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危険指定生物

 クラン『ノラ』、大講堂。

 普段はプレイヤーの戦闘訓練に使われたり、お知らせがあった時にプレイヤーを集めて報告する為に使われる場所です。


 私がチップ様にお菓子を提供した数分後、全クランメンバーに対し、このような通達(クランチャット)がありました。


『チップ 全員集合。戦争が始まる為、大講堂にて説明会を開く。強制では無いので余裕がある者のみ参加せよ。家族とリアルは大事にするように』


 うーん、これはホワイトな職場ですね。


 そんな事を考えながら大講堂に入ると、既に多くのクランメンバーが終結しており、ざわざわと騒いでいました。


 私は空いている場所を見つけて、一声かけてそこに座ります。……ちょっと失礼しますねー。


「はいよー……って、噂のポロラちゃんじゃねぇか。お菓子で釣って、黒子の奴を弟にしたそうだな? 良い趣味してんな、オイ。俺にもクッキーくれよ。もっと弟が欲しいんだろ?」


 そしてがらの悪いモブ顔に絡まれました。


 一体全体、何を仰っているのか理解できませんね。彼が勝手に私の事を姉と呼んでいるだけです。


 それと、クッキーはあげましょう。これで私の認識を改める事ですね。


 私はアイテムボックスからクッキーを取り出して、モブ虫さんに一袋手渡しました。リリア様への捧げ物にするつもりでしたが、ここで渋れば面倒な事になりそうです。


 これで大人しくなってくれると良いんですがねぇ……。


「お、気前がいいじゃねぇか。それじゃ遠慮なく……」


 というか、あの黒子くん。人前でも私の事を姉と呼んでいるんですかね?

 恥ずかしいから止めなさいって言ったのに。今度あった時には厳しめに叱ってあげましょう。……って、私は姉か!? そんな事しても喜ぶだけじゃないですか! アホですか、私は!?


 と、私が頭を抱えていると、モブ虫さん達が増えていました。


 先程のクッキーを頬張りながら、無駄に綺麗な目をして私の事を見つめています。……どうしたんです?



「ねぇちゃん……」



 こゃん!?


 予想外の言葉に、私は全身の毛が逆立つのを感じました。


「これが……ねぇちゃんの……味……?」


「バレンタインデーに貰った姉さんのクッキーの味がする……」


「俺、女の子の手作りクッキー食べたの初めてなんだよ……このゲームやっててよかった……」


「ねぇちゃんの手作りお菓子を食べる夢が叶ったよ……俺、一人っ子だったから……」


 口々に感謝を述べるモブ虫さん達に私は恐怖を感じました。……え? あのクッキー、何かおかしな物でも入ってましたっけ? 媚薬とか混ぜた覚えはありませんよ?


 それとも、実は制作した段階で何かしらの効果が付随されていたとか? え、なんで私そんなもの作れるんですか? 怖。


 私がドン引きしているのを他所に、モブ虫さん達は涙を流しながらクッキーを味わっています。


 どうしましょう……。

 まだあのクッキー残ってるんですよね……。こんな危険物質を誰かに渡したら、同じ悲劇が起きるかもしれません。かと言って、自分で食べるのも……ぐぬぬ……。


 私は再び頭を抱えました。


「どうしたんだよ? ねぇちゃんの悩みなら、俺達が解決してやるよ。クッキーのお礼だ」


 モブ虫さんの一人が、私を気遣う様な口調でそう言いました。……いや、貴方達が原因ですからね!? それと、私は姉ではありません! どっちかというと妹キャラですぅ! リアルでも妹ですし!


「なん……だと……」


 モブ虫さん達が驚いた顔をして、絶句していました。

 個人情報が犠牲になりましたが、これから姉扱いされるよりかは遥かにマシです。男性陣に取り入って姉扱いさせているなんて噂が立ったら、たまったものではありません。


 わかりましたか? ですので頭のおかしいことを言うのは金輪際やめてくださ……。



「俺達は……お兄ちゃんだったのか……」



 絶望の色を示していたモブ虫さん達の表情が、この一言で明るくなりました。……もうヤダ、この人達! 何言っても動じないんですもの! 無敵か!


