遠い日の思い出
このゲームを始めたばかりの私は、まるで村娘のような素朴な服装をしていました。
冒険者というよりは、RPGでよく居る村の名前を教えてくれるNPCのような感じでした。簡単に説明すると、尻尾丸出しで歩いてたんですよね。
私は最低限の予備知識しか知らずに、ゲームを開始したのです。
なので、最初はなんで周りの視線が自分に向いているかなんて、わからなかったんですよ。
まさか……狙われていたなんて……。
とりあえずと掲示板の前でお仕事を探していたら、声をかけられたんです。
その時の私からしてみれば、優しい先輩プレイヤーさんがクエストを手伝ってくれる、位しか思っていませんでした。
見たところ男性二人に女性一人のパーティーで特におかしなとこは無かったと記憶しています。
なので、オススメのお店を紹介してあげると薄暗い通りに案内されても、なんの疑問も無くついていってしまったのです……。
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私は走っていました。
「追いかけっことか最高かな? そんなに尻尾振って……誘ってんのぉ!?」
「ははははは! 今のうちに全年齢モードにしておくんだなぁ! エロいことはしないがモフい事はさせてもらうぜ!」
「そのモフモフがうちの犬に似ている! だからもふらせて! 気持ちよくしてあげるから!」
迫り来る変態達は目をギラつかせて私を追いかけていました。レベル差もあるのにすぐに捕まえないのは、彼等が私の姿を見て楽しむ為だったのでしょう。
以前も言いましたが、この時の私はまだピュアな子狐さんでしたので、悪態の一つも言うことができませんでした。反撃しようなんて発想も当然出てくる事も無く……。
あっという間に追い詰められてしまうのでした。
角を曲がったとき、目の前が行き止まりな事に気づき私は絶望しました。
しまったと思い振り替えると、彼等は一人を見張りにして、余裕そうな態度でこちらにゆっくりと近づく二人の男の姿がありました。もう、逃げられない……。
「お? 狐さんは諦めたのかな? 中々楽しかったけど、本番はこれからだぜぇ?」
「大丈夫……。ちゃんと一人づつ順番にモフるから。いきなり二人にモフられるのは嫌だもんね?」
な、なにを言っているの……?
思わずそんな言葉が口から漏れました。
目の前の変態達を理解する事は困難を極め、恐怖も合わさりいつの間にか私の目からは涙がこぼれ落ちていました。
とりあえず、これから私はエッチな事をされるという事だけはわかったので、急いでログアウトしようとウィンドウを表示させます。
「あ、ログアウトしても無駄だよ? 君が帰って来るのを待っているから……いつまでもね……」
本気で何時までも待っている。
そう思わせる強い意思を感じて、私は震え上がりました。
せめてもの抵抗として、私は尻尾を抱いて自分の体で隠しました。柔らかなもふもふに少し癒された事を覚えています。
しかし、目の前の変態達には逆効果だったようで……。
「可愛いじゃねぇか……。持ち帰りたくなる……」
「これは……合意と解釈していいのかな?」
私は全力で叫びました。
誰でもいいから助けてと、喉が潰れるのではないかと思うほどの絶叫でした。
「そんな声上げても誰も助けになんか来ねぇよ。見張りも立ててある……諦めてくれや」
その言葉で、私の心は折れました。
もういいや……雲の数数えてよ……。
そう思って空を見上げた瞬間。
「な、なんで……きゃあああああああああああああああああああああ!!!」
私の叫び声と同じくらい大きな悲鳴が、路地裏に響いたのです。
なにが起きたのだろうかと視線を落とすと、先程見張りについていたはずの女性はいなくなっていました。
そして、かわりに地面には血溜まりが出来上がっており、そこに誰かが立っていました。
黒の外套を纏い、美しい装飾が施された大鎌を持った彼は、私達を見て━━━━。
ニヤリ、と、口角を歪ませました。
「ハァ!? し、『死神』!? 嘘だろ、素行が悪くてBANされたって聞い」
「アホか。んなわけねぇだろ」
死神。
そう呼ばれた彼の姿が消えたかと思うと、次の瞬間にはもふ魔族の一人が地面の染みになっていました。
動いたのが全くわからない……というよりも、瞬きしたらミンチが一つ増えていたと言った感じです。
あまりにも速すぎるその行動に私はただただ呆然とすることしかできません。
けれども、自分の窮地に駆けつけてきた彼は、私からして見れば、まるでヒーローのように思えたのです。
「くそっ! よりにもよっ」
「うるせぇ、黙って死ね」
喋る暇も与えずに、彼は大鎌を振るいました。すると残っていたもふ魔族の首がごとりと地面に落ち、体がミンチに変わりました。
本当に一瞬の間の出来事でした。
私が『死神』と呼ばれた彼を視認してから10秒もたっていないと思います。
圧倒的な強さに見惚れていると、彼が私の方に振り返りました。そして、目が合ってしまいます。
何かお礼を言わなければ。そう思って口を動かそうとしても、緊張してしまい言葉がうまく出てきません。
そんな私の事を知ってか知らずか、彼は微笑みながら口を開きました。
「ごめん、邪魔」
……はい?
