狐さんの修行旅!~目標の再確認~
『クラブ・ケルティ』、修行二日目。
昨日ログアウトした訓練道場に、私はログインしました。目の前には長い廊下が見えます。
では、今日も元気に修行していきましょう~……あう。
そして、その場に倒れました。全然元気じゃありません。
視界の端で『過労』の文字が輝いております。しばらくは走ったり戦ったりはできませんね、これ。
そういえば、メレーナさんはどこに行ったのでしょうか? 別に何の約束もしていなかったので、ログインのタイミングが被るとは思えませんが……。
私は念のためキョロキョロと辺りを見渡します。
すると、廊下の先で杖を付きながらゆっくりと移動する妖精さんの姿がありました。生まれたての小鹿の様に足が震えていますね。
お、お~い。メレーナさ~ん。
私が声をかけてフラフラと近付くと、メレーナさんも気づいたらしく、こちらに振り返りました。
「や、やっと来たのかい? 助かった……」
お待たせしました。もうちょっと早くログインできたら良かったんですけどね……。
「いや、いいさ……。それよりアンタの尻尾に入れておくれ。疲れすぎて飛ぶこともできないんだよ……」
そう言いながら、メレーナさんは地面に垂れている私の尻尾に掴まりました。
よじよじと登っていき、毛皮の中に潜り込みます。
「じゃ、このまま休憩室に向かっておくれ。疲労が抜けるまでお互いまともには動けないだろうしねぇ。ゆっくりと身体を労ろうじゃないか」
了解でーす。
という事で、今日の最初にやることは休憩になりました。……身体を休めるのも修行の一環ですし、ね?
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
今にも倒れそうになりながら、私達は休憩室にやって来ました。大きい空間には一人用のソファが並べられてあり、温泉施設の休憩室と似ていました。軽食も食べられるみたいです。
ちなみに、ソファーを倒して横になっている方々はまるで死体の様でした。皆さん私達と同じ様に疲れきっているようです。
私も空いている席を見つけて腰を下ろします。……メレーナさんはこのままでいいですね。尻尾の中に入ってからは「しあわせぇ~……」「癒されるぅ~……」等と声を漏らしていましたし。
私も疲労が抜けるまで、ゆっくりとしましょうか。よいしょと……。
椅子を倒して休憩の準備を始めると、誰かが私の方に近付いてきました。
「おう、お前も休憩か、狐。随分と張り切ったみたいだな」
声の主に振り替えると、そこには見知った幼女がいました。……おや、ワカバさんじゃないですか。今までどこで油を売ってたのですか……って、その格好どうしたんです?
私の目の前に現れたワカバさんはフリフリな格好をしていました。頭にもリボンを巻いており、西洋人形の様な服装です。見た目は可愛いですね。見た目は。
「これか? ……まぁ、なんだ。おれの相手をしていたネカマをちょっと雌堕ちさせてやったんだ。そしたら仲良くなっちゃてよ。友好の印としてもらった。似合うだろ」
に、似合ってはいますけど……。
私は呆れながら返答しました。
いったい何をしていたんですかね? 雌堕ちとか。……いや、ナニをしていたということはわかるのですが、修行をしてくださいよ。修行を。
何気にこの人が一番やる気ないんじゃ無いですかね? 有識者のタビノスケさん曰く、自由なネカマらしいですが、もう自由過ぎるでしょ。
この人だけ性欲を満たしに来てるじゃないですか。どうしようもないですね。
……で、なんでワカバさんはこんな所に? そんな格好しているとか修行していないでしょ?
「修行はしてないが疲れることはしたからな。気がついたら足腰立たなくなってたぜ。堕ちるかとおもった」
勝手に堕ちててくださいな。
キメ顔をして下らない事を言ったワカバさんに対して、私はしっしっと手を振りながらそう言います。カエレ、カエレ。
「そう言うなよ。今から誰か捕まえて修行でもするさ。……それとだ、お前には休憩中に見ておいてほしいものがある」
?
ワカバさんの言葉に、私は眉をひそめました。
なんですか? この流れでそんなこと言われても、何か変な物を見せつけられるとしか思えませんが?
「真面目な話だ。お前、『死神』を相手にしたいんなら、アイツの動きくらいは知っておきたいだろ? ここの資料室に動画がある、見ておけ」
『死神』さんの……?
このゲーム、スクショを撮れるように動画を記録しておくこともできます。再生にはゲーム内で買える再生機とフィルムが必要ですが。
そういえば、アンズちゃんがそういった施設があると言っていましたね。
にしても、最強とうたわれるプレイヤー『ツキト』さんの戦闘映像ですか……。
前に殺された時は、何をしているのかわからない速度で動かれたので、彼がどんな戦い方をするのなんてさっぱりわかりませんでした。
しかし、今の私は違います。
今見れば、少し位は勝利への糸口が見えることでしょう。……わかりました。確認しておきましょう。情報ありがとうございます。
「礼はいらない、一緒に戦う仲だからな。……ところで、狐。お前メレーナ見てない?」
毛皮の中でメレーナさんがビクンと震え、尻尾に抱きついてきました。角度的にはワカバさんからは見えませんが……。
念のためとぼけておきましょう。
……メレーナさん? なんでです?
