ジェンマ
「ふふっ、呆気ないものだな。ワタシを一度は殺せたと言っても、所詮はこの程度か。どうあがいても、神の力には勝てなんだ」
愉快そうな邪神の笑い声が聞こえてきました。恍惚とした、見下した様な声です。
それに続いて、コウモリの声が続きます。
「流石でございます! 奴等は跡形もなく消滅致しました! 我々の悲願も叶えることができそうです!」
イラッとする声ですねぇ。
自分の力じゃないのに、何調子に乗っているんです? そうやってると足元すくわれるって知らないんですか?
まだ『強欲』のギフトの効果が切れていない事を忘れているみたいですねぇ。もしくは私達が簡単に死んだと勘違いでもしているんでしょうか?
だからこそ、この一撃は避けれませんよ!
くらえ!
私は球状に展開していた防護壁を、一気に解き放ちました。
黒籠手から伸びている鉄の塊を極細の鉄線に変えて打ち出したのです。……生存者には悪いですが、まとめて細切りにしてあげましょう!
大量に飛び出した鉄線は、防護壁に乗っていた瓦礫を消し飛ばしながら飛んでいきました。
「ひぃえ!?」
コウモリの情けない声は聞こえました。
しかしながら、邪神は平気な顔をしております。どうやら全身の薄皮を向いた程度らしいですね。どんだけ固いんだか。
コウモリも邪神の背中に隠れたみたいで無事みたいですしね。
「うそだろ……? マジで防ぐとか、お前すげぇな、狐……」
「なに……これ……こんな……」
「これが『色欲』の邪神……。勝てるのですか……?」
私の周囲にいるワカバさんやオークさん、金髪ちゃんが驚きの声を上げました。防護壁から出て見えた最初の光景がこんな更地ですからね。無理も無いでしょう。
「おや? お前達は生きていたか。どうだった? ワタシの力は? お前達には少し刺激が強すぎただろうか?」
ええ、中々面白い見世物でした。まさか街がこんな事になるとは思っていませんでしたがね……。
周囲を見渡すと、私の目には瓦礫の山しか見えませんでした。
生存者の姿は何処にもなく、私の攻撃で消し飛んだ様子もありません。やはり邪神の攻撃で全て吹き飛んでしまったみたいです。
……あの攻撃が来る直前。
私は黒籠手の能力を発動させて、私達を取り囲むように球状の防護壁を展開しました。全くの隙間も無いように、全方位に。
しかしながら、それだけでは周りと同じように吹き飛んでしまっていたでしょう。
そこで、私は同時に『リリアの祝福』を発動させました。
あの神技はプレイヤーに対する一切の被害を無効にするスキルになっております。その際、身につけている装備も壊れる事はありません。
つまり、スキルを発動している時だけは『妖狐の黒籠手』は絶対に壊れない、無敵の防護壁になる筈なのです。……まぁ、完全に予測だったんですけどね?
けれど、上手くいったのは事実です。
おそらくですが、私達に有効打は無いでしょう。しかし、それでもできることはあるのです。諦めるには早すぎます。
最後まで足掻くのを忘れてはいけません。ですので、ワカバさん以外の私達の仕事は……。
ただの肉壁です。
今ここにいたソールドアウトの皆さん。
師匠を初めとした、ヒビキさん、シバルさん、メレーナさん、ケルティさん……。
彼等が簡単に死ぬわけがありません。先程の衝撃で少し吹き飛ばされてしまった位でしょう。
死んでいる訳がないのです。
ですので、私達の仕事は彼等が来るまでの時間稼ぎ!
絶対に逃がしはしません!
ここで殺してみせま……しょう……?
襲いかかろうとする私の身体は、ピクリとも動きません。まるで全身を拘束されてしまったような感じです。……まさか、これは。
ワカバさんの『プレゼント』?
