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狐とイヌワシ

 チップ様を除く幹部全員が、斬頭台で首を切り落とされるという、『ノラ』が始まって以来の大珍事があった翌日。


 私は再びクランの調理室を訪れ、エプロンを装着してお菓子作りに精を出していました。……と言っても、もうタネを型に入れて焼くだけですので、残る作業は後片付けだけみたいなものですが。


「なぁなぁ、ポロラねぇちゃん。今日は何作ったの? また味見させてよ~」


 ちなみに、昨日陥落させた黒子くんも一緒です……いえ、彼はただ見ていただけなのですがね?


 今日はパウンドケーキを作ります。ナッツ入りで生クリームを乗っけて食べる奴です。……って、スルーしましたが、誰が姉ですか、誰が。

 貴方の様な弟を持った記憶はありません。個人の趣味趣向に口を挟むつもりは無いですが、私を性的に見るのはお止めなさいな。


 手を動かしながら私がそう言うと、黒子くんは、え~、と不満そうな声を漏らしました。


「だって、昨日のポロラはさ、友達の家に持っていくお菓子を味見させてくれる姉、って感じだったんだって。家のねぇちゃんみたいでさぁ。真の姿を見せてくれるって言ってたから、てっきり優しい姉キャラの本性を見せてくれたのかと思ったのに」


 そう言った後、残念……、と彼は呟きます。


 え、そういうのが好きなのです?


 私は表情出さない様に気を使いましたが、ドン引きしていました。姉萌えというやつなのでしょうか?


 きっと目の前にいる彼は、イマジナリーお姉ちゃんに取り憑かれた可哀想な人間なのです。自らの過去の記憶を改竄するレベルとは恐れ入りました。そっとしておきましょう。


 ……仕方ないですねぇ。切り分けてから持っていくので、はじっこのとこを味見させてあげます。

 だから、私を姉と呼ぶのはやめてくださいね? 特に人前では。


「わかったよ! ねぇちゃん!」


 ……まぁ、誰も居ないのでヨシとしましょう。


 ところで、黒子くん。このクランに所属するプレイヤーで『暴食』の能力を持っている方はどれくらいいますか?

 自己防衛の為に把握しておきたいのですが。


 私は中身が入った型をオーブンに入れながら、そう質問しました。


 『ギフト』持ちのプレイヤーは別に珍しい訳ではありません。むしろ、持っていて当然と言っても過言で無い位には、プレイヤーに浸透しているでしょう。


 しかしながら、殆どが癖のある能力であるので、普段は使わない、又は使えない方が多いそうです。


 なので、各人の『ギフト』を把握するのは難しい話なのですが……。


 目の前にいる彼は、チップ様直属の情報収集部隊です。私の知らない事プレイヤーの情報も沢山しっていることでしょう。


 予め、危険因子を知っているのは私の延命に繋がりますからね。


「『暴食』持ち? あー、ポロラねぇちゃんには残念な話だけど……かなり居るよ。例えば……」


 黒子くんは顎に手を当てて考えるような仕草をしています。そして、イタズラっぽい声でこう言いました。


「目の前にも」


 !?


 私は思わずダッと部屋の隅に逃げ込みました。……このケダモノ!? 可愛いふりして私の事を食べようとしていましたね!


 そんな驚いている私の姿を見て、黒子くんはくっくっと笑いました。


「まっさか。長じゃないんだからそんな事しないって。それはそうと……尻尾が足の間から飛び出してるよ? 可愛いね」


 ……こゃん?


 気がつけば。

 私は自分自身の尻尾を知らず知らずのうちに丸めていて、まるで怯えた子狐の様になっていました。


 自らの恥ずかしい姿に、私は顔が熱くなるのを感じます。……懐柔したのがもったいないですが仕方ありません。この姿を見た黒子くんには死んでいただきましょう。


 ……おや?


「そんなに怖がらないでよ。長みたいにうっかり『ギフト』を発動させたりしないし、暴走もさせないからさ。ケーキの味見だけさせてくれればそれで満足……」


 そんな感じで調子に乗っていた黒子くんは、そこで言葉を切りました。何かに気付いたようです。

 彼は壊れたオモチャの様にガクガクと振り返りました。


「誰が……うっかりさんだって?」


 そこには、満面の笑みを浮かべたチップ様が立っていました。


 今日パウンドケーキを作る事を伝えたら、出来立てをたべてみたいとの事でしたので、ちょうど良い時間になったら来てもらう予定だったのです。


 これは……私が手を下すまでもありませんね。


「偉くなったもんだなー。アタシが斥候班で班長やってた時からの付き合いだけど、そんなに強くなったかー、そうかー」


 その言葉と共に、チップ様の両手に自動小銃が出現しました。既に弾倉は装着されており、ヤル気は充分だと感じます。


 対して、黒子くんは汗をダラダラと流しながら、その姿を消しました。

 おそらくは『プレゼント』の能力か、魔法を使ったのでしょう。……けれども、悲しいです。


 チップ様の能力は、座標指定のテレポートに、誰がどこにいるかわかる探知能力です。

 つまり、絶対に彼女から逃げることはできないんですよ……。


 それを証明するかの様に、チップ様の姿が消えると、どこか遠くから銃撃の音が聞こえたのでした。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 はい。

