女神『聖母のリリア』
ああ、女神様、女神リリア様。
どうか私の懺悔を聞いてください。
荘厳な雰囲気が立ち込める教会で、私は膝を付き両手を合わせて祈りを捧げていました。
目の前には、紙袋からドーナツを取り出して咀嚼している神官の様な服を着た幼女がいます。
長く柔らかな青色の髪と背中から生えている美しい純白の翼が特徴的で、その姿からは神々しさを感じました。
「あむあむ……」
このドーナツを頬張っている幼女こそ、このゲームの題名にもなっている『聖母のリリア』様。
世界を治める6柱の女神の主神に当たる、慈愛の女神なのです。
そんなスーパー幼女様は口に含んでいたドーナツをゴクンと飲み込むと、とても優しい声でこう仰いました。
「……このドーナツを食べ終わってからでも……よろしいですか?」
最近はPLに甘やかされ過ぎて、女神としてのプライドが融解しているともっぱら噂になっていますが、そんな事は些細な事です。可愛いので。
……いえ、食べながらでも良いので聞いてください。
私はまた人を殺しました。己の身と仲間を守る為にです。なのに……。
必死になって戦ったのに……守れなかったのです……。
「……あむあむ」
そんな私の告白を、リリア様はドーナツを食べながら静かに聞いてくれるのでした……。
あ、回想入りますね。
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セクハラもふ魔族を拿捕した私たちは、オークさんの心の傷を慰めながらビギニスートへと向かっていました。
オークさんは同性に無理矢理押し倒され、豪快に身体中の臭いを確認されてしまったのです。きっと辛い想いをしているでしょう。
「シードン……大丈夫? どんな事されたの? できれば詳細に教えて? どんなことをされていても、私はアナタの仲間だから……ね?」
アマゾネスの金髪ちゃんが傷付いたオークさんを気遣いながら歩いています。いや、気遣ってるんですかね?
金髪ちゃん、金髪ちゃん。
そんな心の傷を抉るような真似をしてはいけません。今のオークさんに必要な事は忘れてしまうことなのです。後、傷の治療。
「ポロラさん……自分の事はお気になさらず。もう治ります。それと、自分は能力のデメリットで自然治癒以外の回復ができないのです」
なんと。
よく見てみると、本当に傷が治り始めているようでした。どうやら高速で自己再生ができる『プレゼント』のようです。
それと、先程の攻撃を耐えた事から自身の耐久力を引き上げる能力もあるのでしょう。さっきのもふ魔族は、ちゃんと戦えばそれなりの実力はあるように感じました。そうでなければあの一撃でミンチになっていたでしょう。
私の心配しすぎでしたかね? オークさんは強い方のようです。
「なので、精神的ダメージが治れば後はどうとでも……」
ですよねー……。
私はフードの中の狐耳をぺたりと倒しました。
そもそも、私がしっかりしていればオークさんがあんな目に合う必要は無かったんですけどね……。こゃ~ん……。
「ああ、ごめんね、シードン……。でもどんなことをされたのかだけは教えて。今後の参考にしたいから……」
……ん?
なんかこの娘、おかしな事を言い始めましたよ?
私は金髪ちゃんの肩に腕を回し、オークさんから彼女を遠ざけました。そして周りに聞こえないように質問を始めます。……何が目的です?
「え……? 何のお話ですか?」
貴女さっきから、傷口に塩を塗りたくるような質問しかしていないでしょう? 止めて上げてください。同性からセクハラを受けたんですよ? しかも性的に。……どう思いますか?
少し考えればわかるはずです。
自分がやられたらどう感じるか。人の気持ちがわかるのならば、簡単な話でしょう。
それくらい私でもわかります。
そんな私の考えを察したのか、金髪ちゃんは力強い目でこう返事をしました。
「私はそのやり取りを、性的な目で見たかった」
……。
…………?
