Zzz……
クラン『紳士隊』決闘場。
本来は暗殺対象をなぶり殺しにするのを依頼者に見せるための場所らしいですが、今日に限っては正しい使われ方をするようです。
私はそこに設置された景品席に座り、メレーナさんとチャイムさんの試合を見守ることになりました。
「ポロラ殿も大変でござるなぁ。暗殺されそうになったり、邪神と戦ったり……」
そして、なぜかお隣にはタビノスケさんがいました。触手の先にはマイクを二つ持っています。……なにゆえ?
「まぁまぁ、これはポロラ殿のぶんでござ」
あ、どうもでござ。
私はマイクを手渡されたので受けとりました。……だからなんで?
疑問に思いながら会場に目を向けると、バスケットボールのコート位の大きさの闘技場の上では、既にメレーナさんとチャイムさんが睨みを効かせていました。
周りは観客席になっており、それぞれのクランメンバー達がガヤガヤと盛り上がっております。
お二人が戦う事を聞き付けて、みんな見に来たらしいですね。
コートの向かい側には子猫先輩が立っていました。近くには護衛の様にチップちゃんが控えています。
「それじゃあこれから、『ノラ』と『紳士隊』のクラン戦、代表試合を始めるね! ルールはコートの外に出たら失格! それ以外はなんでもアリ! あ、場外からの攻撃はダメだよ? 二人とも準備がよかったら、試合開始の宣言をするからね!」
彼女がそう叫ぶと、周りの観客の方々はピューっと口笛を吹いてみたり、いけー、など、ぶっころせー、などとヤジを飛ばしていました。
中にはお酒やおつまみを片手に観戦している方もいるみたいです。
……なるほど、景品席って言われてましたけど、違いますね。これ。実況席です。
あの、タビノスケさん。もしかしなくても私の仕事って……。
「あれ? 聞いて無かったでござる? ポロラ殿はこの場で拙者と一緒に実況でござるよ? あと、カメラ回ってるで候う」
あ、やっぱり。……カメラ?
辺りをキョロキョロと見渡すと、テレビカメラのようなものを構えたワッペさんと目が合いました。
こちらに向けて親指を上げ、良い顔をしているのが少しムカつきます。
しかし、なんで私が実況しなきゃいけないんですか。こう見えて、今日の景品なんですけど?
「それについてはギフトを暴走させないためでござるな。近くに『強欲』持ちのプレイヤーを配置したかったのだとか。そのついでに実況もしてもらうでござる」
確かに、お二人が暴走したらもう手の施しようが無いですものね。まぁ、子猫先輩がいればどうとでもなりそうではありますが。
そういえば、チャイムさんの『プレゼント』ってどんな能力なのですか? ちゃんと勝ってくれるんですかね?
「解説の拙者から言わせてもらうでござるが、チャイム殿の能力は仲間を強化する事でござるな。パーティーを組むと成長率にボーナスがあったりするでござる」
あ、タビノスケさん解説だったんですか。
できれば強力なスキル系の『プレゼント』であって欲しかったですが、メレーナさんの能力は装備で対策ができます。
『プレゼント』の能力はそこまで重要では無いのですかね? どう思います?
「そうでござるな。対策ができるというのは大きいで候う。しかし……チャイム殿は意地でも窃盗無効の能力を使わないと言っていたでござる。プライドが許さないらしいでござるよ?」
え。アホなんですか?
私は今までのチャイムさんを思い出していました。
私にテレポートで逃げられ……、チップちゃんに丸かじりされ……、変態に身売りさせられそうになったり……、ロビーに磔にされたり……。
戦場ではタビノスケさんにやられて、会議の時は子猫先輩に自己紹介をカットされ……。
もうダメダメな姿しか見てないのですけど、どんな思考回路をしていたらそんな自信が出てくるんですかね? はぁ……。
クランの移籍が決定し、私はため息を吐きました。
「ポロラ殿、ポロラ殿。そんな事言わないであげてほしいでござぁ。ほら、チャイム殿がとても悲しそうな目でこっち見てるで候う……可哀想でござるよぉ……」
私達の実況を聞いていたのか、準備中にも関わらず、ウィンドウを表示したままチャイムさんはこちらを見つめていました。チワワみたいなうるうるとした目をしております。……ま、まぁ、これで勝てたら見直しますけどね。頑張ってほしいところです。
ちょっと可哀想だったので、そう一言付け加えると、チャイムさんは顔をキリッとさせて準備に戻りました。うわ、チョッッロ。
「うわっ、わっかりやすぅ……」
隣でタビノスケさんもござる口調が抜けるほど呆れてます。
あ~……、呆れているところ悪いんですけど、実際問題、チャイムさんがメレーナさんに勝てる見込みってどのくらいなんですか?
