再会
さて、人間というものはやるなと言われるとやりたくなったり、見るなと言われると見たくなる生き物です。度し難いですね。
しかしながら、私もそういう生き物でして。
いったい誰が来ているんですかね~? もしもツキトさんだったら隙を見て仕留めてしまいましょう、そうしましょう。
そんな事を考えながらトコトコと歩いていると……。
「おや、ポロラ君。あなたも修行ですかな? こちらに来てから顔を見ていなかったので心配していましたぞ?」
「お……っす……ポロ……ラ……」
ワッペさんを引きずっているシバルさんとエンカウントしました。
どうも、こんにちわ。
こちらこそ、問題を起こして追放されたものとばかり思っていましたよ。無事で良かったです。
私がそう言い返すとシバルさんは笑いながら答えます。
「ははは! まさか? ワカバ君が無事なのに我々が追い出される訳がないでしょう! 至極真面目に修業に取り組んでおります!」
まぁシバルさんはそうでしょうね。
趣味趣向に目を瞑れば真面目な方のようですし、簡単に問題を起こすイメージはありません。
しかしながら、そこで疲れきっているワッペさんは別です。
この人、出会った時から犯罪者でしたからね。放っておいたらなんかやらかす事は目に見えております。
まぁ見たところ、そんな余裕も無さそうな位疲れきっていますが……。
「ポ……ポロラ……助けてくれ……もう身体がもたねぇ……」
おやおやおや。
いつもの威勢はどこへ行ってしまったのですか? そんなに疲れきってしまったら反撃も何もできませんねぇ、かわいそうですねぇ。
私は死に体のワッペさんをゲシゲシと踏みつけるように蹴りました。えいえい。
「やめろや! ぶっ殺すぞ! テメー!」
すると、かなり強めの口調でワッペさんが叫びました。
その時です。
私のなかで、何かのスイッチが入ってしまいました。
……あれれぇ? ワッペさんったら、蹴られると元気になっちゃうんですねぇ~。
もしかして~、こういうのお好きですかぁ~?
ほらほら、もっと踏んであげるから、いっぱいいっぱい元気になりましょうねぇ。強いのがいいんですか? この変態さんめ~。
嬉しいでしょ? 嬉しいですよねぇ!?
嬉しいって言ぇ!
「いた、ちょ、いてぇって! 何!? どしたん!? キャラ変? キャラ変したの!? 蹴るの止めて!?」
……はっ!?
悶えるワッペさんを見て、私は正気に戻りました。
なんということでしょう。ミラアさんを使ったSM修行の悪影響が、こんな形で現れるとは思いもしませんでした。
ヤバイですねぇ、今の結構楽しんでましたよ、私。
そんな趣味はなかったつもりだったのですが、もしかして目覚めてしまったのでしょうか? でも、そんな事……。
うーん……。
ワッペさん、虐めて申し訳ないのですがもう一回蹴っていいですかね? ちょっと確かめたいことがありますので。
「申し訳なく思ってないだろ!? 蹴るな! ボケェ! って……駄目だ……身体に……力が……」
ワッペさんは剣を抜いて私に襲いかかろうとしますが、構えた瞬間にヘロヘロとその場に倒れてしまいました。過労状態ですかね? 大丈夫ですか?
これから修行をしに行くみたいでしたのに、なんでそんなに疲れきっているのです? まるで今までずっと動いていたようにも見えますが……。
「ははは! その通りですな。我々は少し外に出て狩りをしていまして。マッサージが終わった後は動物と戯れておりました。今からは場所を変えて修行をしようとしていたのです」
返事もできないワッペさんの代わりにシバルさんが答えてくれました。……あ、今から訓練場にいかれるのですか?
残念ですけれど、今は使えないみたいですよ? なんか貸しきってしまった人がいるみたいで、立ち入り禁止との事でした。
私がそう伝えると、シバルさんはワッペさんの首根っこを掴み笑顔を作ります。
「それならば、お願いして場所を貸していただきましょう! なぁに、ちゃんと頼めばわかってくれるでしょう! さぁいきますよ、ワッペ君!」
「え……? 俺もいくんすか? や、休ませて……」
ワッペさんはイヤイヤと首を振りながら抵抗しますが、シバルさんは何も気にせずに彼を引きずって行きました。
あ、私も行きますね。その貸しきった人がどんな方か気になりますので~。
と、こんな感じで私達は合流する事ができたのでした……。
ちなみにメレーナさんは訓練ができないということで、休憩所でグータラしているらしいです。なんでも甘いものが食べたくなったのだとか。
可愛いですね。
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さて、三人で仲良く訓練場やって来たのですが……。
『危険! 立ち入り禁止!』
という立て札が訓練場の入り口の前に立っていました。……危険?
「これは……どういう事でしょうな?」
シバルさんも首を捻っております。
立て札の内容が『本日貸し切り』とか『使用不可』とかならわかるんですよ。聞いていた通りですし。
けれど、『危険』というのはどういう事なのでしょうか? いったい中にはどんな方がいるのでしょう?
