女神大戦
ウィンドウに映し出された映像の中で、女神様達は神妙な面持ちをしておりました。
美しい教会に集まった彼女達はそれはそれは神々しい姿をしていましたが、皆険しい顔つきで、なにか問題が起きてしまった事は明白です。
主神である幼女神『聖母のリリア』の前には3名の女神が並んでいました。
妖精にも関わらず、人程の大きさで旅人の様な出で立ちの女神『自由のパスファ』。
バニースーツを着た猫の獣人の女神『天運のフェルシー』。
美しい顔立ちの青肌白髪の魔族の女神『魔神のグレーシー』。
その三名の後方には、悲しそうな顔をした2名の女神。
黒髪の村娘の様なヒューマンの女神『輪廻のカルリラ』。
顔に大きな古傷を付けた女騎士の様なアマゾネスの女神『無双のキキョウ』。
リリア様は全員の顔を一瞥すると、重々しく口を開きました。
「ここに集まってもらった理由は、わかっていますね? ……とても嘆かわしい事です。私は貴女達を統べる女神として、母として、涙を流すことしかできません」
その言葉と共に、彼女の頬に一滴の雫が流れました。
リリア様の前に並んでいた3名の女神達は驚いて目を見開き、困惑した様な表情を浮かべます。
3名の中で真っ先に口を開いたのは、『自由のパスファ』でした。
「り、リリア様、いったい何の話をしているのですか? わたし達は何もしていませんよ? いつも通り楽しく……やり過ぎているかも知れませんが……」
そこに『天運のフェルシー』が続きます。
「そ、そうだニャ! リリア様が悲しむ様なことなんてした記憶が無いのニャ! ……もしかしたら知らないうちにやったかもしれニャイけど……」
慌てる素振りを見せる2名に対し、『魔神のグレーシー』は、ふんっ、と鼻を鳴らして言いました。
「どうせ、またお前達の仕業じゃろう? 妾を巻き込むでないわ。……申し訳ありませんリリア様。このアホ達にはよく言って聞かせますのじゃ。そんな顔をしないでくださいませ……」
ペコリと頭を下げたグレーシーに対して、パスファとフェルシーが掴みかかりました。
「はぁ!? なに自分だけ関係ありませんみたいな雰囲気だしてるのさ! それと、わたしは悪く無いもんねー!」
「それを言うならミャアも関係ねーのニャ! お前達のどっちかのせいでリリア様が悲しんでいるに違いないニャ! 白状するニャ!」
「や、やめんか! お前達はいつもそうじゃろうが! いっつも迷惑かけるくせに、知らんぷりしおって! 妾も怒るときは怒るのじゃからな!」
そうやってお互いをののしりあいながら、ドタバタと彼女達は取っ組み合いを始めました。……最早神々しさの欠片もありません。ホントに女神なんですかね?
と、そんなときです。
カンカン、という何かを打ち付けるような音が聞こえました。
三名はピタリと動きを止めると、音の聞こえた方向に顔を向けます。
そこには大鎌を携えたカルリラがいました。どうやら、先程の音は大鎌の柄で地面をつついた音だったようです。
無表情のカルリラは、大鎌を持ったまま口を開きます。
「静かに。それ以上騒いだら、怒ります」
殺害予告でした。
見た目の清楚さからは予測できないほどの殺気です。ゾッとするような恐怖を感じました。
先程まで騒いでいた三名は一気に大人しくなると、再びリリア様の前に並びます。今度は正座をしていました。恐怖を感じたのは彼女達も同じようです。
「……お前達、先ずはリリア様の話を聞いたらどうだ? 殺し合うのならその後からでも良いだろう」
一連の流れを見ていたキキョウ様が、無情にもそう言いました。どうやらこの戦神は殺し合いをさせたいようです。
「いや、流石に殺し合いは不味いですニャ……」
「わ、妾もそこまでは……」
「キキョウ、わたし達一応女神だからね? 殺し合いとかしたら、信者達の宗教戦争待ったなしだから」
「……そうなのか?」
三名の女神達に反論されると、キキョウは不思議そうな顔をして首を傾げます。そして、手を口に当て考え込んでしまいました。
そんな軍神を無視して、リリア様は涙を拭い口を開きます。
「どうやら、本当にわかっていないようですね……。私はわかっているのですよ? 貴女達の中に、私を裏切った者が……」
裏切り者……。
まさか、あんなアホ揃いの三女神の中に裏切り者が……? 先程までの様子をみる限り、そんな事をできるような性格では無さそうだとは思いましたが……。
「私の分の……プリンを食べた者がいることを!」
なるほど、盗み食いですか。
これ、前提からしてアホな話みたいです。真面目な話なんて一切無いでしょうね。
そんな私の予想に答える様に、リリア様ははまくし立てます。
「貴女達、恥ずかしくは無いのですか!? 良い歳して人のおやつに目がくらみ、私の分まで食べてしまうなんて! いったい何を考えているのです! お母さんは恥ずかしいですよ!?」
本格的に悔しかった様で、リリア様は顔を真っ赤にしています。……わざわざ女神全員を呼び出した理由がプリンですか。とんでもないですね、この幼女様。
「本当にガッカリです。私はちゃんと全員分作りましたからね? にもかかわらず、人の物を盗むとは……」
そう言ってカルリラはため息をつきました。
どうやらカルリラが作ったプリンが全ての原因らしいです。全員に作った物を配っていたみたいですね。
「まったくだ。私でさえ一つで我慢したというのに、お前達ときたら……」
キキョウも呆れた表情です。
……なんですかね、この女神様達。
争いの原因が平和過ぎますよ。私達が街を守るために戦ったり、邪神を殺すために命を削っているというのに……。
なんでプリン一つでここまで盛り上がれるんですかね?