タビノスケさんはお二人と付き合い長いでしょうし、なんとなくわかるのでは?
「ん? そうでござるなぁ……」
私の質問に対し、タビノスケさんは触手をうねらせながら、うーん、と考え込んでいました。
「はっきりとは言えないでござるが……このルールなら……」
まぁ、なんでもアリらしいですからね。メレーナさんに分があるのは仕方ないでしょう。妖精は魔法も得意な種族ですから。搦め手も得意そうですし……。
「いや、拙者としてはチャイム殿が有利と見たで候う」
……。
…………?
タビノスケさんの妄言に、私は首を傾げました。
実況を聞いていた観客席の皆さんも同じ感じです。眉間にシワを寄せながら首を傾げています。
「いやいや、本気で言っているでござるよ? ああ見えて、チャイム殿も戦えるでござるからね?」
タビノスケさんは慌ててそう言いました。しかし、チャイムさんの表情は曇ります。
それはわかりますよ? 地の強さで言ったら私より強いでしょうし。
けれども、チャイムさんは最近負けっぱなしですが? 戦場でもたいした成果を上げられなくて、クランメンバーの方々に磔にされてましたし。
何か作戦があるのですか?
「作戦……というか、奥の手があるでござる。前の戦場では、拙者の狂気付与の能力を使用しない代わりにチャイム殿も奥の手を使わないという、協定を結んでいたで候う。それが発動したなら、メレーナ殿に勝機はないでござぁ」
ほぉ、奥の手ですか。
ちなみにこう聞くのもなんですけど、もしも前の戦場でそれが発動していたら、どうなっていたと思います?
どんなものか気になるのですが?
「試合前でござるからな。どんな物かは秘密でござる。けれど、もしも使われていたら、拙者はチャイム殿に手も足も出なかったでござろうな」
へぇ~。
…………。
あ、もしかして爆発するんですか?
「しないでござるよ? ポロラ殿、爆弾好きすぎじゃない? 大丈夫? と……、二人とも準備が終わったみたいでござるな」
二人は距離をとり、お互いの武器を手に持っていました。チャイムさんは両手に小型を、メレーナさんは杖を装備しています。
あの杖……魔道具ですか。魔法使わないんですかね?
魔道具は振ると魔法が発動するアイテムです。魔法を普段使わない人が使用するイメージですが……。
「同時に違う魔法を使う戦法でござろう。メレーナ殿は相手に近づければ、能力で殺すことができるでござるからな。撹乱が目的だと推測できるで候う」
なるほど。
対してチャイムさんに変わったところはありませんね。本当に奥の手とやらを見せてくれるのでしょうか?
そんな感じで実況していると、コートの上のメレーナさんと目が合いました。不機嫌そうな顔をしております。
「ちょっとマイク貸しな!」
そしてマイクを要求してきました。……タビノスケさん、マイクだそうですよ? 何か先に言っておきたいことがあるみたいです。
「承知でござる!」
タビノスケさんはにょろーんとマイクを持った触手を伸ばし、飛んでいるメレーナさんの元まで近付けました。便利ですね……。
「まず最初に言っておくよ。 ……今回は迷惑をかけたねぇ。ギフトを暴走させてでも殺しに行くと宣言したけど、ありゃあ間違いだったよ。まぁ、ワカバ位のプレイヤーが暴走するとこのレベルで被害が出るって、教訓にでもしてくれたら助かるねぇ」
そう言って、メレーナさんはにやっと笑いました。……被害と言っても、ワカバさんは被害者ですからね。別に責める気もありません。
しかし、メレーナさん的には別のところが気になっていたそうで……。
「でも、だ。聞いたけど、あんたらぜんっぜん私の言った通りに動いて無かったそうじゃないか? それはどういうことだい?」
ギロリ。
そんな擬音が聞こえるんじゃないかと思う程の鋭い目付きで、彼女は観客席に振り返りました。
心辺りのあるウジ虫さん達は、さっと視線を逸らします。
「……え? なんのことです?」
「だってワカバが適当でいいだろって言ってたし……」
「俺達がロリっ子以外の命令を聞くとでm……ぐはぁ!?」
おーっと、観客席のウジ虫達が一斉にミンチになりました! メレーナさんの足元に数名の臓物が散らばります! 試合前からその能力を見せつけていくスタイルのようです!
どう思いますか!? タビノスケさん!
