夢見る狼、牙を剥いて笑う
さて、ここまで散々茶化しましたが……。
これから始まる戦いはソールドアウトの……このゲームのプレイヤーの中でもトップクラスの実力を持った二人の対決です。
彼等のスキルやステータスは破格の物であり、持っている知識も一般プレイヤーとは比べ物にならないものであります。
しかしながら、普段顔を合わせない彼等の戦いを見ることは滅多に見ることはできません。……前回の戦争でも遠目から見る事しかできませんでしたからね。
だからこそ、この戦いから学べる事は多いでしょう。
この勝負は決して目を離せないものです。実況もしなきゃいけませんし。
まぁ、もう勝負ついてる感じはありますけどね……。
そんな思いを抱きながら、私はヤケクソ気味に実況をすることにしました。
始まりました! お互いのクランの威信をかけた一戦! 居眠りコボルトさんはどうやって手癖の悪い妖精さんに打ち勝つのか!?
近寄らせたら負けという厳しい状況です! 私が想像もできない戦術を、彼等は
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見せてくれるのではないでしょ……はいぃ!?
戦闘が始まったのも束の間、いきなりコートで数回の爆発が起こりました。その衝撃で観客席の前に座っていた方々の数名はミンチになってしまいます。良い火力です。
しかも、いつの間にかコートの中には石でできた大きな石壁がいくつも設置されていたのです。……いきなりの爆発にいきなり現れた謎の障害物! 一体何が起きたと言うのでしょうかぁ!?
というか爆発してるじゃないですか!? しないって言ってたくせにぃ! どういう事ですか!? 解説のタビノスケさん!
私がマイクを握りながら質問すると、タビノスケさんは冷静に口を開きます。
「ノリノリでござるね? あー……これは時間停止の神技でござるな。体感数十秒しか止めることはできないでござるが、魔法で自分好みの戦場を作るには充分な時間でござろう」
時間停止……?
え? なんですかそのラスボスみたいな能力? 神技? そんな事もできるとかメレーナさん凄いですね。
「いや、チャイム殿でござるよ? アイツ、あの見た目で容赦なく近代兵器使うでござるからな。時間が停止している内に手榴弾を投げ込んだのでござろう……」
え……? チャイムさんが? そんな奥の手があるなら前のクラン戦でも使って欲しかったんですけど……?
「まぁまぁ。時間停止と言っても万能ではないで候う。神技を使えば時間停止も無傷で受ける事もできるでござる。その証拠に、メレーナ殿は無傷みたいでござるしな」
爆発で巻き上がった砂煙が晴れると、そこには何事も無かったかのようにメレーナさんが飛んでいました。
その表情は先程よりも落ち着いているように感じますが、未だにその怒りは収まっていないように思えます。
「舐めやがって……そんな小細工が効くとでも思ってんのかい!? すぐにぶち殺してやる!」
メレーナさん、怒声と共に飛び出しましたぁ! 石壁に隠れてしまったチャイムさんを見つけ出し、確実に始末するつもりです! ……ところで、いつの間に壁なんてできたんですかね?
「時間停止の間に『壁生成』の魔法を使ったのでござろう。神技を使われる前提の行動でござる。それにメレーナ殿の能力は姿が見えなければ使えないでござるからな、有効な戦術で候う」
攻撃よりも防御に力を入れた訳ですか。
しかし、うまく隠れましたね。横からじゃどこにいるのか全くわかりませんよ。タビノスケさん、触手で私のこと持ち上げてもらっても良いです?
「あ、いいでござるよ」
お腹にタビノスケさんの触手が巻き付き、私はすぅっと持ち上げられました。視点が上がったので、これでコート全体がよく見えます。
さて、どこにいますかねーっと……。
?
なんか……少し見ない間にチャイムさんがワイルドになってるんですけど……?
私の目に写ったのは、上半身裸のコボルトでした。よく見るとチャイムさんとは違う毛色をしていたので別物なのでしょう。
そして、そのコボルトは石壁の影から飛び出し、メレーナさんに強襲を仕掛けました。
「ちぃ!」
急に現れたモンスターがメレーナさんに襲いかかったぁ! しかし、メレーナさん動じません! 杖から電撃を繰り出して黒焦げに焼き殺します!
