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申し訳ありませんでした……という、気持ちは大事ですよね

 数時間後、チャイムさんは勇士の皆様に運ばれてクランに戻って来ました。

 彼の服装は乱れており、胸元が露出しています。コボルト特有の固そうな体毛がそこから見えていました。


「……おかしいな? ちゃんとゴワゴワを見せつけているのに、誰も寄ってこなかったぞ?」


「やっぱり、上着を剥がなかったのがよくなかったのでは? 隠すとこ隠すだけで、後は裸にしようぜ」


「もしかしたら、勝った上でモフり……ゴワりたいのかもしれない。変態ってそういう拘るとこある」


「マジでか」


 どうやら街を練り歩いても、もふ魔族は釣れなかったみたいです。


「うう……お前らなんて嫌いだ……」


 勇士の方々に担がれたチャイムさんはしくしくと泣いていました。そして、もう用無しとでも言いたいかのようにその辺に打ち捨てられます。……憐れです。


 チャ、チャイムさん? 大丈夫ですか?


 私が心配して声をかけると、チャイムさんは潤んだ目をしてこちらを見つめて来ました。


「優しくしないでくれ……悲しくなる……」


 あらら……。


 どうやら心に傷を負ってしまったみたいです。ホモに性的な意味で差し出されそうになる男性の気持ちというものは、全く理解できませんが、きっと辛い気持ちでいっぱいなのでしょう。


 彼は部屋の棲みに歩いていくと、壁に向かってしょんぼりと体育座りをしました。力の無い尻尾からは哀愁が伝わってきます。


「はぁ……畑にでも行ってこようかな……土いじりがしたい……」


 現実逃避まで始めました。……畑仕事、お好きなんですか?


「育った野菜を見ているとな……癒されるんだよ……。素直に育ってくれてありがとう、アイツらみたいにならなくてよかった、って気持ちになる……」


 この人どんだけストレス抱えてるんですかねぇ!?


 ヤバイですよこれは。今までどれだけ周りの人材に恵まれていなかったんですか。植物に救いを求めるレベルってどういう事なんです?


 摘まみ食いしちゃうチップ様や、必要な犠牲と言ってチャイムさんを生け贄にしようとする愉快な部下達……。後、私……。


 …………。


 ……こゃーん。


「え? ……どうした?」


 私が儚げに声を出すと、チャイムさんは驚いたようにこちらに振り向きました。……いえ、なんでもありません。


 そんなことよりも、ちょっとイジメられたくらいで落ち込んでどうするのですか。貴方はクランでも最重要人物なんですよ?


 自信を持った姿を見せなければ、なめれる一方ではないですか。


 しゃんとしてください。クランのナンバー2の仕事は、貴方にしかできないことなんですよ?


「いいんだ……俺の代わりなんて誰でもできる……」


 本格的にいじけていますねー……。


 私はため息をついて、アイテムボックスから残っていた最後の袋入りのクッキーを取り出しました。


 それをチャイムさんに差し出します。


 落ち込んでいる時には、甘いものが一番です。はい、どうぞ。


 手渡そうとしましたが、チャイムさんは怪訝な顔をして私の事を見つめてきます。


「毒とか……入っているんだろ?」


 失礼な。


 チップ様が食べていたのを見ていたのでしょう? あれと同じものです。おかしなものを混ぜた記憶はございません。


 私のせいでメンタルをやられたと、根も葉もない噂を流されるのが嫌なので、チャイムさんにあげるだけです。

 もしも要らないのなら、そのまま捨ててしまっても構いませんから。……でも、その代わり頑張ってください。応援しますよ。


 私はそう言って、直接受け取ろうとしないチャイムさんの横にクッキーの袋を置きました。そして、そのまま立ち去ります。


「……ポロラ」


 と、少し歩いたところでチャイムさんが私の名前を呼びました。……何ですか?


