師匠から貴女へ、最後の授業を
「それでは……これより『ソールドアウト』によるイベントお疲れ様会を実施しまーす! いぇーい!」
イェーイ!!
私とツキトさんの決闘が終わってから数時間後。
宴会場となった『ペットショップ』の跡地において子猫先輩の宴会開始の挨拶共に、ビールジョッキがぶつかり合う音が響きました。
皆さんこの瞬間を待っていたのですね。
「今日は無礼講だよ! 喧嘩しても怒らないから思いっきり楽しんでね! あ、街の人には迷惑かけちゃ駄目だよ!」
あ、そうなんですか?
良かったー、この惨状をどうするか迷ってたんですよねぇ。ちょっと散らかしてしまったので……ぷふぁー。
私は辺りに散らばった肉片を踏みつけながらビールを飲み干しました。まったく、人気者は辛いですねぇ。
コイツら私が勝ったからとかなんとか言って襲って来たんですけれど? 何なんですか、ホント。
そんなに私の尻尾触りたかったんですかねぇ?
「ふっ……失礼な奴らだ。もふる時の礼儀も知らないとは……ということで、ちょっと獣臭を嗅がせてくれないか? ちょっとでいいよ?」
何なんですか、ホント?
『黄衣の王』状態のケモモナが私の前に現れました。触手の先には沢山のジョッキを持っています。マジで何なんですかね?
駄目に決まっているでしょ。。
貴方はこの間沢山堪能したでしょうに、これ以上はお金を払っても触らせません。
ふざけたら殺しますからね?
私がそう言って脅しをかけると、ケモモナはクックと笑い声を漏らしながら私にビールを差し出してきました。
「ちょっとしたジョークさ、ただお祝いの言葉をかけに来ただけだよ」
それにしては随分な格好しているではないですか。私はてっきりモフモフを狙ってひと暴れするものかと思いましたが? んぐんぐ……。
私は目の前の危険人物よりもお酒を楽しむことが大事だと判断してジョッキに口を付けました、おいしい。
「いい飲みっぷりだ。しかし、勘違いをしているみたいだな、これは自己防衛とアピールさ。ちょっとでも油断すると君のように襲われそうになる」
へー、そうなんです? 楽しそうでいいですね。
ところでおつまみありません? ビールだけというのも飽きてきたのですが?
正直いいますと今の私は完全にオフモードです。せっかくの宴会なのですからみんな仲良く楽しむのが一番だと思っております。
ですのであんまり物騒な事はしたくないのですがねぇ。
「つまみ? その辺の奴らを殺せば手に入るだろう? ……なんてn」
それいいですね、いただきます。
私はケモモナの触手を数本引きちぎって口に運びました。思ったよりもいい味がします。ほんのりイカ味。
「酔うの早くね!? なにしてんのキミ!?」
貴方が食えって言ったんでしょうが、というか貴方さっきから全然飲んでいないじゃないじゃないですね。なんの為にそのジョッキを持っていると思っているのですか。飲みなさいよ、私の酒が飲めないと言うのですか?
私はケモモナからビールジョッキを一つ奪い取り、彼の口に押し付けました。飲め、そら飲め、早く飲め。
「しかも絡み酒!? どうなってるんだ!? ちょっとぉ! 保護者ぁー! この狐さんの保護者はいませんかー! あ、コラ! 触手のおかわりをするな!」
だまれー、さんざんモフらせてやったでしょうがー、ちょっと位しかえしさせろー。
ケモモナとその仲間達には『ソウル・オーバー』を使うために沢山強力してもらいました。具体的に言うなら、尻尾でモフり倒して上げました。……彼らには九尾の刺激は強すぎたみたいですけれど。
けれど、ちょっとサービスしすぎた気がするんですね。ですのでちょっと仕返ししてあげましょう。ゲソよこせー。
「はい、ポロポロー、ちょっとやりすぎだよー」
げ、でた。
私がふざけていると、本当に保護者が現れました。師匠とアークさんです。
「『アンノウン』……! 助かった! それじゃあ俺は挨拶周りに戻る! さらばだ!」
あ、ちょっと、もうちょっとツマミを……ちぃ! 逃げられた!
ししょー、何してるんですか、お酒とツマミがどっか行っちゃいましたよ。責任はとってくれるんでしょうねぇ?
標的に逃げられた私は、今度は師匠に絡むことにしました。
「全くもう、ポロポロはしょうがないなぁ。ほら、こっちに美味しい焼きそば屋さんがあるから、奢ってあげる。……アーくんが」
「いや、わてかいな。まっ、ええでええで! ポロラはんが勝ってくれたおかげでお財布パンパンやさかい、少し軽くしたるわ!」
……あっ! そうだ、この狐私に全賭けしてたんだった! めっちゃお金持っているじゃないですか!
それじゃあさっさと行きましょう! 楽しい時間はすぐに過ぎていってしまいますからね!
そう言って私は全速力で屋台に駆け出して行ったのでした……。
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何この焼きそば、ウッマ。
「こっちもプロにゃ。こだわりがあるのにゃよ」
師匠達と一緒にニャックの焼きそば屋台にやってきた私は、出された物を口にして目を丸くしていました。……え、なんですかこの焼きそば。酔いが吹き飛ぶレベルで美味しいんですけれど?
「そりゃ『ペットショップ』名物だったニャックの焼きそばやからね。旨いんよ」
焼きそばが名物の『ペットショップ』ってどうなんです?