タビノスケさん、あのコボルトはいったい!? チャイムさんの隠し子とかですか!?
「君のチャイム殿のイメージどうなってるの? あれは『召喚』の魔法で呼び出された野生のモンスターでござるな。魔法の弾除けと囮として呼んだのでござろう」
まるで時間稼ぎみたいですね! そういう試合運びをするということは、何か狙いがあるのでしょうか!?
私もこうやって上からチャイムさんを探していますが、全く姿が見えません! ここまで何をするかわからないと、不気味にも感じます! あれ? これ、もしかして勝機があったりしますかね!?
私はそう言いながらキョロキョロとコートの中を見渡しますが、見つけられるのは召還したと思われるモンスターだけで、チャイムさん本人は見つける事ができません。
それはメレーナさんも同じようで、壁の影から現れる雑魚処理をしながら、コート内を飛び回っていました。
「クソがっ! 誰から教わったかすぐわかる戦い方しやがって! 甘いんだよぉ!」
彼女は叫びながら石壁に向かって特攻を仕掛けます。勢いよく壁に体当たりをすると、壁を貫通してしまいました。
貫通した所から亀裂が入り、石壁はがらがらと音を立てて崩れてしまいます。……メレーナさん、次々と石壁を壊していきます! これではチャイムさんの姿も丸見えです! 新しい石壁は現れませんし、もう逃げ場はないかぁーー!?
そんな感じで実況していると、私の身体が徐々に降下していきました。
あ、そっか。壁が壊れたから普通にコートの中も見えますよね。タビノスケさん、ありがとうございました。
「いやいや、いいんでござるよ。……勝負もついたみたいでござるからな」
え?
私はタビノスケさんがそう言った意味がわからないまま、コートに振り返りました。
もしかして、私が目を離した瞬間に何か動きがあったのかとも思ったのですが……。
「なんだと……! どういうことだい……! クソ犬ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
コートの上には先程と変わらないように、メレーナさんが浮かんでいるだけでした。召喚されたモンスターも石壁の崩壊に巻き込まれ潰れてしまったようです。
……そう。
コートの上には、メレーナさんの姿しかありませんでした。
チャイムさんの姿は、どこにも見当たりません。
その光景に、観客席の方も困惑を隠せないようでどよめきが走ります。
まさか逃げ出してしまったわけでは無いでしょう。まだ瓦礫の下で居眠りしている可能性の方が大きいです。……タビノスケさん、これはいったいどういうことなのですか?
「……誤解している奴の方が多いと思うでござるが、チャイム殿は強いでござるよ。普段あんな感じなのは、周りに気を使っているだけでござる。周囲の空気を読んでふざけているだけで候う」
そう語るタビノスケさんは楽しそうでした。ニヤッと一つ目を細め、大きな口を歪ませます。
「メレーナ殿、アイツが居眠りをしていた時点で日を改めるべきだったでござるな。この勝負、チャイム殿の勝ちで候う」
敗北を言い渡したタビノスケさんに対し、メレーナさんはギロリと顔を向けました。殺されてしまうのではないかと思う程の剣幕です。
「あぁ? ……ふざけんじゃないよ! こうなったら私の勝利だろうが! コートの外に出たら負けだってルールだろう!? あのクソ犬は尻尾巻いて逃げ出した! それが事実じゃないか! 誰がどう見ても私のか……いいや、俺の勝ちだ、メレーナ」
!?
い、今、メレーナさんなんて言ったんです? 口調もおかしかったですよ!?
コート上に浮かんでいたメレーナさんの表情は、あっという間に真っ青になりました。そして、慌てて自分の口を抑えました。……が。
「残念だが……無駄だ。少々時間はかかったが、身体の操作権を奪わせてもらったぞ。完璧ではないがな」
勝手に口が動き、チャイムさんのものと思われる言葉が発せられます。
いったい何が起きているのかほとんどの方が理解できていないようで、会場は静まり返っていました。
そんな中、コートの床の一部が崩れました。ぽっかりとコートに穴ができています。
そこに目を向けると、緩慢な動きをしながらチャイムさんが這い上がって来たのです。……まさか、穴を掘ってずっと隠れていたのですか?
