美しく……散るのです!
黒籠手から刃が飛び出し、《タビノスケ》の触手を切り刻んでいきます。すぐに再生はしますが、その速度は徐々に落ちていっているようです。
私の今の状態は、チャイムさんに半分操られている状態です。『怠惰』の能力を仲間に使用した場合ステータスの強化と共に、身体を操る事ができるのです。強度が強ければ、意識も持っていけるでしょう。
この利点は、死角からの攻撃を察知できる事ですね。
でも、これ絶対エッチな事に使ったことあるでしょ。チャイムさんのへんたーい。
『無いわぁ! そんな事よりも、もっと刃を生やせ! 触手の数が増えたぞ!』
わかってますよ!
頭に響くチャイムさんの声に合わせて、更に刃を増やします。
触手の攻撃は単純な動きから複雑なものへと推移し、こちらを全方向から狙って来ております。
『くっ……! 下だ! 避けろ!』
なんとぅ!?
もちろんそれは、足元からも向かってくるということです。
私はチップ様を抱えながら、ひび割れた地面から生えてくる触手を回避します。……チップ様! チャージ完了まであとどの位です!?
「あともうちょっとだ! もう少しだけ持ちこたえてくれ!」
チップ様の右手に握られている銃には、先程よりも大量のエネルギーが溜め込まれています。
これならば、《タビノスケ》を倒すこともできるでしょう。……しかし。
それにあの化物が気づかないでしょうか?
私の中に過った考えを読み取った様に、《タビノスケ》の攻撃がピタリと止みました。
こちらに向かってくる触手も無く、一度ほどいたものをまとめて、再び人型に変化していきます。
いったい……何をするつもりなんですか?
警戒していると、触手の巨人となった《タビノスケ》は……。
こちらに向かって走り出してきました。……は、はやっ!?
地面を踏み砕きながらこちらに接近する姿に思わず怯んでしまいましたが、すぐに持ち直し、私は刃を地面に展開しました。
走って来るのなら、今度はそれを利用させてもらうだけです。
私を中心に、刃はクモの巣の様に広がっていきます。これの上まで来たら、先程と同じように刃を侵食させる作戦でした。
地響きをたてながら巨体が迫ります。既に対策をされていることにも気付かずに。
《タビノスケ》は私の狙い通りに、刃の上に足を踏み入れました。……今です!
植物が急成長するように、刃が化物に向かって伸びてゆきます。そして、触手の一本一本に絡み付くように突き刺さり……。
その接近を食い止めました。
やった!
動きが止まりましたよチップ様! 今のうちに……!
「ああ! チャージももう終わる! このまま狙い撃ちだ!」
私達は勝利を確信し、喜びの声を上げました。長かった戦いが、ようやく終わりの時を迎えようとしていたのです。……しかし。
《タビノスケ》は自分の触手を引きちぎりながら、恐ろしい力を持って、地面を踏み抜いたのです。
まるで地震が起きたような衝撃が私達を襲います。
そして、足元に亀裂が走り、足元の地面が陥没しました。……まさか、さっきの足元からの触手はこの為に……!
「ま、まずい! ポロラ、逃げろ!」
私がそう思ったときには、既に地面の崩壊が始まっていました。巻き込まれてしまえば、最悪生き埋めでしょう。
私は咄嗟に能力を発動させ、刃を伸ばしました。
攻撃のためではありません。生き残るためです。
「な、何をするつもり!?」
チップ様はそう言って震えながら私に身を寄せてきました。……巻き決まれる前に、一度アーマーズの上に退避します! あの大きさなら、地面には飲み込まれないはずです!
伸ばした刃は、アーマーズに突き刺さります。そして、それを引き戻すようにしながら、私はアーマーズに向かって飛びました。
引き戻す力を利用して飛行したわけですね。結構いいスピードです。
アーマーズは半分地面に埋もれてはいましたが、完全には沈下してはいませんでした。仮の足場としては、利用できるでしょう。……大丈夫ですか? チップ様?
「す……すごいビックリした。というか飛んでた……飛ぶなら飛ぶって言って……」
すいません。また言い忘れましたね。
それよりも! ここからならどうですか!? 狙えます!?
私はそう質問しながら《タビノスケ》を確認します。
こちらが追い詰められていることを理解しているのか、腹部にある目は笑っているように細くなっており、大きな口はニタリと歪んでいました。
次の攻撃で、私達を仕留めるつもりなのでしょう。
そして、既に示された1分は過ぎています。そろそろチャージが終わってくれないと……。
「……ポロラ、ごめん。チャージが終わらない。アタシ自信のエネルギーが足りなくて最後までエネルギーが貯まらないみたいだ……」
え。
ここに来て、緊急事態です。
確かにチップ様は満身創痍。既に自分の力で立つことも難しい状態です。
お手元の『キキョウの殲滅銃』がチャージしているエネルギーはどこから来ているのか疑問でしたが……。
まさか自分自身のエネルギーを使っていたとは……。
けれど、それなら問題ありませんね。チップ様にエネルギーを渡せば、すぐにチャージも終了する。そう言うことですよね?
