特別編 喫茶店のとあるお客様
※この特別編をもって、このシリーズは完結となります。ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。
よろしければ、ポイント評価や感想等よろしくお願いします……。
お休みの日だというのに、まったく混んでない喫茶店の扉が開きます。
カランカランと取り付けられたベルが鳴って、お客さんが訪れた事を店内に告げました。
「いらっしゃいませ〜! 何名様で……!!? あ、え? お、お久しぶりですね!」
ウェイトレスが対応に向かいますが、何やら驚いた様な声を上げております。プロ意識が足りないバイトですね。
「二人ですけど……覚えてました? 近くまで来たので寄らせていただきました。えっと……案内してもらってもいいですかね?」
「は、はい。おタバコは吸いませんよね! こちらになります!」
どうやら顔見知りのお客様のようですね、嬉しそうなフリーターの声がこちらに聞こえて来ました。
流れで注文を聞いている辺りは馴れていますね。汗水流して働くと良いでしょう……。
そんな事を考えながら私はお皿洗いに精を出していました。今日はお休みなのでアルバイトの日です。叔父さんの喫茶店で働かせてもらっています。
ずっとゲームで遊んでいられるわけではないのです。残念。
ちなみに先程のフリーターは姉さんです。もうこの仕事も長いんですからもっと冷静に接客をしてほしいものですが。
そんなんだから料理も私が作ることになるのです。叔父さんは今席外していますし、私が頑張るしかありません。
クッ……姉さんにもっと女子力があればぁ……!
私は姉のグータラっぷりを呪いながら着実に仕事をこなしていきます。コーヒーや紅茶を淹れるのも姉さんはできませんからね、叔父さんの普段の苦労が伺えますよ。
さぁ、お客様はいったい何をご注文されたんですか? 何でも作ってあげますよぉ、ハンバーグでもナポリタンでもねぇ!
私が覚悟を決めるとちんちくりんな女性が厨房に入って来ました。姉です。
「チヨー! お仕事だよー!」
はいはい、わかっていますとも。
何を作れば良いのですか? ご注文は?
私が手をタオルで拭きながら質問すると、姉さんは悪い顔をして私に注文表を差し出します。
えーと? コーヒー2杯にスニーキングミッション? ……あー、これを書いた方は馬鹿に違いありませんね。悲しいです。
私は冷めた目で姉を見つめました。
「ちょっとコーヒー作ってあの二人の話聞いてきてよー。この近くに来たって事は、彼女さんのおうちに来てたって事だよ! きっと進展があったんだ!」
そう言いながら姉はふんふんと鼻を鳴らします。……お客さんの個人情報を探れと? 警察に突き出してあげましょうか?
というかあの二人ってどの二人です、勝手に一人で盛り上がっているんじゃありませ……こきゃん!?
私は今来たというお客さん達を厨房から確認して、とっさに身を隠します。別に姿を見られたからってどうということはないのですが、ついね。つい。
「……凄い声出たねー、やっぱり見覚えがあるんだー」
う、うるさいですね! 私だって慌てる事ぐらいありますよ!
そこにいたのは、多少見た目は違いますが、完全にツキトさんと子猫先輩でした。二人とも髪型が違うくらいの印象しかありません。
子猫先輩についてはロングからセミロングになっていて少し大人っぽい感じですね、服装もそんな感じです。背伸びしている感じがなんとも……。
ツキトさんはパッと見好青年と言った感じでした。結構真面目そうな感じがします。
……とりあえずコーヒーですね? 作り次第持っていきますけれども、盗み聞きをする趣味はありません。
それと、姉さんは出てこないでくださいね、何を言うかわかりませんから。
「りょうかーい! 二人の関係がどうなったのか、ちゃんとリサーチしてきてね!」
はーい。
私は姉さんの応援を背中に受けてながら厨房からでてカウンターに立ちました。
いま店内には常連のお客さんくらいしかいません。それも数名。
皆さん新聞や小説を読みながら飲み物を楽しんでおられます。とても静かということです。
そんな中では、常識的な声量であってもお客様の話している内容が聞こえてきてしまいます。これは仕方のないことなのです。
例え姉さんがカウンターの近くの席にお二人を案内していたとしてもです。……まぁ私もお二人がどういう関係なのか気になりますし? ちょっと位は……ね?
