C・D
「わっわ、ポロポロ~久しぶりだねぇ~。でも、いきなり飛び付いてくると危ないよ?」
ペスト医師の様な格好をした不審者が私の飛び付きを避けました。……や~ん、ししょう~。そんなこと言わないでくださいよ~。
可愛い愛弟子と久々に会ったのですから甘やかしてくださ~い。
にじりにじりと距離を詰めますが、師匠は笑いながら私の事を避けようとしています。
「今は忙しいから後でね? それに今から戦うから危ないよ?」
そう言う師匠は、マスクの下でニコリと目を細めていました。……おおっと、これ以上ふざけると怒られますね 。二秒後位には辺りに私の血肉が散らばってしまいます。
相変わらず容赦ないですねぇ。
それでは用事が終わったらまた御会いしましょう。それまではオークさん達と戯れていますよ。
そう言って私は早々に訓練場の入り口へ向かいました。
歩きながらちらりと振り返り、師匠と向き合っている方を確認します。
そこにいたのは……また知り合いの方ですね。
ツインテールのメイド人形、『ドールズ・メイド』の二つ名を持つプレイヤー……ヒビキさんでした。
彼は私の事などまったく気にしていないようで、師匠の事をじっと見つめていました。目が怖いです。
「あ、ごめんね、ヒビキっち。久々に会った弟子ちゃんが喜んじゃって。待ったぁ?」
へらっとした態度で師匠はヒビキさんに向き直りました。
両手には『プレゼント』であるドリルを装備していますが、どう考えてもこれから戦うような雰囲気ではありません。
そんな様子に、ヒビキさんはニコリと笑顔を作り、口を開きました。
「いえ、いいんですよシーデーさん。ボクも実戦は久々ですし、思う存分遊ばせてもらいます」
彼はそう言うと、構えを取りました。
それと同時に、人形の腕から横に広がるようにブレードが展開されます。……一気に殺傷能力が増えましたね!?
まっずいです。
実のところ、お二人とも既に臨戦体型なんじゃないんですか? 逃げる暇ってあります?
このままのんびりしていれば攻撃に巻き込まれるのは確実、下手したらこの訓練場すらもちません。いえ……それどころか……。
この街が、吹き飛ばないかどうかさえ怪しいです。
私はそう判断して一気に入り口まで駆け出しました。
後ろでドリルが回転する音が聞こえます。
同時に、数名の足音が打ち鳴らされました。
呆けた顔で私の後方を眺めているオークさんと金髪ちゃんを捕まえました。……間に合え!
私達三名の身体が訓練場から出たとほぼ同時、師匠の『プレゼント』が発動してしまいました。
後方から激しい光と、押し潰されそうな圧力が襲いかかります。
その衝撃で、耳に顔をしかめる程の激痛と、一切の無音が訪れました。……鼓膜をもってかれたみたいですね。命があるだけマシかな?
その威力で押し出されて廊下を転がっていった私は、なんとか体勢を取り直して立ち上がります。
そして、先に逃がした二人に向かって、ジェスチャーで大丈夫かどうか確かめました。
「……! ……!!」
「……。……………。……?」
どうやら大丈夫みたいです。
さすがは私の弟弟子。爆弾で鼓膜をやられてしまったことを瞬時に判断できたみたいでジェスチャーを使って意思疏通をとろうとしています。
しかし、ジャスチャーだけでは埒があかないので、私は持っていたポーションを頭にかけて傷を治します。……よし、音が戻ってきましたね。
もう、あなた達、なんであんな場所で立っていたのですか? 師匠が戦うときは土を深く掘って逃げるか、ログアウトするのが一番ですよ?
フラフラしながらオークさんと金髪ちゃん、何事もなかったかの様に佇んでるシバルさんと死んだように倒れているワッペさんの元に近寄ります。
「ポ、ポロラさん? 無事なのですか……?」
オークさんが目を見開いて驚いた顔を見せました。……この反応は何回か巻き込まれて死んでいますね。間違いないです。
師匠の『プレゼント』、一対の小型ドリル『C・D』。
単体での攻撃力もさることながら、その真の使い方は陣地構築にあります。見た目通りですね。
普通に移動するよりも採掘をしながらの方が速く移動できるというちょっと変わった能力を持っております。
そして、そのドリルで傷を付けたり、破壊したりしたものに対しトラップを仕掛けることができる事ができるのですが……。
トラップの威力が、犯罪的なのです。
前に見たときは、手榴弾位の大きさの物を爆弾トラップに作り替え、小さな公園程の範囲の空間を消滅させていました。
爆発で吹き飛ばしたというわけではなく、文字通り消滅させた光景に私は戦慄したことを覚えています。
師匠曰く「ブラックホールを参考にしたんだけど……これじゃ残骸もなくなっちゃう。失敗だね!」だそうで……。
ちなみに、敵が装備している装具を攻撃し、センサー式の爆弾に変えてプレイヤーを即時爆殺ぅ!とかもしていたので、完全に頭のおかしい人ですね。
という訳で、私が火炎瓶を使ったり、手榴弾で等の爆発物で搦め手を狙おうとするのは師匠の影響です。私は悪くありません。
私の悪行の根源は全て師匠のせいなのです。多分。
しかしながら、目の前の二人は悪い影響を受けたようすがないのですよねぇ? なんででしょ?
「あ……さっきは助けてくれて有難うございます! ちょっと凄い光景が見えてびっくりしちゃって……」
金髪ちゃんが申し訳なさそうにして私にお礼を言いました。ほらー、やっぱりマトモじゃないですか。なんで?
