3本のもふもふ
種族『こねこ』。
初期ステータスが全て一桁、かつ、手足が短すぎて移動も不便。
この種族を選ぶ人は、縛りプレイをする方かドMかのどちらかでしょう。あと、可愛いからという理由もあるかも知れません。
ちなみに、不遇種族と言われていますが、実は隠された能力が! ……なんて言うこともなく。
この『リリア』においてのぶっちぎりの最弱種族が『こねこ』なのです。
なので、今私の肩にしがみ付いている子猫先輩はそんなハンディキャップがあるのにも関わらず、このゲームをプレイしている変態です。
きっと一癖も二癖もある方なのでしょう……。
そんな事を考えながら、私達はクランに向かっていました。久々に訪れたコルクテッドの観光も兼ねているのでのんびりお散歩気分です。
「前に来たときよりも活気があっていいね。あ、そこのパンのお店行ってみたいな。寄ってもらってもいい?」
もちろんいいですよー。
ところで、子猫先輩。気になっていたのですが……何故先輩と呼ばれているのです? 学校の後輩と一緒にプレイしているとかそんな感じですかね?
私がそう質問すると、子猫先輩は地面に降りてこちらに振り返りました。そして座ったままの状態で胸を張ります。かわいいですね。
「それはね……僕がβ版からのプレイヤーだからだよ! ついでに言うのなら、『リリア』の前作に当たるゲームもやり込んでいたからね! このゲームの仕様は全部知っていると言っても過言じゃないよ!」
どうやら子猫先輩は歴戦のプレイヤーであり、言葉の通りに、このゲームの先輩のようです。
いやぁ、喧嘩売らなくて良かったですね。絶対私より強いでしょ。この子猫。
私はホッと胸を撫で下ろし、子猫先輩に手を伸ばしました。……それは凄いです。じゃあ子猫先輩に怒られては敵わないので、可愛い後輩がパン屋さんで何かご馳走してあげましょう。
「え? いいの? ごめんねー何から何まで。後でお礼するから」
いえいえ、そのお気持ちだけで充分ですよ。
私達はそんな事を話ながらパン屋さんに入ります。
昔ながらのパン屋さんって感じですね。陳列している色んな種類のパンに目移りするようです。
「いらっしゃいませ~、パンを選んだらレジの方までお持ちくださ~い」
そう言って挨拶をしてくれた店員さんの前には、レジスターが鎮座していました。そこだけ現代的なんですね……。
しかしながら、そんな事はこのゲームをやってれば日常茶飯事です。さて、何を買いましょうか?
私はトングとお盆を手に持ち店内を見て回ります。
「僕チョコ入ってるのがいいな。あ、そのチョココロネとってよ」
わかりました。……ちなみに、『暴食』持ちの方だったりしませんよね? 本当は私の事が食べたいとか言わないですよね?
