生まれ落ちた悪夢
落ち込んでいるメレーナさんを尻尾で包み込んで拘束し、私は子猫先輩と合流しました。
子猫先輩は飛び散ってしまった黒い液体の中でケモノモードに戻り、私を待っていたようです。
「やー、なんか一人でもなんとかなっちゃった。そっちは大丈夫? 銃声いっぱい聞こえてたよ?」
申し訳ありません。
メレーナさんからの襲撃を受けまして、それの対処をしておりました。現在は停戦協定を結んでおります。
……ほら、メレーナさん、子猫先輩ですよ?
顔を見せてあげてください。
私は尻尾を振って、もふもふの中に隠れてしまった妖精さんを追い出そうとしました。
しかし……。
「やぁだぁ。ここに住むのぉ」
己の人望の無さに絶望した彼女は、がっしりと尻尾に掴まって、離れようとはしませんでした。キャラもぶれております。……可哀想に、疲れてしまったのですね?
はーい、もふもふですよ~? 現実を忘れて堪能していってくださいな……。
私は憐れみの気持ちを込めて、3本もっふストリーム(仮名)をしかけます。
すると、あ"あ"~……、というメレーナさんの堕ちていく声が尻尾の中から聞こえてきたのでした。それでいいんです?
そんな様子をよそに、子猫先輩はするすると私の身体を登って肩に乗りました。最早定位置と化しています。
「さっ、ポロラ。一息ついたら準備をしようか。まだ暴れ足りないだろう?」
まぁ、確かに防具の性能確認はできていないですね。私の方に来た化物はよわっちぃのばかりでしたし、もうちょっと戦いたかったというのが本音……?
え、子猫先輩。準備というのはどういう……?
私の質問に、子猫先輩は楽しそうに答えます。
「知らないのかい? 『怠惰』の邪神は第二形態もあるんだぜ? ……その特性も、残っていると考えておかしくないんじゃないかな?」
!!
私は慌てて身を翻し、ワイヤーを投射して建物の屋根の上に移動します。
子猫先輩が教えてくれるまで、その可能性を一切考えていなかったのは私の落ち度です。
第二形態になってからが本番だと言うのに……。
私達が屋根に着地してすぐに、広場に拡がっていた黒い液体に変化が訪れました。
液体は生きているように全体を震わして、一ヶ所に集まって行きます。
そして、大きな一つの球体へと変化したと思ったら、次々に姿を変えていきます。
最初は嫌悪感が沸きだしてくるような昆虫に……、次は四つ足の犬のような獣……、魚……、ドラゴン……、鳥……。
それのどれもが先程の裸婦像の様に、表皮が剥き出しで、頭部は渦巻きの様な球体になっていました。
最後に変化したのは、妊婦と思われる人型の化物でした。それは重たそうに立ち上がると、私達を見上げるように顔を動かしました。
「女神の尖兵め……また……お前達なのか……」
しゃ、喋った!?
顔の部分に切れ込みのような溝ができたと思ったら、邪神がいきなり喋りだしました。
表情が無いせいで何を考えているのかはわかりませんが、その口調は重々しいものです。
「ようやく……強い母体を手にできたというのに……再び邪魔を……するのか……。既に……手遅れだというのに……終わりは始まったというのに……」
手遅れ? 終わり?
私は邪神が何を言いたいのかよくわかりませんでしたが、こちらに敵意を持っていることはわかりました。
戦う理由なら、それだけで充分です。
「愚かな……尖兵達よ……。我々に協力しないか……? 今なら、まだ間に合うだろう……私の軍門に下れ……」
知りませんよ! そんな事!
私は大爪を6本展開させ、邪神の周囲に配置させます。
逃がしはしませんし、言うことを聞く気もありませんね。今すぐに殺して差し上げますよ。
全ての大爪を同時に邪神に向かって打ち出しました。彼女はその攻撃に反応することができず、その場に立ち尽くしていました。
しかし。
「随分と……弱いな……」
私の攻撃は全段命中しましたが、邪神に当たっただけで、まったく刺さっているようには見えませんでした。……そ、そんな。
「いや……この身体が強いのか……。前に見たときには……歯牙にもかけていなかったが……」
圧倒的なレベル差。
それが攻撃が通じなかった原因でしょう。
今の私のレベルは800に届かない位です。クラン戦やここに来るまでの修行で随分と成長する事ができたと思っていました。
しかしながら、目の前にいる邪神は4000近いレベルのモンスターです。そんなに強い敵とは戦った事がありません。
このままでは、普通にやっていたら勝つことはできないでしょう。
……ですが、私は一人ではありませんでした。
「どうやら……ようやく本気を出して来たみたいだね! 僕達でやっつけちゃおうか!」
こっちには子猫先輩がいます。
どんなに強い敵であろうと、私達の勝利は揺るぐことは無いのです!