次の瞬間。
私が見たのは、大鎌によって肩から袈裟懸けに切り裂かれた狐娘さんの姿でした。
助けてくれたと思っていた私は、いったい何が起きたのか理解できません。
「あ、ツキトくん。どうしたのさ、いきなり走り出しちゃって?」
そんなことを言いながら、黒い服をきた少女が姿を現しました。彼女は少し小走りに『死神』の元に駆け寄ります。
「いえ、ウジ虫が湧いていましたので害虫駆除をしていました。……まさかこんなところに人が居るとは思わなかったので」
う、ウジ虫……!?
「そうなの? お疲れ様。殺したのなら、残骸は拾っておこうか。何か使える物を持っていたかも知れないしね!」
「了解です、先輩」
その後。
彼等が残骸を漁り、アイテムを回収している様子を見ていると、私の中にとある感情が生まれていました。
憎悪です。
なぜ善良なプレイヤーである私が、こんな目に合わなくてはいけないのか。なぜウジ虫呼ばわりされたのか。なぜ死んだ後に、男女がイチャイチャしている様子を見せつけられなければならないのか……。
ええ、完全にキレましたよね。
私その事を自覚したあと、このゲームの本格的な攻略に取りかかりました。情報を集め、修行に取りかかったのです。
全ては彼を殺し、あの日の雪辱を晴らすために。
これが私と……『死神』の因縁です。
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「ほぅ……ちなみにどの位盛ってる? お前が何もせずにガタガタ震えてるとか、にわかには信じられないのだが?」
いつの間にかやって来ていたチャイムさんが私を疑わしい目で私を見ています。……盛ってないですぅ~。あの時の私はピュアピュアな子狐さんだったんですぅ~。
私は拘束されたまま答えました。
実のところ、結構前の事なのでハッキリとは覚えていません。まぁ確かに何か言い返したかもしれませんが、そんなことは些細な事です。
……そんな事より、どうして私が彼と遭遇したって知ってるんですか? あの時の私はこのゲームを始めたばかりで知名度も何も無かったはずですよ?
そう質問すると、チャイムさんは少し考えるような素振りを見せて、こう答えました。
「あまり広めてほしくは無いのだが……。前のクランに、監視カメラのような物を街に設置していたプレイヤーがいてな。今もそれが稼働しているのだ」
つまり、それに私と『死神』の姿がそれに映っていたと? ……それだけで、私を拘束したんですか?
「ああ。……以前のクランが解体されてから、彼等の居場所は解らず終いでな。連絡すれば返してくれるが、一向に我々の前に姿を表さない彼等を、俺達は探していたのだ」
彼等?
あの『死神』とイチャイチャしてた彼女ですか? ……そんなに重要人物なんです?
チャイムさんはコクリと頷きます。
「勿論。放っておいたら世界がヤバイ」
盛りすぎでは?
「これが盛っていないから困っているんだ……」
どうやら本気で困っているようです。疲れた顔をしていらしゃいます。
……しかし、困っているだけが理由では無いのでしょう。
前にも言いましたが、チップ様とチャイムさんは『死神』と元々は同じクランに所属していたのです。
今は袂を別ってしまったかも知れませんが、また一緒に遊びたいと思うのは何もおかしな事ではありませんからね。
……ところで、先程からチップ様が静かなのですがどうしましたか? 話をしている途中からボーッとしてましたけど?
「……え?」
チャイムさんはぎょとしてチップ様を見ました。
チップ様は虚ろな目をしており、口元からはヨダレが垂れていました。……ヨダレ?
「まさか……パラペコ状態!? 逃げ」
私は見ました。
チップ様の口が大きく開かれ、勢いよく閉じられるのを。
それと同時に、チャイムさんの身体の半分が何かに噛み千切られたように消失しました。そしてミンチになって弾けます。
チップ様は何かを口の中で咀嚼し、ゴクリと喉を鳴らして飲み込みました。そして、私を見てこう呟きます。
「美味しそう……」
こゃ~ん、とか言ってる場合じゃない事だけは確かですね。
……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
その叫びは虚しく響き、ゆっくりとチップ様の口は開かれるのでした……。
こんな人よりヤバイと噂の『死神』……そりゃ放っておけませんよね……。
・ログインとログアウト
通常、ログインした場合ログアウトした場所からのスタートになる。死亡してログアウトした場合は、各プレイヤーの拠点及び自宅へログイン地点が変更される。