 振り替えって見ると、置いたはずのクッキーが無くなっています。ついでに、チャイムさんの陰鬱な雰囲気が少しだけ良くなった様に感じました。


「すまんな……面倒をかけた」


 ふふ、……いえ、お気になさらず。


 チャイムさんの気恥ずかしそうな声にクスリと笑い、私はその場を後にしたのでした……。





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 クッキーの異常性についての調査~1日目~


 私を姉や妹と呼びたくなる効果があると思われる手作りクッキーをチャイムさんに押し付けてから数時間が経過。


 異常性を確かめるために、物陰からチャイムさんの様子を伺いましたが、彼は元気よく仕事をしているように見えました。


 クラン戦に向けての備蓄の解放、クランメンバーのパワーレベリングの指導等、ナンバー2の権限を遺憾無く発揮し、その指揮能力の高さを私達に見せつけました。


 簡単言うと、今のところはどこもおかしなところは見受けられません。


 対して、アレを摂取した黒子くんや自称お兄ちゃん達は未だに私の事をそういう目で見ているようで、何度か絡まれました。


 彼等についても今のところ害は無いので問題視はしておりません。


 もしかして、チャイムさんはクッキーは捨ててしまったのでしょうか? ……それはそれで悔しいですね。


 どうせなら、食べて欲しかったものですが……。


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 クッキーの異常性についての調査~2日目~


 意外な事に、チャイムさんの方から接触がありました。


 やや恥ずかしそうな様子で、私が渡したクッキーを食べた事と、口に合ったと言うことを伝えてきたのです。


 誰もいない場所に呼び出されたので、人知れず処理されると思っていた私にとっては驚くべき出来事でした。


 ……本当に食べてしまったのですか? ニコり。


 そのように対応するとチャイムさんは小さな声で、……おう、と返事をしました。


 ……明らかに変化が出ています。やはり、何かしらの効果があったみたいですね。

 しかし、他の方の様子を見ているとまだ影響は軽度だと思われます。推測ですが、摂取量が少ないのだと思われます。


 このまま摂取を続けているとどうなるのか。……興味が出てきました。


 もう少し様子を見ておきましょう……。



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 クッキーの異常性についての調査~3日目~


 今日はチャイムさんの様子をみるのはお休みして、クランメンバーと共にパワーレベリングを実施しました。


 その後、クランメンバーの前に姿を表したチップ様がぼそりと、


「お腹すいたな……」


 と、とんでもないことを口走ったので、私は調理室でお菓子作りを実施。犠牲者を出す前に、食欲を抑えることに成功しました。


 話を聞いたところ、奥の手を使うためにエネルギーを補充しているのだとか。

 そのため、すぐにお腹が減ってしまうそうで、常に何かを食べていないといけないとの事です。


 そういえば、チップ様はクッキーを食べてもそれほど異常は無さそうですね。


 そう思い、チップ様になにか身体に変調がないかどうかを聞いてみましたが、何も異常は無いそうです。……もしかして、男性にのみ効果があるんですかね?


 私が考えていると、そういえば……、とチップ様がおかしな事を教えてくれました。


 なんでも、チップ様がログインすると、チャイムさんが鏡の前で身だしなみを整えていたのだとか。

 それも、念入りにブラシを使い、色んな角度から自分の毛並みを確認していた様です。……もしかして。


 セクハラもふ魔族に身を捧げる覚悟が決まってしまったのですかね?


