『怠惰』
ビギニスートは大きな円形の街で、中央に噴水広場があり、そこから四方に通りが伸びている作りになっておりました。
ヒビキさんのお店は南に伸びている通りに入り口があり、私はそこから飛び出して、辺りを警戒します。……あのメッセージが出たということは、近くに邪神はいるはずです。
いったい何処に……?
「ポロラ! いきなり走り出さないでおくれよ! 僕だって戦いたいんだからさ!」
そう言いながら、子猫先輩は私の肩の上へと乗ってきました。ケモノモードに戻った様です。
……子猫先輩、ここは私にお任せを。
装備を新調したので、どこまで自分が出きるのか試してみたいのです。
私はちょっと格好付けて、ふふん、と鼻を鳴らしました。どやぁ……。
「じゃあポロラが死んだら、ドロップしたアイテム全部もらってもいいって事? さっき買ったばかりなのに?」
子猫先輩は味方であろうと容赦無いようです。
ドロップしたアイテムは拾ったプレイヤーに所有権があります。それは絶対のルール……。返してほしかったら殺して返して貰うしかない……。
あ、やっぱり一緒に来て下さい。死にたくないので。
私は怖じ気づきました。
「そうそう! そうやって僕を頼るといいよ! 僕がいる限り、負けることは絶対に無いからね!」
子猫先輩は自信満々にそう言います。
優秀な魔法使いである子猫先輩には、道中でも回復をしてもらったり、補助呪文をかけてもらったりと、大変助けられていました。
正直に言うと、私も彼女の言った通りだと思います。むしろ負ける方が難しいでしょう。
「けど、相手は邪神だから油断しちゃいけない。予想外の能力を使ってくるはずだ。特に『怠惰』の邪神は一筋縄ではいかないと思う」
『怠惰』の邪神……。
私は夢見の扉で戦った、その邪神の事を思い出しました。
手伝ってくれた方々のお陰で楽に勝つことができましたが、もしも一人で挑んでいたら決して敵う相手ではなかったと記憶しております。
能力は『出産』と『成長』。
当初、壁に張り付いた粘菌の姿をしていた邪神は、身体の泡を弾けさせ、ネズミの姿をした眷属を産み出していました。キモかったです。
そして、出産を一定時間食い止めると第二携帯へと進化。
粘菌が壁から剥がれ落ち、巨大なネズミの姿となります。その後、肉の塊でできた醜い人型の化物を産み出して戦わせるという、見た目でこちらに精神的ダメージを与えてくる相手でした。
真面目に言うと、続々と現れるネズミ達を殲滅するための全体攻撃か、本体から現れた化け物をすぐに処理できる火力が無ければ勝てない敵です。
私も仲間任せでクリアしましたしね……。
ですので、まずは様子見をしつつ戦うべきでしょう。信用はしても油断をしてはいけません。
……わかりました。
それでは、今から索敵を始めます。子猫先輩は私の死角の警戒をお願いしてもよろしいですか?
「もちろんさ! とりあえずゆっくりと街の中央部に行ってみよう。人の流れを見れば、何処にいるか予想できるからね!」
了解です。
私は周囲を警戒しながら、街の中央部にある噴水広場に向かって歩き出しました。
街を行く市民NPCさん達に、今のところはおかしい様子はありません。本当に何か異変が起きているのか疑問に思うほどです。
周りも中世のヨーロッパを思わせるような、いわゆるファンタジーで良くある街の風景が広がっていました。いつも通りです。……子猫先輩、何か異常はありますか?
「ないね……。全くない。他のプレイヤーの姿は見えないけど、NPCがいつも通りっていうのが不気味だ。僕としては、ワカバくんが暴走したっていうのが気になるけど」
……そういえば、ワカバさんはどんな能力を持っているのです?
邪神化したプレイヤーは『プレゼント』も使ってくる様です。教えてもらってもよろしいでしょうか?