「ぬ、濡れ衣だニャア!? ミャアは自分の分だけ食べたのニャ!」
「妾だって! 確かにカルリラのプリンは美味じゃったが……そこまでして食べたいとは思わないのじゃ!」
「リリア様の食べ掛けならまだしも……手も付けていないプリンを盗まないよ!」
三女神も必死に反論します。
その後もあーだこーだと「自分じゃない」「何かの間違い」等とリリア様を説得しようとしますが、プリンを食べられた幼女の気持ちを動かすことはできません。
「うるさいですよ! カルリラとキキョウは私と一緒にいました! 置いてあったプリンを持って行ったのは貴女達の誰かしかいないのです! 正直に言いなさい!」
その言葉に、3女神は口を閉ざしました。犯人は自分達の内の誰かだということを知った彼女達は、警戒するように横目でお互いを確認しています。
そして数分後、最終的に出した答えは……。
「コイツが犯人です」
「コイツが食ったニャ」
「アホの仕業にございます」
パスファがグレーシーを、フェルシーがパスファを、グレーシーがフェルシーを犯人として指差しました。……これは酷い。どうしてそこまで醜く争えるのか……。
正直に自分が犯人だと言ってしまえば良いのに、なぜそこまで意地を張るのか私にはわかりません。
しかし、以外にも理解を示した方がいました。
カルリラです。
「わかりました。あくまでも、自分達は食べていないと言うのですね? それならば……話は簡単です。貴女達、戦いなさい」
その発言に、三女神はぎょっとした表情を見せました。
「ん? やっぱり殺し合うのか?」
嬉しそうな顔をして、キキョウが目を輝かせました。どうやっても戦わせたいようですね。流石、戦神。
「違いますよ? 貴女達が戦うわけではありません。……戦うのは冒険者様達です。最近、邪神達を討ち滅ぼして気が抜けているみたいですから、少し頑張ってもらいましょう」
つまり、女神達の喧嘩の代理戦争をプレイヤーにやってもらおうという話だそうです。結局、宗教戦争をするのですか……。
「先ずは自分の味方になる冒険者様を集めなさい。自分の無実を証明するため……死力を尽くすのです!」
そうやってカルリラ叫ぶと、イベントのタイトルが現れました。
『女神大戦~逆襲のグランドマザー~』
あ、はい……。
もう、何がなんだか……。
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資料室にやって来た私は、メレーナさんのアドバイスの元に過去の動画を見ていました。
それが、この『女神大戦』の動画なのですが……なんですかこれ?
私はメレーナさんに振り向いてそう質問しました。
「残念だけど……これがツキトの奴がまともに参加した最後のイベントなんだよねぇ。一応最新の情報だと思っておくれよ」
えぇ~……、こんなのがイベントなんですか~? 下らなすぎてビックリなんですけど……。
私がそう言うと、メレーナさんもうんうんと頷きました。
「でも、このイベントめっちゃ美味しいイベントでねぇ。味方になった女神に応じてボーナスが出たんだよぉ。性能の良い装備とか、魔法やスキルが成長しやすくなるとか、いろいろねぇ」
まぁ、そのくらい無いとこんな頭のおかしいイベント、やってられませんもんね。プリンが原因で戦争とか、どう考えてもしょうもないですし。……そういえば、このイベントでしたっけ?
『色欲』のギフトが解放されたのって?
私が前に聞いた話では、『女神大戦』に現れた『色欲』の邪神を打ち倒し、プレイヤー達はギフトを手に入れたという話でした。
どんなイベントだったのかは知らなかったので、出だしがこんな馬鹿馬鹿しいものとは知りませんでしたが。
「ああ、『色欲』の邪神ねぇ……。強敵だったよ、下手したら今まで戦ってきた邪神の中で、一番強かったかもしれないよぉ。それこそ、『魔王』様と『死神』がいなかったら勝てなかっただろうさ……」
一番強いのが、『色欲』の邪神だったのですか?
私、『色欲』の邪神と戦っていないんですよ。なので他人から聞いた評価しか知らないんですよね。
でも皆さん、あんまり話したくないようで、教えてくれないんですよ。なんかはぐらかされちゃって……。
いったい、どんな敵だったのですか?
私がそう聞くと、メレーナさんは大きくため息をつきました。そして、苦い顔をします。
「……そりゃそうだ。皆、手も足も出なかったからねぇ。まともに戦えたのは数人さ。邪神になった相手が悪かった」
邪神になった……?
誰かが邪神化したというのですか? でも、プレイヤーが邪神化したのはタビノスケさんが初めてだったのでは?
「ああ、その通りさ。あの時邪神に目覚めたのはプレイヤーじゃない。……女神だ」
……はい?
女神って……さっきまで動画の中で騒いでいた彼女達ですよね? 強すぎて誰も勝てないっていう?
「ああそうさ。……邪神の名前は、色欲の《パスファ》。遊び半分でイベントに参加した私達を惨殺した、最悪の敵だったよ」
メレーナさんはすぅっと腕を動かして、動画が映っていたウィンドウを操作しました。
何度か場面が移り変わり、最後に映し出されたのは。
異形の姿になってしまった女神に立ち向かう、ソールドアウトの方々の姿だったのでした……。
・プリンがなくなった理由
純粋にカルリラの数え間違い。6個作って1個を味見として消費。本人としては6個作って女神の集まりに持ってきただが、本当は5個しか持ってきていなかった。その事に気付いたのは、宗教戦争も終わりの頃、フェルシーとグレーシーが手を組んだ時だった……。