そんな私の質問に、タビノスケさんは口を開きます。
「そうでござる。……この現象、別に何もおかしくはないでござるよ。ただ、ここまで『怠惰』の能力を上手く使えるプレイヤーが他にいないというだけで候う」
ギフト?
い、いや、『怠惰』の能力で他人に乗り移ったら本人の身体の意識はなくなるはずじゃないのですか!?
なのに、なんでああやって動いているのです!?
『怠惰』の能力は他人に憑依し、身体を乗っ取るか、ステータスを向上させるかを選択できる能力です。そんな事ができるなんて、聞いたことがありませんでした。
「いいや。そうでは無かったのでござるよ。……『怠惰』のギフトは自分の感覚を他人に移すギフト。全身の感覚を移すのではなく、身体の一部だけの感覚を移した場合は、本体の身体もなんとか動かせるで候う」
つまり、動きを封じながら戦えると……? これが奥の手だと言うのですか?
……ハッキリ言うのなら、凄く地味です。決して目立つようなものでは無いでしょう。
しかし、それは1対1の戦いにおいて、凄まじい驚異となる能力です。敵を目の前にして手も足も出せなくなるのですから。
集団戦でしか機能しない『プレゼント』をカバーするようなギフトの使い方、とても堅実なプレイスタイルだと思います。
……なんだ、実は強いんじゃないですか。普段は周りのおもちゃになっているくせに……。
そう呟くと、タビノスケさんはニッコリと笑いました。……いや、友人が認められて嬉しいのはわかりますが、怖いですって。
「おっと失礼。さ、大詰めでござるよ、あとはチャイム殿がメレーナ殿に止めを刺すだけでござる……」
いつの間にか、飛んでいるメレーナさんの後ろには、フラフラと、今にも倒れてしまいそうな様子のチャイムさんが立っていました。
その顔はまるで、穏やかに眠っているようです。
メレーナさんは身動きがとれないようで、その様子からは焦りが見受けられました。
「クソッ、クソッ、クソッ! アンタ程度に負けてたまるか! 私はクランのリーダーだ! 例え看板だけのリーダーであっても! 負けるわけにはいかないんだよぉ!」
そう叫びますが、彼女の身体はそんな想いを裏切る様にピクリとも動きません。
チャイムさんの身体はゆっくりと小刀を構え、攻撃を放つ準備をしています。
「メレーナ……お前は……責任を感じすぎだ。これはゲーム……だぞ? 楽しまないで……どうする……」
チャイムさんの身体が動き、ポツリポツリと途切れながら言葉を紡ぎます。まるで、あの『怠惰』の邪神を思わせる話し方です。
きっと、彼なりにメレーナさんの境遇について、思う事があるのでしょう。……部下に苦労しているという共通点もありますし。
「うるさいよ! お前に何がわかるって言うんだい! クランの運営に失敗した、私の気持ちが、お前なんかに……」
チャイムさんはその言葉を聞いて、ニヤリと牙を見せました。
「それは……わからないが、俺達を……殺したお前は……楽しそうだったぞ……? 我慢しなくていい……楽しめよ……メレーナ……」
チャイムさんはそう言うと、小刀を振るいメレーナさんを両断します。妖精の小さな身体は一瞬で弾け、コートに散らばってしまいました。
その光景が信じられなかったのか、彼女が負けるなんて誰も思っていなかったのか、観客席の面々は何も言わずに驚いた顔をしております。
そんな中、彼は両手の小刀を腰の鞘に納めて、こちらに真っ直ぐに向き直りました。先程と同じように、ニヤリとした顔をしていて、牙が見えております。
「ふっ……どうだ? 俺も意外にやるだろう?」
そう言って、チャイムさんは得意気に親指を立てて見せたのでした。
そうやって調子に乗ってると、痛い目見ますよ? ……けれども、今日は特別です。実際に勝ってくれましたし。
私はちょっと微笑みながら、同じように親指を立てて、彼の勝利をお祝いしてあげたのでした……。
・採掘
地面や壁を掘ることができるスキル。鶴嘴がなくても素手で掘ることが可能。スキルを使用すると簡単に穴ができる。彫り上げた残骸や土は何処かに消える。
・時間停止の神技
冒険者達に人気の女神様のスキル。……わたしも出番ほしいんだけどなー、まだかなー?




