温泉での一休み
「ケルティは初期の頃から訓練担当の部署にいたからねぇ。鍛えようと思ったらアイツの所に行くのが一番さぁ」
桶のお風呂に浸かっているメレーナさんが、大きく背伸びをしながらそういいました。……じゃあ、ビギニスートで別れた後はここに向かっていたのですね。
私も温泉に浸かりながらゆっくりとしております。お湯の中で尻尾がぶわっと広がってますが気にしてはいけません。
「まぁね。鍛え直そうと思ったら、一人でやるのは効率が悪すぎる。でも周りの奴等に頼るのは気にいらない。……という事で、ビジネスで鍛えてくれるここに来たって訳さぁ」
つまり、お友だちに声をかけようと思ったけど、恥ずかしくてできなかったんですか。意外に内気なのですね……わぷっ!?
ちょっと冗談を言ってみたら、メレーナさんが私に向かって水をかけてきました。顔に直撃して、水が鼻の中に入ります。……げほっ!? がっ! はにゃ! はにゃが!?
「人をバカにするからそうなるんだよ。……にしても、よくアンタ一人でここに来ようと思ったねぇ? ケルティに目を付けられていたのは知ってたけどさぁ」
うぇぇ……。べ、別に来たくて来たわけじゃありません。ワカバさん達に半強制的に拉致されたのですよ、私としてはケルティさんが恐ろしくて近寄りたくなかったのに……。
「は? ワカバ居るのかい? ……どうしよう、絶対に顔を会わせたくないやつが来てるじゃないか。そんなん聞いてないよ……」
メレーナさんは本気で嫌そうな顔をしていました。眉間にシワを寄せて頭を抱えています。……そんなに嫌なんです?
そういえば、メレーナさんはワカバさんを倒してクランのリーダーになったんですよね? なんでそんな事をしたんですか?
私は気になっていた事を質問しました。
なんかイメージと合わないんですよね。人の上に立ちたがるのは見てればわかりますが、リーダーの素質はない感じです。椅子の上でふんぞり返っているタイプではないでしょう。
誰かの命令の元、現場で指揮をとっている方がまだ合っていると思います。
後、人望が皆無ですし。
「あん? そんなん聞いてどうするんだい? 私はしばらくは根無し草の生活をしようと思ってたからねぇ。クランに戻る気はないよ?」
あ、別に『紳士隊』に戻ってもらおうと説得するつもりは無いですよ? そんな事、頼まれても無いですし。
ちょっとした世間話ですよ。せっかく再会したのですからお話でもしましょうよ?
「世間話ねぇ……。ま、なんて事はないさ、ワカバのやつが全然働かなくてイライラしていたってだけだよ。私が指示を出さないと、メンバー達は何もしなかったしねぇ」
……あれ? 言うこと聞いていたんですか?
私はてっきり誰も言うことを聞いてくれて無かったと思っていました。協力的な方もいたんですね。
実は人望はあったようです。
よかったですね……と、声をかけようと思いましたが、メレーナさんの顔は優れません。
「それがねぇ、上手くいかなくてさぁ。アイツらワカバの言うことしか聞かないんだよ。ブチキレてやっとで動く感じ。ワカバに指揮をとってもらおうとしたらさ、『おれは何の責任ももねぇ。街に出てくる』って、本当に何もしなくなるし……散々だったよ」
そう語るメレーナさんの顔はどこか疲れているようでした。遠い目をしております。
というか、クランを放って遊んでいるワカバさんが悪いですね。私と対面しても襲いかかって来るどころか、なにもしないで帰っていきましたし。
あの人普段何してるんです? なんか犯罪的な事に手を染めているのでは?
「何かしらしてたんだろうけどねぇ……。とりあえず、私がこっそり見に行ったときにはプレイヤーを痛ぶっていたよぉ。ありゃ完全にレベル上げだったねぇ」
……ほう?
なんか予想していたものとは全く違う答えが帰ってきました。ただ遊び歩いていた訳ではないみたいです。
「邪神出現のアナウンスで、ワカバのレベルが出たのを覚えているかい? 表示されたレベルの倍が元の数値だと考えると、ワカバのレベルは元々8000近かったのがわかる。……そこまで強くなるには相当な努力が必要だ。何かアイツなりに目的でもあったんだろうねぇ……」
どうやら、ワカバさんはツキトさんとヒビキさんに復讐する事を伝えて無いらしいです。
それならば、別に私がそれに言及するべきでは無いでしょう。適当に話を合わせることにしました。
……そうですねぇ。なんか、レベルが下がったのが嫌だったみたいですよ? レベルとスキルを上げようと、凄いやる気に満ち溢れてましたし、心を入れ換えたのでは?
「アイツが? ……無い無い! 大方、ネカマ幼女と良いことしたかっただけだよ! どうせ、今頃マッサージと称してエロい事でもしているのさ! 断言してもいいね!」
そう言いながら、メレーナさんは楽しそうに笑いました。
なんか、お二人はお互いの事を良くわかっているんですね。メレーナさんの言った通りですし。
「そうだろう? なんやかんや付き合い長いからねぇ。アイツの考えなんかすぐにわかる。ま、顔は会わせたくないけど、出会っちまったら挨拶ぐらいはしておくさぁ」
そう言いながら、メレーナさんは風呂桶の中で立ち上がりました。羽をパタパタさせてお湯を飛ばしています。……あれ? もう上がるんですか?
「ああ、結構長居したからね。風呂から上がったらすぐに訓練の予定さ。……アンタは?」
私ですか?
……そうですね。私もそうします。
強くなるために来たのですから、時間は有意義に使いたいです。
私もお供しても良いですかね?
そう言うと、メレーナさんはニマーと、楽しそうに笑顔を作ります。
「良いじゃないか。ちょうど一人じゃつまらないと思っていたところさ。……『教官』メレーナの実力、見せてあげようかねぇ」
う。……そ、そういえば、そんな二つ名もありましたね。
一瞬見えた目の輝きに、私は寒気を感じました。『教官』という名前からも嫌な予感しかしません。ビシバシと鍛えられそうです。
「心配しなくても大丈夫さぁ。優しく教えてあげるよぅ? ……私の修行にも付き合ってもらうけどね」
おぉう……。お手柔らかにお願いしますぅ……。
私は目線を逸らしながら答えました。
「おぅさ。……さて、それなら善は急げだ。さっさと道場に行くよ。立ちな」
はーい。
軽い感じで返事をすると、私はゆっくりと立ち上がり……。
ビチャビチャビチャ!!
……。
「あーあ……尻尾が……」
立ち上がると、大量の水分を吸収していた私の尻尾から、お湯が流れ出てきました。凄い量です。まるで滝のよう。
十分に水を吸っている尻尾は、とてもみすぼらしくなっております。もふもふの欠片もありません。
なんというか……ほっそいですね……。
しかし、それは修行とは関係ないのです。メレーナさん……いえ、教官! どうかご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします!
さぁ、急いで道場に……!
「いや……尻尾乾かしてから行くよ。私の特等席がそんな状態でどうするんだい。今日からは、ビシバシモフモフいくからね! 覚悟しなぁ!」
えー。
大々的なもふハラ宣言をしたメレーナさんは、とても良い、スッキリとした顔をしておりました。
そんなに尻尾の毛並みが大事なんですかね……?
・もふハラ
もふもふハラスメントの略称。許可も無しに撫でたり、舐めたり、臭いをかいだり潜り込んだり……立派な犯罪です。怒られる前にやめましょう。




