真理の女神、真の姿を解放す
「ひっ……、こ、来ないでっ!」
地面をのたうち周りながらディリヴァは逃げ出していました。
それをゆっくりとした足取りで、身の毛もよだつような殺気を発しているツキトさんが追いかけています。……何あれこっわ。
実物五割増しでおっかないんですけど。
目と動きが完全に殺人鬼のそれなのですが? 早く殺さないでああやって追いかけ回しているのも、逃げる様子を見て楽しむ為なのでしょう?
明らかにストレス解消の為に痛ぶっています。……完全にド外道さんですね。いたいけな幼女相手にああやって戦えるなんて。
私は師匠にだけ聞こえるようにコソっと囁きました。
「それツッキーさんの前で絶対に言わない方が良いよ? というか、ポロポロも基本相手関係なく攻撃するよね?」
……?
敵だったら容赦なく叩き潰すのは普通では?
「本人自覚無し……相変わらず大事なものが抜け落ちてる……」
師匠はそう言って残念そうに俯きました。
もしかして、私も戦闘中はあんな感じだよ、ということを遠回しに言いたかったのですかね?
いや、それはないです。さすがにあんなに凶悪な顔をして戦っているわけないじゃないですか。
それに死にそうな獲物をいたぶる趣味もありません。
私が思考を巡らせていく間にも、ツキトさんは逃げるディリヴァを徐々に追い詰めていきます。
ディリヴァも全力で逃げているようですが、翼を切り落とされてしまったせいなのか上手く動けないでいました。
「お、お止めなさい! わたくしを殺すつもりですか!? 女神である私を殺すなど、本当に思っているわけじゃ……いぎぃ!?」
命乞いをしている幼女の片腕が飛びました。涙等の液体でぐちゃぐちゃの顔をしているというのによくやりますね。良心とかないのでしょうか?
「いや、殺すよ? 俺のお休みを潰した罪は重い」
無いみたいです。
そんな彼の姿を見たディリヴァの動きは完全に止まってしまいました。全身をガタガタと震わせて、地面にはよく分からない液体の水溜まりを広がらせています。
……ここまで来ると、流石に可哀想になってきましたね。
なんなのでしょう? 『勇者』といって引き連れて来た方々は私の雑な攻撃でミンチになってしまいましたし。
最後のジェンマの悪足掻きも、師匠が来てくれたおかげで無かったことになりました。
更にはツキトさんという最強の助っ人?が現れてしまい、目の前は地獄絵図です。……やったことと言えばヒビキさんとワカバさんの動きを完全に止めた位ですね。微妙。
「あの……師よ、あの方は味方でよろしいのでしょうか……むしろ敵と言われたいのですが……?」
「に、逃げましょう! 絶対に関わったらいけない感じの方です!」
なにもできずに呆然としていたオークさんと金髪ちゃんがやっとで我に戻りました。まぁ、なにもできないのは私も一緒なのですがね。師匠は確実に私達ごと爆殺するからと自重しています。
しかし、逃げるという提案はよいかもです。
なんかこっちにも被害が飛んできそうなんですよね。
散々言ってきましたが、女神と同じくらいの力を持っているというのなら何か隠し球を持っていてもおかしくはありません。
「大丈夫、大丈夫。ツッキーさんは話せばわかってくれる人だからなんとかなるよ。それと何があっても守ってくれるって」
本当ですかぁ?
師匠はそういいますが、私はいまいち信用できません。相手がどんな事をしてくるのかもわからないのに。
けれども、ツキトさんにそれをひっくり返す手段が無いとも言い切れません。
さて、これからどうなるか……。
「こ……こんなところで死ぬわけにはいきません……! 来なさい! 解放された眷属達よ! わたくしの元に集うのです!」
何か覚悟を決めたディリヴァがそう叫ぶと、彼女の周囲に三つの光の玉が現れました。
それと同時にツキトさんが攻撃を繰り出しましたが、見えない壁に止められるように大鎌の動きが止まってしまいます。
光がディリヴァの中に吸収されると、その身体から辺りを真っ白にするほどの光が放たれました。
しかしながら、ダメージは無いようです。ただただ眩しいだけですね。
やがて光が収まると、そこには身体の傷が全て修復された状態のディリヴァが、宙に浮かんでいました。
しかし、その姿は先程とは大きく変わっています。
シンプルだった服装はよりきらびやかな物へと変貌しており、手には剣と盾を持っていました。首元には豪華なネックレスを身につけております。
明らかにパワーアップしていますね。
これに対してツキトさんはいったいどんな手を……。
「っち、完全回復のスキルか。もう一度切り刻まなきゃいけないとか、心が痛むな」
……あれ?
