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《ポロラ》

『会場の皆様、これより本日の注目のイベントを開始いたします。実況はボク、ヒビキと━━』


『タビノスケでござる。今日は観客席からお送りするで候う。よろしくお願いしますでござぁ』


 会場のスピーカーから二人の声が聞こえてきます。あ、実況付きなんですね。


 闘技場に入り、堂々と宣戦布告をした私でしたが、進行の都合ということで闘技場の入り口まで戻されてしまいました。ここが定位置らしいです。


 まぁあんまり近すぎても地味な戦いになりそうですしね。見世物というのならば、魔法や範囲攻撃で派手にやって欲しいに決まっているでしょう。近接攻撃だけというのは見栄えが悪いです。


 私としても、ギフトカードを使う時間が欲しいのでこの配置は嬉しいのですが……。


『なお、只今の時間を持って勝敗予想のチケット販売は終了しました。ご自分の予想が現実になるように、皆様頑張って応援を送ってください。予想が当たった方には豪華景品と賞金を差し上げます』


 実況席に座りながら、ヒビキさんは流暢な喋り方で実況のお仕事をしています。……って賭け事に使われてる!?


 よく見てみると、観客席の方にオッズが書かれている黒板がありました。ツキトさんは大人気なようですね、倍率は1.25倍だそうです。


 対する私は、9.99倍と……ほぼ十倍じゃないですか。ちょっと知らなかったんですけど、こんなのやっているのなら買ってたのに……!


「うおおおおおおおおおおお!! 頼んだでぇぇぇぇぇぇぇぇ! ポロラはん! 勝つんや! 勝ってわてに借金を返させるんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 …………あ、やっぱなんでもないです。


 後方から知っている狐さんの声が聞こえました。というかまた借金したんです? 本当にアークさんはどうしようもないですね、ホント。


 賭け事はいけない事なのですよ……。


 しかし、それがわかっていない方々は多いらしく、私を応援する声が沢山聞こえてきました。殆どが頼むから勝ってくれというものです。


 倍率から考えて完全に大穴狙いでしょうし、私の味方はろくでなしばかりのようですね。泣きたい。


『それでは本日殺し合いをしてもらうお二人をご紹介しましょう。タビノスケさん、よろしくお願いします』


 そんな私を気にすることなく、ヒビキさんは淡々と実況のお仕事をしています。

 誰ですかこの人にこの仕事をふったの。完全にミスでしょ。なんですかあのテンションの低さ、タビノスケさんを見習ってください。


『おまかせでござるよ。……先ずは本日の挑戦者ぁ! クラン『ノラ』の飼い狐! 黒い刃で全員ミンチぃ! 揺れるモフモフ尻尾に騙された奴は数しれず! 近づく奴は取り敢えず殺した! 戦場を駆ける獣、『戦闘狂』、ポロラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ってちょっ! しぬぅ!?』


 適当な事を言って場を盛り上げようとするタビノスケさんに向かって、私は迷いなく大爪を飛ばしました。こんな大勢の前で何言ってるんですかね?


 そのまま殺してしまっても良かったんですが、残念ながら大爪はヒビキさんによってはじかれてしまいました。おしい。


『……えー、闘技場内からの攻撃にご注意ください。本会場には安全装置はついておりません』


『なんでついてないんでござるか!? てか何でござるこの紹介文章!? これじゃあ煽っているだけで候う! 拙者殺されるとこだったんでござるが!?』


 このグダグダ感よ。


 どうやら文章を考えたのはヒビキさんで、タビノスケさんはただ読み上げていただけのみたいです。


 更に撃ち込んでも良いのですが、そうなると更に進行に関わりますからね。このイライラは全てツキトさんにぶつけることにしましょう。


『大丈夫、兄貴は怒んないですから。そのまま読み上げてください』


『えぇ……ほんとぉ……? 読み終わったらこっち来たりしない……?』


 怯えているタビノスケさんはゆっくりと振り返り、ツキトさんに目を向けました。どうやらツキトさんの紹介文も相当酷いみたいです。


 しかしながら、ツキトさんは満面の笑みを浮かべていました。


「怒らないよ? こんな公衆の場でキレ散らかす程子供じゃないって」


 これは信じるしかありませんね。


 こんな顔をした人がいきなりキレて刃物を振り回したりするわけないじゃないですか。きっとちょっとした冗談として受け取ってくれますよ。


 だからほら、さっさとお仕事をしてくださいよ。


 私はそう声をかけて、笑顔をタビノスケさんに見せてあげました。にっこり。


『あ、わかったでござる。これやってもやんなくても殺されるパターンでござるね? ……ちくしょう! こんな仕事断ればよかったでござぁ! やればいいんだろ! やれば!』