私はチョココロネをトングで掴みながら、そう質問します。
最近、チップちゃんの目線が怖いときがあるのですよねー。なので、『暴食』持ちの方と一緒にいると心から安心できないと言うかなんと言うか……動悸が止まらなくなります。
「あ、大丈夫だよ。僕のギフトは『嫉妬』だから、何もしなきゃ暴走することは無いさ。それで、ポロラはなに食べるの?」
それはよかったです。私はカレーパンをいただきましょう。
にしても『嫉妬』のギフトですか……。
確か周囲の仲間、敵からHPとMPを吸収できる能力でしたね。使いすぎるとパンクしてしまうという話ですが……。実際に見たことはありません。
まぁ、高レベルの方が使った場合、チップちゃんやタビノスケさんのように凄いことになると思いますが……。
「見て見て、なんかここで食べてくとドリンクのサービスがあるんだって。どうせなら食べていこうよ!」
壁の張り紙を短い足で指しながら、子猫先輩はみゃーと鳴きました。
……なると思いますが、今はどうでもいいことですね。
今は子猫先輩との触れ合いを楽しむことにしましょうか。
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ここのパン屋さんはカフェテラスが付いているようで、先程買ったパンを食べながら、優雅にお茶をすることができます。
私達も席に座り、美味しいパンに舌鼓を打ちながら、コーヒーを頂いていました。……いい感じの雰囲気ですねぇ。
穏やかな気持ちになりながら、街の様子に目を向けてみましょう……。
「またモンスターがでたぞぉ!」
「今度はどこのどいつが召喚したぁ!? あ? 冒険者? ……ソイツも捕まえろ! 縛り首じゃあ!」
「コイツ火ぃ吹くぞ!? 先に殺した方がいい!」
……いつも通り、賑やかなコルクテッドの風景ですね。これがあるから表通りは面白いんですよねぇ。
「街なのにモンスターが出現する唯一の街だからね。昔からこんな感じだからNPCもガンガン強くなってさ。倒しがいがあるって感じ。あむあむ……」
子猫先輩はテーブルの上でチョココロネと格闘していました。
やっぱり、子猫先輩はレベル高いんですか? この街のNPCを倒せるとか結構凄いと思うんですけど。
私は戦いたいとは思わないですねぇ。メリットが無いですし。
私が呟くように言うと、子猫先輩は口に物を含んだまま答えました。
「ひょうらねー。……ん、しつれい。僕は自分でいうのもなんだけど、強いからね。楽勝だよ。敵だと判断したら、容赦しないぜ?」
子猫先輩は口の周りをチョコでべちゃべちゃにしながらそう言いました。……ひゅー、子猫先輩カッコいいー。
私はそう言うと、目の前の子猫は恥ずかしそうに笑います。
「へへ~、そうかな? ……そういえばさ、気になってたこと聞いていい?」
なんです?
「ポロラの尻尾、最初に会ったときは3本もあったのに、今は1本しかないよね? どうしたの?」
ああ、これですか……。
ふわふわもふもふの私の尻尾は、今1本しかありません。
尻尾が増えていたのは、あくまでも『妖狐の黒籠手』の効果だった様で、能力を発動させれば3本になります。
『妖狐の黒籠手』も効果を使っていなければ前と同じ手袋のままで、常に装備していても問題無いのが便利です。
……という事で、尻尾が3本になるのは戦闘中のみなのですよ。まぁ増えても増えなくても私には関係ないんですけどね?
「そうなんだ! やっぱり面白い能力だね! さっき見たとき凄いと思ったんだ~。あんなにもふもふなのを見たのは久々だよ!」
凄いの能力じゃなくて尻尾が、ですよね。それ。
でも大変なんですよ~? 尻尾目当ての変態がウザくてウザくて……。
「わかる~。無断でもふって来ようとする人ってどこにでもいるよね。こっちは触られたい人にしか触ってほしくないのに」
どうやら子猫先輩にも思い当たる節があるようです。やはりセクハラもふ魔族は滅ぼさなければならない存在の様ですね……。
「ま、それはそれとして、ポロラの尻尾気持ちよさそうだよね~。いいなぁ、触ってみたいなぁ」
子猫先輩は目をキラキラと輝かせながら、もふもふのお願いをしてきました。……変態に迫られているわけではないので、別に断る理由はないんですよねぇ、下心とか無さそうだし。
……乱暴にしないでくださいね?