と、いうことで私はコーヒーミルを取り出して豆を挽き始めました。ゴリゴリ〜。
「……なんか喫茶店って感じがするよね、アレ」
すると早速子猫先輩が食いつきました。目をキラキラさせてコーヒーを淹れる私を見ています。好奇心が子猫レベルです
「良いですよね、コーヒーミル。でも、前に来た時もああやって作ってましたよ? 覚えてませんか?」
ツキトさんがそう言うと、そうだっけ?、と彼女は驚いた顔を見せました。
「んー、前に来た時はそんなの気にする余裕は無かったからかな、全然覚えてないや。今考えたら、結構追い詰められていたんだね、僕」
「結構ってレベルじゃありませんでしたけどね? ま、逆に安心しましたよ。今は違うみたいで」
「うん、お父さんの前でも思ってたよりずっと平気だったよ。もっと恐いと思っていたけれどどうって事なかったや。……君が一緒に居てくれたからかな?」
んんん!?
唐突にぶっ込んできましたね。
見ると子猫先輩は顔をほんのりと紅く染めていました。自分でも少し恥ずかしい事を言ったことを自覚しているみたいです。
そんな様子にカウンターに座った常連さんがボソリと「若いねぇ……」と呟きました。あなたは何様なんです?
とかやっている内にコーヒーできました。淹れている間にもお二人は静かにイチャついていましたね、とても穏やかな雰囲気でした。……失礼します、ご注文の品物をお持ちしました。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?
私は営業スマイルを貼りつかせてお二人の前にコーヒーをお持ちしました。ニッコリ。
「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございま……す……?」
ツキトさんは私の問いかけに答えますが、何やら不思議そうな顔で私の事を見てきました。……しまった、この人無駄に勘がいいんでしたっけ。
まったく姿が違うので気付かれる事は無いと思っていましたが、少し油断しすぎましたかね?
別に「私がポロラです」とぶっちゃけてもいいんですけれど、お二人の邪魔はしたくないんですよねぇ。身バレしたからどうした、って感じですし。
これはパパっと戻るのが吉でしょう。
そう思い私は表情を崩さずにペコリとお辞儀をしました。ごゆっくり〜。
「……ツキトくん?」
「違います。何か変な事を考えていたわけではありません。本当です、本当ですってば」
はい、せーふ。
子猫先輩が勘違いしてくれたおかげで自然に離脱する事ができました。危ない危ない。
私は定位置のカウンターに戻り、片付けをするふりをして耳を傾けました。
「正直に言ってほしいんだけどさ……やっぱり大きいのも好きなの? 小さいのが好きなのは重々承知しているけど。どうなのさ? ねぇ?」
「あの……公衆の場ですので……それとその件に関しましては前に言った通りです……はい……」
ツキトさんは相変わらず子猫先輩に弱いです。
嘘でも小さいのが好きだとハッキリ言ってしまえばいいのに、そんな態度でこれから大丈夫なんですかねぇ? もっとしっかりしなさいな。
「……前にも言ったけど、浮気したら本当に許さないからな」
子猫先輩もおこです。
かわいい顔でツキトさんをジロっと睨んでいました。
「しませんっ! ……そ、そこまで器用な人間じゃないですよ。一人を愛するだけで精一杯ですってば……」
するとツキトさんは慌てて立ち上がり否定します。
無意識にやってしまったようで、すぐに席に座ると先程よりも小さな声で子猫先輩に愛を囁きました。大きな声を出してしまった為に店内の視線が集中しているので、本当に聞こえるか聞こえないかの声でしたね。
それを聞いた子猫先輩は少しだけ表情を柔らかくすると、目の前のカップに手を伸ばします。
「まったく、信じてるからな、もう……」
そして、ゆっくりとコーヒーを口に含みました。
「はい……」
ツキトさんも同じ様に、自分のコーヒーに口をつけます。二人共ブラックいけるんですね…………ん?
