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弱肉強食

 私の復帰地点、もとい拠点はクラン所有の建物です。死んだ際のログイン地点はここになります。


 軍事施設を思わせる概観のクランロビーに降り立つと、直ぐ様黒子のウジ虫さんがやって来ました。どうやら、このまま私が逃げるのではないかと疑っているそうです。良い勘してますねぇ。


「ポロラ。長がお呼びだ。すぐに作戦室へ……」


 ウジ虫ぃ……!


 私は隙だらけの黒子さんに襲いかかりました。両手に短槍を装備し、その首をかっ切ろうとしたのです。


 しかし、黒子さんは最小限の動きで攻撃を避けると、私に向かって抜き手を繰り出します。肺の中から空気が押し出されるのを感じました。かっはぁ……!?


 攻撃によって体制を崩した私を、黒子さんは軽々と肩に担ぎ歩きだしました。


「『戦闘狂バーサーカー』……。二つ名道理とは恐れ入った。多少は脚色が混じるはずなのだが。まぁいい、このまま連行させて……ぐぁ!?」


 ……誰が『戦闘狂』ですって? 失礼な。どこからどう見ても可愛らしい狐娘さんでしょう? リーダーと大差ないですよって。


 私は担がれながら黒子さんに短槍を突き刺しました。そして中身をかき混ぜるようにぐりぐりと短槍を動かします。ミーンチ、ミンチ。


 そんな事をしていると、黒子さんの身体が勝手に弾けました。……よし、ステータスは上がりましたね。これでさっきのデスペナは帳消しです。殺すならちゃんと蘇生しろって話ですよ。まったく。


 ステータスも上がりましたし、リーダーの所に行きましょうか。なんか新しい黒子さんも来てるみたいですし。


 周囲を見渡して、物陰に身を隠す黒子のウジ虫さん達を確認した私はため息をつきました。


 ……私どれだけ信用されていないんですかねー。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 あ、そういえば残骸を回収してませんでした。失敗、失敗。


 作戦室に来てから気付くとは、私ったらウッカリさんですねぇ。


「……おい、こちらの話を聞いているのか! なんだそのどうでもいいことを考えている顔は!? もう少し真面目にできんのか!」


 目の前には、椅子に座り腕を組んでいる軍服を着た犬の獣人女性と、そのすぐに側に立って私を怒鳴り付けたコボルトさんがいます。


 コボルトさんはこのクランのナンバー2、『参謀長』チャイムさん。


 そして軍服を着た、やたら偉そうなおっぱいをしている御犬様が、我がクラン『ノラ』の長、『ガン・ドッグ』チップさんです。


 お二人とも可愛らしいお名前です。あと犬。


 え~? 私は狐ですので~、犬さん二人に睨まれると怖くなっちゃうんですよ~。こゃ~ん。


「貴様、そうやって減らず口を……!」


 馬鹿にされたのが癪に触ったのか、チャイムさんは腰につけてある二本の小刀に手を伸ばしました。


 なお、このお二人こそ、『魔王軍』に所属していた常識の通用しない実力を持ったプレイヤーなのです。

 一人居ればレイドボスを蹂躙でき、5人居れば神さえも圧倒できると言われています。


 そんな人に太刀打ちできるのか?


 無理ですとも。私、PvPは好きですが……廃人とかそんなんじゃありませんので!


 そんな訳で、私は可及的速やかに床に頭を擦り付け尻尾を振りました。……すいませんっしたっー。許してくだしゃー。


「棒読みではないか! しかも適当! 謝る気があるのか貴様は!?」


 くっ……、なんて細かいコボルトさんなのでしょう……。私の頭を下げさせた事をいつの日にか後悔させてあげますよ……。目指せ皆殺し……。


「落ち着けよ、チャイム。そこまで責めることでも無い。あと……ポロラ、だったよな? 顔あげろ、ちょっとアタシとお話しようぜ?」


 私が復讐計画を練っていると、少し楽しそうにチップさんがそう言いました。


 えへへへ……。流石ゴロツキ集まる傭兵集団『ノラ』をまとめる方だけありますね。器の大きさが違いますよ。そこのコボルトさんとはぜ~んぜん。そうだ、足、舐めます?


 私は媚を売ることにしました。

 いずれは戦うことになるでしょうが、今の私はこのお方の配下。そんな無礼な真似はしません。気を許した頃に後ろから刺し殺すのです。


「ははっ。お前みたいに分かりやすい奴は嫌いじゃない。前のクランにはお前みたいな好き勝手やる奴は沢山いたしな、よしよし……」


 ち、チップさま~。


 リーダーは足にすり寄った私の頭をさすさすと撫で回しました。……やだ、癖になりそう。


「それでな、前のクランではそういう、言うこと聞かない奴らの所には『死神』っていうおっかないのが現れて首を切り飛ばしてたんだよ。……しってる?」


 あ、雲行きが怪しくなってきたのでお暇しますね?


 私はその笑顔から嫌な予感を読み取ったので、すぐにチップ様から離れることにしました。これは私の前に『死神』が現れるって事に違いないです。はい。


 立ち上がろうとすると、今まで優しく撫でていた彼女の手が、私の頭を万力の様な力で掴んできました。……た、立てない、ですと……!?