 私はその場に泣き崩れました。男性の性癖というものを少々侮っていたようです。


 しかしながら、この場を丸く納める為の方法を私は知っています。……殺せば良いのです。


 モブ虫さん全員を殺し、今あったやり取りを無かった事にすれば、全ては解決します。


 私はやんややんやと騒いでいるモブ虫さん達に狙いを定めました。楽には死なせてあげませんからね、ウジ虫ぃ……!


「全員注目! これより戦争についての説明会を開始する! 前方のウィンドウを見るように!」


 ……っち。


 飛びかかろうとした瞬間、大講堂にチャイムさんの声が響きました。どうやら時間切れのようです。

 私は大人しくその場に座りました。


 自称お兄ちゃん達も私のすぐ側に座ります。怖い。


 まぁ流石に、説明会の間はおかしな事はしてこないでしょう。そう自分に言い聞かせながら、私は大講堂の正面に目を移します。


 そこにはチップ様とチャイムさんが立っており、映画館のスクリーンの様に拡大されたウィンドウが表示されていました。


「さて、これよりなぜ戦争をすることになったのか、長から説明がある! 動画もあるので事の重大さを良く認識せよ!」


 チャイムさんがそう言うと、チップ様が一歩前に出ました。手にはマイクを持っており、楽しそうな顔をしております。


「皆、今日は集まってくれてありがとう。これから言うことをもう知ってる奴もいると思うが……」


 チップ様はここで一度区切り、静かに口を開きます。


「『サアリド』が滅んだ。プレイヤーの仕業だ」


 コルクテッドの隣街、サアリド。


 その街は、大きな砦に守られていて、在中するNPCさん達もかなりの高レベルです。

 聞いた話では、魔王軍……もとい『ペットショップ』のクランも元々はサアリドにあったそうなのですが……。


 そこが……滅んだ?


 その事実を聞いたクランメンバー達に動揺が走ります。


 それを落ち着かせるように、チップ様は柏手を打ち、再び口を開きました。


「サアリドが壊滅したのは一昨日。街に異常があるという情報を仕入れた黒子が調査に向かい……、原因となったプレイヤーと接触できた。これからサアリドに潜入した映像を流す。……かなりエグいから見たくない奴は外に出た方がいい」


 クランメンバー達はその言葉を聞いて、息を飲みました。


 見ない方がいい。


 このゲームのトッププレイヤーにそう言わしめる映像が、これから流れるというのです。一体どんな惨状が待っているのでしょうか?


 ドキドキしていると、ウィンドウに映像が流れ始めました。……どこかの屋根の上からの一人称視点の映像の様です。おそらくプレイヤーの視界をそのまま記録したものなのでしょう。


 続けて潜入したプレイヤーの声が入りました。


『サアリドへ侵入成功。これより偵察に入るわ』


 ……おや?

 この声はビギニスートでお世話になった黒子さんの声ですね。あの女性の方です。


 潜入任務についていたのですね、……!?


 場面が変わり、街の光景が映し出された時、私は言葉を失いました。


 そこには破壊された建物に、至るとことで上がる炎と爆発そして、血だらけになりながら暴れまわる住民の姿があったのです。


『街の現状は……見ての通りね。街の住人が錯乱してる……。お互いに殺し合っているわ。直接噛みついて、食べようとしている。……気分が悪い』


 まるで、パニックホラーの映画を思わせる光景です。


 ゾンビの如く暴れまわる街の住人達は、子供の頭蓋を砕き、隣人をミンチになるまで叩き潰し、自らの腹を裂いてその身を鮮血で染め上げて……笑っていました。


 これが……本当にプレイヤーの仕業なのですか……?