 それでは今日のお品書き。


 ナッツ入りパウンドケーキに、どっさり生クリーム。それと、レモンティーでーす。


 尚、僅かな希望を込めて料理スキルを使い、私とチップ様が作りあげた謎の物体Xは人知れず処理されました。……あれは食べ物ではありません。もっとおぞましい何かです。


「やっぱり、アタシは食べる専門でいいや。ほら、こんなにもおいひぃ……」


 悲しい事件もありましたが、そんな事を気にする素振りも見せず、チップ様はモグモグと口を動かし、嬉しそうにパウンドケーキをたべていました。

 既に半分以上が彼女の胃袋へと収まっており、作った甲斐があると言うものです。


 これだけ食べれば、うっかり誰かを食べるということは無いでしょう。


 ……さて、それでは本題に入りましょうか。


 私は椅子を持ってきて、パウンドケーキを美味しそうに食べているチップ様の隣に座りました。


「んぁ? ろーしたろぉ?」


 あ、飲み込んでからでよいので、聞きたい事があるのですが……いいですかね?


 私がそう言うと、チップ様はゴクンと喉を鳴らして口の中の物を飲み込みました。そして、一口レモンティーを飲んでからこちらに向き直ります。


「……お代わりを要求するつもりは無いが?」


 そして、何か勘違いしていらっしゃいました。いや、お代わりは焼けばあるんですけどね?


 今日こそ、開封の事について聞かなくてはなりません。


 『プレゼント』の強化、もとい開封をチップ様は確実にやっているはずです。そうでなければトッププレイヤーを名乗れるはずは無いでしょう。


 弱点にもなり得る、能力の内容を聞き出すのは、あまりマナーが良く無いことは知っていますが……。


「ん? アタシの能力と開封について聞きたいのか? たしか……プレイヤーを殺した数が開封条件で、追加された能力が『目視している敵に対して攻撃が必中する様になる』って感じだな。後、名前も変わった」


 さらっと教えてくれました。……あれ?


 チップ様? 教えていただいたのは非常に嬉しいのですが、そんなに簡単に教えて自分の能力を他人に教えるのは、少し危険なのでは?


「そうかな? でも、アタシの能力を知ってる奴も多いしなぁ。ポロラもなんとなくわかってたんじゃないか?」


 う……ま、まぁ、それはそうなんですけど……。


「じゃ、いいだろ。……アタシの『プレゼント』はこのマフラーだ。名前は『イヌワシ』。敵情偵察、状況把握、範囲内移動、急所攻撃……。斥候や暗殺向けの能力さ」


 そう言いながらチップ様は自分の首元のマフラーを撫でました。


「一番の能力は……そうだな、簡単に言えば範囲内にいるプレイヤーの個人情報を見る事ができる。体力とかバフ、デバフ、ステータスや弱点もわかるな」


 チップ様はなんでも無いように、自分の能力を説明してくれましたが……ハチャメチャな能力ではないですか。


 特に集団戦において、この能力は破格でしょう。戦術や策略を全て看破する事ができてしまいます。

 そして、大人数を率いて戦う際にも有効に使うことができるはずです。


 正に、組織の長が持っていなければいけない、人員掌握、状況判断、問題の早期発見等、有能スキルが全て詰め込まれている『プレゼント』です。チップ様サイコー!!


 ……と、ちょっとふざけてはみましたが、実際問題強すぎでは?


 先ず、奇襲強襲の類いは効かないでしょう。おそらく自分に敵意があるかどうかも、わかると思います。

 1対1で立ち合ったとしても、高い機動力と正確な射撃に翻弄されてしまうことは、目に見えております。先程のテレポートを連発されれば、チップ様を捕らえる事は不可能でしょう。

 集団戦は言わずもなが。


 様々な状況を考え、私はチップ様の『プレゼント』に対してこう考えます。


 ……え? 強すぎません?


「それがそうでもない。この能力の範囲は、アタシの視界に応じて変わってくる。だから夜には著しく能力が制限されるし、目を潰されたら何もできなくなるんだ。後、アタシ自身鳥目でな。夜だとホントなんもできない」


 夜間には制限がかかるのですか……。

 それ、言っても良かったのですか? チップ様を狙う不届き者にその情報が知れたら面倒な事になりますよ?


 私が心配していると、チップ様はパウンドケーキを全て食べ尽くし、背伸びをしながら立ち上がりました。


「いいんだって。これから一緒に戦う仲間なんだから」


 一緒に戦う……と、言いますと?


「ポロラ。お前強くなりたいんだよな? ……だったら、強い奴と戦わせてやる。追い込まれれば『プレゼント』の開封にも繋がるかも知れないしな」


 そう言って、チップ様はニヤリと笑みを浮かべました。



「喧嘩を売られた。戦争を始めるぞ」



 戦争……ですか?


 私が聞き返すとチップ様はコクりと頷き、爛々と燃えるように目を輝かせるのでした。



・イヌワシ

 プレイヤー『チップ』の『プレゼント』。当初の能力は『ミニマップの表示』『マップ上のキャラクターの情報確認』『マップ上の座標へのテレポート』。開封したことにより、『目視した敵に対して攻撃が必中』する能力が追加された。マフラーの形状をしており、能力を使うためにはこれを装備しなければならない。絶対に獲物を逃さず、美味しくいただくという彼女の強い意志が感じられる。

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