「そうだけど……」
チップ様は申し訳なさそうにそう言いました。
私はニコりと笑顔を作り、チップ様を下ろし、アーマーズの上に座らせました。
『お、おい! 何をしているんだ! ポロラ! 彼女が死んだらもうどうしようも……』
わかってますよ。
私は穏やかな声で、頭の中で騒ぐチャイムさんをなだめます。……黙って私の作戦を聞いてくださいねー?
「作戦……? 何か手があるのか?」
はい。もちろんです。
先ず、私が《タビノスケ》に一人で突っ込みます。そして、さっきの様に地面に固定するなりでチップ様から引き離してチャージする時間を作ろうと思います。
時間ができた、そうチップ様が判断したのなら……。
私の事を、『暴食』の力で食べちゃってください。
そして……あの化物を、確実に殺してくださいな。
『暴食』の真の力は、仲間を食べたときに発揮されます。
食べた仲間が親しければ親しいほど、過ごした時間が多ければ多いほど、使用者への恩恵は多いはずです。
私の事を食べれば、確実にチップ様はあの銃を使うことができるでしょう。
戦争が始まるまでの短い時間でしたが、私達は確かな絆を結べたと思っています。……それでは、私はいきますね? 後は……頼みました!
「……ま、まって! そんなの作戦じゃない! そんなの間違って……ダメぇ!」
私はチップ様の制止の声を無視して、《タビノスケ》に向かって走り出しました。
大爪を展開、属性を付与。
私が今できる最高の攻撃手段を準備して、特攻を仕掛ける準備も同時にこなします。
『ポロラ! お前はただ前に進め! 危険だと思ったら俺が避ける! お前の覚悟を無駄にしてたまるか! やるぞ!』
チャイムさんの応援が、頭に響きました。……ちょっと暑苦しいですけど、嬉しいですね。
《タビノスケ》はこちらに気づき、触手を飛ばして来ます。私はそれを切り落としながら、徐々に距離を詰めていきました。
……気づいたのですが、憤怒の《タビノスケ》は自分が有利にならないと接近をしたがらないAIのようです。
だからこそ、触手を伸ばす様な遠隔攻撃しかしてこなかったのです。
ですので、こちらが距離を詰めると《タビノスケ》は慌てた様子を見せました。……これならイケる!
私は地面に固定するように、大爪を飛ばしました。
そして、《タビノスケ》の触手をピンで固定するように 、一本一本丁寧に串刺しにします。その間に、私の体も切り刻まれ、足や腕が切り飛ばされました。
けれども、これで簡単には身動きとれないでしょう。……おおっと?
私の目線が、変わりました。
視線の先には楽しそうな表情をした狐娘さんがいます。
私ははもう、満足でした。
チップ様に繋げる事ができた。その時点で、私の仕事は終わったのです。
第三者の目線にと、変わった私は後はゆっくりと、この戦場の終わりを眺めていました。
私は、自由に動けない方々が困惑しているなか、戦場の全てを見ていたのです。
最後まで、生き残っていたかったのが正直な話ですが……仕方ないですね。
『暴食』の能力が発動し、私の身体は消滅してしまいました。……チップ様! 今です! やっちゃってー!
死んだままチップ様に視点を向けると、彼女は欠損した部位を再生させ、五体満足の状態で銃を構えていました。
「タビノスケ……私は、仲間に恵まれたよ。だから、こうなった! 勝利の道が開けた! アタシ達の勝ちだ! バケモノめ! ……『ノラ』の……アタシとポロラの……勝ちだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そう叫びながら、チップ様は引き金を引きます。
すると 、充填されたエネルギーは、輝かしい光の帯となって、《タビノスケ》に向かっていきました。
それは大地を、山々を抉り、辺りを星よりも明るく照らして、全ての残骸を飲み込みながら《タビノスケ》に向かって行きました。
最早、抵抗することが無意味な一撃は、《タビノスケ》を巻き込んで遠い空の彼方まで伸びていったのです。
『邪神の力が納められました。クエストを終了します』
そんな事が書いてあるウィンドウが現れたので、私は心おきなくログアウトしました。
だってそうでしょう?
早く復活して、チップ様を抱き締めに行かなければ。
友達を一人っきりにはしたくないですもの! 今日は勝利の美酒に酔わなければなりませんからね!
私は、そう思ってクランに死に戻りしました。
『ノラ』vs『りんりん親衛隊』は、これにて閉幕。私達の……『ノラ』の勝利は、邪神の討伐という成果も合わさり……。
全てのプレイヤーへと影響を与えたのです。
新しい物語が……始まろうとしていました。