「コルシェの治療なんてどうでも良かったと今は思う。シードンがそんな目にあっていたと知っていたら、私は迷わず現場に駆けつけたはず。屈強なオークが男性に組伏せられてあれこれされる……素晴らしい掛け算ができると思いません? 私は思う」
意思の強さが感じられました。
どうやら金髪ちゃんは、腐りすぎて人の心を忘れてしまっているようです。尚、私にはそんな趣味はありません。
この娘はもう駄目ですね。このゲームのプレイヤーとしてネジが飛んでいるということは、才能があると同義なので悪いことでは無いのですが……。
これでは、あまりにもオークさんが不憫でなりません……。
「何をしているのですか?」
あ、オークさん。大丈夫ですよ? こもう少しでビギニスートの街が見えますから、油断せずに行きましょうと話をしていたところです。
私は咄嗟に嘘をつきました。今話していた内容を本人が直接聞くのは辛いでしょう。
「そうなのですか? それでは一層気を引き締めなければいけませんね。……にしても、コルシェの奴は何をしているんだ?」
今は縛り上げたもふ魔族が逃げないよう見張ってもらっているところですよ。気絶しているとは言えいつ目を覚ましてもおかしくないですから。
……殺しても良いのですけど、その場合ログインしてきてまた狙われる危険があります。なので身柄を拘束したのです。
残りの体力も少なくなっているはずなので、下手な事はしないと思いたいのですが……。
「そうでしたか。ならば自分は周囲の監視を続けましょう」
はい、お願いします。
オークさんの追及を逃れた私は再び金髪ちゃんに語りかけます。
……いいですか? 貴女の趣味はわかりましたが、他人に迷惑をかけてはいけませんよ? 今はオークさんの心情を考えるべきなのです。妄想は後からお願いします。
「でも……新鮮な内に掛け合わせないと……」
腐っている貴女が何を言っているんですか?
……仕方ないですね。それでは何があったのか、私から貴女にお教えしましょう。オークさんには内緒ですよ。いいですね?
「は、はい! ……これでネタが一個増えた……ふへへ……」
うーん……人の心って、大事ですね。
さて、金髪ちゃんに妄想のネタを提供していると今回の目的地であるビギニスートの街が見えてきました。
ビギニスートは私達プレイヤーが始めにログインする事のできる、言うならば始まりの街です。
中央広場の噴水と、女神様がいる教会が有名な観光名所となっております。
「ここまで来ればもう安心ですね。ポロラさん、今日はありがとうございました」
金髪ちゃんがペコリと私に頭を下げました。……趣味に目を瞑ればまともな娘なのですがね。
いえいえ、仕事ですから。
それにまだクエストは終わっていませんよ? 街に入るまでは油断してはいけません。
そう忠告したものの、私達は無事に街まで辿り着きました。
ビギニスートについた後は荷物ともふ魔族を下ろすのを手伝い、商人さんから報酬を貰いました。
楽な仕事にしては多額の報酬にオークさんと金髪ちゃんは喜んでいました。護衛依頼は楽なのに稼ぎが良いんですよね。
私は縛り上げたもふ魔族を肩に担ぎ、今回のクエストで一緒だった3名に別れを告げました。
それと、耳長ウジ虫以外の連絡先は貰っておきました。これも何かの縁ですしね。
さて、私はこれから衛兵さんにこの変態を届けないといけません。どうせ何かしらの犯罪には手を染めているでしょ。
あ、そうだ。今の内に身ぐるみ剥がしておきましょ。何か良いもの持ってませんかねー……。
と、私は裏路地に入ってもふ魔族を地面に下ろしました。
その時、あることに気付きます。
このもふ魔族……眠ってる?
結構手荒に扱っていたはずなんですがね? 起きてもおかしくはないと思うのですが……。えい。
私は試しにお腹を踏みつけてみました。
しかしながら、もふ魔族は変わらずにスヤスヤと寝息を立てていました。……あ。
この現象に私は心当たりがありました。
特殊なスキル『ギフト』には、自分の身を無防備にする代わりに他人のステータスを上げたり、身体のコントロールを奪う事ができるスキルがあります。
『怠惰』と呼ばれる能力です。
今のコイツの状態はそのスキルを使っている状態に酷似しているように思えました。……しまったぁぁぁぁぁぁ!!
私は慌てて表通りに飛び出すと、先程別れた3名を探しに駆け出しました。
嫌に静かだなとは思っていましたが……あの耳長ウジ虫め!
先程別れた場所にはもう3人の姿はありませんでした。
私の言った事を素直に聞いてくれていたのなら、国営ギルドに向かったはず……! 急がなければ……!