「という事で、ケジメは付けてもらう。何か最後に言いたいことはあるか? 除名まではいかないが暫くはタダ働きしてもらうぞ」


 このゲームのデスペナはステータスのダウン。時間経過では戻らないので、食事したり修行し直さなければないません。正直めんどくさいんですよねー……よし、思い付いた。


 チップさまぁ! お願いがあります! どうせ死ぬのなら戦って死なせてください! 無駄な足掻きとはわかりますが、どうか御慈悲を!


 私は両手を合わせて懇願しました。


「……ふむ……悪くない申し出だ。長よ、ここは私に任せてくれやもらってもよろしいですかな? 『戦闘狂』と呼ばれる彼女の実力を確かめたい」


 すると、意外にもチャイムさんが先に反応します。……しめしめ。


「ああ、いいよ。場所を変える必要はあるか? ここだと椅子と机が邪魔だけど……」


 いえいえここでやりましょう! 仕事があるのですよね? それなら移動する時間はもったい無いではありませんか!


 私はチップ様が力を抜いた瞬間に立ち上がり、周囲の障害物を片付けました。十分なスペースを確保してチャイムさんに向き直り構えを取ります。


「ほぉ、自信があるようだが……武器はどうした? 格闘がメインとは聞いていなかったがな」


 チャイムさんもそう言いながら両手に小刀を持ち、構えを取りました。……武器ですか? そうですね、見たいのならお見せしましょう。


 瞬間。


 私の装備している手袋が形を変え、一本の槍になりました。空中に浮かんだそれをつかみ、穂先をチャイムさんに向けます。


 その一連の流れに驚いたのか、チャイムさんは少し驚いた様な顔をしていました。


「武器を携行していないから不思議に思っていたが……なるほど、変形する『プレゼント』か。これは厄介な」


 『プレゼント』というのは、全てのプレイヤーに与えられる、特別な能力を持った装備品や、スキルです。


 使いこなす事ができれば初心者でもベテランを殺すことができますが、大きなメリットの変わりにデメリットも付いているので、上手に使うことをプレイヤー達は考えなければなりません。


 もちろん、自分の弱点と言えるデメリットを公表するのは自殺行為なのですが……。


 私の『プレゼント』、『子狐の黒手袋』は様々な武器に変化させる事ができ、全ての戦闘スキルが、最もスキルレベルが高いスキルと同じレベルになります……が。自分で魔法を使う事ができなくなります。それがメリットとデメリットです。


 ……そんな事は関係ありません。私は御二人に自分自身の能力について、ニコりと笑って説明しました。


 刺して、えぐって、叩いて、潰して、撃ち抜いて。

 私は、それしかできないウジ虫さんなので、いちいち隠すつもりもありません。


「……わざわざ自分の弱点を晒すか。いいだろう、『参謀長』チャイム、全力で相手になる」


 そうですか。それは感謝いたします。では、尋常に……。


「ああ……尋常に……」


 勝負……!




 するわけ無いでしょ。




 私は先程は使えなかったテレポートのスクロールを目の前に広げました。

 勝てない勝負はしないに限ります。私はそこまで愚かではありません。


 呆気にとられたチャイムさんの顔を目に焼き付け、私はクランの外に脱出する事ができました。目の前には道行く人々の姿があります。……ふふふー、他愛ない。


 スクロールは魔法の力が閉じ込められた巻物で、広げるとそこに記載されている魔法が発動するというアイテムです。


 ちなみにテレポートは数十メートル離れた地点にワープする魔法。使用者でさえ何処に出てくるかはわからないので、逃走には便利な魔法となっております。


 まぁ、魔法が使えないのなら、使えないなりにやり方はある、ということですね。やっぱり大事なのは腕っぷしじゃ無いということです。はっはっは。


 大事なのは、頭ですよ、頭。


「おっ、その意見には賛成だな。チャイムの奴全身の毛を逆立ててぶちギレてたぜ? でも、この位は予想しとけって話だよな、ウケる」


 ですよね~。流石チップ様は話がわか……る?


 唐突に聞こえた声に気付き振り替えると、そこには軍服おっぱいがありました。チップ様です。


 私と目が合うと、彼女は楽しそうに、よっ、と挨拶をしました。いつの間にか首にはマフラーを巻いています。


「いいね。勝てない相手なら逃げる……基本中の基本だとアタシは思うよ。最近の奴等はヒロイックに戦って死ぬ馬鹿ばっかでね。お前みたいな頭が使えるのは貴重な戦力だ」


 私はその話をまったく耳に入れずに、2枚目のスクロールを広げます。


 すると、今度は街の中央部の人が沢山いる場所に出ます。直ぐ様フードを被って顔を隠し、人々の中に紛れ込みます。


 そして思考を巡らせました。


 な、なんでですか!? まぐれにしては正確すぎるでしょう!? まるで私が何処にいるのかわかっていたかの様でしたよ!?


