『死神従者』
覚醒状態になった私は好きな場所に刃を発生させ、自由に操る事が可能です。
更に『憤怒』の増幅能力によって刃の量や大きさも、いつもより凄まじい速度で変える事ができていました。
それを踏まえまして……。
現在ツキトさんの周囲には私が生成した刃の塊があります。それは一瞬の内に彼の身体に突き刺さる事でしょう。増幅した刃の間を抜けてこちらに来るのはもはや不可能です。
会場の盛り上がりなんて私は知りません。
開始速攻地面のシミにしてあげますよ!
増幅した刃はツキトさんを取り囲み、ギャリギャリという音を立てて闘技場の床ごとツキトさんを串刺しにしました。
闘技場の4分の1を埋め尽くす程にまで刃を増幅させたあと、私は刃の動きを止めました。ツキトさんの反応を見るためです。
どうにかして抜け出した様子はありませんし、反撃が来る様子もありません。……おや? 終わってしまいまいましたか。
本気も出さないで覚醒したプレイヤーに勝てるわけが無いでしょう。余裕ぶっていたツケが回って来たという事です。
最後に断末魔でも上げてくれればわかりやすかったんですが……って、そう簡単にはいきませんか。
山の様に盛り上がった刃の塊の中から、刃を砕きながら白い物体が飛び出してきました。
白い毛皮と長い耳を持った小動物……。
「そんな簡単に死ぬかよ! 覚醒如きでやられるか!」
ツキトさんの動物モードです。
小さな身体で刃の間をくぐり抜けて来たのでしょう。傷が一切付いていないという事は、何らかの神技も使っているかもしれません。
兎の姿になったツキトさんは四足で地面を駆け、全速力で私へと向かってきました。狐さんの前でそんな姿を晒すなんて……煽ってるんですかね?
私はこちらへと向かって来る兎さんに対して、地面から大量の鉄の棘を生やして攻撃をしました。
地中の中に刃を生成してから攻撃しているので、完全に死角からの攻撃です。
一瞬にして周囲が剣山の様になりますが……ツキトさんにはどれの一本も当たっていませんでした。全て避けきったようです。
「甘いんだよ! 最強舐めんな!」
そうやってツキトさんは叫び、私に向かって飛び上がりました。真っ直ぐな攻撃、避けるのは簡単でしょう。
けれども、わざわざ食べられに来てくれたのですから、そのお望みは叶えてあげなくてはなりません。
私は目の前に刃で大きな狐の顔を作り出し、大きく口を開きました。このまま噛み砕いて殺してあげましょう。
刃でできた狐の頭は向かってきたツキトさんにかぶりつきました。鉄と鉄がぶつかり合う音が響きます。
これならば傷の一つくらいは付けることができるはず……。
「無駄だ無駄ぁ! レベル上げて出直してきなぁ!」
嘘でしょ。
目の前で刃が炸裂しました。どうやらツキトさんの攻撃によって狐の頭部が弾け飛んでしまったみたいです。
飛び出してきたツキトさんの前脚からは、人を切り殺すには十分な大きさの爪が飛び出しており、それで刃を切り裂いて来たのでしょう。無茶苦茶です。
既に彼の間合いに入ってはいますが、それでも私が刃を作り出すほうが速いです。防御は間に合います。
私だって簡単に死ぬわけには……!?
刃を作り出そうとした瞬間、私の足元に散らばった刃が突き刺さり、体制が崩れました。
そのせいで刃を生成しようとした場所とは全く違う場所に大爪が出現します。
「死ねぇ!」
こうなってしまえば、もう間に合いません。
ツキトさんの爪は私の肩口から入って、袈裟斬りに振るわれました。
その切れ味は刃物と遜色無く、私は真っ二つになって地面に倒れます。……なんでそんなふざけた格好で攻撃力は据え置きなんですか。訳わかりません。
『おおっとぉ! 『浮気者』の攻撃が、入ったぁ! 更に更に……首がとんだぁぁぁぁぁぁぁ!! これはやったでござるかぁ!?』
タビノスケさんの実況が入り、会場が沸き立ちます。……地面に落下した後に首まで刈るとか、徹底的にやるじゃないですか。
しかも攻撃が当たっていなかったり、私の体制が崩れたも『フェルシーの天運』の効果でしょう? まったく、格下だと馬鹿にしたくせに、全力をだして恥ずかしくないんですかねぇ……?
「な……なんでその状態で話せるんだ……?」
転がっている私の頭を見おろしながら、人型に戻ったツキトさんが困惑の表情を見せていました。その様子に、会場にも動揺が走ります。
ふん、何を言っているのですか。
ついさっきも見たでしょうに。もう忘れてしまったんですかねぇ?
私がそう言って笑い顔を見せると、闘技場に突き刺さった柱から大量の細かい刃が吹き出しました。
それはバラバラになった私の身体や、先程作り出した刃全てを巻き込んで闘技場の中央に集結します。
私の身体は一度刃に変換された後に、再び人の姿になって復活しました。先程切り落とされた胴体も首も元通りです。……さて、続けましょうか?
「おいおいおい……それアリかよ。殺せないのなら勝負が成立していねぇだろが」
そんな事を言いながら、ツキトさんは顔を引つらせて武器を構えました。
そう言いながら全然戦意が消失していないじゃないですか。ふざけてるんです?
勝負がつかないと言うのなら両手を上げて降参してしまいなさいな、その後にゆっくりと処刑させてくれれば私は満足なのですが?