「……おれが、時間稼ぎをする。お前達は黙ってろ」
ちらりと見えた彼の顔には、汗がにじんでおりました。
私達だけでは勝てない、それをわかっているのでしょう。彼だけなら簡単に逃げる事もできるのでしょうが、今は私達がいますからね。
ワカバさんは一歩だけ前に出ました。そして、両手を広げて馬鹿にした様に口を開きます。
「……ったく、大したことをしたな、ジェンマ。昔の仲間がこんな事をするなんて驚きだよ、どうして誘ってくれなかったんだ?」
ジェンマ。
そう呼ばれたコウモリは、怒気を含んだ声でワカバさんに向かっていい放ちます。
「黙れや。そんな事を言える精神が信じられねぇ。俺達を放り出してどこかに言っちまった癖によ……」
「おいおい、そんな趣味だったか? おれは男に求められる趣味は無いぞ? 性癖変わった?」
「馬鹿にしてんのか、テメェ……!」
いや、聞き返すまでもなく馬鹿にしているでしょ? この人時間稼ぎとか言って前のお仲間を楽しそうにディスり始めたんですけど。
幸い邪神の方は愉快そうなままですので良いですが。
「ふふふ……何をしてくると思えば……。命乞いでもしてくるとでも思っていたが、まさかその逆とは。その身を差し出せば許してやったものを……」
「あ、ババァは好みじゃないんでな。それはない」
その言葉で、邪神の表情が固まりました。
そこに追撃をかけるように、ワカバさんは畳み掛けます。
「だいたいよぉ、ミラアの身体で邪神化したのは百歩譲って良いことにするがよ、お前『色欲』の邪神だろ? 全然ピクリとも来ないんだけど? それくらいなら、おれが今まで相手してきたネカマで邪神化してもらった方が遥かにマシだったわ。マゾ豚ババァの裸なんて見ても嬉しくないんだよ。なんだその起伏のある二十代前半の身体は。こっちが見たかったのはイカ腹の褐色ロリビッチだったのに。需要を考えろ。おれ達は……ロリコンだぞ! ふざけるな、ジェンマ! お前好みのロリネカマもいたはずだ! 何故ミラアを邪神化させた! お前もロリビッチが陥落する姿が見たかったはずだろう! お前程の異常性癖持ちが、なんで妥協したぁ!? 答えろぉ! ジェンマぁ!! このロリコンがぁ!」
ワカバさんの魂の叫びが辺りに響きました。……何言ってるんですかね? このロリコン?
「きも……」
「あの、ポロラさん……彼女は、いったい……」
金髪ちゃんもオークさんもドン引きしているじゃないですか。
時間稼ぎをするとか言って、やったのがただの性癖暴露とは驚きましたよ。しかも、ジェンマとかいうコウモリの性癖まで言ってしまいました。
どうしようも無いですね。ホント。
「や、止めやがれ! デタラメ言うんじゃねぇ! それに、コイツを邪神化させたのは、そう言われたから……!?」
言われたから?
しまった、というようにコウモリは目を大きく見開いて、口を閉ざしました。
「……へぇ~、誰に? 誰に、何を、言われたんだ?」
そこに突っ込まないワカバさんではありません。その顔は見えませんが、口調からして楽しげに笑っていることが察せられます。
「ほっんとお前って馬鹿よな。ちょっと揺さぶってやれば勝手に情報を教えてくれるんだからよ?」
大降りな動作を見せつけながら、ワカバさんが煽ります。あくまでも、自分一人に注意を引かせたいみたいですね。
しかしながら、状況は悪いです。
ボロクソの如く罵倒した邪神の顔色が不機嫌になっていっております。今にも襲いかかって来そうな剣幕です。
「……お前、先程から聞いていれば偉そうに。ワタシがお前達の欲望を満たす為の見世物だと思ったか? ……愚か者が、魂の一撃をくらうが良い」
邪神がそう言った瞬間。
周囲の地面からぼおっとした光が湧き出しました。それはまるで人魂の様で、ふよふよと空中をさ迷っております。
……これは、さっきの攻撃と同じものなのでは?
