップアイテムだけで満足するのですから、かなり謙虚です。うーん、謙虚、謙虚。
そういって慈愛を込めた微笑みをウジ虫さんに向けると、彼は小さく笑いました。
「そりゃ謙虚だな、涙が出る。……じゃあさっさと殺せよ。片腕が使えない状態でお前には勝てなそうだ。これからは夜道に気を付けるこったな」
どうやらウジ虫さんの戦意は消失してしまったようです……。でも……。
私は、まだ殺しませんよ?
「……は?」
ウジ虫さん間抜けな声を出しました。
これは私の修行も兼ねていますので、戦って戦って戦って……、私が強くなるまで付き合ってもらいます。
さぁ、剣を取りなさい。私に刃を向けるのです。殺すつもりでかかって来ると良いでしょう。このままで悔しく無いのですか?
わかります? ここを切り落とせば私は死ぬんですよ?
そう言って、私は手をトントンと首元に当てました。
「はっ、糞が……お望み通りやってやるよ!」
すると、ウジ虫さんはいい笑顔で、片手で剣を握り締めながら距離を取りました。
そして、再びその剣の切っ先を私にへと突きつけます。
ああ。これだから裏路地はいい。
修行相手を簡単に見つけることができるのですから。
行きますよ……この、ウジ虫がぁ!
再び手袋を武器に変換し、襲いかかりました。相手も剣を振り下ろし、対抗の意思を示します。
薄暗い裏路地に、激しくぶつかり合う金属音が響くのでした。
・暴食
ギフトの一つ。自分を含めたパーティーメンバー及びクランメンバーの食事による経験値取得量が増加。ギフトを持っている本人は仲間を食べる事により、更なる強化をすることができる。本人のレベルが一定を越えた場合、遠距離による食事攻撃を行える。デメリットとして、空腹状態の際に一定の条件を満たしたプレイヤーがいると暴走状態に陥る。
・善行値
犯罪を犯すと減少し、クエストをクリアすると増加するステータス。気が付くと減っているので、プレイヤーはクエストをクリアし善行値を維持しなければならない。しかし、悪人で良いのならその限りでは無い。