私は周囲に大爪を生成して、切っ先をツキトさんに向けました。そろそろ私も本腰を入れて……いきま…………しょう。
「あぁ? 降参? 本気もだしていないのにアホ言ってんじゃ………………クッソ! これもできんのか!」
一歩踏み出そうとしたツキトさんの身体がいきなり固まった様にガチリと止まりました。
私も強い睡魔に襲われており、身体がフラフラしています。『怠惰』のギフトです。
初めて使用してみたのですが……これ能力使っているとまともに動けませんね。ゆっくりとした動作がやっとです。
しかしながら、ツキトさんは一歩も動けず、腕も思うように動かないみたいです。良い能力ですね。
これ……で、避けれない……でしょう……。
死ねぇ……。
私は用意していた大爪を彼の四方八方に配置して一斉に撃ち出しました。ゆっくりですけれど。
のろ〜っとした動きで大爪達がツキトさんに向かっていきます。逃げようと彼は藻掻いていますが、その手足は私の制御下にあるのです。何をしても無駄ですよ。
ゆっくりとその身体を押し潰して……。
「『七神失落』!!」
は? なにそれ?
ツキトさんがスキルを使用すると、彼の身体に光る鎖が出現し、すぐに砕け散りました。同時に、私から眠気が消失します。どうやら『七神失落』でギフトの効果を打ち消されたみたいです。
身体の自由が戻ったツキトさんは、大鎌を振り回して大爪を破壊しました。そして、私に向かって飛び出してきます。……ちぃっ! 面倒くさいですねぇ! くらいなさいな!
私は闘技場の上方に大量の鉄杭を作り出し、ツキトさんの進行方向を予測しながら落とし始めました。下からが駄目なら上からです。
それでもツキトさんは攻撃の間を縫って私との距離を詰めてきました。当たりそうな物は大鎌で弾いたり、諦めて攻撃をくらっています。
しかし、そのできた傷もすぐにふさがってしまいます。どうやら魔法も使いながら戦っているみたいですね。……よいしょっと。
私はこちらに近づいてくるツキトさんを眺めながら、移動用の大爪を作り出して座りました。
さて、そろそろ『プレゼント』封じを実行に移しますか。予想外に『天運』も使ってくれましたし、やるのなら今でしょう。
私は大爪に乗って移動し、ツキトさんの後方へと回り込みました。
もちろんツキトさんもそれに気付き、攻撃を受けながらも私に大鎌を振り下ろしました。迷いの無い、殺意の高い攻撃です。
しかしながら、大鎌の刃は私の首を両断することなく、首元で止まってしまいました。それを確認したツキトさんはすぐに身を引きます。
そして、傷を癒やしながら面倒くさそうに顔をしかめます。
「『祝福』まで使えんのかよ。邪神の力を取り込み過ぎて女神様から見捨てられたかと思ったのにな」
まさか、使えるに決まっているでしょう? クスクス……。
私は笑いながらツキトさんと距離を取りました。『祝福』の効果が終わるまではあちらも攻撃してくる気は無いみたいです。
貴方もギフトカードを使ってもいいんですよ? ちゃんとギフトを使えば確実に強くなれますからね。
ちょっとは本気出してもいいんじゃないですかぁ?
私がそう言って挑発すると、ツキトさんは大鎌を構えながらニヤリと笑いました。こちらの『祝福』が終わると同時に突っ込んでくるつもりのようです。
「悪いけどギフトカード使えないんだよ、俺。そういう能力だ。……ま、そんなの使えなくても勝てるがな」
おや、そんなデメリットが。
新しいコンテンツを楽しめないとは残念ですね。ちょっと同情してしまいますが……ところでツキトさん、貴方……。
美味しそうですね?
私はツキトさんに見せつける様に大きく口を開きました。私の視覚にはツキトさんと後方の観客席が見えています。
「『暴食』か! 食われてたまるかよ!」
それに気付いたツキトさんは効果範囲から逃げる為に真横に逃げ出しました。……予定通りの行動をしてくれるじゃないですか。これで私の勝利は確定しました。
「っ!? なっ……やめろぉ!」
私はそう確信して、勢い良く口を
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閉じたのです。
「ふ……ざけんなぁ!!」
しかし、私の口の中には何かが入った様な感じはありませんでした。しかも、いつの間にか私の視界を覆う様にツキトさんが私の目の前に居るのです。ちょっとビックリ。
どうやら予定通り『密約』を使ってくれたみたいです。更に『祝福』まで。
……そうですよねー。そうしないと出が早い『暴食』の攻撃は防げませんよねー。私は『祝福』がかかっていて殺せませんし、そうやって防ぐしかないですよねー?
私はそう言いながらツキトさんの手首に刃で作った腕輪を取り付けました。これで腕輪が付いている限り『プレゼント』を発動する事はできません。
けれども、そんな事は気にせずにツキトさんは私の頬を殴りつけてきます。『祝福』の効果はギリギリ残っているのでダメージはありません。
「何してんだテメェ! お前の相手は俺だろうが!」
激おこですねぇ。
だって貴方ならそう動くと思ったんですもの、実際そうなりましたし、私の考えた通りです。
貴方なら……子猫先輩を全力で守ると思いましたよ。
私は座っている大爪を操作してツキトさんから離れました。『祝福』の効果も切れてしまいましたしね、今度はツキトさんの『祝福』が終わるまで待たなきゃいけません。
「殺す……殺してやる……」
距離を取った私に対し、ツキトさんは憤怒に支配された顔で睨みつけてきました。
さぁ、ここからが本番です。
ほら、どうしたんですか? 自分の大事な人を殺そうとした不届き者が目の前にいるんですよ?
そのまま突っ立っているだけで満足ですかぁ?
そうやってニヤリと笑顔を見せると、ツキトさんは雄叫びを上げながら私に向かってきました。
身体が一瞬黒い霧に変わり、死神の姿となって私の前に現れます。
大きく振りかぶられた大鎌。
はためく漆黒の外套。
最強のプレイヤー、『死神従者』との戦闘が遂に始まったのでした……。




