食べちゃうからね?
戦争が終わった後、私達は再び大講堂に集まっていました。
何故、タビノスケさんがクエストの討伐対象になってしまったのか。
あのクエストを始めるという、誰も見たことがなかった警告文は何だったのか。
それを話し合うため……ではなく。
「皆、よくやってくれた! 戦争……いや、邪神の討伐は俺達の手柄だ! 今日は『ノラ』が邪神討伐という快挙を成し遂げた記念日だ! アホみたいに飲むぞ! かんぱ~い!」
かんぱ~い! いぇ~い!
チャイムさんの音頭で、集まったクランメンバーがグラスをぶつけ合います。……そう、そんな小難しい話をするために集まったのでは無いのです……。
勝利記念の宴会をするために集まったのですよ……!
「ははっ。……あ、酒が苦手な奴は葡萄ジュースな。無理矢理飲ませるのも禁止だから……頼むぞ?」
チップ様も楽しそうにワインの入ったグラスを掲げています。そして、その言葉から伝わるホワイトっぷり……私、就職するならチップ様みたいな上司がいるとこがいいです……。
そんなことを考えながら、私は手元のグラスを飲み干しました。……ぷっはぁ! ビールにっが! 嫌い! 甘いお酒あります? 日本酒好きなんですけど?
私は近くにいた黒子くんに、空になったグラスを持って迫りました。
「ポロラねぇちゃん飲むの速くない!? ……ま、まぁ日本酒もあるよ? 『参謀長』が農園で米を育てて作ったやつ……」
流石チャイムさんです! わかってる~!
って、黒子くん、全然減ってないじゃないですか? ダメですよ? お祝いの席なんですから。早く飲んで飲みたいもの飲みましょうよ。付き合ってあげますよ?
そう言いながら、私は黒子くんを後ろから抱き締めました。うりうり~。
「ちょ!? 止めてよ! 恥ずかしいって! というか、ねぇちゃんお酒好きなの?」
嫌いじゃない、って位ですよ?
甘いのじゃないと飲めませんけどね。酎ハイと日本酒限定です。カルーアミルクも可。
飲み潰れた人の世話をするのも得意なんで、黒子くんもどんどん飲んでいいんですよ~? 優しくしてあげますからぁ~。
「え、もしかしてポロラねぇちゃん大学生? めっちゃ同年代なんだけど」
リアルの情報を探るのはダメですよ?
まぁ、あまり気にしてもしょうがありませんし、今日はとことん楽しみましょう!
こゃ~ん!
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しばらくは、楽しい宴会が続きました。
速攻で飲み潰れた黒子くん。そして、もうベロンベロンになっているモブ虫さん達。
戦争中に『怠惰』の能力で眠っていた事と、調子乗ってタビノスケさんに突っ込んでいって、結局返り討ちにあった事を指摘されたチャイムさんがしょぼんとしていたり。
誰が呼んだかわかりませんが、『りんりん親衛隊』がやって来て、余興と称してりんりんさんのライブが始まったり。
開始一時間もしないうちに、宴会会場はカオスな事になりました。
盛り上がり過ぎたようです……。
さて、めんどくさい絡み方される前に、ちょっと風にでも当たって来ましょうかね?
ほろ酔いって感じで気分もいいですし、そのまま街に繰り出してもいいかもです。
そんな事を考えながら、私はクランから外に出ました。……おや?
「よ。どうしたんだ? まだ宴会終わってないけど?」
外にでると、そこにはチップ様が立っていました。
ちょっと夜風に当たりたくて……チップ様もですか? よかったら一緒にお散歩でもいかがです?
「……そうだな。付き合わせてもらうよ」
私とチップ様はゆっくりと歩き始めました。ファンタジー風な街のようすは見慣れたものですが、こうやって歩くとまた違って見えてくるものです。
チップ様も同じなのか、どこか遠くを見ながら歩いていました。
「ありがとな。色々と」
? 何がですか?