私はよくわからない情報に首を傾げました。
しかしながら本当に美味しいです。
皆さんもそれを知っているのか、店主のニャックは焼きそばを作り続けていました。出来上がっては売れていきます。
周りもその美味しさで感嘆の声をあげる方達ばかりですし、名物だったというのは本当だったのでしょうね。
「美味しいでしょ〜? やっぱ宴会っていったらこれなんだよねぇ。……ところで、おめでとう。本当に倒せるとは思ってなかったなぁ」
師匠はつまらなそうな顔をしてそう言いました。……なんですか、そんな顔をして。弟子が頑張ったんですから少し位喜んでくれても良いんですよ?
師匠は応援してくれましたし、喜んでくれると思ったんですけどねぇ。
「ま、しゃーないわ。わてら負けとるからね。先を越されて悔しいんよ」
え、そうなんです?
「ちょ、ちょっとアーくん! それは言わない約束だったじゃんか!」
私が聞き返すと、師匠は慌てたようにアークさんに掴みかかります。しかしながら、アークさんはスルリとそれをかいくぐり、ちょこんとおすわりをしました。
「『ペットショップ』が解散しそうになった時の話でなぁ。わてら納得のいかなかった組と、抑えのツキトはんが居なくなってタガが外れた組が暴れまわったのは知っとる?」
あー聞いたことがありますね。師匠も相当酷いことをしていたんでしょう? やるじゃないですか。
そうやってニンマリと笑顔をつくって師匠を見ると、彼女は気まずそうな顔をしていました。
「あ、あの時は『ペットショップ』がなくなるなんて信じられなかったんだよ。だから反対活動としてテロ行為を……」
つまり要求を飲まなかったら殺すと伝えたかったんです? もっとやり方があったでしょうに、何をしていたのだか。
私は呆れながら焼きそばを口に運びました。うま。
「いやいや、本音は皆違ってたんよ。……皆なぁ、ツキトはんと全力で戦いたいたかっただけだったんや。負かしてやりたかったんよ」
目を細めながら、アークさんは続けます。
「責任を感じて表に出なくなったツキトはんをおびき出す為に、わざと派手に暴れたんよなぁ。もしも負かす事ができたら『アンタの力なんてそんなもんや』って馬鹿にするつもりやったんや」
……それは、どういうことなんですか?
当時者である彼の言葉が気になってしまい、私はそう聞き返しました。
「あの時さ、ツッキーさんの評判最悪だったんだよ? 力でクランも女も好き放題している最悪のプレイヤーキラーだって。酷いよね、あの人自分から汚れ役を買って出ていただけなのに。何も知らない人達がそうやってツッキーさんを追い詰めたんだ」
答えてくれたのは意外にも師匠でした。色々と思うことがあったようです。……つまり、ツキトさんを倒すことによって彼のイメージを変えようとしたんですか?
確かに『最強』という肩書が取れるだけでも、かなり印象は違うと思いますけれど……。
「わてらも同じような事を考えたんや。侵略者のわてらに負けたら、ツキトはんを正しい目で見てくれるプレイヤーも増えると思ったんよ。想像じゃない、ありのままのツキトはんをな。……ま、結局勝てなかったんやけどね」
「けれど、それが逆に良かったみたい。私達を倒して問題を解決したからね。NPCには自分達を救った『英雄』、プレイヤーからは悪質なプレイヤーを牽制する『必要悪』として認知されたから。結局クランは解散しちゃったけど」
……大変だったんですねぇ。
私は二人の話を聞いてから辺りを見渡しました。
そこには、沢山のプレイヤー達の楽しそうな姿があります。
ふざけて切り合っている方や、歌と踊りで会場を湧き立てるアイドル。そしてそれを盛り上げる観客達。
私が今までの見てきたこのゲームの景色で、今が一番活気があるように感じました。これが『ペットショップ』の風景だとしたら、皆さんが意地でも守りたかった理由がわかります。……またこうやって集まれたのが嬉しくて仕方ないのでしょうね。
私はそう思ってしみじみとお酒を口にしました。
「ポロラはん、キミやっぱりわかってないみたいやな」
……なんです?
急にアークさんの口調が厳しいものにへと変わります。今までの楽しい雰囲気が嘘のようです。
「今の話は、君への忠告や。君はその『英雄』や『必要悪』と言われるほど影響の強いプレイヤーを倒してしまったんやで? これからは身の振り方を考えなきゃアカン」
その真剣な様子は思わず姿勢を正してしまう程でした。
倒した……と言っても勝ちは譲ってもらったようなものです。そんなに影響力があるとは思えません。私の生活は変わりませんよ。
それに、降りかかる火の粉は全力で払うのが私流です。たとえ襲いかかって来る不届き者が居たとしても返り討ちにして差し上げますよ。
私はそう言ってニヤリと笑って見せますが、師匠が言った言葉に、私の余裕は吹き飛んでしまいました。
「……その火の粉が、自分以外に降りかかるとしても?」
……っ!
「ポロポロ。初めてであった時、貴女は一人だったけれど……今は違うでしょ? これからは自分のした事に対しての責任が誰かに返って来るかも知れないって事を覚えておいて。そのくらい、ポロポロは有名になっちゃったの」
師匠はそう言うと、静かに席を立ちました。……待ってください。まだ話したい事が……!
私も続いて席を立ちますが、気付いた時には師匠とアークさんの姿は消えていました。周りにはこの宴会を楽しんでいる方達しかいません。
それを確認して、私はもう一度席に着きました。
確かに、ツキトさんを倒したという肩書は、私にとっては重すぎるものでしょう。そして、そこから何が起きるのか私には全く想像する事ができません。
……身の振り方を考えろ、ですか。
どうしましょうね……。
私は独り言を呟き、楽しそうな笑顔の皆さんを、静かに眺めていたのでした……。