私がそう質問すると、子猫先輩は少し間を置いて答えました。
「……そうだね。緊急事態だし教えてあげる。簡単に言うと、糸によるNPCの傀儡化と、プレイヤーの拘束が特徴だね。彼はサービス開始当初、能力を使ってこの街のNPCを支配していたこともあったんだ」
つまり、ビギニスートを手中に納めていたと……?
相変わらず、頭のおかしい人しかいなかったんですね。『ペットショップ』の方々。
私は皮肉混じりに笑いました。
やはり常識が通じる方はいないのだという事実に、ちょっと引いたというのと……。
そんな能力をもった邪神が、今回の敵だということに、恐怖を覚えたからです。
「褒め言葉として受け取っておくね。……さて、ポロラ。動きがあったよ、このまま走り抜けるんだ」
はい?
それはどういう……。
私は速度を上げながら、後方を確認しました。
すると、先程通り過ぎたNPCの方々が呻き声を上げながら私達に飛びかかって来る姿が見えたのです。
「『マジック・レーザー』ぁ!」
しかし、私が彼等の姿を確認したときには、既に子猫先輩による魔法が発動しておりました。
後方に展開した魔方陣から太い光の帯が射出され、横薙ぎにNPCを消滅させてしまいます。
「これがワカバくんの『紅糸』だよ! けど、後ろは大丈夫! 僕が吹き飛ばすから早く本体を見つけるんだ!」
わっ、わかりました!
子猫先輩の魔法の詠唱を聞きながら、私は全力疾走で街中を駆け抜けます。しかし、目の前からもNPCが立ち塞がる様に現れて来ました。
まるで、ホラー映画のゾンビの如く、と言ったところですね。
仕方がありません。強引ですが、確実な道を行きましょう。
……子猫先輩、掴まっててくださいね!
私は黒籠手を起動させて、鈎爪付きのワイヤーを作り、建物に向かって打ち出しました。
上手いこと引っ掛かったのを確認して、瞬時に引き戻します。すると、その勢いで私達は空中へと打ち出されてしまいました。
ワイヤーによる、空中機動です。
「わわっ!? 飛んでるぅ!」
きゃー!と、子猫先輩は楽しそうに声を上げました。どうやらこの程度の動きは、アトラクションと変わらないみたいですね。
私は勢いを利用して、建物の屋根の上へと着地しました。……当然と言えば当然ですが、屋上の上には誰もいないようです。このまま、目的地まで行きましょう。
「うん! ……けど、急いでね。あいつら登って来ているみたいだ!」
見ると、お互いを踏み台にしてNPCが屋根登ってきているようでした。……ふっふっふ、大丈夫ですとも! 今こそ私の新しい力を見せるときです! とぅぉぉぉ!!
私は次の屋根目掛けて、思いっきり跳躍しました。そして、身体が落ち始めたタイミングで空中を蹴って、もう一度跳躍します。
いわゆる、二段ジャンプです。
先程貰ったブーツに付いていた効果で、『空中での行動を可能にする』というものがありました。
これにワイヤーによる空中機動を合わせてる事により、高速で動き回る事ができるということで。
私は再びワイヤーを屋根の縁に向け射出、そして黒籠手に戻していくようにして、引き戻します。
まっすぐに飛んでいき、ぶつかると思った瞬間に空中で跳躍。これを繰り返し、私達は文字通り、空を跳びながら移動を続けました。
「すっごーい! たっのしー!」
子猫先輩は相変わらず楽しそうです。……それは違う猫科では?