幸いドアは開いているので、中を覗いてみてみましょうか。そこまでなら怒られないですよね。
「そうですな。しかし、この場所を貸しきれるとなると、ケルティ君に面識があり、それなりの財力がある方だと思いますが……」
どうやら、シバルさんも勘づいたようです。
やっぱりソールドアウトの方ですかねぇ。
それならば、攻撃が強すぎて周りを巻き込むから危険、というのはあり得そうですけど……。
「ま、マジかよ……。帰らせてくれぇ……」
私の言った事を聞いていたのか、ワッペさんが情けない声を出しました。……もう、しっかりしてくださいな。エナドリまだ残っているでしょう? それ飲んで頑張ってください。
「へぇ~い……」
どうやらやる気が無いみたいですね。怠慢な動作でアイテムを取り出しております。
もう放って起きますか……。
「それでは、ワッペ君はここに放置して、我々は交渉に行きましょう。ポロラ君の言うとおりだったら、ぼくとも面識があるはずですからな。共に修行をさせていただきましょう」
そうですね。
じゃあ、中を覗いて……。
「ポロラさん……? ポロラさんでは、ありませんか?」
はい? ポロラですが?
名前を呼ばれて顔を向けると、訓練場の中に巨体のオークと戦士の装備をした金髪の少女がいました。
見覚えのある二人です。……えっと、シードンさんと……シーラさんでしたっけ?
私が護衛をした新米三名の内のマトモな方のプレイヤーです。ビギニスートで別れてからは特に連絡をしていませんでしたが……。
こんな場所で会えるとは思えませんでした。
「私達の事を覚えていてくれたんですね! 嬉しいです!」
金髪ちゃんは目を輝かせてこちらに向かってきました。その後に続いてオークさんもやって来ます。
「ポロラさん……お久しぶりです。『夢見の扉』での修行を終えて戻って来たので、後で顔を出しに行こうと思っていたのですが……」
相変わらず、礼儀正しいオークさんです。
いえいえ、いいんですよオークさん。
あの時は仕事で案内したという事だけですから、何も気にする必要はありません。
それよりも……もう一人の、エルフさんはどうしたんですか? 三人で一組だった覚えがあるのですが?
私の記憶が正しければ、生意気なのが一人いたはずです。なのに、今は二人しかいません。
あの時は、そのエルフさんがクランリーダーとして依頼をしてきたという話でしたが……。
「アイツは……その……問題があって……」
「あの最低野郎はもういいんです。忘れました」
あぁ……色々あったんですね……。
人にはそれぞれドラマがありますからね。三人もいれば何か起こっても不思議ではありません。
深くは聞かないでおきましょう……。
「ポロラ君、ポロラ君……。お知り合いですか? それなら、交渉の方をお願いしても……」
私の後ろにいたシバルさんが、こそっと囁くようにそう言いました。……あ、そうですよね! すいません!
あの、もしかして、あなた達が訓練場を貸しきっているのですか? もしそうなら、私達も一緒に使わせて欲しいのですが……。
知り合いのよしみということで……。
私は手を合わせながらペコリと頭を下げました。
するとオークさんは慌てた様子を見せて、私に頭をあげるよう言ってきます。
「ち、違うのです。そんな事しないでください。……実は師事している方が、ここを借りたのです。模擬戦をしたいと言って……」
師事……?
もしかして、お師匠様ができたのですか?
「そうなんですよ! 夢見の扉の修行をしようとしたら、手伝ってくれたんです! 見た目は変だけど、とてもいい人なんですよ!」
夢見の扉の修行を……。変な格好……。
この時、私は自分の下積み時代を思い出していました。
私自身、夢見の扉で修行をし、邪神を倒してきました。
しかしながら、邪神を倒したとき、私は一人ではありませんでした。
心強い味方が、いつも隣に居てくれたのです。
その人は目をつけたプレイヤーに声をかけ、夢見の扉での修行を手伝うのを趣味にしている方でした。
その方に、私はこのゲームでの身の振り方を教えてもらったのです。
「ほら、あそこにいるマスクをつけた人ですよ! 不審者ですけどいい人です!」
金髪ちゃんはそう言って、訓練場の奥を指差します。
そこには、ペストマスクをかぶり、両手にドリルをもった不審者がいました。10人が見たら10人が怪しいと言うであろうあの格好……。
間違いありません。
私の……師匠です!
こちらの視線に気がついたのか、師匠はこちらに顔を向け、手を上げて振ってくれました。……良かった、覚えていてくれて。
まさかの再会に私の心は弾みます。
前に別れたときと比べたら、私はずっと強くなりましたから、きっと驚いてくれるはずです。
あ、話したいことも沢山ありますね……。
ん~……。
もういいや、行っちゃいましょう!
私は彼の姿を見て、いてもたってもいられなくなってしまい、訓練場に足を踏み入れます。
わぁー! しーしょー!
大声を上げながら、師匠であるシーデーさんに向かって、おもいっきり飛び付いたのでした……。
・ペストマスク
被ったプレイヤーは他のプレイヤーから名前を確認されることがなくなる。悪事を働くときには便利だが、見た目が目立つので逆効果というゴミアイテムである。