 私達が映像に釘付けになっている中、黒子さんはどんどん街の中枢部に進んでいきます。


『街の中央に行けば行くほど、地面の血溜まり……住民の死亡した後や、プレイヤーの残骸が多くなっているわ。推測だけど、精神汚染を受けているみたいね。……まって、何か見えて来たわ』


 黒子さんは咄嗟に崩れた建物に身を隠します。そして、ゆっくりとした動作で顔を出すと、街の中央にあった物を確認しました。


『あれは……ライブ会場?』


 …………。


 はい。


 唐突なワードに首を傾げるかもしれませんが……言葉の通りの映像が、ウィンドウに写し出されています。


 街の中央部ではなぜかライブステージが設置されており、その上でフリフリの衣装を着た幼女がマイクを片手に踊っています。


 そして、ステージ前にはお揃いのはっぴを着た集団がサイリウムを片手に盛り上がっていました。……え、なんなんですか、これ? ドッキリ?


「ライブ会場……精神汚染……まさか……」


 おや?

 モブ虫さんがなにか知っているようです。


 すいません。私にはなにがなんだかわからないのですが、あの光景に見覚えがあるのですか?


「え? ……そうか、ポロラは知らないんだな。あの踊っているのはソールドアウトのメンバーの一人、『りんりん』だ。アイドルをやっている」


 ソールドアウト……、つまり魔王軍の一人ということですか? でも、それにしてはそんなに強そうには見えないのですが……。


「ああ。りんりん自体にはあまり驚異はない。……問題は追っかけの方だ」


 追っかけ?

 アイドルの?


 私が首を傾げていると、ウィンドウの映像に動きがありました。


『どうやら……あの方が動き始めたみたいね。これ以上は私には無茶な仕事みたい。帰還す……』




『何をしているでござるかぁ?』




 唐突に、おどけた様な声が聞こえました。


 黒子さんは驚いて振り向き、その姿を見てしまいます。


 そこにいたのは異形の怪物。小型車と同じ位の大きさの黒い触手の塊が、ぎゅるぎゅると脈動して蠢いている、名状しがたいおぞましい何かでした。


 それは、触手の間から一つの目と剥き出しになった歯を覗かせ、黒子さんを見つめています。……うわぁ、キモ。


「ポロラ。あれがソールドアウトの一人、宇宙外生物のプレイヤー『タビノスケ』さんだ。集団戦では無類の強さを誇る戦いのプロだよ」


 あれプレイヤーなんです!?


 そんな……どんな気の迷いが合ってあんな見た目にしたのですか? しかも、宇宙外生物ってあのショゴスと同じ種族ですし……。あんなの、誰も近寄って来ませんよ……。


『そんな……どうして……』


 私が驚いている間にも、映像は続きます。どうやら黒子さんはタビノスケさんと面識があるようです。


『ん? もしかしてチップ殿の部下でござるか? 懐かしいでござるなぁ~。……未だに甘っちょろい事をやっているみたいでござるが』


 タビノスケさんの様子がガラリと変わります。口調もドスの効いたものに変わり、伸びた触手の先には刀が握られていました。


『どうして? ……決まってるでござるよ。『ペットショップ』を潰したNPCどもと、あの事件の犯人への復讐で候う。……ぅにゃああああああああああああああああ!!』


 叫ぶタビノスケさんの身体に、異変が起きます。


 触手の一本一本が膨張し、周囲の建物を破壊しながらどんどんその身体を大きくしていきます。


 そして、あっという間に見上げるほどの大きさ……、おおよそ20メートル程の巨体になりました。


『さぁ……皆殺しの時間でござぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 な、なんなんですか……あれ……。


「あれが、タビノスケさんだ……。狂気散布による精神汚染、大量の触手による圧倒的な多重攻撃、そして……『憤怒』のギフトによる巨大化……」


 ソールドアウトのプレイヤーという時点で、何かぶっ飛んでいるとはわかりましたが……。


 まさか、こんなにもすさまじいとは……。


「付いた二つ名は『危険指定生物(バケモノ)』。……俺達が束になっても、絶対に勝てない相手だよ……」


 そう言って語るモブ虫さん達の目が、何一つ嘘偽りを言っていないことを示しているのでした……。



 え、もしかして。



 あれと戦うんですか!?

・録画

 各プレイヤーは自分の見ている光景を設定から録画したり、スクリーンショットで記録することができる。それらはウィンドウの機能で閲覧したり、印刷することも可能。もちろんリアルで抜き出しで動画サイトに投稿することも問題はない。


・ウィンドウ

 多種多様な機能がついている。便利。

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