「これっぽっちか。小さな村だったようだが……まぁいい。貴様達を殺すのには事足りる」
まさか、さっきの攻撃も、今周りを漂っているのも、人の魂なのですか?
言葉から考えるにあの威力はでないのでしょう。しかし、それでも凄まじい威力を与えて来る事は簡単に想像できます。
……くっ! もう待てません!
ワカバさん! 私はもう動きますよ!
『紅糸』の効力は既に切れていました。もう自由に身体を動かすことができます。
私は槍を作り出し、邪神に向かって跳躍しました。
邪神を真上から強襲し、その眉間に槍の穂先を打ち出しますが……結果は先程とさほど変わりません。
突き刺さったのは槍の先端だけで、全く効果があるようには見えませんでした。つぅっと、顔に血が流れますが、ダメージを与えられてはいないでしょう。……だぁ!? 固すぎる!
私は空中を蹴り、邪神から距離を取りました。
この邪神、この前戦った『怠惰』の母体と同じ位固いです。あの時もどうやっても有効打を与える事ができませんでした。
能力的に考えて、ワカバさんも有効打があるようには思えません。完全に支援向けみたいですし。
このままでは……まずいですかね?
「もう悪足掻きは済んだか? ……ならば終わらせよう。魂よ、集え」
邪神が腕を空に向かって突き上げると、その手の先に魂が集まって来ました。先程と同じ呼び動作です。あれの集約が終われば、今度こそ助からないでしょう。
……しかし、ここで諦める訳にはいきません。
前に見た動画では、あの魂の塊はチップちゃんの攻撃で消し飛ばされていました。それならば、全力で攻撃をすればなんとかなるかも知れません。
「待て。……その必要はねぇ」
しかしながら、ワカバさんは片手を上げて私の行動を制しました。……なんでです!? このままじゃ私達は……!
「いいから黙って聞け。……さっき、おれが解放した『紅糸』はあいつらだけに飛ばしたわけじゃない。他のプレイヤーに向かって飛ばした物もある」
……は? それはどういう……。
ワカバさんの言葉の意味がわからずに、そう聞き返したその瞬間です。
邪神の足元に、亀裂が広がったのです。
そこから打ち上げるように、地面が吹き飛びました。
続けて三つの影が現れ、その内の一つが手に持った武器で邪神の片腕を吹き飛ばします。
「な、なにが……!」
邪神もその出来事が予想外だったのか、驚いた表情を見せていました。溜まりつつあったエネルギーも、辺りに散ってしまいました。
それを確認したのか、ワカバさんは満足そうな声でこう言ったのです。
「都合良く、地下に居て被害を受けていないのがいてな。『紅糸』を繋げてメッセージを飛ばしたら、まさかの知り合いだったって話さ」
地下……まさか……。
私はハッとしました。
目の前の被害は、見たところ地表にしかありません。地面が崩れてしまっているような様子は無かったのです。
つまり、地下訓練場には被害が無かったということ。
そして、先程まで地下で訓練をしており、ワカバさんの知り合いと来たら……。
師匠達しか、居ないではありませんですか!
これは……勝った!
「さ、さぁ……が、が、頑張っていくよ~……」
「は、ははは……このシバル、この程度で動けなくなるわけが……」
「も、もう人形の耐久限界が……」
……勝った?
私達の目の前に現れた師匠達は、手足がプルプルと震えており、まるで小鹿の様です。
これは……一目見ただけでわかります。
皆さん『過労』状態になっていますね……。
師匠も邪神の腕を吹き飛ばす攻撃を繰り出しましたが、完全に足にきております。もう倒れそうです。……で、ワカバさん。
これ、どうしましょう?
「ふん……何いってんだ、狐。それはお前……」
ワカバさんはそう言いながら 、くるりと振り返りました。そして……。
「……どうする?」
苦笑いを浮かべたのでした。
今回、真面目に全滅の危機なのでは? こゃ~ん……。