なんか、ちっとも焦っている感じがしませんね。むしろ面倒だと言いそうな顔をしております。
「ふふふ……これまでよくもやってくれましたね。これが神々の力を得たわたくしの姿。全ての力が揃っていなくとも、貴方を凌駕する事は………………あ、あらら?」
ディリヴァの顔が真っ青になりました。
……話的に先程の光の玉は邪神の力の塊みたいなものだったのでしょう。元々邪神は彼女の力の一部だったみたいですし。
おそらく、自分の本来の力を取り戻していくスタイルのようです。明らかに強キャラですね。
けど、あんな顔をしているということは……。
「……よ、よく聞きなさい。邪神を信奉する愚かな冒険者よ」
戦闘体勢に移行しようとしていたディリヴァは、剣を腰の鞘に収め、祈るように手を組みました。
そして、語りかけるように口を開きます。
「貴方達はわたくし達とは違う道を行くというのですね? ……いいでしょう、今はそれで構いません。この間違いだらけの世界を楽しみなさい」
そう言いながらディリヴァの姿は徐々に薄くなっていきます。……あ! 逃げる気じゃないですか! そう簡単にいくと思って……!?
私はディリヴァを逃がさない為に飛び出しました。しかし、大爪を展開したところで、空中にそのまま身体を固定されてしまいます。
「わたくしは必ずやこの世界を救うでしょう! 『勇者』様達と共に!!」
ちょ!? ま、待ちなさいな!
私のそんな思いも虚しく、彼女の姿は消えてなくなってしまいました。
それと同時に身体の自由も戻ってきて、私は地面に着地します。……うぅ~!
なんですかこれ!?
結局散々引っ掻き回して帰っていっただけじゃないですか!
せっかく強敵ムーヴみたいなことをしたのにそのまま逃げるとか、恥ずかしく無いんですかね!? 始めてみましたよ、本気だしといて逃げるとか!
あんなポンコツに振り回されていたという事実に腹が立ちます! びょおおおおおおおおおおおおおおおお!!(嘆き)
私は慟哭を上げました。
「なんか気が抜けるような最後だったね。私としては死ななくてすんでラッキーって感じだけど」
うぅ~、師匠~……。
落ち込んで地面に四つん這いになった私の頭を、師匠がポンポンと優しく撫でてきます。お上手。
「……けれど、ポロポロとしてはまだ終わりじゃないでしょう? ほら、顔をあげなよ。挨拶くらいはしよう?」
私は師匠に言われた通りに私の前に立っている方の顔を見上げます。
そこにいたのは、先程の様な恐ろしい殺気は抜け落ちている、どちらかというと大人しめな雰囲気を持った方でした。
しかしながら、その真っ黒な外套と、美しい装飾がなされた大鎌が、彼が何者かを物語っています。
「もしかして……シーデー、なのか? 久し振りだな、イメチェンした? 不審者にしか見えないけど」
優しい笑顔でそう言うツキトさんに対して、師匠も楽しげな声で答えます。
「えぇ~それは酷いなぁ~。結構似合っていると思うんだけど。……そうだ、紹介したい娘がいるんだ。これ、私の弟子のポロラ。ツッキーさんを殺したいんだって」
ちょ。
師匠はとんでもないことを言って、私の襟を掴み高く持ち上げました。ちょうど目線が合うくらいです。……あ、ポロラです。以後よろしくお願いします。
私は師匠の予想だにしないカミングアウトに戸惑ってしまい、普通に自己紹介をしました。殺したいって相手によろしくされるツキトさんの心労が伺えますが……如何に。
「えっ……殺っ!? ……んん!?」
どうやらツキトさんも混乱してしまった様です。
少し驚いた様な顔をした後、彼は一度深呼吸をして一言。
「あーと、さ。俺、何かしたっけ?」
ひきつった顔をしながら、そう言ったのでした……。
・水溜まり
いわゆる聖水。漏らさせた事については報告させてもらおう……。