いきなり感謝されて、私は思わず聞き返しました。特に感謝されるような事はしていませんけど……。
「んー。別にポロラだけって話じゃないんだけど……アタシをクランのリーダーとして扱ってくれてありがとう、って感じかな」
そう言ってチップ様は立ち止まり、大きく深呼吸をしました。
「アタシさ、そんなにリーダーとかむいてないんだよ。誰かの上に立ってアレコレ言うのが苦手っていうか。実際、クランの運営は全部チャイムに任せてるし、アタシは置物みたいな物さ」
どこかスッキリとした様子で、チップ様はそう言いました。……そうは言いますけど、チャイムさんは好きであのポジションにいるように思えますが?
もちろん黒子さん達や、いつもチャイムさんを弄っている幹部の皆様だってそうです。
皆好きでやってるんですよ。
「そうなのかなぁ……」
そうなんですよ。きっと。
チップ様は向いていないと言っていますけど、私はチップ様がリーダーでよかったと思います。楽しいですし。
……当初は、暗殺するつもりで潜り混んでいたとは、口が裂けても言えませんがね……。
私がそんな事を考えながら後ろめたい気持ちになっていると、チップ様はキョトンとした顔をしていました。
「楽しい……?」
はい。
楽しいですよ。クランでのお仕事。
傭兵のロールプレイって感じですし、初心者救済でいい気分にもなれますし、強い相手とも戦えますから。
「そっか……楽しいかぁ……。それなら良かったなかな。少しだけ、自信が持てたかも。ありがとう、ポロラ」
それはどういたしましてです。……さて、そろそろクランに戻りましょうか。きっと皆待ってますよ? チップ様。
私はそう言って、微笑みながらチップ様の手を取りました。
その手をチップ様も握り返してきます。
「ああ、そうだな。そろそろ暴走して処刑とかが始まる頃かな。……『ペットショップ』のノリとしては」
それは見ものですねぇ。チャイムさんも大変です。
私はそんな軽口を言って笑いました。チップ様も人が悪いです。処刑が文化になっているクランとか、冗談じゃないですよ~。
「処刑されるのチャイムで確定なの? ……まぁ、幹部連中はどうやって殺すか計画練ってたけど」
どうやら本格的にチャイムさんは処刑されるようです。可愛そうに……。
「仕方ないよねぇ……。っと、そうだポロラ。ずっと言いたかった事があったんだけどさ、ちょっとお願い聞いてもらっていい?」
なんですか? ……って、また口調が柔らかくなっていますよ?
「こっちの方が素だからね。……その呼び方、止めて欲しいな。もっと気楽に呼んでよ、いちいち様付けされるとこっちの気が滅入っちゃう」
そうなのですか?
……んー。私、呼び捨てとか苦手なんですよねぇ。それに、目上の人を気楽に呼ぶのもなんですから……。
じゃあ、チップさn……。
「ちゃんで」
……い、いや、それだとあまりにも気楽にすぎでは……。
「さんはやだ。ちゃんならいいよ?」
あ、このパターンは言うことを聞いてくれない感じですね。握っている手に力が込められていきます。HPガリゴリ減っていました。
わ、わかりました! チップちゃん! これからはチップちゃんって呼びますから! これからもよろしくお願いします! 死んじゃうう! 食べやすくなっちゃう!
私が命の危機を感じて叫ぶと、チップちゃんは笑顔を見せながら、その手から力を抜きました。……危なかった。
「うん、こちらこそよろしく。……それと」
な、なんですか……?
「ああいった自己犠牲は嫌いだから。あんまり自分の事を大事にしないと……」
チップちゃんはそう言って、ペロリと舌舐めずりをしました。その目は完全に獲物を目の前にした捕食者の目をしています。絶対的な強者の雰囲気を感じとり、鳥肌が立ちました。
「本当に美味しく食べちゃうからね?」
事実上の死刑宣告です。……ぜ、善処いたします……。
私が観念したようにそう言うと、チップちゃんはニカッと笑顔を作り、私の手を引きながらクランに向かいました。
どうやら『ノラ』での、愉快な日々はまだまだ続くようです。
私はこれからの刺激的な生活を思って、こゃ~ん、と小さく鳴くのでした……。
・宴会とお酒
アルコールを接種すると『酔い』という異常状態になる。テンションが上がり楽しい気分になったり、『睡眠』の異常状態に陥ったりする。集団で集まって酒を飲んでいると、宴会状態になり、いつの間にか知らないNPCやプレイヤーが混ざったりしているが特に問題はない。




