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ゴリ押しは作戦というよりも美学

 コルクテッドとサアリドを結ぶ街道沿いの草原地帯。


 そこに我々『ノラ』は集結していました。

 各々が今回の作戦を確認したり、装備を整えている中、私はチップ様の口の中にせっせと食料を運んでいました。……はい、あーん。


「あーん。……んぎゅんぎゅ。ふう……、ちょっと落ち着いたかな? あと数分は何も食べなくてもいけそうだ」


 戦国時代の将軍様が使うような折り畳みの椅子に座りながら、チップ様は満足そうに自分のお腹を撫でています。


 訳あってお腹いっぱい食べることができないそうなので、私がチップ様の胃袋を管理することになったのです。暴走する直前を見極めて餌付けをしなければなりません。


 そんな危険な係に私を抜擢したチャイムさんは、望遠鏡を持ち出して相手の陣地を偵察に行ってしまいました。……私がご馳走さまされてしまったらどうするんですかねぇ。こゃ~ん……。


「……食べないよ?」


 心を読まれてしまいました。どうやら顔に出ていたようですね……。


 も、勿論そんな事はわかっておりますよ~。チップ様がそんなにパクパク私の事を食べたがっているなんて、これっぽっちも考えてませんよ~。


 あははは、と、笑うとチップ様は顔をを逸らしました。……なんで!?


「そ、そうだよな~。と、ところで、まだ終わりそうにないんだよな。アレ。早く終わってほしいんだけど……」


 ……ですねぇ。


 私は敵陣の方向に振り返りました。


 およそ500メートル以上先に、『りんりん親衛隊』及び『ケダモノダイスキ』の同盟が集まっています。

 そして、彼等はそこにライブ会場を設置しており、アイドルの歌と躍りを見ながら歓喜に沸いていました。


「今日も最高だぜぇ! パンツみえてるよぅ!」


「サービス! サービスでござぁ! りんりんありがトゥー! いぇ~い!」


「ケモミミと尻尾がついてるじゃないですか! 我々にも配慮してくれる彼女は天使ですか!? ……天使か! ファンになります!」


 遠く離れているにもかかわらず、その気持ちの悪い熱狂ぶりが伝わってきました。……あの人達、何しに来たんですかね?


「予定の時間ギリギリまでやるからな、アイツら。いつもの事でな、戦意向上の為だとさ。……ま、今回に関しては時間稼ぎだろうけど」


 そう言って、チップ様は眩しそうに目を細めました。


 この時間帯は、ゲームの中ではちょうど夕方になり、眩しい夕焼けが草原を照らしています。……なるほど。


 チップ様の能力を把握した上で、時間を指定してきた訳ですか。

 ……でも、それならなんで夕方なんて中途半端な時間を指定したのです? 最初から夜の時間帯を指定すればよかったのに……。


「ま、その通りなんだろうけどな。……タビノスケはああ見えて良いやつだ。あくまでも正々堂々とアタシ達を叩き潰したいんだろう。時間の変更をしなくてもいいのかどうか、確認までしてきたよ」


 ナメてますねー。


 もう今から強襲してしまいましょう。ライブ会場を爆破し、打撃を与えるのです。そのための火炎瓶は私が用意しました。


 今私のアイテムボックスの中には、100を越える数の火炎瓶が収納されています。もっと用意してもよかったのですが、ウィンドウさんからもう入らないと苦情が来たので諦めました。


 しかし、爆破テロを起こすには充分な量でしょう……。いける!


「いけてもダメ。……戦争にはルールっていうものがある。クラン戦でそれを破ったら、それこそアタシ達は終わりだぞ」


 ……むぅ。


 一応ではありますが、クラン戦にはお互いに打ち合わせたルールがあります。


 例えば今回なら、一度死んでしまった場合は戦場に復帰できませんし、新しく人員を増やす事もできません。

 また、勝利条件はクランリーダーの殺害となっており、反撃以外の時間外の攻撃も禁止されております。


 ……あれ? それならチャイムさんは何を偵察しに行ったのでしょう?

 人の動きならチップ様の能力でわかりますし、いちいち直接見に行く事はないと思うのでは?


 私は疑問に思い、チップ様に質問しました。


「ああ。チャイムはトラップが無いかどうかだけ見に行っているよ。事前に地雷とかを仕込んでいないとも限らないしな」


 どうやらきちんと仕事をしていたみたいです。うーん面白くない。


 と、思っていると、私達の前にチャイムさんが姿を現しました。後方に数名の黒子さん達を引き連れています。


「偵察が終わりました。……事前に設置された罠の類いはありません。作戦は予定通りです。間もなくライブも終わります。終了した1分後に開戦にしてほしい……との連絡もありました」