 ……いえ、いえ、いえ。落ち着くのです。焦る必要はありません。詰まる所、そういう能力なのでしょう。

 チップ様の『プレゼント』です。


 よく考えたら、頭を撃ち抜かれた時からおかしかったのですよ。


 なんで黒子やチップ様は私の居場所を知ることができたのですか? まさか、最初から目を付けられていて、黒子がずっと監視していて私の様子を報告していた?


 そんな馬鹿な話はありません。


 つまり、誰が何処にいるのか解る、探知の能力。そして、そこに移動することのできるテレポートこそが、チップ様の『プレゼント』なのでしょう。おそらく、あのマフラーが怪しいですね。……くく。覚えましたよ?


 街中を歩いていた私はそこまで考えると、歩みを止めると同時にしゃがみこみました。


 すると、後方でバタリという音が聞こえました。ちらりと振り替えると、そこには何者の残骸が、血溜まりの中に拡がっています。


 ふん……こちらの居場所がわかるのなら、そりゃあ狙撃も当たるでしょう。得意でしょう。


 ちゃんと風や角度を計算すれば、拳銃の弾でさえ数百メートル先の的に当てることができると言いますし。……銃声が聞こえない訳です。


 攻撃の正体に気付いたのなら怖くはありません。このまま人影に身を隠しながら街を脱出しましょう。そして、ほとぼりが冷めたら帰ってくればいいのです。


 後、こんなに便利な能力なんですから、連発はできないでしょうしね。これ以上の追跡はできないでしょう。……楽勝です!


「ポロラぁ~。アタシ、お前の事気に入ったよ。今の良く避けれたな。最後に調子に乗ったのが減点だけど……いいぜ、合格だ」


 こ……こゃ~ん。


 しゃがんでいる私の肩に、誰かがガッと腕を回してきました。

 いや、わかっているんですけどね?


 私は『子狐の黒手袋』をナイフに変えて、腕を回してきたチップ様に突き刺そうとしました。ここまで来たら、食うか食われるかです。……死ねぇ!


 しかしながら、レベルとステータスはチップ様の方が遥かに高いので簡単に避けられ、ついでに拘束されました。


「道の真ん中で問題起こすのは好きじゃないからな。……場所を変えようか?」


 その言葉と共に、目の前の景色が変わりました。どこかの路地裏の様で、辺りに人はいません。

 薄暗いその場所で、気がつけば私はチップ様に馬乗りになられて、両腕を押さえつけられていました。


 万事休すと言ったところですね。

 まさか、これほどまでの実力の差があるとは微塵も思っていませんでした。圧倒的なステータスに、磨きあげられた『プレゼント』。

 良い経験になりましたよ。


「レベルとステータス、スキルレベル……後は能力の使い方か……。伸び代があるっていうのも良いな。……って事で明日からのタダ働き、期待しているからな?」


 チップ様は怪しい笑みを浮かべると、私の首もとに唇を近付けました。


 ……え? ち、チップ様!? そういうご趣味だったんですか!? 駄目ですよ!? そう言うのはもっと段階を踏んでやらないと……! いや、そんな趣味は私にはないんですけどね!? って、あ……。




 がぶり。




 視点が、変わります。


「んっ……んあ……じゅる……ぅんま……んむぅ……」


 私の目の前には、狐娘さんが軍服犬娘さんに補食されている光景が映っていました。

 チップ様は最初に私の喉元を食い破り、血を啜りながらガツガツと肉を租借しているようです。


 当然、私はすぐに死亡し、身体は弾けてミンチになりました。

 けれども、私の身体は無くなってもチップ様はミンチになった肉片を掴み、幸せそうな顔をしながらそれを口の中にほおり込みます。


 狐娘さんは……おいしく……いただかれてしまったのです。体の……頭のてっぺんから……足先まで……。


 お腹がいっぱいになったチップ様は、満足げな顔して立ち上がると、口の回りに付いた血糊を手で拭いました。

 しかし、首もとのマフラーにはベッタリと赤い液体が付着しているので何をしたのかは、誰が見ても明らかでしょう。


「……ふぅ、ご馳走さま。またよろしく頼むぜ?」


 うあぁ……トッププレイヤーって、やっべぇー……。


 チップ様はまるで何もなかったかのように去っていきました。って、またって事は、まだ私食べられるんですか? これからのタダ働きって、食料係ってことです? えぇ……。


 それはあんまりですよぉ……。こゃ~ん……。


 私は儚げに鳴いて、静かにログアウトするのでした。……やっぱり、目標変えましょうかね?

・子狐の黒手袋

 様々な武器に姿を変える黒い一対の手袋。

 裁縫針から大槌まで大きさも自由自在。しかしながら使用者のイメージを読み取り発動するため、練習が必要。

 メリットは武器スキルと戦闘スキルが、最も強いスキルのレベルで戦闘に反映される事。

 簡単に言えば、どんな武器でも同じ技量で扱う事ができる。一つを極めれば他のスキルも同様に極めた事になる。

 デメリットは魔法の詠唱不可、『料理』『栽培』『裁縫』等の生産スキルにマイナス補正。女子力が足りない。

 しかし、他人の魔法の影響は無効化されない。


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