 よくわかっていらっしゃいますね。


 私達に追い詰められたタビノスケさんは投げやり気味にそう叫び、闘技場の中央に飛び出しました。


『オラオラオラァ! この場にいる全員よく見とけぇ! これが拙者のやり方じゃあ! ……言わずと知れた『浮気者』! ロリ、ケモミミ、貧乳、巨乳、黒髪、金髪なんでも大好き! ロリケモ貧乳の彼女に申し訳ないと思わないのか? いい加減にしたらどうだ……みたいなことを言う奴らの首は全て刈り取った! ニヤリと笑顔を貼り付けて、その手の大鎌で首を刈る! けれど夜は彼女の言いなり! 『死神従者』、ツキトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 うーん、どこも間違っていない紹介ですね。


 これには怒ることもできないでしょう。多少誇張されている部分もあるのでしょうが、これで怒ったら逆に信憑性が出てきてしまいますから。


 その証拠にツキトさんは笑顔のまま動きません。これにはタビノスケさんもビックリ。


『では……お二人はなにか言いたいことありますか? 先ずはポロラさんからどうぞ』


 ヒビキさんがそう言うと、小さな人形がマイクを持ってこちらに駆け寄ってきました。どうやらこれを使ってほしいようです。


 私はそのマイクを手に取ってツキトさんを睨みつけます。……さっき言ったから何も言うことは無いんですけれどね。


 負けるとか勝つとかどうでもいいのですが……殺された恨みは晴らさせてもらいます。覚悟しなさい、今日が貴方の命日です。


 私がそう言うと、会場の一部から声が上がりました。私の言葉で盛り上がってくれるなんて、ちょっと嬉しいで……。


「やれぇ! 『浮気者』を殺せぇ!」

「俺の女神様を奪いやがって……このリア充がぁ! もげろぉ! もいでやれぇ!」

「やっぱ『魔王』ちゃんに手ぇ出してんじゃねーか! ちくしょー! 頼むからソイツを殺してくれぇ!」


 私を応援してくれる人、全然マトモな人がいません。


 嫉妬に狂っている皆さんが喚いているようです。私のイメージが悪くなるんでできれば黙っていてほしいんですがね?


「妹ちゃーん! 頑張れー! お兄ちゃん達も応援しているぞー! 負けるなー!」


 黙っていてくれませんかねぇ!?


 もー! なんでこんなところでそういう呼び方するんですかー!? 誤解が生まれるから黙っててくださいなー!


 私がそうやって叫ぶと、観客席の自称お兄ちゃん’sはションボリと肩を落としました。こうやってちゃんと話が通じるだけマシなんですよね、あの人達。


『相変わらずおかしい人間関係してるじゃん。ウケるわ』


 そんな様子をツキトさんは楽しそうな顔をして眺めていました。私と同じようにマイクを持っております。


『さて、それはさておき……今日はイベントの慰労会って事で、こういう見世物を用意したわけだけれども、このままやっても結果見えちゃってんだよな。そのへんどう思う? ポロラさん?』


 おや? いきなりの挑発ですか。


 なにアホな事言っているんです? わざわざ負けるために話を持ちかけたと思ったんですか? 勝算があるから戦いを挑んだんですよ?