 チャイムさんの報告にチップ様はコクリと頷き、不敵な表情を浮かべながら、静かに椅子から立ち上がりました。


「わかった。……総員に次ぐ! 配置につけ! アタシ達の全力を見せつける時が来た!」


 私達の陣地にチップ様の声が轟きます。それに呼応したかのように、クランメンバーは一斉に動き出すのでした。



 しかし、私は聞いてしまいまったのです。



 チップ様のお腹から鳴る、くぅ~、という可愛らしい音を……。


 不安です……。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 さて、今回の我々の作戦なのですが……。


 本番当日になって大きな変更がありました。


 事前にチャットによって通達された内容では、魔法によって防護壁を形成し、迫り来る敵を銃で減殺しつつ、近接戦闘に持ち込む……という作戦でした。


 同時に陣地内部に塹壕を作るというめんどくさい……もとい、本当に戦争のようなものだったのです。


 しかし。


 今日になって言われた作戦は、『ギフト』の能力をフルに使い、短期決戦を仕掛けるという内容でした。


 ……非常に、危険なものです。


 チップ様を見てもらえばわかるように、『ギフト』は使いすぎると暴走する危険性があります。


 『怠惰』は体を動かすことができなくなり、『憤怒』は敵味方関係無く殺す様になり制御ができなくなってしまいます。


 『嫉妬』は味方ステータスの一時吸収、『傲慢』は装備の効果無効、『色欲』は性依存……、邪神の力という事もあり、デメリットも重い物が多いです。


 そして、それを作戦に組み込むという事は、思う存分能力を使っても良いということです。


 確かに、『ギフト』を最初から最後まで使えば、普通に戦うよりも早く決着はつくでしょう。

 しかし、終わったときに私達に返ってくる代償は大きいものです。


 それを知らないチャイムさんでは無いはずです。


 ……一体、貴方は何を考えているのですか?


『ハァ……、ハァ……みんな~! 今日はライブに来てくれてありがとう! 第2幕は、戦闘中の皆への応援歌です! 期待してね! あと一分後に始まるよ~!』


 そして、ライブも終わったようです。アイドルの声が巨大スピーカーを通して、こちらにも聞こえました。


 間もなく、戦争が始まります。


 クランメンバーの一人一人の緊張が伝わってくるようで、隣にいる方の鼓動まで聞こえて来るようでした。


 敵陣も覚悟は決まっているらしく、ライブに参加した格好のまま、武器や爪を構え今にも襲いかかって来るような雰囲気です。


 そして……。


「第一陣……前へ!」


 その時がやって来ました。


 チャイムさんの号令の元、第一陣と呼ばれたメンバーが前に出ます。


 最初に大きな打撃を与える、とのことでしたが……。


「壁生成! 防御陣地を固めるでござる!」


 敵は、私達が当初やろうとしていた、防御陣地の作成に取り掛かり始めたのです。


 このゲーム、対象を視認できていないと攻撃ができない、という事が非常に多いです。

 なので、視線を切ったり、何かに隠れたりする事は戦いにおいて非常に有効な手段であります。


 一気に決めに行くという作戦が仇になりました。元が同じ組織なのですから、作戦が被る事を考えておかなければならなかったのです。

 これでは長期戦になることを覚悟しなくては……。


 ……!!


 飛び出した第一陣を見て、私は思わず目を丸くしました。そして、何をしようとしているのかを察したのです。


 中心メンバーは黒子さん達でした。


 しかし、その先頭を走っていたのは、その場所に絶対に居てはいけない人物……。


 私達のリーダー、チップ様でした。


「暴食隊……ご飯の時間だぁ!!」


 そのチップ様の声と共に、黒子さん達が頭巾を投げ捨てました。すると、次の瞬間……。



 敵の陣営の半分が、消滅したのです。



 敵陣は大きな何かに地面ごと抉りとられた様になっていました。

 魔法によって作り上げた土壁も無くなっており、既に血の海が広がる地獄が出来上がっています。


「タビノスケぇ! これがアタシ達だ! 『ノラ』だ! 甘ったるい事をしてきたアタシ達だ!」


 チップ様の絶叫が戦場に響きます。


「けどなぁ……お前程度のバケモノに、野良(ノラ)のケダモノが負けるわけがねぇんだよぉ! 全軍……突撃ぃ!!」


 チップさまぁ!


 私達は声を上げて、駆け出しました。


 チップ様にああ言われれば、黙っているわけにはいきません。

 長の命令に絶対に従うのが野良の掟。


 敵を食い散らかすまで、止まることはあってはならないのです。



 ですので……。



 綺麗に潰れてくださいな……この、ウジ虫めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!



 私は叫びながら、手頃な敵に向かって刃を振り下ろしたのでした……。

・突撃

 戦闘においては、敵の少数勢力を駆逐するために行う攻撃行動。主に最終局面において真価を発揮する。数による制圧が目的なので、現時点で行う場合ただの玉砕行為である。……しかし、士気の高さによっては結果は変わってくるため、一概に無駄な行動とは言えない。

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