「気にしないで? ……それよりも、飛び上がったおかげで敵が見えたよ! 街の中心だ! 他のプレイヤーも居る!」
私は子猫先輩に言われて、噴水広場に目を向けました。
そこには一体の見馴れない、大きなオブジェがあったのです。
長い髪をした、女性の裸婦像だと最初は認識しました。
全体的なシルエットはまるで大きなお腹を抱える妊婦の様に見えていたのですが、近づくにつれ、その異形さが目立ってきます。
顔の部分は目や鼻といった物はなく、まるで渦巻きの様で、身体は筋繊維が剥き出しになっていました。
そして、妊娠しているように膨らんだ腹部。そのお臍の部分からは、チョロチョロと黒い液体が流れ出しており地面にへと広がっております。
液体はブクブクと泡を吹き出していると思っていたら、大きく沸き上がるように弾けました。すると、そこから人と虫を無理矢理組み合わせた様な化物が現れ、プレイヤーを襲い始めたのです。あれが邪神の眷属でしょう。
……趣味の悪いモンスターですね。まったく……。
「覚悟が決まったなら、思いっきり暴れてやろうぜ? さぁ……楽しんでいこう!」
気味の悪い姿に怯みもせず、楽しそうに子猫先輩は叫びました。……そうですね、やってやりますよ!
私は広場に着地すると同時に大爪を複数展開し、産まれていた化物を突き刺して殺します。
そして、邪神化したワカバさんに向き直り、爪の切っ先を向けました。
……さぁ、改めて殺し会うとしますか。懸かってきない、ウジ虫どもめ!
挑発を受けとったかのように、邪神は新たに眷属を産み出しました。その瞬間に大爪が宙を舞い、串刺しにして行きます。
その光景にニヤリと口元を歪ませ、私も思いっきり叫びました。
一族郎党……皆殺しですよぉ!!
そう吠えてみますが『怠惰』の邪神は何も答えること無く、ただただ、黒い液体を流し続けるのでした……。
・PL ワカバ 数分前の出来事
……おれは幼女が好きだ。
それは、おれがロリコンだからという意味ではない。結果的にロリコンという枠に収まっているに過ぎないのだ。
例えるのなら、泣いている幼女、悲しみにくれる少女、苦しんでいる女性……この3名が居たときに、誰を最初に助けたいと思う?
そう、幼女だ。
迷い無く、幼女をチョイスできる辺りが、おれがロリコンだという証明なのだ。
泣いている幼女に近づき、どうしたの?と声をかける。そこから更に絶望を味合わせ、更に叩き落としたときに見せる彼女達の顔は……最高だ。
無力な存在が、可哀想な目に合うのは、とてもとても、可愛いと思う。そして、それはロリの姿をしているのが好ましい。心から、そう思う。
……まぁ、思うだけだ。普通に考えてそんなことをしたら犯罪なのでやらない。当然である。
ゲームの中でやっていた時もあったけど、心を入れ替えたのだ。
けれども、可哀想な幼女の中身が糞野郎ならどうだろうか? ……そう、犯罪かも知れないが問題はない。
このゲームには、糞ロリネカマ達が数多く存在する。
男達を誘惑し姫プレイをする悪いネカマや、一夜の夢を見せると言って路地裏に連れ込むエロいネカマ、偽りの夫婦生活を送るネカマだっている。
そんなネカマ達に、騙されて弄ばれたアホ達から来る奴等の討伐依頼こそが、おれの主な仕事なのだ。
ちなみに、おれもネカマなのだが、いつでも幼女の身体を好きにできるのは最高だと思う。おれの画像フォルダは、他人に見せられない自撮り写真で一杯だった。
……他人に迷惑かけて無いから、問題はないのさ。
さて、今日はロリになってくれない狐を殺して来いと言われたが、そんなのはしたっぱに任せることにした。気が乗らない。
よって、おれはサボり、ビギニスートの中央広場でロリネカマを探していたのだった。
そんな穏やかな日課を楽しんでいた、その時だ。
「よぅ……ワカバ、久々じゃねぇか」
……あ? 誰だよ?
名前を呼ばれて振り替えったのだが……、そこには誰も居なかった。
いや、違うな。プレイヤーキャラの身体が小さいから、きっと見失ったんだろう……。
どこだ?
「随分と強くなったみたいだなぁ? ……利用させてもらうぜぇ?」
!?
声の主の姿を見つける前に、おれの身体は動かなくなってしまった。
意識が混濁していき、完全な幼女である自らの身体が変化していくのを、うっすらと感じながら……。
おれは強制的に、ログアウトしてしまったのだった。