悪いですけど、ビギニスートで別れてから一回も顔を会わせてないですねぇ。私としましては、心臓抜き取られたのがトラウマなんであんまり会いたくないんですが?
もしも出会ったら尻尾を巻いて逃げ出しますよ。死にたくないですもん。
そう言って肩を竦めると、尻尾を掴んでいるメレーナさんの手に力が入りました。微妙に痛いです。やめて。
「……そうか。アイツもここに来てそうだったからもしかしてと思ったんだけどな。もし見つけたら教えてくれ」
ワカバさんは、じゃあな、と言い残し去って行きました。……どうします、メレーナさん? なんか変態に目を付けられたみたいですよ?
そう問いかけると、毛皮からメレーナさんが顔を出しました。
「勝手に出てきたからねぇ。居場所だけでも把握しておきたかったんだろうさ。もしくは、面倒な仕事を押し付けに来たかのどっちかだね。ほんと、あのロリコンは……」
そうですね。
メレーナさんも苦労していたでしょう。よくあんなのの下で働いてましたね。それだけで称賛に値します。
「うっさいよ。成り行きだよ、成り行き。……それよりアンタ、ツキトの奴に用事があるのかい? アイツまたなんかやったのか……」
あれ? メレーナさんには話していませんでしたか? 実はかくかくしかじか……。
私はメレーナさんにツキトさんとのイザコザを説明しました。
「ふーん、初心者狩りにあったって事かい。……なんか引っ掛かるねぇ」
私の話を聞いたメレーナさんは怪訝そうな顔をしました。……何かおかしなところでもありましたか?
「あるある。ツキトの奴は意外にマトモな奴でねぇ。女癖は悪かったけど、それ以外はいい奴だったよ。初心者狩りする様な奴じゃなかったはずさぁ」
そうだったのですか? というか女癖が悪いって……メレーナさん何かされたんです? エッチなやつです?
私がそう聞くと、彼女はニンマリと笑顔を見せました。悪い笑顔でした。
「おや? その辺りは何も知らないのかい? ……じゃあクランに帰ったらチップにでも聞いてみな。きっと面白い反応が見れるはずさぁ」
……ほう。
そう言われて私のなかで何かが燃え上がりました。
最近は『死神』さんの人柄を知りはじめて、弱くなりつつあった憎悪の炎が、一気に燃え上がったのです。
メレーナさんがそう言うと言うことは、被害にあったのはチップちゃんなのでしょう。……これは許されざる案件ですねぇ。子猫先輩もツキトさんの事を『浮気者』と呼んでいましたし。
やはり、あの『死神』は殺されなければいけない人間のようです。ソールドアウトの方々が許しても、私が許しません。
……そうとなれば、その動画とやらを見に行きますか。これからの休憩時間はツキトさんの動きを研究するのに使います。
メレーナさん……いえ、『教官』。
貴女の知識を貸してくださいな。
私だけでは敵わないかも知れませんが、誰かが力を貸してくれるのなら、可能性はゼロではありません。
どうか、お願いします。
私は、尻尾から顔を出しているメレーナさんをまっすぐに見つめて、そうお願いしました。
彼女は少し間をおいて、これでもかというくらいにニヤリと口角を吊り上げ笑顔を作ります。
「そう呼ぶって事は、遠慮はいらないって事で良いんだね? ……上等だ。あの『浮気者』を殺したいなんて馬鹿は久々だよ。みっちり仕込んでやるさぁ」
きょ、教官! よろしいのですか!?
メレーナさんは至極楽しそうにそう言うと、尻尾から飛び立ちました。
「ああ、ついてきなぁ。資料室まで案内してやる。アイツの動きもみっちり解説してあげるからねぇ」
はい!
私は、自分自身に課した目標を再確認して、ソファーから立ち上がりました。……待っていてください、『死神』さん。
必ず貴方を殺してみせますよ。
今までの罪を後悔することですねぇ!
『過労』
「あ、ダメだわ……」
あ、私も……。
調子に乗って動き出した私達でしたが、未だに身体から疲労は抜けておらず、その場にへにゃへにゃと座り込みました。
メレーナさんも飛ぶ事を諦めて尻尾の中に戻ります。……ゆ、ゆっくりいきますか?
「そ、そうだねぇ。無理は禁物だからねぇ」
り、了解ですぅ。
私は短くそう答えると、ふらふらと資料室に向かうのでした……。
・雌堕ち
もう元には戻れない……。みたいな感じ。その辺りは自己責任でよろしく。