……了解しました! 行きましょう子猫先輩!
私は覚悟を決めて、屋根から飛び降りました。それと同時に、大爪を操作して追撃を仕掛けます。
打撃が通じないのなら……こうです!
魔法戦士のスキル『属性付与』を発動し、私は大爪に電撃を発生させました。
電撃属性攻撃による痺れは、防ぐことができないはず……少しでも子猫先輩の助けとなるのですよ!
地面に着地した瞬間、大爪が邪神に着弾しました。
叫び声の一つもあげないので効いているかはわかりずらいですが、その身体はビクビクと痙攣しています。
よし! 効いてる!
今です、子猫先輩! 特大のをドーンっと……!
……。
子猫……先輩……?
勢いに任せていたからかはわかりません。とにもかくにも、私は今の今まで気が付かなかったのです。
子猫先輩が、私の肩から居なくなっていたことに。
慌てて周囲を見渡すと、子猫先輩は空中に固定された様に浮かんでいました。当の本人も大きく目を見開いていて、驚いた顔をしております。あ、ついでにメレーナさんも側に浮かんでました。
「動けない!? もしかして、これは……」
「もふもふ無くなった~……」
子猫先輩はともかく、メレーナさんはもう駄目ですね。毒が抜けてしまいました。……って、そんな事はどうでもいいんです。
大丈夫ですか!? どんな攻撃をされたのです!?
「ごめん、ポロラ……。ワカバくんの能力だ。これをやられると会話する以外の行動ができなくなる……!」
な……。
なんですってぇ!?
こ、これは、ピンチなのでは?
目の前には私の攻撃が通用しない相手、『プレゼント』まで使えるときました。
有効な手段も今のところ思い付いていません。
「いい力だ……。その獣……とてつもない強さだが……これなら何もかも……問題はない……。さぁ……始め、よう……」
くっ……!
私は戦意を示した邪神に対し向き直りました。
すると、その邪神の身体は先程よりも大きく痙攣しており、大きく膨らんだ腹部はボコボコと内側から衝撃を受けているように脈動し、巨大に膨らんでいきます。
まさか……その行動もするのですか!?
「ぅ……うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
邪神は鼓膜が破れるのではないかと思うほどの絶叫をあげました。とてつもない苦痛を味わっているような声です。
しかし、その声からは苦痛と共に……どこか悦びの様なものを感じられたのです。
絶叫で身がすくんでしまった私が見たものは、邪神の腹を割いて突き出た異形の腕でした。
片腕が現れると、もう一本の腕も現れ、邪神の腹をミチミチと開きます。
すると、中からぼとりと、何かがまろびでました。
「Aaaa……Aaaaaa……」
それは、まるで赤ん坊の様な声をしていました。
それとは裏腹に、その大きさは私よりも大きく、見た目は皮膚を剥いだ、目鼻の無い、成人した人間の様です。
異常に発達した腕と、そこから伸びる長く鋭い爪、そして嫌でも目を引く、母体と繋がったままのへその緒が、私の嫌悪感を沸きださせました。
2メートル近い身体を、よたよたと立ち上がると、生まれでた者は私を真っ直ぐに見据える様に構えを取ります。
それを見た邪神は嬉しそうに言葉を漏らしました。
「あぁぁ……ぁぁ……。さ、ぁ、我が子よ……。ここが……お前の、世界だ……。産ませ……増え……満ちよ……」
そう言い残し、母体の方の邪神は地面に伏し動かなくなりました。前の『怠惰』の邪神と同じなら、コイツを倒せば私達の勝利のはずです。
……やってやりますよ。一人でも、最後まで足掻くしかないのです。
私は大爪を引き寄せ、自分の近くに配置しました。ここからは少しの油断が命取りとなります。大味な戦いはできません。
しかし……ここからが、私の新しい装備の力の御披露目です。性能をフルに引き出すいい機会ですね。
少しでも……長く生き抜いて見せますよぉ!
私はそう吠えると、黒籠手から一本の槍を作りだし、邪神に向かって構えました。
……しかし、私はこの時油断していたのです。
モンスターはプレイヤーと違い、レベルと強さは同じ意味を持つということを……。
私は、完全に忘れていたのでした。