私はそう言って、『妖狐の黒籠手』を発動させました。そして、3本になった尻尾で子猫先輩を包み込みます。
「うわっ! 柔らか~い!」
ふふふ……思う存分、もふってくださいな。
圧倒的なもふもふの中で、子猫先輩は前足を使い、その感触を楽しんでいます。あ、猫がよく布団とかにやる、あのフミフミですね。
ちらりとその光景を見ますが、黄色い尻尾の中で黒い子猫が遊んでいる光景はとても微笑ましいものです。なんとも言えないむず痒さはありますが。
「へ~、尻尾ってほんとは細いんだね! ほとんど毛皮なんだ!」
子猫先輩は楽しそうにそう言いました。……そうですよ? 狐さんの尻尾の8割はもふもふで出来ているのです。
おお~……、と感嘆の声をあげながら子猫先輩は尻尾の1本にしがみつきました。どうやら気に入ってくれたみたいですね。
そこに、残った2本の尻尾で私は追撃を仕掛けます。さぁ、もふもふに沈むのです……。
「あ~……これすごい~……ダメになるぅ……」
子猫をダメにする尻尾により、子猫先輩は陥落しました。身体から全ての力を抜いて、私に全てを任せています。
完全勝利ですよ、こゃ~ん。
私は満足しながら、可愛い子猫先輩を尻尾でいじくり回すのでした……。
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「もう、高級布団とかじゃ満足できない身体になっちゃったよ……。このままじゃ、もふ魔族になっちゃう……」
私の頭の上でぐったりしながら、子猫先輩はそう呟きました。……すいませんね。少しやりすぎたかも知れません。
私達はパン屋さんを出たあと、少しブラブラしつつクランに向かっていました。
「今日は中々出来ない体験が出来て楽しかったよ。何度も言ってるけど、ホントにありがとね、ポロラ」
いえいえ、いいのですよ。
私も暇を潰せましたしね。本当は修行をするはずだったのですが、予定が変わってしまいまして。
「へー。……そういえば、ポロラは『ノラ』の所属なのかな? きみもソールドアウトだったりするのかい?」
子猫先輩は不思議そうな感じに、そう質問しました。……私は『ノラ』の一員ですが、ソールドアウトでは無いですね。『ペットショップ』が潰れた辺りからこのゲームを始めたプレイヤーです。
「そうなんだ……。だから僕の事を見ても何も言わなかったんだね」
?
と、言いますと?
私はその言葉の意味がわからずに、そう聞き返しました。すると、子猫先輩は私の上から地面に向かって飛び降ります。
「すぐにわかるよ。それと、案内ありがとう。迎えが来たみたいだ」
迎え……ですか?
私は子猫先輩が見つめている先に目を向けます。
そこには、全力疾走でこちらに駆け寄ってくる一匹のコボルトさんがいました。我がクランの愛すべきナンバー2、苦労人のチャイムさんですね。
「み、ミーさん! お待たせいたしましたぁ! そして、うちのポロラがすいませんでしたぁ!」
チャイムさんはそう叫びながら飛び上がると、ヘッドスライディングを決めるかの如く土下座をしました。鮮やかな芸当ですね……って、ミーさん?
私は、その少しユニークな名前に聞き覚えがありました。そして、身体中から嫌な感じの汗がぶわっと吹き出します
ちゃ、チャイムさん。もしかして、この子猫先輩は……。
「ポロラ! お前なんか失礼な事してないよな!? というよりも、この方が誰かわかっていないな!?」
チャイムさんは土下座の姿勢を崩さずに、私を見上げてきました。いい眺めではあるのですが、今はそれどころではありませんでした。
チャイムさんは焦りながらこう叫びます。
「この方こそ! あの『ペットショップ』のリーダー、『魔王』、ミーさんだぞ!?」
…………。
やっべ。
私は、先程のもふもふ地獄アタックを思い出していました。……あれは完全に失礼な事ですよね?
聞いたところによると、『魔王』様はとんでもない強さを持っていて、街を滅ぼす事は容易いことらしいです。もちろん、今の私が太刀打ちできる相手ではないでしょう。
それならば、私のやることは一つです。
私は子猫先輩の正面に立ち、構えを取ります。今私ができる最大限の抵抗を見せてあげましょう……。
覚悟が決まった私は、声高らかに叫びます。
どうもすいませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!
私は土下座をしながら尻尾をピンと立て、しっかりと謝罪の意を示しめすのでした……。
きゅ~ん……。
・尻尾
動物の尻尾は毛皮のせいで大きく、太く見える事が多いが、毛皮を取り除くと意外に細い。水をかけると残念な事になるのはそのせいである。
・お知らせ
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