おぉ? えっ? ま、マジですか?
私は目に映った物が信じられずに、思わずお二人をガン見してしまいました。
「ふぅ……これ美味しいね、ウチのと全然違うや。やっぱり喫茶店は違うよ」
「確かに……どうします? コーヒーミル買っちゃいましょうか、確か初心者でも使えるやつありますけど」
「……! あのゴリゴリはちょっとやってみたいかも……!」
運が良い事にお二人は私の視線に気づく事なくコーヒーを楽しんでいました。……あ、あぶないところでした。ちょっと落ち着きましょう。
話から察するにお二人は子猫先輩のお父さんに会いに来ていたそうです。あんまり良い評判は聞かない方だったはずです。
子猫先輩も会いたくないと言っていましたが……どうやら乗り越える事ができたみたいですね。強い人です。
「……今更こういうお店があるって知るんだもんなぁ。あーあ、もう家には帰らないって言ってきたばかりなのに……」
そう言いながらカップを見つめる子猫先輩はもの寂しげな顔をしていました。
私には彼女の心中はわかりませんが、生まれ育った家を捨てるという事は生半可な覚悟じゃできないことはわかります。例え辛い思い出があったとしてもです。
そして、お二人のお家はこの近くではないそうですし、わざわざこの近くに来る理由はもうないでしょう。
だからお二人がこのお店に来るのも最後です。
私がこうやってお二人をお客様として迎えるのも最後になります。……そう考えるとちょっと寂しいですね。サービス位はしましょうか。
そう思い、厨房からお菓子を持ってこようとしたときです。
ツキトさんの声が聞こえました。
「それじゃあ……また来ましょうか」
その声に振り返ってみると、子猫先輩は驚いた顔をして、ツキトさんを見つめていました。
「で、でも……そんな気楽に来れる所じゃないし……」
「いいじゃないですか。俺としてはこの喫茶店は割と思い出深い場所ですし、たまには来たいと思っていたんですけれど? ……それに、おかあさんのお墓参りもしなくちゃいけませんし」
その声は優しげです。
なんだかんだで彼女の気持ちを一番知っているのはツキトさんだけなんでしょうね。子猫先輩も少し嬉しそうに見えました。
「その帰りにここに寄って、またこのコーヒーを飲みましょう? きっと悪くない時間だと思いますよ?」
そう言いながら、ツキトさんは微笑みました。
子猫先輩はそんな彼を見て、何も言わないで静かに頷きます。……なんというか、この二人を心配するのは余計なお世話ですね、ホント。
さて、そろそろ彼等も飲み終わる頃ですし、お代わりを持っていきましょうか。
もう少しだけでも、お二人にはこの時間を楽しんでいただきたいですしね……。
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「チヨ! それでどうだった!? 二人はどういう関係だったの!? 教えて? 教えてー!」
お二人を見送った後、厨房から姉さんが出てきてはしゃぎだしました。子供か、貴女は。
……はいはい、後で教えてあげますから、姉さんはお二人が飲んでいたカップを洗って来てくださいよ。私はテーブルの方を片付けていますので。
「いじわるー! ま、仕方ないなー、お姉ちゃんの力を見せてあげよう! 終わったら教えてね!」
そう言うと、姉さんは私が持ってきていた食器を奪い取り、厨房に消えていきました。……じゃ、水拭きでもしますかね。
私は片付けをしながら、先程のお二人の帰る姿を思い出します。
お土産のお菓子をもらって嬉しそうな子猫先輩。
最後まで疑いの目線で見てきたツキトさん。
それでも「また来ます」と言ってくれて、こちらも思わず笑顔になってしまいましたね。
本当にまた来てくれた時には私が『ポロラ』であることも明かしましょう。話したい事はいっぱいあります。
彼等がお店を出るときには、手を繋いで帰って行きました。……きっと、これから先何があっても大丈夫です。何があっても乗り越えていくでしょう。
少なくとも、二人はそう誓い合っているはずです。
だって。
彼等の左手には、お揃いの指輪が填められていたのですから……。