……ま、私の疑問はさておいて、金髪ちゃんが見たものは『サモン』の魔法によって召喚されたヒビキさんの人形達でしょう。多重に聞こえた足音が、それを物語っていました。
対する師匠は、その内の一体に攻撃。
瞬時にトラップ化させて発動。
訓練場を爆風で埋め尽くしたに違いありません。……と言っても、低威力の爆発でした。目的は目隠しと陽動、プラスして鼓膜破壊の混乱狙いと言った所でしょう。
私は入り口から訓練場を覗き込みました。
そこには師匠の姿はなく、訓練場に立っている数体の人形と、床にバラバラになった人形しかありません。
しかし、よく見ると床の一部が抜け落ちており、ポッカリと大きな穴が空いておりました。
……オークさんに金髪ちゃん。師匠の本気を見たことは?
私がそう質問すると、二人は少し見合ってから口を開きます。
「……これが本気だというのなら、まだ見たことがないはずです」
「邪神戦でも、普通にドリルとトラップで戦っていました。土の中に潜るのは……」
そうですか。
なら楽しめると思いますよ?
ここからは師匠による一方的な虐殺ショーです。最後まで生きていれば儲けものと思ってください。
そう言ったのも束の間、人形の足元から数本のワイヤーが飛び出します。
それは一瞬にして人形の四肢に巻き付き、轟音と光を撒き散らしながら放電しました。
人形はビクビク痙攣するように震え、電流を受け止めます。
しかし、耐えきれなかったようで、電流が止まった後は煙と悪臭を上げながら床へと倒れてしまいました。
他の人形達も同じように倒されて行きます。……地面の裏からトラップを仕掛けて、無理矢理殺している図がこちらです。
先程申した通り、師匠は地中の中の方が素早く動くことができます。それこそ、縦横無尽に。
地上の状態は把握できていないはずなのですが、彼は独特なセンスで確実に敵を仕留めていくのです。
戦闘は安全で、圧倒的で、狡猾に。
それが師匠の理想のスタイルだそうで。
しかしながら、その理想を完全に遂行するのは難しかったみたいです。
「……悪くない」
そう言ったのは、腕にブレードを生やしていた人形……ヒビキさん本体でした。
襲いかかってきたワイヤーは足元にバラバラになって散らばっています。
全て切り落としてしまったようですね。
「前よりも正確性が増している。殺傷能力もいい、よりいい。……けれど」
ヒビキさんは深く腰を落とし、拳を床に向かって構えました。
「少し、遊びすぎだ」
その言葉と共に、彼の拳が床を貫きました。拳の衝撃は床全体から地面全体に拡がり、まるで隕石が衝突したようなクレーターを作り上げます。……うそーん!?
今の攻撃、何かをしたような素振りは全くありませんでした。スキルやギフトを使った様子は無かった、ということ。
つまり、今のはただの通常攻撃、ただ拳を前に突き出しただけの動作だったのです。
ソールドアウトの中でも、関わってはいけない危険人物という理由がわかったような気がしました。
地の力が、あまりにも強すぎる……!
しかしながら、師匠はその攻撃を掻い潜り地上に姿を現しました。多少のダメージは見受けられますが、全く問題は無さそうです。
その証拠に、マスクの下に見える師匠の目が楽しそうに形を変えました。
「いやぁ、なかなかですな。お互い力量を測りながら動いている。それも、楽しみながら」
隣を見ると、微笑みながら戦闘を見ているシバルさんの姿がありました。何故か、上半身裸で腕組みをしております。……って、なんで脱いでるんですか!?
私は予想外の光景に目を逸らしました。
「……! これは、いい筋肉……! ほら、シードン、絡んでいいよ? 私に見せて?」
逆に金髪ちゃんは目を輝かせ、その肉体美を鑑賞しています。……そういえば、そう言う趣味をお持ちでしたね。
「いや、いい。……それより神父様。それはどういうことでしょうか? まるで師とあのメイド殿が知り合いの様な口振りですが?」
やんわりと拒否したオークさんは、シバルさんの発言が気になったようです。
何言ってるんですかオークさん。うちの師匠がソールドアウトの関係者な訳ないじゃないですか。
ああ見えて、基本は無害な方ですからね? あれだけの能力を持っているのに二つ名が無いんですよ?
(問題が多過ぎて)二つ名持ちばかりのソールドアウトと関係がある訳が……。
「そうですな。彼に明確な二つ名はありません。……存在事態を隠されていましたから」
……はい?
予想外の言葉に、私は顔をひきつらせました。
「ペットショップにおける最終兵器……それが君達が師と仰ぐ者です。暗殺者、破壊者、殺戮者……様々な呼ばれ方をしましたが、敢えて言うのなら、これでしょう」
訓練場の中では、ヒビキさんの追撃を避けながら、破壊された床や壁に師匠がトラップを仕掛けていました。
それを次々とヒビキさんが破壊して行きます。地雷に触雷しても、ボロボロになりながら力ずくでトラップを処理していました。
実力は拮抗している様に見えます。……いや、確かにあの様子を見せられれば、ソールドアウトと言われても納得できますけど、そんなおかしな方じゃ……。
「誰にも悟られず目標を達成する……『正体不明』。ペットショップ時において、最も多くプレイヤーとNPCを殺戮した、我々の自慢の仲間です」
なにそれきいてない。
というか。
今まで出会ってきたソールドアウトの方々の中でも、かなりヤバイレベルの人じゃないですか、やだー……。
私がそうやって呆けている間も訓練場には、二人が戦う音が響いていたのでした。
・『正体不明』
アミレイドの主要都市を一度に壊滅させた冒険者。決して許されない罪を背負わされたが誰もその姿を視認しておらず、衛兵達も正体を掴めていない。一度、追い詰める事ができたが、まるで煙のように姿を消してしまい、それ以降行方不明に。捕らえた者は一生困らない報償金を得ることができるだろう。