そう思い、足に力を込めた時でした。
すぐ近くから雄々しい叫び声が聞こえたのです。
その声は間違いなく……あのオークさんの声でした。
私が声を頼りに、オークさん達を見つけたときにはもう手遅れでした。
「こ、コルシェ! 正気に戻れ! こんなことをして何に……アッー!?」
「悪いが俺は一途でな! 先程の続きをさせてもらうぞぉ! 俺が満足するまで堪能させてくれぇ!」
『怠惰』のスキルによって、もふ魔族に身体を乗っ取られた耳長ウジ虫が、オークさんの身体をまさぐっていました。
身体中に伝わる嫌悪感によりオークさんは涙を流しています。それでも抵抗していましたが、もふ魔族のセクハラから逃れることはできないようです。
「そ、そんな……私どうしたらいいの? こんなのを見せつけられて……どうしろって言うの……?」
そんな様子を金髪ちゃんはヨダレを垂らしながら眺めていました。とても幸せそうです。
しかし、私としてはこんな様子を見せつけられても、何も嬉しくありません。手袋をトゲ付きの棍棒……いわゆるモーニングスターに変化させて、もふ魔族に接近します。
それに気付いたのか、彼はこちらに振り向きニヤリと笑いました。
「ふふふ……ポロラちゃんじゃないか……。そっちから来てくれるなんて嬉しいよ。モフらせてくれるんだね?」
湿ったいやらしい視線を感じましたが、その程度では私は動じません。このまま頭を吹き飛ばしてミンチにして差し上げましょう……! ウジ虫ぃ……!
「おっと。俺を殺すのは止めた方がいい。この状態は宿主の意識もあるんだ。コイツはお前の依頼主じゃなかったかな? お前に殺すことができるのかい?」
な、なんですって!?
もふ魔族はオークさんの上着を脱がしながら、私に衝撃の事実を教えてくれました。
つまり、今ならもふ魔族と耳長ウジ虫をまとめて吹き飛ばすことができるということです。オークさんを助けるという名目もありますので、殺人もやむ無し。
鈍器の錆びになってもらいましょう。
「コイツを無事に返して欲しければ、大人しく俺の言う事を……って、え? なんでスピード上げた? 目、怖いよ? ちょ、俺の話を聞いt」
てぇりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
私は横凪ぎにモーニングスターを振り抜き、トゲ付きの球体を顔面に叩きつけました。
取り憑いた身体のレベルが低かった為に、首から上はバラバラになって辺りに飛び散ります。
頭を失った身体はゆっくりと地面に倒れると、弾けて血溜まりにへと変わりました。……ふぅ、これでもう大丈夫ですね。
「…………」
あ、オークさん……。
そこには半裸になり、胸元の毛皮を露出させたオークさんがいました。仰向けになり、虚ろな目をして空を見つめています。
「……男に……男に汚された……」
ああ、オークさん……。
短期間に重度のセクハラを受けたことにより、オークさんの心は折れてしまったようです。
私がもっとしっかりとしていれば……。
「ポロラさん」
振り替えると、そこには金髪ちゃんが立っていました。満足げな顔をして、手にはお金を持っています。
「とても良いものを見せて貰いました。こちらは追加報酬です。お納めください……」
こゃ~ん……。
これから、彼等は過去の世界で冒険をすると思いますが、きっと様々な試練が待っているでしょう。
その際のオークさんの心労を考えて、私は小さく鳴くのでした……。
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……リリア様、女神リリア様。
私はどうすればオークさんを救えたのでしょうか? きっと、何処かに間違いがあったのだと思います。
そして、これからの彼の旅路を考えると私は心配でならないのです……。
どうかお願いします。
私を導いてください……。
「んぐんぐ……。んっ、ふぅ……。御馳走様でした」
どうやらリリア様はドーナツを全て食べ終わったようです。幸せそうな顔で自分のお腹を擦っています。
そして、一度深呼吸をするとふんわりとした優しい笑顔を作りこう仰いました。
「すいません。途中までしか聞いていなかったので、もう一度お話しして貰っても……よろしいですか?」
リリア様ぁ……。
私はあまり頼りにならない女神様に落胆し、静かに涙を流すのでした……。
後、追加報酬のお金はドーナツになりました。あしからず……。
・モーニングスター
トゲの数は殺意の強さ。ムカつくアイツに振り下ろせ!