 手加減なんて一切許しません……。




 お互いに覚醒した状態から始める、これが最低条件です。全力で殺し合いましょう。




 私がそう告げると、会場全体が湧き上がりました。


 誰も見たことが無い『死神』の覚醒。


 《ワールド・イーター》戦ですら使わなかった奥の手を見ることができるのですから、それは盛り上がりますよ。


 それに対してツキトさんは大きく反応しました。




『調子にのるな。雑魚が』




 その顔からは笑顔が消え、持っていた大鎌が数回振るわれました。刃の先だけを移動させる遠隔攻撃です。


 何もない空間から大鎌の刃が飛び出して、私の立っている周辺を飛び回りました。それと同時に観客席からも悲鳴が上がります。


 振り返ると私の後方の観客席が血の海になっていました。先程ツキトさんに対して失礼な口をきいていた方々の末路がこれのようです。


 凄惨な光景に、会場が静まり返ります。


『覚醒……ね。いらねぇんだよ。俺が一番嫌なのは一瞬で試合が終わる事だ、俺が覚醒したら本当に一瞬で勝負がついちまう。それだけは避けたい、ハンデがある位が丁度いい』


 ツキトさんはそう言うと、大鎌をゆっくりとした動作でこちらに向けました。向けられる視線は確実に格下をみるものです。


『お前だけ覚醒しろ。それでやっと勝負になるレベルになる』


 その様子からは絶対の自信が感じられました。別に煽っているとか馬鹿にしているとかじゃないんです。


 きっと、事実だけを言っているだけなのでしょう。


 ……言いたい事はそれだけですか? 流石、最強のプレイヤーさんというだけあって太っ腹ですねぇ。


 私はマイクを投げ捨てました。そこまで言われたのならば、やるしかありません。


 あ、そうそう。なにか勘違いしているみたいですので言っておきますけれど……私、最低条件って言いましたからね?


 私はアイテムボックスを開き、七枚のギフトカードを取り出しました。


『……は? ちょっと待て、何をする気だ?』


 見せて差し上げましょう……私の真の姿をねぇ! ギフトカード、発動!


 全種類のギフトカードを使用すると、私の尻尾一気に重くなりました。九尾モードです。


 ……考えた事ありませんでした? 私はこの間の戦いで思いましたよ? 全ての邪神の力を得た状態で覚醒したらどうなるのかってねぇ!


 私がそうやって叫ぶと、ツキトさんもマイクを投げ捨て大鎌を手に取ります。


「暴走する気か! 面倒くさい事を考えやがって……!」


 ツキトさんは試合開始の合図も待てず飛び出しました。


 逃げ出したタビノスケさんを飛び越えて、私の首を刈り取るべく迫ります。……少し遅いのでは? 『覚醒降臨』!


 スキルを使用した瞬間。


 私の視界は第三者のものへと移りました。


 ちょうどツキトさんの攻撃によって、私の頭と身体が分離する光景を見ることができましたね。あっけなさ過ぎて笑えてしまいますよ。


 私の身体は尻尾を揺らしながら倒れました。そして、死亡時のエフェクトで身体が弾け━━━━。




 周囲に多量の黒い刃が飛び散ります。




「ミンチ……じゃない!」


 ツキトさんは異常な私の残骸を目にすると、咄嗟にその場から離れました。つくづく感のいい人です。


 しかしながら、もう始まってしまったものは止められないんですよ……残念でしたねぇ!


 散らばった黒い刃達が動きだし、増幅と移動を始めました。それと同時に、私の覚醒を告げるウィンドウが出現します。


『プレイヤー『ポロラ』が邪神の制御に成功。新たな神の力により『プレゼント』は完全に開封された』


 闘技場を埋め尽くすほどに増幅した刃は蠢き続け、闘技場に九本の黒い柱を作り出しました。


『測定中……』


 更に、その柱から闘技場の中心に向かって刃が集まっていき、人の形を作り出していきます。


『判明』


 その姿はいつもの『ポロラ』というプレイヤーキャラのものとは違っていました。


 ショートカットだった髪型は長い物に変わっていましたし、体型も大人っぽいものへと変化しました。


 服装もそれに合わせたかのように黒いチャイナドレスになり、九尾の狐らしい姿に変わります。傾国の美女という奴ですよ。


 ここまで変化すると視点が身体に戻りました。身体の再構築が終わったようですね。




『Lv10396 漆黒衣装の神食い狐 《ポロラ》 もう縛られるものは何もない。その力をもって、世界を変えろ』




 ……さて、お待たせいたしました。


 これが私の全力です、貴方が何もしないというのならそれで構いません。


 この聴衆の目の前で……無様に散ると良いでしょう! くたばりなさい!


 その言葉と共に、ツキトさんの周囲に黒い刃が発生しました。それは一気に増幅し……。


「ちぃ……! いきなりかよ!」


 悪態を吐く彼に向かって、一斉に襲いかかったのでした。

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