 それは無いだろ~、とチップ様は笑っていましたが……私は少し心配になってしまいました。


 徐々にチャイムさんの様子がおかしくなってきています。


 そろそろ摂取を止めるように言うべきでしょう。もうクラン戦まで日数もありませんしね。


 私もそこまで悪魔ではありませんよ。



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 クッキーの異常性についての調査~4日目~


 手遅れでした。


 廊下でチャイムさんとバッタリ鉢合わせたので、あのクッキーの事を質問しました。すると、チャイムさんは渡したクッキーなら全て食べてしまった、と言いました。


 つまり、私は調査を続けるしかなくなってしまったのです。


 これは仕方がないですねー。


 どこまで酷くなるのか観察してみましょう。


 そんな事を考えながら、私はチャイムさんに別れを告げて立ち去ろうとしました。

 しかし、チャイムさんは私を呼び止め、こう言ったのです。


「明日なのだが……暇な時間はあるだろうか? その……なんだ、あの時の礼がしたい」


 お礼? ……ああ、クッキーの。


 まぁ、それくらいなら問題はないでしょう。無下に断るのも悪いので、私は是非喜んで、と返答しておきました。


「そ、そうか。わかった。後で時間と場所を伝えるから、待っていてほしい」


 そう言って、チャイムさんは去って行きました。何やら小さくガッツポーズをしたようにも見えましたが……気のせいでしょう。


 んー……、なんだか思ったよりもおかしな様子は無いようですね。


 最近の様子がおかしいように見えたのは、心が弱っていたからでしょうか? それなら、時間が解決してくれたのでしょう。


 きっと、クッキーの件も私の思い過ごしで、黒子くんや自称お兄ちゃん達が元からおかしかっただけな気がしてきました。


 これで、クッキーの調査も終わりですかね。



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 クッキーの異常性についての調査~最終日~


 私がクランにログインして最初に飛び込んできた光景は、クランの男性陣に拘束され、十字架に磔にされたチャイムさんでした。……何事なんです?


 中々面白い光景に目を奪われていると、黒子くんがこちらに近づいてきました。


「ポロラねぇちゃん! 良かった、無事だったんだね!」


 ええ、無事でしたとも。


 それで、これは何のお祭りですか? コボルトさんを十字架に磔にして、石を投げ付けるなんて文化を私は知りません。


「いや、そういうのじゃないから。……なんかさ、今日ねぇちゃんとデートするって一人で盛り上がってたんだってさ。それで、何をするのかわからないから、にぃちゃん達が拘束したんだよ。明日まではあの状態で放置するんだって」


 ……デート? 私と?


 全く持って心当たりがありませんね。クッキーを分けてあげたお礼がしたいって話でしたけど、デートなんて一切聞いてませんでしたよ?


「ま、そういうことだよね」


 つまり、チャイムさんは何か勘違いしてしまった訳ですか……。悲しいですね……。


 身動きが取れないチャイムさんは、自称お兄ちゃん達や面白がって集まってきたクランメンバーの皆様に拷問を受けていました。


「この発情犬がぁ! 女の子なら誰でもいいのか? ああん!?」


「妹には手を出させねぇ! それは俺達、お兄ちゃんが許さん!」


「テメェ! チップちゃんにチクっとくからなぁ! この緊急時にデートとか、なにふざけたことしてんの!? バカなの!?」


「お前は……お前はよぉ~! 昔からそうだよなぁ! 女に弱すぎんだよ! 『死神』さんを少しは見習え、ば~か!」


 ……はぁ。


 もう、なにがなんだか。


 そういえば、もう明日がクラン戦の日じゃないですか。対して修行もしていませんでしたし、今日はしっかりと準備をすることにしましょう。……黒子くん。


「どしたの? ポロラねぇちゃん?」


 一緒に大講堂に行きましょう。

 修行に付き合ってください。……時間あります?


「ん? いいけどさ、なんか作ってよ。あ、あの時食べれなかったパウンドケーキ食べたい!」


 容易いお願いですね。わかりました、それでは行きましょう……。


 私は軽い足取りで黒子くんと共に大講堂へ向かいました。

 後ろからは、「お前達なんて……だいっ嫌いだぁ~!」という叫び声が聞こえてきます。


 ……これからは、色んな人にお菓子を配るのは控えた方が良さそうですね。


 私は少しだけチャイムさんに申し訳なく思いながら、静かに鳴くのでした。


 こゃ~ん。

・クッキー

 一度に沢山の量を作ることができる料理。保存食にも向いており、持っているといざというときに役立つ。簡単に作れるのでスキルレベルを上げるのにも向いている。作ったからと言ってなにかおかしな効果が追加されることはない。元から頭がおかしいだけ。

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