「恐怖政治はアメと鞭が大事でござる。しかし、メレーナ殿は鞭しか知らない悲しい女。それじゃあ誰もついて来ないでござる。周りも引いてるで候う。……優しさを知るべきでござるな」
実況風に説明すると、タビノスケさんも乗ってきてくれました。……あ、割りと楽しいかも。
「見たかい? 今の『紳士隊』はこんな有り様さ。もっと酷かった時もあったけど、まだ酷い。これでソールドアウトのクランだって? ……ふざけんじゃないよ。これじゃあ私達がクランをやっている意味がない」
やっている意味?
私はさっきと同じように実況風に茶化そうとしましたが、真面目な雰囲気を感じ自重しました。あまり調子に乗ってはいけないのです。
「私達がビギニスートにいる理由……。それはリリアの護衛と新人プレイヤーを守る為。そして、『ペットショップ』を襲撃した奴を見つけ出す為だ。だからプレイヤーの情報を集め、暗殺なんて仕事をしている。なのに……」
メレーナさんはそこで一回切って、涙を流しながら叫びます。
「なんでロリコンしか集まってないんだよぉーーーー!! おかしいだろぉーーー! お前らそんなにワカバがすきかぁーーー!?」
魂の叫びですね。これは。
しかし、『紳士隊』にそんな仕事があったとは知りませんでした。タビノスケさん、実は彼らの仕事って結構重要なんじゃないですか? なんでロリコンが多いんです?
私は空気を読んで茶化す事にしました。ふざけておっけー。
「そうでござるな。新規を食い物にしようとする悪人もいるでござるから、悪いプレイヤーを始末するのは大事でござる。しかし、元リーダーのワカバ殿は自由なネカマ。働く時には働くし、働かない時には幼女観察に勤しんでいるで候う」
あー、どうしようも無いですねー。全然仕事してないじゃないですか。ダメじゃないですか。
「さよう。しかも、その仕事は殆どヒビキ殿が一人で賄える事が判明してしまったので、『紳士隊』は大きく落ちぶれたでござるよ。やれる事はリリア殿の護衛くらいでござる。元々ワカバ殿と仲の良いメンバーが多かったらしいでござるからな。……暗殺したいというプレイヤーも少しはいたでござるが」
それじゃあロリコンしか集まりませんねー。ヒビキさんの人形さんは優秀みたいですし、仕事を奪われたメレーナさんの心労が伺えます。強く生きて欲しいものです。人望無いですけど。
そう実況すると、メレーナさんがこっちを向きました。
「うっさいわぁ! でもそういうとこがいい! 気に入った!」
気に入られてしまいました。……そういえば、なんで私が欲しいのか聞いていませんでしたね。どうしてです?
私がそう質問すると、メレーナさんはこちらを指差し、邪悪な笑みを浮かべました。
「いい質問だねぇ! ……私はわかったんだ。なんでこんなにイライラするのか、アイツらがいつまでもふざけるのか。それは……」
……なんか嫌な予感がしますね。尻尾の方にビンビン来てます。私、逃げた方がいいのでは?
「それは癒しが足りなかったんだ! 具体的には女ともふもふ! アンタの尻尾があれば誰でも癒される! 主に私がぁ!」
そう言って、メレーナさんはわきわきと手を動かしています。……せ、セクハラもふ魔族だぁーーーーー!! こんなとこにもいたぁーーー!?
私は危機感を感じ、自分の尻尾を抱き抱えました。
「私はこの試合で威厳ともふもふを手に入れる! 今日から新『紳士隊』のスタートさ! チャイム! アンタをぶっ殺してねぇ!」
メレーナさんは高らかに宣言して、チャイムさんに向き直りました。……さ、さぁ! 相手選手からの挑発に、コボルトさんはなんと答えるのか!? タビノスケさん、チャイムさんにマイクをお願いします!
私は実況に戻りました。現実逃避です。
タビノスケさんはマイクを持った触手をチャイムさんの元まで移動させました。
先程の勝利宣言に対し何を思ったのか……、会場の注目が集まります。
……が。
「ふぁ~~、っと。……む? マイク? すまない、ちょっと居眠りしていたんだが、何の話をしていたんだ? 全然聞いていなかっ……ふぁ~……」
チャイムさんは何も聞いていなかったようで、大口を開けて欠伸をしていたのでした。
それを見たメレーナさんは鬼の形相へと変貌し……。
「し……試合開始の宣言をしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! バラバラにしてぶちころしてやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「え!? あ、うん! え、と、試合ぃ……はじめぇ!!」
子猫先輩の合図と共に、決戦の火蓋が切って落とされたのでした。
クランに置いてる私の荷物、まとめなきゃな~……。
・闘技場
プレイヤー所有の物件に配置できる設備。その中で戦うと、即時その場で復活することができる。しかし、戦闘しても経験値は入らないので、武器を使う練習などにしか使われない。




